第113話 幸せの為の決意
ミラスティアと雪野はその後も話を続けていた。他愛もない話だったり、地球での藍の様子だったり、フィエリティーゼの藍の話だったり……そして今は、藍の妹である雫の話をしている。
「……そうですか、藍はフィエリティーゼへと向かってからも雫の事を心配していたんですね」
「ええ、藍と雫は仲が良かったみたいね」
「あの子達は色々とありましたからね……雫は幼い頃からよくイジメられていて、よく泣いて帰ってきました。そんな雫を守っていたのは夫でも私でもなく藍だったんです。夫が良く言っていましたよ、”藍になら雫を任せても良い”って。二人の絆は非常に強いもので……特に雫は藍の事を好いて愛していました」
「それは……兄としてよね?」
少しだけ含みのある言い方をする雪野に対し、ミラスティアは念のためという意味を込めて質問をする。
雪野はミラスティアに微笑みを浮かべた後、その首を左右に小さく振り始めた。
「いいえ、”兄として”よりも”異性として”の意味合いが強かったですよ」
「それはなんというか……藍は気づいていたの?」
「全く、というのも雫が隠していましたからね」
「……どういうこと?」
予想外の回答についていけず、ミラスティアは少しだけ混乱していた。
そんなミラスティアを見つめて雪野は苦笑する。
「雫に一度聞いてみたんですよ。あの子が藍を見る目が何というか……恋する乙女の様な時期がありまして、その時に私と雫の二人だけでお話をしました。”あなたは、藍の事を異性として好きなのね?”と」
「……良く聞けるわね、そんな事」
「ふふふ……そこはほら、母として止める義務がありますから」
大胆な娘の行動に呆れつつも、ミラスティアは娘である雪野の行動に納得した。
血の繋がった兄妹での婚姻は認められていないし、そんな危ない橋を渡らせたくないという雪野の気持ちも大いに理解できると思ったからである。
「それで、雫はなんて?」
「あっさりと認めました。”私はお兄ちゃんが世界で一番好き。お兄ちゃんのお嫁さんになれるなら、喜んでなる”と。ただ、雫はその気持ちを藍に伝えるつもりは無かったみたいです。叶わぬ恋だというのは理解していた様ですし、何より藍を困らせたく無かったみたいですね」
「そう……」
雫の胸中を聞いて、ミラスティアはその表情を曇らせる。
そして、本題である藍に頼まれていた事について雪野へと話すのだった。
「……雫の状態は?」
ミラスティアの言葉に雪野は目を伏せて首を左右へと振った。
「……家に戻ってきてから今日までずっと部屋に閉じ籠っています。葬儀にも参加せず、食事もとっていません……」
「……」
「扉に鍵は掛かっていないので、何度か声を掛けに行ったのですが……”生きていても意味がない””お兄ちゃんの居ない生活なんて耐えられない”……そんな事ばかり言って、毎日泣いています」
予想よりも深刻な状態であった雫に、ミラスティアはどうするべきか悩んでいた。
雪野にした様に自分の正体や藍の生存について話すべきか……それとも、このまま精神が回復するのを待つべきか……。
何度も頭の中で考え続けるが、結局答えが出る事はなくミラスティアは溜息を吐きながらもソファから立ち上がる。
「……ここで考えていても仕方がないわね。この目で確かめるわ」
「娘に会ってくださるのですか?」
「ええ、藍に様子を見てくる様に頼まれているから」
そうして、ミラスティアは雪野へと手の伸ばし握る様に促す。
ミラスティアの突然の行動に首を傾げつつも雪野はゆっくりとした動作で差し出された手を握った。
雪野が手を握ったことを確認するとミラスティアは小さく笑みを溢し、リビングの端に紫黒の空間を作り出す。
「え? え? お母様……?」
「ふふふ、それじゃあ行きましょうか」
「…………え?」
突如として現れた空間に雪野はミラスティアと空間を交互に見続け困惑していた。ミラスティアはそんな雪野にお構いなしに握った手を引いて空間へと進んで行く。
そして屋敷に居たミラスティアと雪野は、雫の居る雪野の宅へと転移するのだった。
「……い、一体何が」
「転移魔法よ。私の屋敷からではあなたの家は遠いでしょう?」
「……そうでした。お母様は魔法使いでした……」
屋敷に居た筈の自分が一瞬にして住み慣れた自宅へと移動していた事に驚きを隠せずにいる雪野。そんな雪野に対してミラスティアはあっけらかんとした態度で自分がやったと説明する。そんな母の姿を見て、雪野は自分の母親が魔法使いであると再認識するのだった。
ミラスティアは転移した玄関先から廊下へと移動し雪野へと視線を移す。
