第118話 閑話 私の『弱さ』を受け入れてくれた人





 昔から、誰かに頼られるのは嫌いではなかった。


 出来ないことは、決して恥ずべきことではない。

 誰にだって得手不得手があるし、どうして苦手なものだってある。

 だからこそ、出来る人がやればいい。出来ない事を無理してやることは無いと思っていたから、私は”誰かが出来ない事を出来る人”になった。


 まだ国が出来る前……【闇魔力】を持つ者が集まって出来た集落、そこの族長の娘である私は集落のみんなの役に立ちたくて必死に努力した。

 幸いにも、私には才能があった。

 【闇魔力】を支配し、誰にも負けない強さを手にすることが出来たの。


 だからこそ、私は選ばれたのかもしれない。

 厄災の蛇が現れた時、族長である父に呼ばれた私は各六色の集落が集まる会議場へと向かう事になった。

 誰もが恐れる最悪の象徴……六色の魔力を持つその怪物に、仲間である五人の少女達と共に戦いを挑んだ。

 厄災の蛇の元へと向かう途中……少女達はとても強かった。


 【光魔力】の少女は”封印魔法”と”結界魔法”を駆使して魔物の動きを完全に封じていった。

 【赤魔力】の少女は”火炎魔法”と自作だと言う魔道具を駆使して【光魔力】の少女が動きを封じていた魔物を次々と殲滅していった。

 【青魔力】の少女は”氷魔法”と”転移魔法”、そしてナイフ、細く頑丈な糸などと言った武器を使い魔物を翻弄していった。

 【黄魔力】の少女は”雷魔法”と”身体強化魔法”、自身の魔力で作り出したのであろう稲妻が迸る剣を携え、凄い速さで魔物を切り伏せていった。

 【緑魔力】の少女は”風魔法”と”自然操作魔法”を使い、鋭利な竜巻を作り、魔物が竜巻に気を取られている間に魔物の足元の地面を割り奈落の底へと落としていった。


 各集落の中から最も強い者達が集まったこの五人なら、私の出る幕もないかもしれない。そんな考えを芽生えさせるくらいに、五人の少女たちの戦いは眩しくて頼もしいものだったの。


 でも、厄災の蛇を前にして……それは”幻想”だったのだと知る事になる。

 

 厄災の蛇を前にした時……五人はその凶悪とも言える悍ましい魔力に体を震わせていた。

 六つの頭がそれぞれに咆哮に近い鳴き声を上げると、五人から小さな悲鳴が漏れ出て忽ち立つ事さえ困難な状態へとなっていく。

 そんな中で、必死の抵抗を見せたのは【光魔力】を持つ少女……フィオラだった。

 涙を流し、震える体を長杖で無理やり支えて厄災の蛇に向かって”封印魔法”を発動させる。

 でもね、フィオラの”封印魔法”では厄災の蛇の動きを数秒しか止める事ができなかったの。それでも、フィオラは諦める事無く”封印魔法”を発動させてた。


 それはみんなを守るため、自分も怖いはずなのに……敵わないってわかっている筈なのに、フィオラは決して諦めなかった。


 そんなフィオラを見て……フィオラの後方で泣いている少女達を見て……気づけば私は、フィオラの前へと足を進めてた。


 フィオラは何度も下がる様に言ってきた。


 ”早く私の後ろへ!!”

 ”私が時間を稼ぎます!!”

 ”後ろの子達を連れて逃げてください!!”


 そんな事を言っていたのを覚えてる。

 まあ、仕方がないよね。

 私はそこまで積極的に戦ってこなかったし、私の実力を知っている人なんて族長出ある父くらいだから。

 だから、私はフィオラ達を安心させる為に自分の魔力を解放したの。


 それは膨大な紫黒の魔力。

 【闇魔力】を支配下に置いて完全に制御した私が手に入れた”支配”の力。

 紫黒の魔力は私の指示に従い厄災の蛇の六つの頭へと向かい、それぞれの頭をその魔力でのみ込み始めた。そのまま紫黒の魔力は厄災の蛇の頭から体へと侵蝕して行き、後は息絶えるのを待つだけ。

 でも、ただ殺すだけではもったい無いと思って、私は厄災の蛇を瀕死の状態まで追い込んだ後で紫黒の魔力を霧散させた。微かに痙攣してビクビクと震える事しか出来ない状態の厄災の蛇を確認して、【吸収】を使う。そうして厄災の蛇から様々な能力を奪った後でしっかりと命を奪って置いた。

 

 こうして、厄災の蛇をほぼ一人で倒してしまった私は、泣いているであろうフィオラ達を宥めようかなと思い振り返る。

 そしたら、直ぐ近くに居たフィオラに抱きしめられたの。


”怖かった!!”

