第120話 一年目:部屋割りを決める。




 泉の所でミラと人には聞かせられない様なやり取りを終えた後、俺とミラの二人は円卓が置かれている結界内の中心地へと来ていた。


 どうやらまだ他に誰も来ていない様で、ミラはフィオラ達を呼んでくると言って小屋へと向かって行った。流石にミラを手伝って他の魔女達が寝ている小屋に入るのは躊躇われるため、円卓の周りを囲む様に置かれた椅子の一つに座っていた俺だったが……何もしないで一人で待っているのもあれだったので、まだ寝ているであろうグラファルトを起こしに行く事にして席を立つ。


 そうして特に問題もなく全員が集まる事ができ、食事を終えた後で早速ロゼの建てた新居へと引っ越しをする事になった。


「それじゃー、スペアキーを渡しておくねー?」


 新居の玄関口前に集まった俺たちに先頭に立つロゼが全員にトランプ程の大きさのカード型のスペアキーを配っていく。ちなみに、ミラの登録は朝の内に終わらせていた様だ、相変わらず仕事が早い……。

 渡されたスペアキーはロゼなりのこだわりなのか、俺のは漆黒に染まったカードで、グラファルトのは白銀に染まったカードといった感じにそれぞれの魔力の色で分けられていた。


 スペアキーを渡し終えると、ロゼは玄関口に付けられた扉に注目するように俺達に声を掛けた。言われた通りに扉の方へ目をやると、細長い取っての付いたドアノブの上辺りに何か薄い物が入りそうな細長い空洞が作られていて、それを見て首を傾げているとロゼが説明をし始める。


「この隙間にスペアキーを挿してねー? そうするとー、スペアキーに登録されてる情報を扉に掛けられてる術式が読み取ってー、扉が開くようになってるからー」


 ロゼはそう言うと、手に持っていた赤いスペアキーカードを細長い空洞へと挿し込んだ。すると扉からカチャッという音が鳴り、ロゼが横を向いていたドアノブの取ってを握り縦へ倒すと、扉が開き一度見た事のある玄関ホールが顔を覗かせた。


「やり方を覚える為にもー、一人ずつ入ってきてねー」


 玄関ホールへと足を進めたロゼはそう口にすると、扉の向こう側へ移動するとこちらに振り向き片手でぶかぶかの白衣を振りながら扉を閉めてしまう。

 ロゼの言う事は理解できる……という事で、順番に一回ずつ鍵を開錠してから新居へと入っていく事になった。

 リィシアやアーシェが早くやりたそうにしてたので、一番手と二番手は二人に譲り、慣れていないであろうフィオラとライナ、そしてグラファルトがその次に続く。俺とミラは……なんというか、どうみてもこれはホテルの個室とかにある鍵と同じ仕組みっぽいから正確には違うのだろうけど、似た様な鍵を開錠した事があるという事で最後の方に入る事にした。


「ミラ……お前、ロゼにどんな資料を渡したんだ……」

「私もこればかりは予想外としか言えないわね……。屋敷のポストに入っていた貸出物件とかリゾートホテルのチラシとかを数枚渡しただけなのに……あの子が扉の鍵に興味を持つなんて思わなかったわよ……」


 二人だけとなった玄関口で、俺とミラは二人揃って苦笑を浮かべる。

 でもまあ、何か不利益がある訳でも無いしロゼ自身楽しいんでいる様子だったので気にしないでおこう……。

 そうして、俺とミラはみんなに合流する為に鍵を開けて新居の中へと入ったのだった。












 玄関ホールを通り、俺達は一階の左側……魔女であるミラ達6人が住む区画へとやって来た。


 一階部分はお披露目会の時から大分リニューアルされている。

 というのも、幾ら空間魔法で部屋を作れるからと言って、流石に仕切りも何もない広場の様な一階の壁に、ただ扉をくっつけただけというのは如何なものか? という意見が俺やライナ、フィオラと言った面々から出たからである。


