第116話 一年目:『ありがとう』って言い続けるよ。
「――何で私を責めないの!? 何で私に優しくするの!? どうして……私を恨んでくれないの……」
……それは、ミラの抱えて来た心の弱さだったのかもしれない。
俺が死んだ時からか、それとも俺が産まれた時からか、もしくはそれよりもずっと前……地球へと辿り着いたその時から芽生えていたかもしれない罪悪感と後悔。
……目の前で涙を流す彼女は、一体どれ程の苦しみを味わって来たのだろう?
ずっと、ずっと独りで抱えて来たのかな……。
誰にも話さず、みんなの前では普段通りに振る舞って……いや、ひょっとしたら既に限界を迎えていたのかもしれない。
今思い返すと、ミラは何度も家族に……特に一度死を迎えている俺に対して謝罪を繰り返していた。俺が幾ら気にしない様にと言っても、俺がフィエリティーゼへと来ることになった話になると必ず謝っていた気がする。
ミラの隠して来た苦しみは、償い続けて来た思いは、塞いで来たその感情は、地球での出来事で抱えきれないモノへと変わり果てたのだろう……。
子供の様に泣きじゃくるミラの涙を人差し指で拭い、俺はミラに優しく声を掛ける。
「……ミラを恨む事なんて出来ないよ」
「どうして!? あなたの死を招いたのは私なんだよ!?」
「……」
「私なの……全部私なの!! ずっと後悔してた……苦しかった……私を母と呼んでくれる雪野も、雪野と結婚した海翔も、あなたも雫も、いつかはみんな……私を恨んで憎むんだって……離れて行くんだってッ!!」
拭っていた手を弾いて、ミラは俺に叫び続ける。
今までの余裕のある大人な雰囲気とは違う見た目相応に思える少女の口調。
怯えるようにこちらを見つめるミラは、俺を避ける様に後方へと下がっていく。
「ずっと覚悟していたのに……独りだって怖くない!! アルヴィス大国を滅ぼした時だって、私は独りで戦って来た!! 恨まれるのも、憎まれるのも慣れているの!! それなのに……どうしてみんな、私に優しくするのよぉ……ッ」
「ミラ……」
「ッ!? 来ないで!! 私に優しくしないでよ!! もっと責めればいいじゃない!! 『お前の所為だ』って、『お前さえいなければ』って、『全部お前の所為なんだ』って!! 私を恨んでよ!! 憎んでよ!! 優しさなんて……もう手に入らないって知っているから!!」
……ああ、そうか。やっとわかったよ。
てっきりミラは、家族に許されて優しい態度を取られる事を拒絶しているのかと思っていた。ずっと責任を感じていて、その罪を罰によって受け入れる事で救われると思い続けていた……その結果が今の状態なんだと思い込んでいた。
でも、違ったんだ。
ミラはただ怖かったんだ。
『優しさ』を……『優しさによる救済』を、怖がりながらも……ずっと求めて来たんだ。
それは地球へ行くよりも遥か昔、制空ミラがまだ常闇の魔女としてアルヴィス大国を建国していた時からずっと……ずっと求めていたんだな……。
――【闇魔力】の力に溺れた、愚かなる民の暴走。
同族を殺し続けて、フィエリティーゼの窮地を救った彼女にフィエリティーゼの人々は何と言ったのだろうか……。
『お前の所為だ』、『お前さえいなければ』、『全部お前の所為なんだ』。
それは恐らく、【闇魔力】の力に溺れた愚かなる民の暴走を止めた後で言われた言葉なのではないだろうか?
その憎悪を込められた言葉が、ミラの心を深く傷つけたのではないだろうか?
だからこそ、ミラは求めたのかもしれない。
自分を知らない世界を。
自分を嫌わない世界を。
自分を怖がらない世界を。
なら、彼女の望み通りに恨んであげればいいのか?
恨んで、憎んで、恐れて、離れて行けばいいのか?
そんなの駄目に決まってる……!!
