第127話 五大国連盟会議③
その後も他愛もない話を続けるディルク達四人であったが、ワダツミの背後に控えていたカゲロウが何かを思い出したかの様な表情をした後、ワダツミに何かを耳打ちし始める。
カゲロウの耳打ちを聞いて、ワダツミ自身も「ああ、そうだったな」と何かを重出した様で、先ほどまでしていた会話を切り上げて真剣な眼差しでディルクの方を見た。
「さて、唐突に話題を変えてしまい心苦しく思うが……ちと、エルヴィス王に確認したいことがある」
「……答えられる範囲であれば構わない。聞こう」
ディルクの返答にワダツミは頷きで返し、早速本題へと入り始めた。
「一年程前から、ヴォルトレーテ大国へ難民と思われる者が多く入って来ておる。難民自体はそう珍しいことではない、周辺の小国同士の小競り合いなどで住めなくなった者が新天地を求めてヴォルトレーテ国へ訪れるのは……まあ良くある話じゃ」
そこでワダツミは一度会話を区切った後、湯呑みへと口をつけるとその表情を険しいものへと変えて続きを話始めた。
「じゃがのう……ここ最近の話ではあるが、難民の数が異様に増え始めておる」
「……具体的にはどれ程増えているのだ?」
「昨年末の終滅の月だけで10957人のエルフと人間が我が国へやって来ました」
ディルクの質問に対して、ワダツミはカゲロウへ目配せをして詳細な人数の開示を促し、それに応えたカゲロウが亜空間から取り出した資料を読み始める。
今までヴォルトレーテ大国へやって来る難民は月に100人にもみたない数であり、終滅の月にやって来た難民の数は異常とも言える人数だ。
「……」
ワダツミとカゲロウの話を聞いていたディルクとノーガスは互いに目を合わせ小さく頷きあうと再びワダツミ達の方へと顔を向ける。
そんなディルク達の動きを見逃さなかったワダツミは長く白い顎髭をさすりニヤリと笑みを見せた。
「どうやら、エルヴィス側にも何かあった様じゃのう」
「……実は、エルヴィス大国にも昨年から難民が押し寄せてきたという報告が増え始めている。それも……全て南からの難民だ」
「ふむ……やはり、そうであったか……」
ディルクの言葉を受けて、ワダツミは自身が考えていた予想が当たったと納得した様に頷き始めた。
フィエリティーゼの南側には、現在二つの大国が存在する。
大陸南東にあるラヴァール大国と、大陸南西にヴィリアティリア大国の二国だ。
ディルクはあえて口には出さなかったが、今回の難民騒動の発端はこの二国のどちらか……または両国に問題が生じたのかもしれないと考えていた。
「……幸いにも、こちらとしては蓄えも仕事もある。難民の受け入れ体制は整えてある故、そちらについては問題はない。しかし、難民が生まれてしまった原因を潰さない限り、真の解決にはならないだろう」
「ヴォルトレーテとしてもそれについては問題はない。難民自体も別に飢えている様子も病に冒されている様子も無かったのでな。直ぐにでも手に職をつける事が出来るであろう……じゃが、問題は残っておる」
「もし、仮にラヴァール大国及びヴィリアティリア大国に問題が生じているのなら、エルヴィス大国としては手を差し伸べる準備も出来ている」
「……ふむ」
ディルクの言葉に、少しだけ間を置いて相槌を打つワダツミ。ディルクの背後に立つノーガスは、その僅かな違和感を見逃さなかった。
「……ワダツミ様。何か、思う所がお有りですかな?」
ワダツミはノーガスの言葉に少しだけ顔を伏せ、声を潜めるように怖い顔をして話し始めた。
「……確信がある訳ではない。じゃから、これはあくまで推測じゃ」
そう前置きをして、ワダツミは一度深く息を吸うと意を決した様子でディルクへと忠告をする。
「――エルヴィス王よ、赤と緑の王には注意した方が良いかもしれぬぞ?」
「ッ……それは一体……」
突然のワダツミからの忠告にディルクは焦りの表情を見せる。そして、その真意について追及しようとしたのだが……ディルクの願いは虚しくその先をワダツミから聞くことは出来なかった。
「ふむ……どうやら雑談は終わりのようじゃのぅ」
ワダツミが視線を向けた出入り口からは、円卓の部屋へと向かって来る複数人の足音が聞こえて来る。そうして姿を現したのは、大きな黄金のしっぽ三つを揺らし歩く狐の獣人女性と、120cmもないと思える背丈でありながらもしっかりとした肉付きをしているドワーフの男。その後方にはローブを纏った二人の人物が続いている。
四人は女神像に対し一礼すると、円卓の方へと足を進め始めた。
そうして円卓の前へと辿り着くと、狐の獣人女性は背もたれも肘置きもない緑の椅子へ、ドワーフの男は脚が高めに設計されていて脚と脚の間に木の板が掛かっている赤の椅子へと手を掛け腰掛ける。
