第126話 五大国連盟会議②



 神殿の内部へと足を踏み入れたディルクとノーガスは、最奥にある白い円卓の置かれた部屋へと辿り着いた。


 中へ入る前に、二人は入口から見て正面に祀られている本物の女神像に頭を深々と下げる。そうして部屋の中へと入り赤・青・黄・緑・白の五つの椅子の内、ディルクは白い椅子へと手を掛け腰を据えた。

 付添人であるノーガスはディルクの背後に立ち、補佐として立っている。


 部屋の中にはディルクとノーガス以外の人物は見当たらず、どうやら二人が一番乗りだった様だ。ディルクはスノーウルフの毛皮で出来たコートの内側から懐中時計を取り出し、現在の時刻が会議が始まる30分前であることを確認すると懐中時計をしまい、亜空間から自分用のティーセットと会議の音声を記録するための魔道具を取り出す。


 この会議は、五大国の国王と付添人兼護衛の一人のみしか参加を許されていない。その為、会議の記録係やお茶汲み係などを担当する使用人もおらず、自分の使う物は自分で用意するのが基本となっているのだ。


 ディルクは取り出したティーポットから二つのカップに紅茶を注ぎ、一つをノーガスへと手渡す。ノーガスはそれを受け取りディルクと共に紅茶を飲み始めた。

 そうして二人が紅茶を嗜んでいると、この部屋に一つしかない出入り口の方から二人分の足音が響いて来る。その音は次第に大きくなっていき、足音とは別に鎧が擦れる様な音も響き始めていた。


 ディルクとノーガスは紅茶を飲んでいた手を止めて、出入り口へと視線を向ける。視線の先には、頭の上から足の指先まで全てを銀色の鎧で覆い尽くした顔の見えない人物と、その人物の前を歩く一人の老人の姿があった。

 老人の身長は160cm程度であり、鎧の人物の身長が180cmを超える大柄である為、どうしても華奢に見えてしまう。


 しかし、その場に居たディルクは老人から目を離せないでいた。

 それは見た目に騙されてはならぬと本能が伝えているかのように、決して目を離してはいけないと意思を持った恐怖心が己に伝えて来るかのように……目の前の老人の動きをディルクは真剣な眼差しで見つめ続ける。


 鎧の人物と老人は女神像を前に深々と頭を下げると、ゆっくりとした足取りで円卓へと近づいて行き、老人は黄色い椅子へと手を伸ばしその席へと腰掛けた。老人の背後には、鎧の人物が姿勢を正して起立している。


 席に着き一息ついた老人は、長く白い顎鬚を撫でながらディルク王へと声を掛ける。


「ふぅ……相も変わらず、お前さんが一番乗りの様だな――エルヴィス王よ」

「何度も言っているが、我が国に他国の王を招くのだ……それなのに自国の王が遅れる訳にもいくまい? ヴォルトレーテ王よ」


 ディルクは毎年同じ質問をしてくる白髪の老人――ワダツミ・ミナガワ・ヴォルトレーテに対して例年通りの受け答えをした。

 そうしてディルクから返された返答を聞いて、ワダツミはその声を大にして豪快に笑いだす。


「かっかっかっ!! その真面目さは未だ健在か!! ノーガス殿も元気そうで何より!!」

「これはこれは、ワダツミ・ヴォルトレーテ様。我ら年寄りがこうして長生き出来ておるのは僥倖と言えましょうぞ」

「違いない!! っとそうだった……おい」


 ノーガスの言葉に愉快だと笑い声を上げていたワダツミはおもむろに後ろを振り返り鎧の人物へと視線を送る。

 鎧の人物はワダツミに対して一度お辞儀をすると、頭に被っていた顔を隠す兜を外した。


「こやつは息子のカゲロウという。先日、ライナ様から御墨付きを貰えてな、次期国王として教育しておる最中なんじゃ。今年からこの会議の付添人として儂に付く事になった、よろしく頼む」

「……カゲロウと申します、以後お見知り置きを」

「ほうほう、相変わらずヴォルトレーテ大国の王族の名というのは珍しい名が多いですなぁ……」

「ライナ様の御弟子であった二代目国王、エイト様が残した手記があっての。どうやらエイト様はその手記の中に自らの子に付ける名前のリストを作っておったらしい。儂らヴォルトレーテの王族は、代々その名前のリストからランダムで子供の名を選び続けてきたんじゃ。ライナ様が立会人として見届けてくださるそれは、最早儂らにとってある種の風習みたいになっておる」


 ワダツミは亜空間から急須と湯呑みを取り出して、湯呑みに緑茶を注ぐとそれをゆっくりと飲み始める。ワダツミの話を聞いていたディルクは興味深そうにその話を聞いていて、隣に立つノーガスは……どこか懐かしそうな少しだけ寂しげな表情を浮かべて頷いていた。


