第114話 救済の言葉




「――ええ、はい。いま他の二人を呼びましたので、こちらについてはお任せください。私の方から説明をしておきますので。そちらは、先程説明した通りに制空家の全員へお話を……ええ、それでは後ほど」


 そこは地球の管理層。

 誰も居ない正面の虚空を見つめて、幼い少女はそう呟いた。

 幼い少女の呟きに応える様に、幼い少女の背後に二人分の人影が亜空間から現れる。


「カミール!! 緊急事態と聞いてきました! 一体何が……?」

「やっほー、カミール」


 慌てた様子で地球の管理者である幼い少女……カミールの名前を呼ぶのは、フィエリティーゼを守護する創世の女神……ファンカレアだ。

 カミールの側へと駆け寄るファンカレアの後方にはカミールに向かって右手を振りながらゆっくりと歩く唐紅色の髪を揺らす少女……黒椿の姿もある。


 急な申し出にも関わらず、連絡をして直ぐに駆けつけてくれた二人にカミールは笑みを溢していた。


「――急に呼び出してしまってすみません、ファンカレア、黒椿様。地球へと向かったミラスティアから連絡があり、どうやら私とファンカレアに関係がある内容だったので呼び出させてもらいました」

「え、それじゃあ僕は来る必要無かったかな?」

「――いいえ、黒椿様。どうやら……黒椿様が懸念していた事態になってしまったようです」


 黒椿はカミールの言葉を聞いて「ああ、やっぱりか」と呟いた。

 カミールと黒椿の話を聞いていたファンカレアには黒椿の呟きが何を意味するのか理解する事が出来ず、一人だけ首を傾げている。

 そんなファンカレアの様子に気づいた黒椿は苦笑を浮かべ説明を始めるのだった。


「あー……実はね? カミールに地球の管理を任せた時、ついでにお願いしてたんだ。”藍の妹の雫ちゃんが、仮に自ら命を絶つ様な行為を行った場合は僕を呼んでね”って」

「なっ!? ど、どういう事ですか?」

「――ファンカレア、貴女は自らが守護するフィエリティーゼにおいて、最愛の人を亡くした人物を見た事がありますか?」

「……ええ、あります。その原因は様々でしたが……ッ、中には後を追う方々も居ました……まさか、制空雫は……」


 カミールの質問に対して、ファンカレアはその表情を曇らせながらも正直に答えた。そしてファンカレアは、藍と雫が兄妹であるからこそ選択肢から外していた答えを導き出す。

 動揺しているファンカレアの言葉を繋ぐ様に、黒椿はその続きを話し出した。


「雫ちゃんはね、藍の事を異性として愛していたんだ」

「でも、それは……」

「ありえないと言い切れる? 確かに地球では珍しいかもしれないけど、フィエリティーゼでは良くある話でしょ?」

「……」


 黒椿の言葉にファンカレアは言葉を返せなかった。黒椿の言う通り、フィエリティーゼにおいて近親婚は認められているのだ。

 近親者同士での結婚に至る理由は様々ではあるが、一部の国では血統魔法と呼ばれる特殊な条件を満たした者のみが使える魔法の使用者を維持するために行われている。それ以外には王家の力を強める為であったり、雫の様に純粋に恋に落ちたりなどが主な要因だ。


「まあ、本人は藍に告白するつもりは無くて、ただの家族として傍に居れるだけで幸せだったみたいだけど……藍が亡くなった事でその幸せも奪われてしまった」

「――兆候はありました。何度もカッター、包丁、ハサミといった物を手に持ち、しばらくの間手首へと押し当てていたりしていましたから。決心がついたのは恐らく、地球にある藍の肉体が火葬された時でしょう」

「……辛いだろうね。火葬される藍を見るまでは、多分だけど希望を抱いていたんじゃないかな? ありえないことだけど、不可能な事かもしれないけど、もしかしたら藍が息を吹き返し戻ってきてくれるかもしれない……そんな風にね」