「ラン達に言われてからー、ちゃんと壁を隔ててー、6部屋作ったよー。右側も同じ造りになってるー」

「僅か数日でここまで変わるもんかね……」


 石の床を上がり、木の板が敷き詰められたフローリングへ移って最初に目が行ったのは明らかに狭く感じる正面の空間。

 その原因は明らかであり、お披露目会の時には無かった壁の所為だった。

 少しだけ前ヘ進み左側へと視線を送ると、そこには一本の廊下が出来ており、両脇には壁で区切られた部屋が造られているのが分かる。玄関ホールを挟んで反対側へと振り返るとそっちも同じような造りになっていて、廊下の突き当りには玄関と似た形の扉が付けられていた。


 ちゃんと両サイドに部屋が造られた事で玄関ホールは多少狭く感じてしまうが……それでも、俺は今の一階の方が気に入っている。

 やっぱり空間魔法とかがあるとしても、形としてちゃんと部屋がある方が落ち着くからな。


 しかし、こうしてくれって言ったのは俺なんだけど……数日では無理かなと思ってたから正直驚いている。

 改めて、ロゼの技術は桁違いだなと思い知らされた気分だ。


「ミーアが帰って来ない間に時間があったからー、沢山改善したよー」

「あら、それなら遅れて良かったかしら?」

「うーん……ロゼはー、寂しかったー」

「あらあら……相変わらずねぇ」


 すすすとミラへ近寄って行き抱き着いたロゼの頭を、ミラは微笑みながら優しく撫で始める。

 ちなみに、ミラは俺以外の前ではなるべく今まで通りに接していくことに決めた様だ。理由としては、『恥ずかしいから、もう少しだけ様子を見て判断する』との事……。まあ、こればっかりは他人がどうこう言うべき問題ではないので、俺も特には何も言わなかった。


 しばらく二人を眺めていると、満足といった様な顔をしてロゼは左側の廊下へと進んで行き俺達を誘導する。

 廊下の真ん中あたりまで来るとその足を止め、ロゼは姉妹であるミラ達に対して声を掛け始めた。


「それじゃーランとグラファルト以外はー、こっちの部屋の何処に住むか決めよー。ロゼはーどこでもいいよー?」


 玄関側と転移装置側の二つの壁にそれぞれ3部屋ずつ用意されている。

 どうやら部屋の内装自体は共通しているらしく、後でミラに”空間拡張魔法”を使ってもらう予定なのだとか。そこからは自分でカスタマイズしたり、ロゼに頼んで家具を作ってもらったりして各自で変えていいらしい。

 玄関側の扉には【101】【102】【103】と、玄関ホールから順に部屋番号が書かれている札が各扉に付けられていた。転移装置側の扉にも、玄関側の扉に続くように【104】【105】【106】と書かれた札が付けられている。


 いや、ホテルじゃん……。


 声には出さないが、心の中で思わず呟いてしまう。

 これも多分……ミラが渡したチラシの所為だよなぁ……。なんか、変に影響されている気がしてならないんだけど……あ、ミラもちょっと頭抱えてる。もしかしたら、リゾートホテルのチラシを渡したことを後悔しているのかもしれない。


 どうやらロゼは、異世界の建造物……特にリゾートホテルにご執心の様だ。

 まあ、”俺の見慣れた景観の家”という目的は達成しているし、内装を見る限り住むことになっても問題なさそうだから良いけどさ……。



 その後、結局全員が『どこでもいい』と口にした為、くじ引きで決める事になった様だ。ロゼは亜空間から紙とペン、それから小さめの麻袋を取り出し、一枚の紙を六分割した後に、分割した紙一枚ずつにそれぞれの部屋番号を書いていく。そうして書き終えた紙を麻袋へ入れると、ミラ達に一枚ずつ取る様に言い余った一枚をロゼが持つ。


 部屋割りは、ミラが【101】、フィオラが【104】、ロゼが【103】、アーシェが【102】、ライナが【106】、リィシアが【105】となった。

 特に反対意見などは出ることなく、部屋割りが決まるとロゼは亜空間から前々から作っていたというある物を取り出す。

 それは、それぞれの名前が書かれたプレート。プレートをそれぞれの決まった部屋の扉に付けて行き、初めから付いていた番号札は外していた。

 付け終わり満足そうに頷いたロゼは、長年の夢が叶ったからかとても嬉しそうに見えた。




 こうしてミラ達の部屋割りが決まった後、次は俺とグラファルトの部屋を決めることなる。

 うん、やっぱり個室って良いよね。実は、ちょっとだけワクワクしている自分が居る。地球に居た頃も個室はあったけど、少しだけ手狭だったからなぁ……。新居の部屋はミラの”空間拡張魔法”の効果でかなり広々とした部屋になるらしい。

