第110話 一年目:悲劇の開幕
グラファルトに”首噛み”をされた俺は、とてもじゃないが鍛錬を続けられる状態では無くなってしまった為、寝泊まりしている小屋へと移動し休んでいた。
小屋には当然いつも一緒に寝ているグラファルトも居る訳で、ベッドで休みながらも俺はグラファルトの説教を聞かされ、ようやく終わった頃には夕暮れ時になっていた。
現在、俺達はベッドの上で晩御飯に呼ばれるのを待っている。
しかし、待っている間も俺はある事が気になっていた。
「……いくら何でも遅すぎないか?」
それは、今日戻ると聞いていたミラがまだ帰ってきていない事だ。
今日中には戻るとの事だったので、まあ夜に帰って来る可能性もあるけど……白色の世界に居る二人から何の連絡もないのが少しだけ気になる。
「ちょっと、白色の世界に……」
「落ち着け、今日中には帰ってくるのであろう?」
「そうだけどさ……」
心配になって白色の世界へと行こうと立ち上がった俺に対して、グラファルトは大人しく待つように言い聞かせて来る。
「大体、仮に白色の世界へと行くことになったとしても、一人で行くやつがあるか! 我とお前の魂は繋がっているのだぞ!」
「あっ、ごめん……」
「はぁ……お前が常闇を心配している様に、当然我も常闇の事は心配に思っている。だが、我らが焦ったところでどうしようもないだろう? お前が地球へと戻れるわけでもあるまいし」
「……」
確かにその通りだ。
ファンカレアに会いに行った日、カミールとファンカレアから聞いた話によると、俺は地球へと戻る事は二度と出来ないらしい。
それは、ミラや祖父たちの様に肉体ごと全てを転移させた訳ではないからだ。
制空藍という存在は確実に地球で一度、その命を落とした。
消えゆくはずだった魂をファンカレアが白色の世界へと呼び出し、その魂の器となる肉体を”創世”の力を使い再構築したのだ。
魂に刻まれた最後の記憶を参考にして創り出された肉体は厳密にいえば”復元”ではなく”複製”、地球に死体として存在している肉体とは別物であり細かい事を言えば、俺はミラとの血の繋がりも無くなってしまっている。
まあ、魂に刻まれている生まれながらに持つ魔力自体は変わらないらしいから、家族である事は確かだけど。
話を戻すが、あくまで俺の肉体は複製されたモノであり、オリジナルである肉体は地球に残されたままだ。今頃は多分、火葬でもされているかな?
……確実に俺は死んだ。
地球で妹を守って、家族を残して。
そんな俺が地球へ戻ってしまうと、大きな歴史改変が起きてしまう事になる。
死人が新たな体を持ち現れるなんて、あってはならない事だ。
まあ、それだけじゃなくて前任である神が既に俺の魂を出入り禁止状態にしてしまっていたらしい。これが一番大きな原因だ。
カミールが何とかしようと奮闘してくれてはいたらしいが、残念ながら一度決定が下された条約は覆す事が出来ないらしい。
この件に関してファンカレアとカミールに何度も謝られたけど、仕方がない事だと思うし、悪いのはどう考えても二人じゃないので謝らない様に言っておいた。
そういう訳で、俺は地球へと戻る事は出来ない。
今のところ戻りたいとも思ってないけど。
「……とにかく、今は常闇の帰りを待つしかない」
「ああ、そうだな。焦る事はないし、夕食を食べながらゆっくり――ッ」
ゆっくり待っていよう。
そう言いかけた時、俺とグラファルトの正面に紫黒の亜空間が生まれた。
その中から、待ち続けていた人物が姿を現す。
「ミラ!!」
「おお、常闇!!」
黒い髪を揺らし、黒を基調とした紫の入ったドレスを身に纏った若い少女。しかし、少女の様な見た目とは裏腹に醸し出される上品かつ色気を感じる雰囲気は間違いなく、ミラスティア・イル・アルヴィス本人だ。
ミラが帰って来たことに、俺とグラファルトはベッドから立ち上がりミラの側へと歩き出す。
しかし……近づいて行く事で、はっきりと見えて来る俯いていたミラの表情。
それに気づいた俺とグラファルトは、その足を止め困惑した。
「常闇……?」
「……何かあったのか?」
「……藍、あなたに大事な話があるの」
弱く、小さな声でそう告げたミラは、何故か今にも泣きそうな顔をしていた。
そんなミラの姿が何を意味するのか……それを知るのに、そう時間は掛からなかった。
ミラが帰って来た。
しかし、ミラの様子はどうもおかしい。
みんなの所に行こうと言ってもそれを拒絶し、頑なに”藍に話がある”と言って小屋を出ようとしなかったのだ。
いま、小屋の中には俺とミラしかいない。
気を利かせてくれたグラファルトが”常闇が帰って来たことを知らせて来る”と言って、二人きりにしてくれた。
とりあえずミラを柔らかいベッドの縁に座らせて、俺は木の椅子を取りに行こうとしたのだが……ミラを支える為にそえていた右手をミラが握ったまま離してくれなかった。その為、俺は仕方がなくミラの左隣りへと腰掛け話を聞くことにする。
「……それで、話って言うのは?」
「……」
しばらく待ってみたけど、全く話が始まりそうになかったので俺から声を掛けてみたが、ミラからの返事は無かった。
どうしようか……。
そう思い、ふとミラの横顔を見た時……俺は思わず目を見開いた。
「ミラ――泣いてるのか?」
俯き気味であるのと、前髪の所為で目元が隠れてしまっているが僅かに見える頬につたう水が、窓から差し込む夕日によってキラキラと光っていた。
「ミラ、教えてくれ……何があったんだ?」
「……ッ、ごめんなさい……ごめんなさい……」
ミラの正面へと腰を下ろし、震えているミラの左手を両手で包む。そうして、何があったのかを聞こうとしたが、俺の質問にミラは謝り続けるだけだった。
そこで、俺は考えてみることにした。
ミラが涙してまで俺に対して謝る理由、俺にあるという大事な話、地球へ帰っていたミラ……。
――あのさ、雫の事なんだけど……。
まさか……。
思考の先で、最悪の結末を想定してしまう。
――大丈夫、ちゃんと見て来るわ。
そんなわけがない。
そう思いながらも、俺は震える声でミラへと話し掛ける。
「ミラ……雫は……雫はどうだったんだ?」
「ッ……」
「雫は、元気にしていたんだよな? ちゃんと生きて、元気にしていたんだよな?」
雫の名前を出した瞬間、ミラはその顔を歪め止めどなく流れる涙はその勢いを増していく。
そして、涙ながらにミラの口から声が発せられた。
震える声で、俺に話すミラ。
それは、懺悔だ。
自らの所為だと言う気持ちが痛いほど伝わる話。
罪悪感と、後悔と、責任を感じていた一人の魔女の話。
その始まりは絶望的な一言から幕を開く。
「――雫が、命を絶とうとしていたの……」
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重い話ですみません。
次回は地球でのお話を投稿する予定です。
流れとしては 地球での回想→藍視点 とする予定ですので、よろしくお願いします。
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