「雫はどこに?」
「……二階です。階段を上がって右の部屋に居ます」
そうして雪野は階段へと上がり始め、ミラスティアもその後へと続いた。
階段を上がりきった右手には扉が少しだけ開いている部屋があった。雪野はその扉へと近づき扉をノックし雫の名を呼んだ。
だが、雫から返事が返って来ることは無く、静寂のみが広がる。
「いつもは返事を返してくれるのに……」
「……入るわ」
雫の返事が無い事を不審がる雪野。
その様子を後ろから眺めていたミラスティアは嫌な胸騒ぎを抱き、雪野の横を通り過ぎてそのまま扉の向こうへと足を踏み入れる。
「……ッ」
「お母様!! 一体何が――嘘……雫ッ!?」
ミラスティアと雪野は目の前の光景に目を疑った。
電気を付けた雫の部屋。
扉を背にして右側にはシングルベッドが置かれている。
ベッドの上には一人の少女が横になっていた。
掛け布団を掛けることなく、不自然な格好で横になっている黒髪の少女。その少女の手首には……痛ましい傷が出来ている。
雪野はその状況を理解して直ぐに少女へと駆け寄り慌ててその体を引き寄せた。
痛ましい傷が出来ていた手の周囲には鮮血が広がりベッドのシーツへと赤い染みを作っている。
「雫!! しっかりしなさい!! ダメよ……こんなの……雫!!」
少女を抱きかかえ、涙ながらに何度も名前を呼ぶ雪野。
ミラスティアはそんな雪野の背後へと近づき、ゆっくりと雪野に抱きかかえられた雫の首元へ手を添える。
――クン……
――――ドクン……。
微かではあるが、まだ動きを止めていなかった雫の脈拍を確認した後、ミラスティアは雪野へと声を掛ける。
「雪野、落ち着きなさい!! 雫はまだ生きているわ」
「ッ!?!? 本当ですか!!」
「大丈夫、私に任せなさい」
涙を流し取り乱していた雪野は、ミラスティアの声を聞き我を取り戻す。
雪野を落ち着かせることに成功したミラスティアはそのまま雫を抱えている様に支持を出すと、両手を雫へと向けて伸ばし自らの魔力を解放した。
それは”完全回復”と言う名の魔法。
あらゆる怪我、あらゆる病を癒し、欠損さえも治してしまう最上位の回復魔法だ。
通常の魔法使いでは長時間の詠唱と膨大な魔力を必要とする”完全回復”だが、ミラスティアにとっては特に難しくもない魔法だった。
ミラスティアは無詠唱で”完全回復”を発動し、自らの魔力を損傷部である雫の右手首へと集中させた。
「お母様……雫は……」
「安心しなさい。あなたのお母様は、フィエリティーゼ最強の魔法使いなんだから」
目の前で起こっている出来事を理解できていない雪野は不安げにミラスティアの事を見つめていた。
そんな雪野の顔を見て、安心させる為に笑みを浮かべるミラスティアは絶やすことなく解放していた魔力を霧散させる。
「ほら、もう終わったわ」
「ッ!? 傷がない……。もう、雫は大丈夫なんですね?」
「ええ、脈拍も安定しているし、ベッドのシーツを変えたら目が覚めるまで寝かせてあげましょう」
ミラスティアの言葉に頷き、雪野は何度もミラスティアに頭を下げた。娘を救ってくれた感謝を胸に、お礼の言葉を添えて。
雪野が部屋を後にしてベッドシーツを処分しに行ったのを確認したミラスティアは、むき出しのマットの上で眠る雫へと目を向ける。
眠っている雫の目下には酷いクマが出来ていた。顔色も悪くやつれている。
(藍の死が相当応えているみたいね……)
そうして優しく雫の頭を撫でた後、ミラスティアは周囲を見渡してベッドの反対側にある壁際に置かれた机へと目を向ける。
「……ッ」
そこには一通の白い封筒が置かれていた。
表には漢字で二文字が書かれており、それは自らの命を終える人が書き記す……残された家族への手紙を現す言葉だ。
封筒を手に取ったミラスティアは、封を切り中の手紙を読み始める。
「……」
そこには多くの事は書かれていなかった。
両親への謝罪。
自身の心境。
そして、藍への愛の告白。
(……地球に居る限り、この子に幸せが訪れる事は無いのかもしれないわね)
手紙を読み終えたミラスティアは手紙を封筒へとしまい直して亜空間へと放り込む。
そうして雫へと視線を向けて、目の前の少女のこれからについて考え始めるのだった。
「……良いわ。私に出来る、せめてもの罪滅ぼしよ」
ミラスティアは少女の頬へと触れてある決意をする。
決心が固まった後、ミラスティアは立ち上がり雪野の元へと歩き始めるのだった。
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