第117話 一年目:何かを成し遂げたのだと思えた。




 泣き続けていたミラが疲れて眠りについたのを確認して、俺はミラを優しくベッドへ寝かせてシーツを掛けた。

 沢山泣いて思いをぶつけたミラはぐっすり眠っていて、俺がベッドへ横に動かしている間も全く起きる気配はなく、穏やかな表情で目を閉じている。


 一応起こさない様にと忍び足でミラの元を離れ、俺は小屋の扉へと手を掛けた。

 そして、素早く扉を開き外に顔を出すと……扉を開いた左側にしゃがみ込んだ二人の姿を見つける。


 というより、ミラがウトウトとしていた辺りから、ミラではない泣き声が”外から”聞こえたらそりゃ気づくよね……。


「――二人して盗み聞きか……グラファルト、アーシェ?」

「「……ッ!?」」


 突然俺が現れた事で、しゃがみ込んでいた二人は驚いたような顔をしてこちらを見上げている。


「いや、『何でバレた!?』みたいな顔してるけど、泣き声が中まで聞こえて来てたからな?」

「うっ……ご、ごべんなざい……」

「うん、とりあえずアーシャは涙もそうだけど鼻水とかも拭こうな?」


 俺はズボンのポケットからハンカチを取り出してアーシェへと渡した。俺からハンカチを受け取ったアーシェは涙と鼻水を拭き取り、綺麗な顔へと戻ったが……。


「うぅ……だべだぁ……」

「……」


 折角綺麗にした顔が、また涙でぐしょぐしょになってしまった……まあ鼻水が出て無いだけまだマシか……そう思う事にしよう。


 奥に居るアーシェから視線を移し、手前でしゃがみ込んで居るグラファルトを見る。グラファルトはアーシェとは違い俺が見た時にはもう泣いていなかった。だが、アーシェを苦笑しながら見ているその目元は赤くなっていて多分泣いていたんだろうなぁと思い……なんだかミラへの思いやりを二人から感じて嬉しくなった。


 でも、それとこれとは話が別、盗み聞きをしていた件については注意をしておかないとな。


「盗み聞き何てしちゃダメだろう?」

「す、すまぬ……常闇の様子が気になってな……」

「ご、ごめんなさぁい……うぅ……」

「反省してるなら良いけど、ここで聞いた話を言いふらしたりするなよ?」


 俺の言葉に二人が何度も頷いたのを見て、俺も納得する事にした。


 二人への注意が終わった後、これから白色の世界へ行く事を伝えグラファルトにはついて来てもらい、アーシェには必要あるかは分からないけどミラの看病を任せる事にした。


「ほ、ほがの人も呼んでいいでずが……?」

「……呼んでもいいけど、アーシェはまず泣きやんでからな?」

「はぃ……」


 相変わらず泣き続けるアーシェの頭を撫でてから、立ち上がったグラファルトに頼み白色の世界へと転移する事に。

 そうして眠っているミラに気をつかい小屋から少し離れる為に歩き出すと、後ろから抱き着かれる感触を感じた。その感触の正体を確かめる為に振り返ると、そこには先程までしゃがみ込んでいたアーシェの姿があり、アーシェは俺が振り返った拍子に離れてしまった体を今度は正面から近づけて抱き着いて来た。


「……ッ」

「ア、アーシェ!?」


 そこで思い出されるのは、フィエリティーゼへ訪れて四日目の出来事……突如として妖艶な雰囲気を纏いだしたアーシェの誘惑(?)事件だ。結局、あの時の出来事の真意を聞く事も出来ていない今、再びあんな事が起これば俺も勘違いをしかねないぞ……。


「ランくん」

「な、なに?」

「……ありがとうッ」


 少しだけ警戒心を抱いていた俺に対して、その目に涙を溢れさせながらもアーシェは笑顔でそう言った。

 その可愛らしく眩しいくらいの笑顔に、思わず頬が赤くなる。

 警戒していた様な展開ではないけど、これはこれでまずいな……アーシェってこんなに可愛かったっけ……?


「…………あ、ああ。特に特別な事をした訳ではないけど、俺に出来る事があって良かったよ」


 力強く俺の体に抱き着いて感謝の言葉を伝えてくれたアーシェに見惚れて、俺はアーシェに言葉を返すのが遅くれてしまったが、特におかしなところはないと思う。


 アーシェはその後もしばらく抱き着いて「ありがとう」と何度も言ってくれた。

 俺的にはいつまでもこうしていたい気持ちもあるが、白色の世界へ行って雫の為に動いてくれた三人に早く感謝の言葉を伝えたかったのと、さっきから背中に感じる寒気……正確には目を細めてこちらを眺めているグラファルトに気づいて瑠璃色の頭を撫でた後でアーシェを離しそのまま白色の世界へと向かう。











 グラファルトの”転移魔法”で無事白色の世界へと辿り着いた俺達。

 白色の世界へと辿り着いて直ぐ、目を開くと数十m先の方に三人の人影を見つけた。ファンカレアと黒椿、後は……身長的にカミールかな?

