第115話 一年目:『助けて』と聞こえた。
ミラスティアが地球へと帰省して三日目となる朝。
制空家の玄関先で、ミラスティアは娘である雪野とその旦那である海翔、そして二人の娘である雫に見送られて、カミールが居る地球の管理層へと転移した。
転移した先でミラスティアを待っていたのは、モノクロの市松模様が特徴的なテーブルと、テーブルを挟んで向かい合う様に置かれている同じ模様の椅子二つ。二つの椅子のうち、ミラスティアから見て右側の椅子にはカミールが座っていた。
「――おかえりなさい、ミラスティア」
「……ええ、ただいま」
ミラスティアの顔を見たカミールは優しく微笑み、ミラスティアの帰還を歓迎する。そんなカミールの表情を見て返事を返すミラスティアであったが、その表情はどこか苦し気であった。
ミラスティアの様子を見て、事情を知っているカミールは空いている席を促す。
「――良かったら、少しだけ休んでいきませんか?」
昨夜からの事態を見ていたカミールは疲労困憊であろう筈のミラスティアを気遣いそう声をかける。
しかし、ミラスティアから返ってきたのは否定の言葉であった。
「……いいえ、早くフィエリティーゼへ戻らないと。折角誘ってくれたのに、ごめんなさい」
「――そうですか……」
「……それじゃあ、またね」
無理に誘うのも悪いと思い、カミールは特に引き止める様な事はしなかった。ミラスティアはカミールの言葉を聞いた後で、別れの挨拶をして地球の管理層から白色の世界へと転移してしまう。
そうして一人きりとなった地球の管理層で、カミールは昨夜の出来事の一幕を思い出す。
3度目となる自分の正体についての説明を雫にしていた時、ミラスティアは改めて謝罪の言葉を口にした。
そもそも雫が自ら命を絶つ様な行いをする事になったのは、自分の所為である。だからこそ、貴女には私を叱責する権利があるのだと……雫に対して真摯に謝罪を繰り返していた。
その光景を思い出したカミールは、哀れむ様な表情を浮かべて誰もいない空間に向かって小さく呟いた。
「――ミラスティア……貴女に罪は無いなんて、無責任な事は言いません。ですが、貴女だけが背負う罪ではない事は……生まれたばかりの私でも分かりますよ」
その声が誰かに届く事は無い。
それでも、カミールは呟き続ける。
「――藍……どうか、どうかミラスティアを救ってあげて下さい」
友である魔女の幸せを願い、世界の管理者はその小さな体で祈りを捧げていた。
――――――――――――――
ミラから語られた話は……衝撃的な内容だった。
一番動揺したのは、やっぱり雫の話だ。
俺の事を異性として好きだったと言う話は、正直未だに信じられないでいる。
昔から何かと俺について来たり、高校生になっても布団に潜りこんで来ようとしたり、ちょっと兄離れが出来ていないかもな……くらいには思っていたけど、まさか異性として見られていたなんて考えた事もなかった。
それも、俺が死んだ事に対して絶望し……その後を追う様な行動に出るくらい好かれているなんて、考えもしなかったよ。
雫に対しては色々と思う所がある。
それは悲しみだったり、怒りだったり、困惑だったり……言いたい事は山ほどあるが、それについては本人に直接言おうと思う。
ミラの話では、最終的に決断を下すのは地球の時間にして一年後との事だが、間違いなく雫はこっちに来ると思うから……うん、絶対に来るよな……。
兄としては安全な地球で暮らしていて欲しいけど、ミラの話を聞いた後ではそうも思えない。雫の精神的安定を考えると……俺の傍に居た方が良いのだろう。
まあ、とにかく……両親は元気そうだし、家族の話を聞けて良かった。
現在、俺は改めてミラの左隣りのベッドの縁へと腰掛けている。話を終えたミラは俯いてしまい、その表情を見ることは出来ない。でも、どうしてか分からないけど、今にも壊れてしまいそうな……そんな雰囲気を感じた。