”もうダメかと思った!!”


 いつもの敬語口調を止めてそう泣き続けるフィオラに私はどうすればいいのかわからずにオロオロとしてしまう。

 同い年くらいの子に抱きしめられた事なんて無いから困惑してたの……。そうしたら他の子達までこっちに向かって飛び込んできて……結局そのまま地面に倒されちゃったのを良く覚えてる。


 泣きじゃくる五人の話を聞いていると、みんな本当は行きたくなかったみたい。

 フィオラは集落の為、アーシエルは家族の為、ロゼは命令されて、ライナは推薦されて、リィシアは断れ無くて、それぞれがそれぞれの理由を抱えてここまで来たけど……厄災の蛇を見て怖くなっちゃったらしい。


 今思えば、この時から私は心の内に秘めていた思いを強めていた気がする。


 みんなの為に、大切だと思える人たちの為に、自分の出来る全てを以て前に立ち続けよう。


 この日から、私は”常闇の魔女”となった。


 私と同じ魔女である妹達の姉出あり続けた。

 人々を導く存在であろうとし続けた。

 世界を発展させる為に沢山の努力をし続けた。


 その先にある絶望や、裏切り、容赦の無い冷たい言葉を知らずに……私は、誰かの幸せに繋がると信じて前を歩き続けたの。











「……あれ?」


 ゆっくりと瞼を開けると、見た事のある天井が見えた。

 それは、ロゼが建てた仮住まいの小屋の天井。

 外はもう日が暮れている様で、小屋の中は月明かりのみがうっすらと窓から差し込んでいた。


「あれは昔の……そっか、眠っていたのね」


 私は今の状況を整理する為に再び瞼を閉じて記憶を遡る。

 確か私は、地球から帰って来て直ぐに藍と話をして……そこで、藍に沢山慰められたんだ……。


――もう良いんだ。


 その言葉が、荒んでいた私の心に強く響いた。

 もう我慢し無くて良いんだって、藍の前でならいっぱい弱さを見せても良いんだって、そう思えたの。


 誰にも見せれなかった弱さを、やっと見せて良いんだって思えたの。


 妹達にも、蓮太郎にも見せた事のない心の弱さ。

 強くあらねばならない。

 頼られなければならない。

 人々を、導かねばならない。

 そんな重責を抱えて今まで生きてきた。


 でも、それももう終わりにして良いんだね。少なくとも、藍の前では弱くても良いと思えるから。


 ……大人らしい口調も終わりにしていいのかな? でも、急に変えたら変だって思われるかもしれない……それに、家族にはどう接して行けば良いんだろう……。

 妹達は、藍から話を聞いちゃったのかな?


 うーん……悩ましい。


 そうして考え事を続けていると、小屋の扉が開き外から見覚えのある人物が現れた。


「――ッ……起こしてしまいましたか?」

「……大丈夫、フィオラが来る前に起きてたから」

「え? あ、そ、そうですか……??」


 申し訳なさそうな顔をしていたフィオラに”昔の言葉遣い”で答えると、フィオラは不思議そうな顔をしながらも返事を返してくれた。

 やっぱり、いきなりは早かったかな?


「ふふふ、ごめんなさい。フィオラの驚く顔が見たかったから、少し意地悪をしてしまったわ」

「もう……驚かさないでくださいっ。もしかしたら近年の記憶を失くしてしまったのかと思ったんですよ!?」


 私が言葉遣いを直すと、フィオラは少しだけ頬を膨らませて抗議してくる。

 フィオラは相変わらず様々な可能性を視野に入れて物事考えている様ね。

 私がもう一度だけ謝罪の言葉を述べると、フィオラは小屋の中にある椅子を私が寝ているベッドの側へと持って来てそこに腰掛けた。


「まぁ、私をからかうくらいには元気そうで安心しました。アーシェから色々と聞いていたので……」

「……アーシエルから?」


 てっきり藍の名前が出てくると思ってたのに、なぜここでアーシエルの名前が出てくるの?

