第111話 全てを打ち明ける時




――それは、ミラスティアが地球へと降り立ってから二日目の出来事。


 曇天の空。

 自身の住まう屋敷の窓際に立つミラスティアは、憂鬱そうな顔をして空を見上げていた。


「……そろそろかしら」


 彼女が制空家の敷地内にある離れではなく蓮太郎が暮らしていた屋敷に居る理由……それは、ある人物から話があると言われたからだ。


(まあ、連絡が来るだろうとは思っていたけれど、思ったよりも早かったわね)


 そうしてミラスティアが待ち続けていると、屋敷の中に古いチャイムの音が鳴り響いた。

 ミラスティアは慣れた手つきで受信機の前へと移動し、通話ボタンを押す。


「開いているわ。入ってらっしゃい」

『……はい、お母様』


 通話越しに聞く声に、思わずミラスティアは苦笑を浮かべる。


(相変わらず、あなたは私を母と呼んでくれるのね……碌に育児にも参加しなかった私なんかを)


 ミラスティアはそんな事を思いながらも映し出された映像を眺めてその表情を暗くした。

 映像に映し出された――自らの娘を眺めて。







 制空雪野。

 地球へとやって来たミラスティアが”制空ミラ”として産んだ、ただ一人の娘。後に婿として制空家にやって来た”本荘海翔ほんじょうかいと”と結婚し、長男の藍と長女の雫の二人を出産した人物でもある。

 身長は155cm、性格は穏やかであり子持ちの母とは思えないほどの幼さを残した容姿は母譲りだ。

 しかし、フィエリティーゼ出身であるミラスティアの血を引いてはいるが魔力やスキルといった潜在的能力は引き継ぐことなく、ごく一般的な地球人と変わりない。


 リビングに置かれているソファへと腰掛けていた雪野は、ミラスティアから出された紅茶を飲み一息吐いた。


「……お母様の淹れてくれた紅茶を飲むのは久しぶりです」

「そうね、最後に紅茶を淹れてあげたのはいつだったかしら?」

「私がまだ18の時ですね……お父様が、亡くなって直ぐの頃でした」

「……そうだったわね」


 ミラスティアの夫である蓮太郎は雪野が高校を卒業するのと同時に亡くなった。

 死因は心臓発作であり、原因は不明とされてはいたがそれはあくまで地球上においての話である。


 蓮太郎はフィエリティーゼに勇者として召喚されてから、多くの戦闘を強いられてきた。その多くが戦争であり、魔物よりも人と殺し合いがほとんどだった蓮太郎はその精神的苦痛を蓄積し続けていたのだ。

 それに加え、度重なる膨大な魔力の使用により肉体的にも負荷が掛かっていた蓮太郎は文字通りボロボロの状態だった。後に妻となるミラスティアと出会ってからは戦いをすることなく平穏に過ごせていたが、蓄積されていた傷は深い物で……蓮太郎は娘が成人するよりも前に亡くなってしまったのだ。



 蓮太郎の葬儀が終わって翌日。

 その日にミラスティアは娘である雪野に紅茶を淹れた。

 屋敷を出る娘への最後のもてなしだと言って。


「あの時、どうしてお母様は私を屋敷から出したのですか?」

「……」


 紅茶を飲み干した雪野は真っ直ぐとミラスティアを見つめてそう質問をした。


 雪野は決して自ら屋敷を出たわけではなかった。

 葬儀の翌日、出された紅茶を飲んでいる際に母であるミラスティアから突然に言われたのだ。


 ”あなたにはこの屋敷を出て、外で生活してもらうわ”


 雪野名義の大金の入った通帳と、雪野が通う事になっていた大学の寮への入寮許可証を出して、ミラスティアはそう言った。

 ミラスティアの言葉に雪野は初めての抵抗をした。離れたくない、母の傍に居る、そう声に出し何度も考え直す様にミラスティアへと話したが、結局説得をする事は出来ず、雪野は屋敷を離れる事となった。

 だが、決して絶縁された訳ではない。毎年連絡をすれば直ぐに返事を貰えるし、数年に一度は帰省したりもしていた。


 しかし、雪野は薄々ではあるが気づいていたのだ。

 母であるミラスティアが、自分から距離を置こうとしている事を。


 だからこそ、雪野は知りたかった。

 自分がどうして屋敷を出されたのかを、父を失って直ぐに自分を遠ざけたのかを……。


「――教えてください、お母様」

「……ッ、前にも説明したでしょう? 大学に通うにはこの家は遠すぎると判断したの。ちょうど大学の寮にも空きが出来たと聞いたから、手配しただけよ」


 あまりに真剣な雪野の眼差しに少しだけ気圧されたミラスティアは、それでも態度には出さない様に昔に話した内容と同じことを口にした。

 だが、その話を聞いている途中で雪野は持ってきていたカバンから数枚の書類を取り出し、それをミラスティアの前へと運ぶ。


「ッ!? あなた……これをどうやって……」

「ごめんなさい、お母様……」


 それは、蓮太郎が残した遺書であった。

 遺書には自分が死んでからの指示が事細かに書かれていて、その中には雪野の事についても書かれていた。そこには大学についても書かれていて、数か月前から用意されていた入寮許可証も入っていた。


「一昨日、お母様を尋ねた際に屋敷から反応が返って来なかったので離れへと向かいました。お母様にはドアに触れるなと注意されていましたが、色々と説明しなければいけない事があったので、もし鍵が開いていたら中で待たせてもらおうと思って……」

「――鍵が掛かっていなかったから、入れてしまったのね?」

「はい……」


 申し訳なさそうに頷く雪野を見て、ミラスティアは小さく溜息を吐いた。


(他人がドアに触れると電流が流れる魔法を付与していた筈なのだけれど……)


 ミラスティアは離れのドアに魔法を付与していた。

 泥棒など侵入者が触れた途端、意識を刈り取る程の強さの電流が流れる防犯対策用の魔法だ。

 長年その魔法を付与し続けていたミラスティアは完全に安心しきっていて、鍵を掛けていなかった。


(もしかして、私の娘だからかしら?)