 ”閃光の魔女”ライナ・ティル・ヴォルトレーテの弟子、エイト・ミナガワは人間種であり……転生者だった。


 それはまだ、ミラスティアが地球へと向かう前の話。今とは違い、百年に一度あるかないかという周期で転生者が現れていた時代の事。

 転生者としてフィエリティーゼへやってきたエイトには【剣聖】と【限界解放】という特殊スキルが宿っていた。しかし、エイトは性格に難があり冒険者とし活動していた転生直後は荒れに荒れて人々を困らせ続けていたと言われている。


 自身の強さに驕り他者を見下し喧嘩を繰り返す毎日……そんな時にエイトを見つけたのがライナであった。

 喧嘩を売って来たエイトを軽くあしらい、得意である剣を使う事なく素手で鎮圧したライナ。そんなライナに負けずと何度も挑み続けていたエイトであったが、次第にその傲慢に満ちていた心を粉々に砕かれ、ライナの強さに憧れを持ち始める。

 そうしてライナに何度も土下座を繰り返し『俺をあんたの弟子にしてくれ!!』と願い続けたのだ。結局、ライナは他の魔女達と違い自分に弟子が居なかった事もあり折れる形でエイトの弟子入りを認めたのだった。


 ミラスティア以外の魔女達の弟子の中で、一番最後に弟子入りをしたエイトはまだ18という年齢だった事もあり、師である魔女達だけではなく、長命種である種族が多い弟子達にとっても可愛い子供の様な存在だった。皆でエイトを可愛がり、特にハイエルフであったレヴィラと吸血種の始祖であるユミラスは無邪気に質問をしてくるエイトを孫の様に可愛がっていたのだ。


 だからこそ、レヴィラはエイトの子孫であるワダツミやヴォルトレーテの王族には大抵甘い。まだノーガスとして姿を消す前は、頻繁にヴォルトレーテ大国へと訪れ大量の魔道具や菓子類と言った手土産を持ってエイトやエイトの子供達の顔を見に行っていた程だ。


 ディルクがワダツミとカゲロウの二人と会話をしている最中、ノーガスに【偽装】しているレヴィラは楽しげに笑うワダツミの顔を見て微笑んでいた。


(ふっ……そういえば、ワダツミは先祖返りと言われておったな……。どおりで笑い方や顔立ちに面影がある訳だ……)


 そうしてレヴィラは脳裏に浮かぶエイトの顔と目の前にいるワダツミの顔を重ねてその笑みを深くする。


 時は巡る。


 その言葉を胸に刻み、レヴィラは長命種であるからこその悲しみと喜びを、目の前の光景と共に噛み締めるのだった。





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今回は新たな登場人物が3名ほどいるので、いつもよりも簡略化した紹介文にさせてもらいます。


・エイト・ミナガワ・ヴォルトレーテ(享年120才)

 ヴォルトレーテ大国の二代目国王 人間種 転生者


【剣聖】【限界解放】という珍しいスキルを所持している。

 王位についてからはSランク冒険者の女性を娶り、余生は孫達に囲まれて幸せな日々を送っていたという。魔女や同じ弟子達からたくさんの愛情をもらい、その幸せを知っているからなのか、自らの子や孫にも大層甘かったと言われている。


・ワダツミ・ミナガワ・ヴォルトレーテ(98才)

 ヴォルトレーテ大国の七代目国王 人間とエルフの混血種


 エイトの先祖返りとも言われるヴォルトレーテ大国の頂点に君臨する剣士。

 エイトの特殊スキルであった【剣聖】を産まれながらに有しており、その人生の大半を剣へと捧げ続けてきた。ヴォルトレーテ大国では初となる混血種であり、その寿命と魔力はエルフの血を受け継いでいる。固有スキルである【精霊召喚】も保有している為、魔女や魔女の弟子を除けばその強さは他所を寄せ付けない程に強力なものである。


・カゲロウ・ミナガワ・ヴォルトレーテ(28才)

 ヴォルトレーテ大国 第一王子 次期八代目国王候補 人間種(エルフの血が僅かに混じっている)


 ワダツミの息子。エルフとの混血であるワダツミは結婚自体が遅かった為、まだまだ若い。混血であるワダツミの子供ではあるが、残念ながら人間種の血を濃く受け継いでいる為、エルフの固有スキルを使う事はできない。その代わりに特殊スキルに【剣帝】という【剣聖】の亜種スキルを持ち、ライナ直伝の魔法剣を巧みに使う技術を身につけており国民からの支持も熱い。次期国王として恥じぬ行いを常に心がけており、口数は少ないが芯の通った誠実な心の持ち主。


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