 カミールと黒椿はその目を伏せ雫の心境を想い哀れむ。

 二人の話を聞いていたファンカレアは雫の境遇に同情し、その心の痛みがどれほどの物だったであろうか……そんな思いを胸に悲痛の表情を浮かべていた。


「藍くんが火葬される姿を見て、制空雫は縋る事のできた僅かな希望さえも失ってしまったんですね……」

「希望を失った雫ちゃんの行動は予想できる。だからカミールに絶対に死なせない様に監視を頼んでいたんだ。幸いにもミラが居たから僕たちが出る幕は無かったけどね」


 雫が無事であることを知らされたファンカレアは少しの安堵を覚えた。

 しかし、ミラがした事はあくまでその場しのぎの対策でしかない。それはファンカレアだけではなく、黒椿やカミールも十分に理解していた。


「これからどうするのですか?」

「――それについては、もうミラスティアには説明済みです。黒椿様から事前に知らされていた計画をそのまま実行するように伝えました」

「黒椿、計画って何ですか?」

「ああ……その事ね?」


 ファンカレアの言葉に、黒椿はニヤリと笑みを浮かべ説明を始める。

 それは、地球に蔓延る神々を殺し最悪とされていた厄災までもを自らの力とした黒椿だから出来る事。

 有り余る魔力の一部をカミールへと預け、今回の計画の為に使う様に前々から指示を出していた。


「ふっふっふっ……!! まあ、それは見てからのお楽しみって事で! カミール、映像の準備は出来てるんだよね?」

「……はぁ。ええ、ミラスティアにも確認済みです。ファンカレア、私達はここから事の成り行きを見守りましょう」

「え、ええ……?」


 勿体ぶる黒椿の所為で、事の詳細を把握できていないファンカレアは戸惑いつつも黒椿と共にカミールが用意したモノクロの市松模様の椅子へと腰掛け、目の前に現れた巨大なスクリーンへと顔を向けた。


 そこには長方形のテーブルを挟み2:1の構図で二つのソファに座り向かい合う人影が映っていた。


 一人はミラスティア、その瞳は紫黒の魔力を纏い静かに光を帯びている。目の前で並んで座っている二人に対して、何かを説明している。

 そんなミラスティアの前に座る二人は雫の両親である制空雪野と制空海翔、雪野はミラスティアの話を真摯に聞いて理解している様子。しかし、その隣に座る海翔は仕事着であろうスーツを着たまま状況を理解する事が出来ずに困惑している様だ。

 しかし、隣に座る雪野が解説役へと回っているのと、目の前に座るミラスティアが自分の存在と今の状況を証拠となる魔法や藍の映像を見せたりしたお陰で取り乱したりする様子はない。


 そうして話は進んで行き、ミラスティアは意を決した様な顔をしてある提案を二人にし始める。

 その光景を、空の彼方から三人が見守って居た。




『――雫を、フィエリティーゼへ連れて行こうと思っているわ』










―――――――――――――――――――








「「……雫を、フィエリティーゼへ?」」


 ミラスティアから唐突に告げられた言葉に、雪野と海翔は二人して同じ言葉を口にする。そんな二人の顔を見て、ミラスティアは一度頷くとその理由を話し始めた。


「雪野、海翔……分かっているとは思うけれど、今の雫は危険よ? 今回はたまたま私が居たからどうにかなったけれど、私もずっと地球に居る訳ではないわ」

「それは、そうですが……」

「あなた達が24時間、常に雫の側に居るのなんて物理的に不可能……。地球に居たとしても、あの子の心が癒える事はないと思うわ。仮に数十年後に癒える可能性があったとしても……心の傷が癒える前にあの子が今回みたいな行動に移らないという保証はない」


 ミラスティアの言葉に雪野と海翔は目を合わせ小さく頷いた。藍が亡くなってからの雫の様子を間近で見ていた二人は、ミラスティアの言葉に反論を口にすることが出来なかったのだ。


