第121話 一年目:引越し祝い



 場所は変わって二階へと移動した俺達はそれぞれに感嘆の声を上げた。


「これはまた随分と改装したんだな……」

「えへへー、ランがキッチン欲しいって言ってたからー、頑張ったー!」


 「褒めてー」と俺に近づいて来るロゼの頭を撫でる。頬を膨らませて「私も……」と抱き着いて来たリィシアも撫でる。

 おかしいな……二人とも俺よりも年上だと思うんだが……。


 そうやって二人の頭を撫でつつも再び視線を左へと移した。

 お披露目会の時には何もなかったその空間には、それはもう素晴らしい出来のキッチンが完成していた。

 イメージはアイランドキッチン。壁に囲われていない解放感のある広々としたキッチンだ。壁際の所には食器棚だったり、調理器具だったり、縦長の鉄製の……多分冷蔵庫なのではと思われる物があったりと、早く触りたいという衝動に駆られるくらいに良い感じのキッチンスペースになっている。


 うん、もう地球で見た事のある物が平然とあっても驚かないことにした!

 だって、言ってもしょうがないもんな。出来ちゃってるし、特にそれで困ることは無いし、使い方とか動く原理とかは地球と違う所もちゃんとあるからこれはこれで面白い。まあ、案の定ミラの溜息が聞こえて来るが……諦めよう? 俺も諦めたから……。


 そうして全員でキッチンの方へやって来たのだが……。


「これがねー、包丁とかー、鍋とかが入っている所ー」


 シンクやコンロが備え付けられた調理場の下は、白で塗装されていて中央で区切って右側に大きな両開きの扉が付けられた収納スペース、左側には同じ大きさの引き出しが三段付いていた。

 最初に両開きの扉を開けると、そこには大小さまざまなフライパンや鍋、両開きの扉の内側には様々な用途で分けられた刃物が何本も専用のスタンドに差し込まれていた。


「こっちがねー、カップとー、ご飯食べる時用のフォークとかー、小物入れー」


 そうして次は引き出しを開け始めるロゼ。

 一番上の引き出しにはフォークやナイフ、後は箸なんかも入っていた。箸については、多分円卓でご飯を食べていた時に俺の話を聞いて作ってくれたのだろう。

 二段目には、軽量カップ、菜箸、お玉といった料理の際に使う道具が、三段目には大きめのザルやボウルが入っていて、ますます料理をするのが楽しみなって来る。


「本当に凄いよ……ありがとう、ロゼ!」

「むっふっふー!! ロゼに掛かればー、これくらいどうってことないよー!」


 嬉しさのあまりロゼにハグしてその頭を撫でると、ロゼはしゃがんだ俺の背中に手を回してハグを返してくれた。ロゼから離れると再び頬を膨らませたリィシアがこちらを眺めていたので、宥める為にリィシアにもハグをして頭を撫でる。


 ちなみに、他の面々はというと……。


「ミラスティア……私の目はおかしくなってしまったのでしょうか……」

「いいえ、これは現実よ……あの子、何故か藍の頼み事には甘いから……仕方がないわ」


 年長組であるフィオラとミラがキッチン全体を一瞥して溜息を溢し。


「す、すごいよこれ……このナイフとか、フォークとか、全部アダマンタイトで出来てるよ……」

「それだけじゃないよアーシエル姉さん……こっちの包丁類はアダマンタイトと六属性の魔石の錬金金属で出来てる……これ、全部が国宝級だよ……ここにある刃物だけでジャイアントタートルの甲羅とかもスパスパ切れるよ……」


 アーシェは引き出しの食器類を眺めて驚き、ライナは両開きの扉の内側を眺めて苦笑を浮かべる。


「見た所、ほとんどが魔石で動いているようだが……随分と良い魔石を使っているな。この水を出すための魔石を売るだけで小国の国家予算並みの金が動くぞ……」


 グラファルトはシンクに備え付けてある蛇口から水を出し、シンクの縁で微かに光る青い魔石を見つめてライナ同様に苦笑を浮かべていた。


 なんだかそれぞれ思う所があるようだが、俺としては予想を超えて素晴らしい出来であるキッチンが手に入ったので特に問題はない。

 うん、素材になにを使ったのかも知らない。それが幾らくらいする物なのかも知らない。知らない方が絶対良い……。


 そうして現実逃避をする為に、立ち上がった俺はこちらを見上げるロゼとリィシアの頭を撫で続けるのだった。









 それぞれが様々な感想を抱きつつも、無事にキッチンの紹介が終わり時間的には夕暮れだ。そんな訳で他は使う時になったらその都度説明して貰う事にして、俺達は二階の右側……ダイニングとリビングを兼ねた場所で引っ越し祝いを行う事となった。


 ダイニングとリビング……もうダイニングでいいか、キッチンの近くだし。お披露目会の時は空っぽだったダイニングスペースにも、今は様々な家具が置かれている。


 まずは木製の長テーブル、今俺達が囲んでいるやつが一つ。どういう作業をしたのか分からないけど木目が綺麗で肌触りが凄く良い……この部屋に日が差し込んだりしたらここで突っ伏して寝るのもいいかもしれない。