「――遅くなってしまい申し訳ございません。ヴォルトレーテ王、エルヴィス王」
「――すまぬ」
上品な口調と色気の混じった声を出し謝罪の言葉を口にする獣人女性……ヴィリアティリア大国九代目国王――クォン・ノルジュ・ヴィリアティリアは、背中からしっぽの生えた腰辺りに掛けて空いていて横の太もも辺りに切れ込みの入った特注のエメラルドグリーンを基調としたドレスを身に纏い、口元には小さく笑みを作っている。
そんなクォンに対してドワーフの男……ラヴァール大国四代目国王――ガノルド・ラヴァールは、がっしりとした筋肉質な両腕を組み短い謝罪の言葉を口にする。手首から先には鍛冶師の特徴である耐熱グローブを付けており、その額には分厚いゴーグルがかけられていた。
「いやいや、謝罪は不要じゃよ。まだまだ開始時刻には程遠いからのぅ」
「……あ、ああ。それに、プリズデータ王もまだ来ていない」
二人の謝罪に対し自然に返すワダツミと、先程までワダツミとしていた会話が気がかりになり少しだけ言葉を詰まらせるディルク。
しかし、幸か不幸かディルクの不自然な返しに二人が何かを言って来ることは無かった。
それは……。
「――すまぬ。我が最後の様だな」
『……ッ』
その場に居るノーガスに偽装しているレヴィラ以外の全員がその声に宿る強大な魔力に体を震わせ、声の主へとその視線を向けていたからである。
視線の先には、一人の王が立っていた。
青を基調として煌めくドレスを身に纏い、ドレスに合わせて作られたヒールの音が出入り口前で綺麗に響き渡る。輝く金髪の内側には、敬愛する師を彷彿とさせる青のインナーカラーが入っていた。
”氷結の魔女”の弟子……夜を支配し、太陽を克服した吸血種の始祖。
プリズデータ大国二代目国王――ユミラス・アイズ・プリズデータはその血の様に深く紅い瞳で円卓の王たちを見据える。
ユミラスの登場により静寂となった円卓の部屋の中で、ノーガスに偽装しているレヴィラは気づかれない程度にユミラスへと視線を向けていた。
(……どうなっておるのだ?)
レヴィラが今日ユミラスを見て最初に芽生えた感情は……困惑だった。
一年前、各大国は共に漆黒の魔力が世界を覆った大惨事の余波を受け、その原因の究明と国民への対処で忙しいだろうという結論になり、連盟会議の中止を決定した。
その為、レヴィラがユミラスの顔を見るのは実に二年振りという事になる。
(あんなに絶望的な顔をしていた筈の友が……二年という歳月の間に生き生きとして見える……)
二年振りに姿を見せたユミラスの顔を見て、レヴィラは内心動揺を隠せずにいた。
しかし、同時に頭の良いレヴィラはある仮説を頭の中でたて始める。
(二年間で起こった変化……それはユミラスに関係する事であり、ユミラスにとって喜ばしい事……だとすると、思い当たるのは二つ……いや、二人しか居ない)
そうしてレヴィラが思い浮かべるのは、教え子でありディルクの娘であるシーラネルを救ってくれた黒い英雄の姿。そして、黒い英雄の側に居た六色の魔女の一人……ユミラスが師として敬愛し、最近、雰囲気が柔らかくなったと感じていた氷結の魔女の姿だった。
(そうか……友よ、世界が変わり始めている様に、お主もまた変わり始めていたのだな)
そうしてレヴィラはノーガスの姿のまま顔を伏せ小さく笑みを溢す。
女神像へと一礼し、円卓の周囲に用意された最後の席へ腰掛けるユミラスを見て、ノーガスは静かに後方へと下がり始めるのだった。
ノーガスの動きに合わせるように、連れてきていないユミラス以外の付添人が同じく部屋の壁際まで下がり始める。
こうして、五人の王が揃った事で二年振りとなる五大国連盟会議はその幕を静かに開いたのであった。
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前回同様、簡易的な紹介です。
・クォン・ノルジュ・ヴィリアティリア(??才)
ヴィリアティリア大国の九代目国王 金狐種の獣人
国王になってまだ日が浅い。
その声には色気が混じり、扇情的なドレスとその美貌と相まって数多の異性を虜にしてきた。(決してスキルが自動的に発動している訳ではない。一種の潜在能力)
基本的に丁寧な口調で話してはいるが、感情が高ぶると崩れる。
・ガノルド・ラヴァール(??才)
ラヴァール大国の三代目国王 ドワーフ種
国王になってまだ日が浅い。
ラヴァール大国の国王であると同時に、ラヴァール魔道具協会の最高責任者――グランドマスターの称号を持っている鍛冶師。
その腕はグランドマスターに相応しいほどの実力であり、頭もキレる。
基本的に無口で不愛想。
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