第119話 一年目:元気そうで良かったよ……。




 俺がフィエリティーゼへと転生してから……今日で14日目。

 地球で考えると、もう二週間も経過していた。


 そう言えば、この世界の日付ってどういう風に数えるんだろうか?

 聞きたい……でも聞いたら絶対に勉強の時間が増えそう……。

 そんな葛藤を覚えながらも、俺はベッドから起き上がり小屋の扉を開いた。


 小屋の外に出ると陽は既に昇っており、フィエリティーゼに転生からは初めての遅い起床となった。

 まあ、昨晩は白色の世界でファンカレアに黒椿、それとカミールの計3名による感謝だったり、俺とミラのやり取りについての感想だったり、ファンカレアとカミールが”自分たちにも悪い所が……”と少しだけ気にしている様子だったのでそれを宥めたりしていて、森に戻れたのは夜明け前だったからなぁ……仕方がない。


 グラファルトには一応声は掛けたけど、全く反応が無かったので寝かせておくことにした。


 この二週間でルーティーンとなっている洗顔をする為に泉へと向かうと、そこには黒いドレスを身に纏う少女の姿があった。少女はこちらに背中を向けて泉の方を眺めている。俺はある程度の距離まで近づいてから少女へと声を掛けた。


「おはよう、ミラ。何を見てるんだ?」

「ええ、おはよう。別に何か見たいものがあって泉を見ていた訳じゃないの。あなたを待っている時間が退屈だったから、その暇つぶし」


 顔を横にして俺の存在を確認するとミラはその場で立ち上がり、こちらへと振り向き微笑みを浮かべてそう言った。


 どうやらミラは俺を待っていてくれたようだ。一体どれくらいの時間を待っていてくれたのだろうか? 正確な時刻は分からないが、仮にいつも俺が泉に来る時間帯をミラが把握していて、今日もその時間帯から待っていてくれたのだとしたら……少なくとも2時間以上は確実に経過していると思う。


「かなり待ったんじゃないか? 起こしてくれても良かったのに……」

「徹夜して魔道具を作っていたロゼに聞いたけど、藍が帰って来たのは夜明け前だったんでしょう? 小屋を覗きに行ったら気持ちよさそうに寝ていたし……起こすのは可哀そうだと思ったの」

「うん、気になる点はあるが、俺に気を使ってくれたんだと言う事は分かったよ。ありがとう……」

「ああ、安心して? 徹夜していたロゼに関しては、藍の話を聞いた後でちゃんと魔法で眠らせておいたから」


 両手を後ろへと隠し、上体を少し前へと傾けたミラは可愛らしい笑みを浮かべてそう言った。

 何だろう、昨日の件がまだ記憶に新しいのが影響しているのか、それとも何か別の要因があるのか……あ、そうか。声のトーンが少しだけだけど若いんだ。普段の大人びた雰囲気とは違って、見た目相応というか、その表情も込みでしっくりと来る。

 そんな事を考えながら楽しそうに笑っているミラを見つめていると、その視線に気づいたのかミラは不思議そうに首を傾げて話し掛けて来た。


「どうしたの? じっとこっちを見て……」

「いや、その……ミラの雰囲気が少しだけ変わったような気がしてさ。いつもより雰囲気が可愛らしくなったというか……」

「ッ……」


 俺がそう言うと、ミラは視線を横へと逸らしてその頬を膨らませた。少しだけ膨らんでいる頬は赤みを帯びていて、もしかしなくても……ミラは照れている様だった。

 そんなミラの表情は、記憶に有る限りでは見た事が無い。やはり、今日のミラは何処か幼さが垣間見えて……その可愛らしい仕草に思わずドキリとさせられる。

 俺がミラへどう声を掛けるべきか悩んでいると、ミラは観念したと言わんばかりに溜息を溢し、少しだけ口を尖らせて小さな声で話し出した。


「別に、大した理由がある訳じゃないわよ……ただ、あなたの前では隠すのをやめただけで……」

「えっと、それはつまり……今が素の状態ってこと?」

「……難しい質問ね。別に今までだって素と言えば素だったのよ? でも、そうね……苦しみや悲しみ、悩みが沢山あっても、それを隠してみんなの前へ立たなければいけなかった私ではないことは確かよ」


 自虐的にそう告げるミラは苦笑を浮かべている。

 長い年月を今までの様な声音と口調で過ごしてきたミラにとって、それはもう一つの自分の顔と言っても過言ではないのだろう。だからこそ俺の質問に答えるのは難しいと言ったのかもしれない。

 苦笑を浮かべているミラを見て、なんとも言えない気持ちなっていると、そんな俺を見たミラは苦笑を微笑みへと変えて声を出した。


「そんな顔しないで? 確かに私の心には、まだまだ色んな思いが詰め込まれているわ。それは過去に言われた言葉だったり、自分の行動に対する後悔だったり、償いきれない我儘な罪だったり……本当に色々な思いが詰め込まれている。当然よね、気の遠くなる様な年月を共に過ごしてきたんだもの。簡単に消える事はないわ」