 長テーブルに合わせて椅子も基本的には木製だが、背中とお尻が痛くならない様に柔らかめのクッション材の様な物が座面と背もたれに付けられていて座り心地はとても良い。


 長テーブルはキッチンの側に置かれているため、右奥はまだまだスペースがあったのか、ソファが置かれ絨毯が敷かれた寛ぎスペースとなっている。ソファはキッチンに背もたれを向けている長めの大きな物が一つと、その奥に座る方をこちらへ向けた同じ大きなソファが一つ置かれ、左右には一人用のソファが一つ置かれていた。


 絨毯の上にはソファの高さに合わせたテーブルが置かれていて、そこでお茶とかを飲むことも出来るのだろう。

 というか……真っ白な絨毯に見覚えがあるんだけど……正確に言えば絨毯に使われている”素材”に……。


「なあ、ロゼ……あの絨毯って……」

「あれはねー、エンシェントシープだよー」


 ですよね……。

 大丈夫かな、あんなにエンシェントシープの毛を使って呪われたりしてないよな?

 まあ、良いけどね……気持ちいから……。




 さて、現在俺達は引越し祝いという事で豪勢な食事を前に座っている。

 ちなみに食事は全てフィオラとアーシェが買っておいたものらしい。いつの間に買ったんだろう……。

 ミラやグラファルトから俺の手料理を食べてみたいと言われたのだが、いくら見た目が一緒とは言え、使った事のない調理器具を試してもいない段階で人様に食事を提供するわけにはいかないと思い、丁寧にお断りをした。

 後はまあ……こっちの食材を使うのが怖いと言うのもある。ミラに頼めば亜空間から食材を出してもらえそうだけど……入ってるかな?


 そう言った理由から、出来合いの料理をキッチンの食器棚の中に入っていたお皿に移し、テーブルが埋まるくらいのご馳走が並べられていった。飲み物はワイン、シャンパン、果実酒、果実水といったラインナップ。俺は果実水を選んだ。


 全員に飲み物が行き渡った所で、ミラがこちらを見て声を掛けて来る。


「さて、引越しは無事完了と言っていいわね。今日は引越しのお祝いという事で豪勢な食事だけれど……藍、乾杯の音頭をお願いできるかしら?」

「え、なんで俺なの?」

「だって、ここは私達の家でもあるけれど、目的としてはあなたの家を建てる事だった訳だし、言うなれば家長はあなたということになるわ」


 ええ……そうなるのか?

 俺が困惑していると、ミラは小さく微笑みそのまま話を続ける。


「別に畏まった祝辞をしろと言っている訳ではないわ。そうね……こっちに来て少し経ったけど、この世界はどうかしら?」


 そう言った感想を言えばいいのよ。

 ミラはそう言ってこちらへと掌を向けて”どうぞ”と見えないマイクを渡してきた。

 うーん……こっちに来手からの事か……。


「正直、こっちの世界の事は……まだいまいち分かっていないかもしれない。まあ、二週間……14日しか経ってないから当たり前と言えば当たり前なんだけど」


 俺がそう言うと全員が苦笑するように小さく笑みを溢していた。


 思えば、この14日間はバタバタとした毎日だった気がする。

 初日には1000人を超える転生者達と戦い……その直後に倒れて3日間眠り続けた。

 その後も森での隠遁いんとん生活を言い渡された方と思えば、俺の家が(豪邸)が建てられることが決定していたり、そこに美女、美少女である六色の魔女達が同居する事になったり、白色の世界へ遊びに行ったら地球の神様と知り合いになったり、つい昨日……妹がフィエリティーゼへ来ることが決定したりなど……。


「この14日間は……本当に色々あったなぁ……」

「まあ、流石に落ち着いて来るであろう? これからは楽しい楽しい鍛錬が待っておるからなぁ」

「……もうちょっとハプニングが起きてもいいかもしれない」


 グラファルトの楽し気な声に思わずそんな事を口にしてしまう。

 だって……一向に上手くならないんだもん。

 ここ数日の鍛錬で魔力制御は難しいのだと言う事を嫌という程思い知らされている。いや、やります……妹も来るし、守ってあげないといけないから頑張りますけど……。


「と、まあ、話が逸れてしまったけど、色んなハプニングはあったものの、こうして俺達は新居へと引越すことが出来た。まずは、家を建ててくれたロゼに感謝を」


 そうしてロゼの方に向けて全員が手に持ったグラスを軽く傾ける。

 その対応に、ロゼは少しだけ頬を赤らめ「えへへー」と照れていた。


「えー……グラファルトの言う通り、これからは多分俺は鍛錬が中心の生活になるんだと思う。中々上手く制御できないから、もしかしたら迷惑を掛けてしまうかもしれないが、その時は大目に見て欲しい」


 そうして軽く頭を下げると、全員が笑みを浮かべながら一度頷いてくれた。


「……俺はこの世界に来れた事を嬉しく思ってる。第二の人生を――ここからみんなと一緒に始めて行くよ」


 そうして、手に持ったグラスを上へと掲げ……。


「これからもよろしく!! 乾杯!!」

「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」


 俺達はグラスを重ね合いその中身を飲み込んだ。

 森での生活はまだまだ長いけど……この家を拠点として暮らして行くなら悪くない。

 鍛錬は大変そうだけど……頑張って行こう。



――こうして、俺のセカンドライフは始まったのだ。










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 次回はクリスマスという事で閑話を一話か二話挟みます。

 その後は二年目~五年までの生活をダイジェストでお送りする予定です。


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