「もちろん、あくまでこれは提案よ。あなた達や当人である雫の意見を最優先にするし、私達が勝手に連れ去る様な真似はしないわ」

「その、さっきから気になっていたのですが……お義母様の言う私達と言うのは?」


 ミラスティアの言葉に恐る恐る疑問を口にした海翔。

 そんな海翔の言葉に頷き、ミラスティアは右手で天井を指して答えた。


「さっき連絡をしてたの。地球を管理する女神と、私が生まれたフィエリティーゼを守護する女神、そして今回の提案を発案したもう一人の女神……その三人は今も上から見ているわ……まあ、一人は事情を知らないらしいけれど」

「「…………」」

「信じられないようなら今から声を掛けて貰える様に手配を――「「け、結構です!! 畏れ多い!!」」――そ、そう……?」


 ミラスティアは物凄い剣幕で遠慮する雪野と海翔に気圧され思わず少しだけ体を反らした。二人はミラスティアを止める事が出来て心底安堵した様な表情を浮かべた後、話を戻すために雪野がわざとらしく咳払いをする。


「こほんっ……と、とにかくお話は理解しました。ですが、直ぐに決断を下す事は出来ません。少し時間を頂けませんか? まずは雫に説明をしないと……」

「それもそうだけど……その、お義母様。仮に雫がフィエリティーゼへと行ってしまった場合、僕たちは藍の様に雫にも二度と会えないんですかね……?」


 二人は不安そうな顔を浮かべ、ミラスティアを見ていた。

 ミラスティアは二人に向けて優しく微笑み順番に答えを伝える。


「まずは雪野への返答ね。時間は問題ないわ。フィエリティーゼへと連れて行くにしても色々と準備が必要みたいでね……時間は沢山あるから良く話し合いなさい」

「はい……」

「次は海翔への返答ね。ふふ、安心しなさい。頻繁にという訳にはいかないけれど、少なくとも年に一度は会える筈よ。藍とは違って死後に転生するわけではないから」

「ッ……そうですか!! 良かった……」


 返答を聞いた海翔は大きく息を吐いた後、微笑みを浮かべ何度も頷いていた。隣に座る雪野も海翔が口にした質問への返答が気になっていたのか、ミラスティアの言葉を聞いてその顔に笑みを浮かべている。


 そうして三人で話をしている時、【気配察知】を使っていたミラスティアは上で物音がしたことに気づいた。


「……どうやら起きたみたいね」

「「ッ!?」」

「さあ、私の話は大体済んだわ。私はここで待っているから家族水入らずで話してきなさい? 必要であればいつでも呼んで?」


 ミラスティアの言葉に二人は顔を見合わせ頷くと、ミラスティアへと一礼し二階へと駆け上がって行った。


 二人が上へ向かった事を確認したミラスティアは大きな溜息を吐き亜空間からティーセットを出し紅茶を飲み始めた。そうしてゆっくりと紅茶を飲み続けていき一杯目が飲み終わる頃……突如として階段から大きな音と雪野と海翔の叫び声が響き、ミラスティアの居るリビングへと聞こえて来る。


 何かあったのかと心配になりソファから立ち上がると、そのタイミングで閉じられていた廊下へと続くリビングの扉が勢いよく開かれた。

 開かれた扉の先には、息を荒くして今にも倒れそうな体を引きずる様に前へ進める少女の姿があった。

 少女は虚ろな目でミラスティアを確認すると、そのまま歩みを進めて縋りつくようにミラスティアの胸元の服を掴んだ。


「……んとに……がいき……」

「落ち着きなさい……雫。私はどこにもいかないから、ゆっくり話して?」


 ミラスティアは縋りつく少女――雫を引き剥がそうとはせず、逆にその体を支えるように抱きしめた。

 抱きしめられた雫は荒くなっていた息をゆっくりと整え始め、そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ほんとに……? お兄ちゃんが、生きてるの……?」


 その瞳には涙が溢れていて、僅かではあるが光を取り戻しつつあった。

 ミラスティアは涙を流す雫に、はっきりとした口調で告げる。


「――ええ」


 失われた希望を取り戻させる為。


「あなたの兄、制空藍は――ちゃんと生きているわ」


 絶望の淵に立つ少女を救う――救済の言葉を。







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