「……話してくれて、ありがとう」
「……」
「……それと、雫の奴が迷惑を掛けた様で……ごめん」
感謝の言葉を伝えてみるが、ミラから反応が返って来ることは無かった。気まずい沈黙が流れ、俺まで黙り続けるのは良くないと思い雫が迷惑を掛けた事について謝罪をした。
どうやらミラがフィエリティーゼへと戻る前、地球にある俺の実家から帰る時に雫がかなり我が儘を言っていたらしい。
『今すぐ連れて行って!! 私もお兄ちゃんの所に行く!!』
うん、お兄ちゃん妹が逞しく育っていてくれて嬉しいよ……君が駄々をこねている相手はフィエリティーゼ最強の魔法使いだからね? というか、兄として恥ずかしいから、せめて廊下に寝っ転がってジタバタするのは止めて欲しかったな……。
まあ、ミラが寛容なお陰で特に問題もなく収まったからいいけど。
ミラの話では地球からフィエリティーゼへと召喚する為に様々な準備が必要らしい。地球で雫の個人情報を全て記録し、今度はその情報をフィエリティーゼへと渡しそちらでも同じように記録をする。それぞれの世界に干渉し世界間を行き来出来る様に情報を書き換える様だ。
ミラの様に自由に行き来できる訳ではないらしいが、それでも俺とは違って定期的に地球へと帰れる様にカミールとファンカレアが調整してくれるらしい。
後でカミールやファンカレア、それに発案者だと言う黒椿にもお礼を言わないとな……。
まあとにかく、ミラには沢山の迷惑を掛けてしまったらしい。
それに、ミラが居てくれたお陰で雫も元気を取り戻せたみたいだし、本当にミラには頭が上がらない。
兄として、家族として、感謝と迷惑を掛けた事に対する謝罪をしたのだが……。
「…………」
「……」
ミラからの反応は特にない。
結局それ以上何と言っていいか分からなくなり、俺もミラ同様に口を閉ざしてただ隣に座っていた。
そうして、しばらくの沈黙が小屋の中を支配していた時……右腕の服が引っ張られた。
「……んで」
「ミラ?」
「なんで……怒らないの?」
小さな声だった。
危うく聞き逃してしまいそうになるほどに、か細く小さな声。
普段のミラとはかけ離れた幼さを感じさせるような口調と声音で……俺は声を聞いて直ぐにミラの方へと顔を向けた。
縋る様にこちらを見つめる紫黒の瞳は微かに震えている。
その表情は何処か思い詰めている様な……何かに怯えている様な印象を受けた。
「何でって言われてもな……怒る理由がない――「そんなことない!!」……ッ」
俺の言葉を遮る様に、ミラの叫びが響く。
激情ともいえるその声音を聞いて、俺は改めてミラと向き合う必要があると思った。
「ミラ、本当に俺には無いんだ。ミラに対する怒りも、憎しみも、恨みもない……あるのは家族の為に動いてくれた事に対する感謝と、迷惑を掛けた事に対する謝罪の気持ちだけだ」
上半身をミラの方へと向け、微かに震えている両肩へと手を置いた。
そうして俺はミラに対して怒る理由がない事を伝え、むしろ感謝している事を伝えたのだが、俺の言葉を聞いても尚ミラはその首を小さく左右に振り”嘘だ”と口にする。
「嘘……そんな訳ない!! 私の所為なの!! 全部……全部全部!! 私が願ったから……誰も私を知らない世界で、”絶対に私の事を怖がったりしない世界で生きたい”って……そう願ったから……何で私を責めないの!? 何で私に優しくするの!? どうして……私を恨んでくれないの……」
今まで心の中に溜めて来たものを吐き出す様に、ミラは瞳に涙を溢れさせて語り出す。
その言葉はまるで……『助けて』と言っている様に聞こえた。
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