 考えていたその先で、ミラスティアはある推測を立てる。

 魔力とは、魂に内包された個人を識別する情報の塊のようなものであり、ミラスティアがドアに付与していた魔法は、その情報を識別し”ミラスティアとはかけ離れた存在が触れた途端発動する”様に設定してある。


 娘である雪野は魔法を使える程に魔力を保有している訳ではないが、それでもごく僅かではあるが魔力を持っているのだ。

 そして、娘である雪野は母親であるミラスティアのDNAを受け継いでいる。


 以上の事から、ミラスティアは自身の魔力と雪野の魔力が限りなく似ていたのではと考えた。

 当人であれば魔法は当然発動しない。

 そして鍵の掛かっていないドアは魔法が発動しなければ容易に入る事が出来るのだ。


 ミラスティアはこれらの推測で娘が離れの中へと入れた事について納得する事にして、今も尚その表情を曇らせている娘へと声を掛けるのだった。


「……別に良いわよ。鍵を掛けていなかったのは私なんだから」

「……嫌いになりませんか?」

「はぁ……。今も昔も、私があなたを嫌っていた事なんて一度もないわ」


 雪野の唐突な質問にミラスティアは呆れた様な口調ではっきりとそう口にした。


「……」

「どうしたの?」


 ミラスティアの言葉を聞いた雪野は驚いたように口を開き、ミラスティアを見つめている。

 そんな彼女の反応に困惑したミラスティアは何事かと思い雪野に聞くのだった。


「いえ、その……」

「別に怒ったりしないから、はっきり言いなさい」

「……私はてっきり、お母様には嫌われているものだと思っていました」




――ガシャンッ。




 雪野の言葉に続くように、何かが割れた音がリビングに響く。

 それはミラスティアが手に持っていたカップが割れた音であり、カップを手から離したミラスティアは雪野を見て目を見開いていた。


「な、なんで、そんな……」

「……」

「わ、私が、何かしてしまったの……?」


 ミラスティアは動揺を隠せずに狼狽えている。

 そんなミラスティアの質問に対して、雪野はしばらくの間黙り続けてしまう。

 黙っている雪野に、ミラスティアは何と声を掛けていいか分からずその様子を伺うことしか出来なかった。


「――見てしまったんです」

「……何を?」


 黙り続けていた雪野が話し始めたのは、数分後のことだった。

 意を決した様子で、ゆっくりと話し始めた雪野の言葉に、ミラスティアもまたゆっくりと返す。

 そして、雪野は……嫌われていると思っていた、その理由を語り始めた。


「見てしまったんです。藍が生まれた時――お母様が、泣いていたのを」

「ッ……」


 その言葉を聞いて、ミラスティアは声を詰まらせてしまう。

 藍が産まれたと知った日に泣いていたのが事実だからだ。


「あの時、私はお母様が喜んでくれているのだと思っていました。初孫を見て喜んでくれているのだと……ですが、お母様の泣いている姿を見て、そうではないと気づいてしまったんです」

「……」

「お母様……藍は死にました」

「ッ……」


 次々と語られる雪野の話に、ミラスティアは驚愕を隠せないでいた。

 そして、最後の言葉に困惑する。

 どうして、今その話をするのかと……。


 そんなミラスティアの心境を察してか否か、雪野はその答えを残酷にも告げるのだった。



――その手にミラスティアが書き記した日記を持って。





「お母様――あなたは、何者なんですか? 私があの子を産んでしまったのは……間違いだったのですか?」

「……」

(――ごめんなさい、ファンカレア、蓮太郎……もう、隠せないわ)






 もうじき、夏が来る。

 しかし、どうやら今日は晴れないみたいだ。

 曇天の空は次第に大雨へと変わる。

 夏前に、最後の嵐を巻き起こして。


 大雨へと変わりゆく窓の景色を背に、ミラスティアはその魔力を解放する。


「ッ!?」

「――全部、全部話すわ……私の事も、蓮太郎の事も、そして……あなたの息子の事も」


 紫黒の魔力を纏い、”制空ミラ”は”ミラスティア・イル・アルヴィス”として娘と向き合う。

 魔力を纏うミラスティアの姿を見て、雪野は困惑しながらもその目をミラスティアから話すことなく見続けるのだった。







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早めに投稿できるときは15時を目安に投稿します。


以下は雪野さんの簡易紹介です。


制空雪野 (せいくう ゆきの)

年齢 ××

身長155cm

誕生日 4月14日


藍と雫の母親。

年齢は本人の意向を汲んで内緒にしているが……姉弟の年齢を見る限り……。

母である制空ミラと父である制空蓮太郎の血を引いてはいるが、本人には特に魔法を使えたり魔力を感じたりすることは出来ない。

しかし、それでもミラの血を引いているのは確かであり、その美貌は未だ衰えることなく健在である。

家族に優しく、穏やかな性格。

悪いことをしたら怒るのだが、その性格と優しい声音の所為で怒られている当人たちは全く怒られている感じがしないと常々言っている。

料理は苦手であり、いつも夫である海翔(かいと)と藍が制空家の食卓を支えていた。

せ、専業主婦です。


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