俺は、そんな結末を望まない。
ベッドの端まで下がり肩を震わせて噦り上げるミラ。
そんなミラに近づいて……俺はその小さな体を引き寄せ抱きしめた。
「ッ……!?」
「ミラ、そんな悲しい事を言わないでくれ……」
「嫌……離してッ!!」
「ッ……絶対に離さない!! 離してたまるか!!」
抱きしめて直ぐに、ミラは俺の体を離そうと抵抗して来た。
しかし、ステータスでは俺の方が勝っているのか少しだけ辛いが何とかミラを抑えることが出来る。
それでもミラは抵抗する事を諦めず、ジタバタと体を動かしながらも叫び続けた。
「離してよ!! 何で優しくするの!? 私の事なんて放って置けばいいじゃない!!」
「ミラ、もう良いんだ……ッ、ミラを責める人なんて……もう誰も居ないんだ」
「……そんなことないッ!! みんな言ってたの!! 私の所為で死んだって!! 私の所為で全てが台無しだって!! 私さえ居なければ……いなければ、しあわせだったって!!」
その言葉を最後に抵抗するように暴れるミラの力が弱くなっていき、代わりに涙ながらに叫ぶ声が大きくなっていった。
「わたしがいるからぁ……わたしのせいで、わたしがいると、わたしがかかわると、ぜんぶだめになるのぉ……」
涙混じりに話すミラの声は何処かたどたどしく、それでも自分が悪いのだと一生懸命に伝えて来る。
そんなミラの頭に右手を置いて、左腕でミラの体を強く抱きしめた。
「俺はミラの過去を知らないから……ミラがどんな事をしてきて、どんなことを言われてきて、それでどれだけ傷ついて来たのか、正直分からない。でも、これだけは言わせてくれ」
「…………」
「――ありがとう」
「……ッ!?」
俺の言葉に驚いたのか、ミラの体は微かに震えた。
硬直した様に動かなくなったミラに微笑み、俺はミラの頭を撫でながら言葉を紡ぎ続ける。
「”ミラのお陰で”俺はフィエリティーゼへ来ることが出来たよ、ありがとう」
「ッ……」
「”ミラが居てくれたから”俺は、制空家のみんなはまた笑顔を取り戻せたんだ、ありがとう」
「ぅぁッ……」
「”全部ミラのお陰なんだ”……ミラが居てくれたから俺達家族は生まれて来た。ミラが居てくれたから俺達家族は人生を歩むことが出来る。全部、全部ミラのお陰なんだ……ありがとうッ」
ミラの体が小さく震え続けているのが分かる。
肩震わせ噦り上げ、声にならない泣き声を上げている。
簡単な事だった。
簡単な言葉だったんだ。
例え誰かがミラを虐げたとしても、そんなの関係ない。
俺が、俺達家族が、ミラを必要としているんだ。感謝しているんだ。
「――独りぼっちになんてさせない。もう苦しませたりなんかしない。沢山の罵詈雑言がミラを苦しめるのなら、その苦しみを消し去るくらいに何度でも言い続ける……ありがとう。ミラのお陰で、俺はいま幸せだよ……本当にありがとう」
そうして、今度は両手でミラを抱きしめる。
震える体を包み込み、ミラを守る様に抱きしめた。
「ほんとうは……ずっとさみしかった……みんなにきらわれたくなかった……そばにいてほしかったぁ!!」
「……もう寂しい思いなんてさせない。俺はミラの事が大好きだよ。ずっと傍に居るから」
思いを打ち明けた後、震える手を俺の背中へと回したミラは必死にしがみつくように抱きしめてくれた。
それからしばらくの間、ミラは大声で泣き続けた。
今まで我慢して来たモノを全て吐き出して、俺から離れようともせずに必死にしがみつきながら泣き続けていた。
苦しみ続けて来たミラの物語は……ここでようやく、終わりを迎えたんだ。
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とりあえず、これでミラスティアのお話は決着です。
正直、自分の文章力の無さを痛感させられる話でした……。
次回は後日談&新居お披露目パートの予定です。
これが終わると次は二年目へ突入し、一年目とは違い二年目以降はダイジェスト……五年後に向けての下準備期間となりますので各年短くする予定……予定です。
作品のフォロー、レビュー、ご感想など是非よろしくお願いします!!
頂けると作者が大喜びします。
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