「……」

「でもね、今の私ならちゃんと向き合えると思うの。過去のしがらみを断ち切って、前へ進んでいけると思うの……全部、あなたのおかげ」


 一歩、また一歩とミラは俺の方へ歩み寄る。

 そうして目の前まで近づくと満面の笑みを浮かべて俺に話すのだった。


「ありがとう、私の弱さを受け入れてくれて。もし、これから先の未来で私が挫けてしまったら……いえ、そうでなくても、甘えたくなってしまった時は……昨日みたいに私の傍に居てくれる?」

「……それをミラが望まないとしても、ミラが苦しんでいるなら、悲しんでいるなら、寂しいと感じているのなら、俺は迷う事なくミラの傍に居続けるよ」


 上目遣いで問われた質問に俺は頷きながらもそう答えた。

 俺の答えを聞いたミラは、満足そうに頷いた後、俺の前で軽く両手を広げ始めた。そうして少しだけ頬を赤らめ俺から視線を外すと、小さな声で呟き始める。


「……じゃあ、早速甘える事にする」

「え……?」

「んっ!!」

「いや、どういう……あー……そういうことか」


 何故かして欲しい事を口には出さず、察しろと仕草で伝えてくるミラ。

 最初はいまいちよくわからなかったが、両手を広げたまま密着しそうな距離まで詰めてきたミラを見て、何をして欲しいのかようやく理解する事が出来た。

 そうして俺は、ミラの要望を叶える為にそっと腕をミラの後方へと回し、ミラの体を抱きしめる。


 身長差は10cm程の為ミラの頭部が割と顔に近い位置にある。痛んでいる所など無い綺麗な黒髪からは香水か……それともシャンプーのかはわからないが凄く良い香りがした。

 俺の脇の下あたりに手を通したミラはそのまま腕を背中へと持って行き、ぎゅうっと腕に力を込める。

 そうすると、必然的にミラの女性らしい部分である柔らかな感触が強く伝わってくる訳で……自然と鼓動が早くなっていく。


……あれ、これいつまでハグしたままなんだろう?


「えっと……ミラ?」

「まだよ」

「……でも、ほら! 流石に俺も恥ずかしいからさ、そろそろやめよう?」

「あら……私とハグしてドキドキしてるの?」


 俺が恥ずかしいと口にした途端、上目遣いでこちらを見たあと一瞬だけニヤリとした笑みを溢して、俺の耳元に届く様に爪先立ちまでして口元を近づけたミラは、吐息交じりにそう囁いてきた。

 思わずビクっと体が反応してしまう。当然ながら顔も少しづつ熱くなっていき、そんな俺の様子を見てもミラは口元を離そうとはせずに続けて言葉を囁き始める。


「ねえ……知ってる?」

「な、何をでしょう……?」

「あなたの肉体って……ファンカレアに作られた物だから……私との血の繋がりは全く無いのよ?」

「何故いまこの瞬間に、そんな事を囁いた!?」

「さあ……何故でしょうねぇ?」


 先程までとは違い、大人びた色気のある声音で話すミラはとても妖艶であった。仮に想像し無いようにしようととしても、その声を聞いているだけで勝手に脳内で考えてしまう。ミラの言葉の意味……俺たちの血の繋がりが無いとして、それがどんな意味をなすのかを。

 そうして俺が顔を赤くして混乱していると、満足したのかミラは楽しげに微笑んで俺から離れた。


「ふふふ、さて……そろそろみんな集まっているでしょうし、行きましょう?」

「へ……? あ、ああ……」


 まだまだ顔から熱が冷めない俺は、ミラに腕を引かれて足を進める。

 今日はミラが大丈夫そうなら昼食後に引っ越し作業をする予定だった為、いつものお昼の時間よりも少しだけ早い時間帯に円卓の前へ集まる事になっていた。

 おそらく、ミラはそれもロゼから聞いていたのだろう。


 ミラの体調が良くない場合は次の日に、次の日もダメならまた次の日に、そうして延長させる事も視野に入れていたのだが……今までのやり取りを見る限りそんな配慮はいらなそうだな。


 まあ、何はともあれ……ミラが元気そうで良かったよ……。






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ちょっとした豆知識情報。


六色の魔女達は基本的にみんな仲良しですが、特に仲の良い相手が居ます。


・ミラスティアとフィオラの年長組→年も近く話も合う為、なんだかんだで一緒にいる事が多い。


・ロゼとアーシエルの叱られ組→アーシエルのアイデアでロゼが魔道具を作る事が多く、一緒にいる事が多い為仲良し。怒られるが一緒の事が多い理由は、アーシエルのアイデアで作った魔道具が暴走して失敗する事が多い為。


・ライナとリィシアの○○組→最初はそこまで特別仲が良いと言うことは無かったのだが、リィシアはライナの”ある秘密”を知ってからよくライナの元へと訪れるようになり、そこから二人は急激に仲良しになった。


 ※”ある秘密”については今後の話で明らかにします。


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