―変わりゆく世界と森での生活~二年目~三年目―
第125話 五大国連盟会議①
エルヴィス大国の北部には、王族が代々管理してきた広大な土地が存在する。
畑や大規模な工房もないこの土地には、その広大な土地の中心に一つだけ神殿が建てられていた。
その建物は王宮に仕える専属の管理部門が毎日状態の確認と清掃・修繕作業を行い徹底的に管理されている。
何故、何の生産性もない建物の為にそこまで厳重な管理体制を敷いているのか。
その理由は、この神殿が国にとってとても重大な建造物だからである。
正確言えば……その神殿に祀られている石像が重要なのだ。
それは”常闇の魔女”がこの世界から姿を消す前の話。
”常闇の魔女”は他の魔女達が治める五大国が今後も繁栄していくことを願い、中央国家であるエルヴィス大国の広大な土地に一つの石像を造り上げた。
その石像は、百年以上が経過した現在でも傷一つなく顕在している。
製作者である”常闇の魔女”がその石像内に膨大な魔石を埋め込み、魔石を触媒として”状態保存魔法”を常時発動させているためだ。
仮に魔石が空となっても魔力を流し込めば魔石に溜まる様になっている為、管理部門に籍を置く者は神殿を後にする際、必ず魔力を一定数流し込む事になっている。
”常闇の魔女”のみが造る事が出来る、大変貴重な石像。
――創世の女神ファンカレア……その御身を寸分違わず象った石像は、フィエリティーゼにおいてエルヴィス大国の北部にあるこの神殿内の石像のみなのだ。
この神殿に入ることが出来るのは極限られた人物のみであり、年に一度……創世の月の初めにだけ神殿の入口前に”栄光の魔女”が管理している石像の複製品が祀られる。複製品は神殿内に祀られている本物とは違い、盗作防止の為にわざと荒く造られているので事細かに描写されているわけではない。
それでも女神様を祀る石像を一目見ようと創世の月の初めには多くの人々が集まり、それは”祝福の祭典”と呼ばれる一種の政と化していた。
――創世の月、5日目の昼過ぎ。
”祝福の祭典”から4日目となるこの日、エルヴィス大国の国王であるディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスは宰相であるノーガス・ヴァン・ライムバルドを連れて、神殿の入口へと転移して来た。
「――あの、ノーゼラート様に一つお伺いしたい事があるのですが……」
「……」
転移して直ぐ、入口から内部へと入ろうとするノーガスに対して、ディルクはそう声を掛ける。
ディルクの言葉を聞いた途端、年老いたエルフの男はその顔を歪めあからさまに嫌そうな顔をした。
何を隠そうこの年老いた男、ノーガス・ヴァン・ライムバルドの正体は……エルヴィス大国の二代目国王であり”栄光の魔女”の弟子でもあるハイエルフ――レヴィラ・ノーゼラート本人なのだ。
彼……否、彼女の正体を知るのは国王であるディルクとその従者のヴァゼル、そして”栄光の魔女”――フィオラ・ウル・エルヴィスと”常闇の魔女”ミラスティア・イル・アルヴィスの四名のみである。
つい一年半前、行方不明者として姿を消しその姿を偽り続けていたレヴィラは、突如として地球から戻って来たミラスティアによって、その正体をあっけなく見破られてしまい……その場に居合わせたディルクやヴァゼルにも知られてしまう結果となった。
それからというもの、ディルクはレヴィラと二人の時は常に敬語を使い助言を求める事が増え始めていた。レヴィラはそれを止めるようにと何度も言っているのだが、ディルクはそれを止めるつもりはない。
当然ながら時と場所は弁えていて、必ず二人きりの時のみと決めている。だが、止めない理由自体はそれとは別で……止めろとは口で言いつつもなんだかんだ許してしまっているレヴィラの甘さにも原因があったのだ。
そしてそれは、現在進行形の話であり……嫌そうな顔をしていたレヴィラは溜息を吐きながらも一度だけディルクの言葉に対して頷きで返した。それを見たディルクは一度軽く頭を下げ、レヴィラへ聞きたかった内容を口にする。
「その……今回の会議には、ノーゼラート様と同じく魔女様のお弟子であられた方がお一方存在すると思うのですが……ノーゼラート様がご存命の件は知っておられるのでしょうか?」
「……ああ、あやつの事か」
ディルクの言葉にレヴィラは一人の人物を脳裏に思い浮かべる。
それは、レヴィラがフィオラの弟子として魔術の修行をしていた時、良く共に研鑽の時を過ごしていた相手……冷徹なる吸血種の始祖、けれどその心には無邪気な子供が住み着く令嬢――ユミラス・アイズ・プリズデータ。
今回の会議には彼女も参加する。
それは年に一度、非常事態でない限り必ずこの日に行われている定例会議であり、連盟国である五大国の王が一か所に集う貴重な日。
――五大国連盟会議……魔女が統治していた時代から代々続いている、歴史のある会議だ。
五大国の王が全員参加するこの会議には、当然ながらプリズデータ大国の女王であるユミラスも参加する事となっている。