 白色の世界にカミールが居る理由は分からないけど、ファンカレアに頼んで呼んでもうつもりだったし丁度いいか。


「ファンカレアー! いきなり来てごめん! だけどミラの話を聞いたらどうしてもお礼を――って待て待て!? 三人とも落ち着い……ぐはっ!?」


 こっちに気づいているか分からなかった為、大きめの声で白色の世界の主であるファンカレアの名前を呼び、急な往訪になったことに対する謝罪とその訳を説明しようとしたのだが……俺を見つけた瞬間、何を思ったのか白色の世界に居た三人は物凄い速さで走って来て俺の所へダイブしてきた……。


 俺はファンカレア達を出来るだけ体の上に寄せてなるべく怪我をさせない様に下敷きになる。受け身をとれなかった為、思いのほか強く打ったのか後頭部と床に面した体が痛い……というか、白色の世界の床固くない!? 雲の上みたいなイメージだったのに石みたいな固さなんだけど!?


「痛ッ……三人ともどうしたんだ? いきなり飛び込んできて……」

「「「……」」」


 え、何で何も言ってくれないの……?

 無言でしがみついて来るファンカレア達に訳も分からず困惑していると、視線の右端で白銀の髪が揺れている事に気づいた。そのまま白銀の髪の方へ顔を向けると、しゃがみ込んでこちらを見下ろすグラファルトの姿がある。


「クククッ……お前が頭をぶつけた時の顔は中々に見物だったぞ?」

「一人だけ逃げやがって……」


 心底楽しそうにこちらを眺めるグラファルトはニヤリと笑みを溢しそう言った。

 グラファルトはファンカレア達が飛び込んでくることを俺よりも早く察知して、俺に何も言わずに音を立てず右側へと移動していたのだ。

 くっ……絶対に許さんぞ……。


「まあ、からかうのはこれくらいにしておくか。それで? お前は三人が飛び込んできた理由を知りたいのだったな?」

「ん? ああ……でも、見ての通り聞いても何も言ってくれないんだけど……」

「安心して良いぞ。別にお前を無視している訳ではない……そこの三人は、感極まって涙を流しているだけだからな」


 そうしてグラファルトは右手の人差し指でファンカレア達が駆け寄って来た方角を指さした。その指につられるように視線をグラファルトが示す方へ向けたのだが……。


「…………何も見えないけど?」

「んん? あ、そうか……お前は人間だったな」

「失礼な……俺を何だと思ってたんだ」

「我の知っている人間とはかけ離れた能力を持った存在」

「……大体あってるから言い返せないッ」


 謎のやり取りをした後で、グラファルトから「【改変】の奴に頼んで【遠視】スキルを使ってみよ」と言われ俺はその指示に従った。


(という訳なんだけど、頼めるかな?)

(お任せください、3秒後に【遠視】スキルを開始します)


 ウルギアの言葉通り3秒後、急激に視界がより鮮明になり”遠くを見たい”と意識的に思うと、ライフルスコープを覗いている時の様に遠くの景色がズームされた状態で映る。そうして見えた遠くの景色、そこには白いテーブルと椅子が三脚……テーブルの上には小さなモニターの様な物が浮かんでおり、モニターにはベッドで眠っているミラとアーシェが呼んだのであろうフィオラ、ロゼ、ライナ、リィシアの姿があった。

 四人とも心配そうにミラを見つめており、アーシェの姿は見えないが……多分、また外で泣いているのかもしれない。


「どうだ? さっき我が言った言葉の意味が分かったであろう?」

「……あー、そういうことか」


 【遠視】スキルで見た景色を見て、俺はグラファルトの言葉の意味を理解することが出来た。


 つまり、ファンカレア達は白色の世界でミラと俺のやり取りを見ていて、アーシェの様に……グラファルトの言葉を借りるなら”感極まって涙を流している”訳か。


「俺としては、本当に特別なことをしたつもりはないんだ。ただ、ミラと本音で話し合っただけで……」

「……それでも、お前は我らには出来なかった事を成し遂げたのだ。我らは常闇に寄り添う事は出来ても、その心に触れることは出来なかった。他の魔女達も、ファンカレアも、そして我も……常闇の夫であった蓮太郎ですら、常闇に救われる事はあっても常闇を救う事は出来なかったのだ」


 何処か寂し気に語るグラファルトはそこで一度話を区切ると、その表情を笑みに変え続けて俺に語り掛ける。


「だが、お前は常闇を救った……間違いなく救ったのだ。常闇を蝕み続けて来た闇を受け入れ、誰にも見せて来なかったであろう弱さをも受け入れた。そうして常闇は……長きに渡る苦しみからようやく解放されたのだ」

「グラファルト……」

「常闇の友として礼を言わせて欲しい……ありがとう。そして、お前の婚約者として言わせて欲しい……藍、我はお前を――心から誇りに思う」


 その頬を微かに赤らめ、優し気に微笑むグラファルトは……本当に綺麗で、美しいと思った。そして、そんな彼女から告げられた真っ直ぐな感謝の言葉に、胸の奥が熱くなる。


 その言葉で、その笑顔で、俺は何かを成し遂げたのだと……そう確信することが出来た。

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