 私が不思議に思い首を傾げていると、フィオラはまた申し訳なさそうにしながら私に説明をしてくれた。


「その……実は、ランくんとミラスティアの話をアーシェとグラファルトが盗み聞きしていたみたいで……」

「ッ!?!?」

「私達を呼びに来たアーシェの様子が少し気なって……寝ているミラスティアの様子を少しだけ確認した後、アーシェに何があったのかを聞きました」

「……そう、なの」


 まさか聞かれてたなんて……これからどんな顔をして会えばいいの!?

 というか、アーシエルから話を聞いたって事はフィオラも知っているって事だよね……。


「……どうかしましたか?」

「い、いえ!? 何でもないの!!」


 チラチラとフィオラを見ていたら、目が合ってしまいフィオラに声を掛けられてしまう。

 私は慌てて何でもないと口にしてフィオラとは反対側の窓が付いた壁へと視線を向けた。


 そうして、ソワソワとした気持ちを落ち着かせようと小さく深呼吸していると……不意に何かが手に触れている事に気づく。窓辺から視線を下へと移すと、シーツの上に置かれた私の手に綺麗な白い肌をした手が重ねられていた。

 それは、隣に座るフィオラの手で何事かと思い私はゆっくりと視線を右へと向ける。


「フィオラ?」

「……ごめんなさい、ミラスティア」


 フィオラの行動を不思議に思い声を掛けると、唐突にフィオラは謝罪の言葉を口にした。

 ……私、何か謝られるような事をされた?


「えっ、どういうこと?」

「――私は、知らぬ間に貴女を一人にしてしまっていたのですね……貴女に全てを背負わせてしまっていたのですね……」

「フィオラ……」

「貴女が【闇魔力】を持つ暴徒達を滅ぼした際、私は何もしてあげられなかった……拒絶されて、ショックを受けて――そのまま、”お姉ちゃん”を一人にしちゃったんだね……ごめんね……守ってあげられなくて、ごめんなさい……ッ」


 ……ああ、この子は本当に優しい子だ。

 いつだって、大切な家族の為に行動できる優しい優しい私の妹。

 長い年月が経ち、大人として成長してしまったのだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。

 私と同じで……あなたも心の奥底は変わらず昔のままなんだね。


 私の手を強く握り謝るフィオラは……厄災の蛇を倒した後の様に涙を流している。

 そんなフィオラを見て、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「ふふふ……夢と同じね」

「……おねえちゃん?」

「何でもないわ。ほら、こっちにいらっしゃい……相変わらず泣き虫なのね」

「ご、ごめんなさい……」


 亜空間からハンカチを取り出して、フィオラの顔を優しく拭いてあげる。フィオラは私の言葉に謝って来たけど、私は謝る必要はないと首を左右に振り話し続けた。


「私はあなたのそういう所も含めて大好きよ。それにね、謝らないといけないのは私の方……ごめんなさい。あなた達が心配してくれていたのはちゃんと知っているわ。だけど、あの頃の私は何と言うか……心がボロボロでね? もう、家族の言葉ですら信じられないくらいに傷ついてしまっていて……あなた達を拒絶してしまったの。本当にごめんなさい」

「……いいえ、お姉ちゃんが傷ついていたのは分かっていましたから」

「ありがとう……。でも、もう大丈夫よ。沢山苦しんで、沢山後悔して、沢山傷ついて来たけど……そんな私の『弱さ』を、迷うことなく受け入れてくれた人が居るからっ」


 そうして思い浮かべるのは、私を抱きしめてくれた人。

 私が幾ら強く当たろうとも、それでも離れず傍で話を聞き続けてくれた人。

 私に、沢山の”ありがとう”をくれた人……。


「……ランくんには、また返しきれないくらいの大きな恩が出来てしまいました」

「それは私も一緒よ……でも、時間はたっぷりとある訳だし、ゆっくりと返していくわ」


 フィオラと私は顔を合わせて微笑み合った。

 ……何もかもが楽しくて、幸せだった昔に戻った様に。


 私の心を救ってくれた……とっても優しい、あの子を脳裏に思い浮かべて。



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