 ベッドは必ず置くとして、広さを確認してからになるけどやっぱりテーブルとソファも欲しい。あとは机とかもあったら最高だな。


 そんな想像を膨らませながら右側の廊下へと辿り着き、いざ部屋割りを決めようとグラファルトの方を向き声を掛ける。


「グラファルトは、どこが良い?」

「――いや、我は藍と一緒の部屋で構わん」

「そうか、じゃあ後は俺が決めれば良い…………は?」


 おっとっと……雲行きが怪しくなって来たぞ……。この竜娘は何を言い出しているのだろうか?


「えっと、グラファルト? もしかしなくても俺と一緒の部屋で過ごす気なのか?」

「んん? 我とお前は婚約しているのだぞ? 別におかしなことではなかろう?」

「いや……例え婚約者であっても、個人の部屋は必要だろう?」

「そうか……? なら、適当に部屋割りを決めて我の部屋を作っておこう。だが、基本的にはお前と同じ部屋で過ごすが」


 それ部屋を作る意味ないよね!?


 あまり俺の言っている事の意味を理解していないのか首を傾げながらそんな事を口にするグラファルト。

 俺は助けを求める様にミラ達の方へと視線を向けるが、全員が苦笑を浮かべるばかりでどうやら助太刀は望め無さそうだ……。


 そうして俺がどうしようか悩んでいると、首を傾げていたグラファルトの顔が曇り始め……寂し気な表情へと変わり始めた。


「我はその……お前と一緒に居たいと思っていたのだが……」

「うっ……」

「ダメか……?」


 上目遣いでそう聞いて来るグラファルトに思わず胸元を両手で抑える。

 ずるい……その顔はずるいよ……。

 婚約者であり……というかそれ以前に好意を抱いている可愛い女の子から、”一緒に居たい”と寂しそうに言われて断れる筈がない……。


「………………わかった、一緒の部屋にしよう」

「っ!! うむ!! 一緒の部屋だっ」


 ……うん、まあ良いか。

 もう開き直ろう。婚約者であるグラファルトがこんなに満面の笑みを浮かべて喜んでくれるんだ。俺の些細な憧れなんて記憶の彼方へ捨ててしまえばいい……。


 全員の部屋が決まった後は、ミラが一部屋一部屋周って”空間拡張魔法”を付与して行った。その際、グラファルトと一緒に使うからか俺の部屋だけ特別に広くしてくれた様で、正直二人でも広すぎるくらいだが有難く有効活用させてもらおう。

 各部屋にはシャワールームとトイレもついていて、その全てが魔石で動いている様だ。魔石は定期的にロゼが変えてくれるらしい。


 ……部屋の内装を見て『完全にホテルね……』と呟くミラを、俺は見逃さなかった。


 あ、ちなみに右側の部屋にも左側の部屋同様に番号札が付いていて、違いとしては左側は【101】だったのが、右側では【201】となっている事くらい。

 俺の部屋は玄関側の【202】号室で、名前の書かれたプレートは俺とグラファルトの二枚分貼られている。


 そんな訳で、ちょっとした出来事はあったが無事部屋割り引越しは無事完了したのだった。







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 部屋割りが分かりにくいかもしれないと思い、下に簡略図を用意しました。

 これでも分かりにくかったら申し訳ありません……。


  ライナ      リィシア     フィオラ

 【106】    【105】    【104】

――――――――――――――――――――――――――――  ~転移装置側~


            廊下              


――――――――――――――――――――――――――――  ~玄関ホール側~

 【103】    【102】    【101】

  ロゼ       アーシェ     ミラ




         【204】    【205】    【206】

 ~転移装置側~――――――――――――――――――――――――――――


                廊下           


 ~玄関ホール側~――――――――――――――――――――――――――――

         【201】    【202】    【203】

                ラン・グラファルト



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