だからこそディルクは、今まで付添人として参加していたレヴィラに対して念のため確認をしておきたかったのだ。まあ、その実……興味があったと言うだけの話である。
「お前の問いに対する答えは……否だ。そもそも、我の【偽装】を見破れる者は六色の魔女様達ぐらいであろう」
「な、なるほど……では、仮にプリズデータ女王と会談する機会があったとしても、これまで通り宰相として接すればよろしいですか?」
「ああ、我は静かに暮らしていければそれでいいからの……」
(それに、あやつは我のことなど興味もないであろうからな……)
レヴィラはディルクに軽い口調で受け答えした後、周囲に広がる雪景色へと目をやりその表情を暗くする。
この時、レヴィラはディルクに対して嘘を吐いていた。
確かにレヴィラの持つ特殊スキルの【偽装】は”認識阻害魔法”とは別の代物であり、見破るのは極めて難しい。
しかし、レヴィラは知っていた。
”六色の魔女”以外にも、自身の【偽装】を見破れる存在が居る事を。
それこそが、先程から話題に出て来ているプリズデータ大国の女王ユミラスだった。
同じ弟子であり友でもあるユミラス。
そんなユミラスのここ数年の様子を見て来たレヴィラは、彼女にどう接していけばいいのか分からなかった。
何度も、自らの正体を明かそうかとも考えた。
友として、師匠を失ったに近しい状態であったユミラスを支えたいと思っていたからだ。その手始めとしてレヴィラが行った行動が、十数年前から始めた五大国連盟会議への付添人としての参加だった。
五大国連盟会議では、神殿の奥にある白い円卓が置かれた部屋で会議を行う。その際、国王の付添人として一人だけ同伴が許されていた。
十数年前までは別の者がディルクの付添人をしていたが、レヴィラはその者に頼みディルクへの付添人を代わってもらい、会議の最中ディルクの後方へと立つことが出来たのだ。
そこには当然、女王として君臨し続けていたユミラスも居る。
まだお互いに魔女の弟子であった当時からレヴィラの【偽装】をいとも容易く見破っていたユミラスであれば、直ぐに気づいてくれるであろう……そう思っていたレヴィラは、付添人として初めて共にした五大国連盟会議で絶望を味わうことになる。
”……我は特に意見は無い”
”……我は特に興味は無い”
”……我は特に反対は無い”
全てにおいて、無気力と言った態度を示す変わり果てた友の姿。
そんなユミラスの姿を見て、レヴィラはその場で強く拳を握りしめた。
……どうして、気づいてやれなかった。
……どうして、分かってやれなかった。
……どうして、話してくれなかった?
それは後悔であり、悲しみであり、怒りでもあった。
もはや全てに興味を失くし、虚ろな瞳で世界を見つめる友……彼女の瞳に、レヴィラが映る事は十数年の間で一度も無かったのだ。
だからこそ、レヴィラ自身も諦めかけていた。
もう、昔から知っているかつての友の姿は……見ることが出来ないのだと。
――しかし、そんなレヴィラの元に一年半前……新たな風が吹き始めた。
……常闇が連れて来た、漆黒の主。
その強大な力にレヴィラは初めて謁見の間で会った時、体の震えを止める事が出来なかった。その強大な力が、もし自身に降りかかる事があったら……自然と思考は加速して行き、最悪の結末をレヴィラに想像させ続けていた。
……だが、その強大な力とは裏腹に漆黒の主である青年の心は、誠実さと優しさで満ち溢れていて、そんな青年の姿を見てレヴィラも徐々に落ち着きを取り戻していった。
そして、約束通りにエルヴィス大国の第三王女であるシーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスを救い出し、世界を混乱の渦へと陥れていた死祀たちを倒して見せた青年に、レヴィラは心から感謝していた。
その後の大騒動に関しては流石に苦笑せざるをえなかったが……それでもレヴィラは、彼の青年ならば友を……友が慕い続けている”氷結の魔女”の心を救ってくれるのではないかと、その胸に僅かばかりの希望を抱き今回の会議に臨んでいる。
「ノーゼラート様?」
胸の前で右の拳を握り空を眺めるレヴィラを、ディルクは不思議そうに眺めていた。
そんなディルクに「何でもない」と口にし、レヴィラは神殿の中へと進み始める。
(……のう、友よ。お主は知っておるか? 我らが呆けていおる間に……世界は変わり始めておる事を……)
誰に言うでもなく、レヴィラは心の中で問いかける。
こうして、ディルクとレヴィラ……が【偽装】している宰相のノーガスは会議が行われる神殿の内部へと足を運ぶのだった。
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もうお気づきの方もおられるかもしれませんが……ユミラスの問題は既に解決しています。”氷結の魔女”アーシエルの問題についても……。
という訳で、今回のお話は藍くんがフィエリティーゼへと転生してから1年半が経った世界のお話です!!
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