第109話 一年目:未帰還者



 

 ロゼによる途中経過のお披露目が行われてから、もうかれこれ7日が経過していた。

 予定では5日前には小屋から新居へと移り新築祝いを行う筈だったのだが、ちょっとしたトラブルが起きて、予定日を過ぎた今現在においても俺達は全員小屋で寝泊まりをしている。

 地球へと帰省しているミラが帰って来ないのだ。


 お披露目会から5日が経過した時、流石に心配になった俺はとりあえず黒椿とファンカレアに会いに行き事情を説明して何か知らないかを聞きに行った。

 しかし、黒椿とファンカレアは特に理由を知らず、ファンカレアは俺の事情を考慮してカミールに確認を取ってくれた。


 そうしてカミールからの連絡でミラの無事は確認できて、今日帰る事となっているわけだが……昼を過ぎた現在も帰って来てはいなかった。

 朝からみんなもソワソワしていたし、アーシェやリィシアなんかは昼食を食べ終えて直ぐに俺へとくっつき”ミラ姉はまだー?””……ミラお姉ちゃんは?”と聞き続ける始末。そんな二人に大丈夫だと言い聞かせ続けていたが、正直俺も不安に思っていた。


(――どう思う? ウルギア)

(……)


 泉の畔で胡坐を組んで座りながら、俺はウルギアへと話し掛けた。


 ウルギアとは2日前から毎日話すようにしている。

 というのも、ミラの安否を確認していた2日前にウルギアに話しかけたところ、明らかに様子がおかしかったのだ。こっちの聞きたい事には答えてくれるのだが、言葉の端々に棘があると言えばいいのか、”私如きでお役に立てるとは……”とか、”どうせ私の事など……”とか、自分を卑下する様な言い回しが多く、最初は別人なのかと思ったくらいだ。


 原因はどうやら俺にあるらしい。

 フィエリティーゼに転生してからというもの、環境の変化やトラブルなどに見舞われてウルギアへ話し掛けるのを忘れてしまっていた。

 ウルギアは俺から話し掛けられるのを待っていたらしく、黒椿とスキルについて話していた時はいつ呼ばれても大丈夫なように待機していたらしい。2日前に話した時、様子がおかしい事に気づいたので恐る恐る聞いてみた結果、そんな不満事を嫌という程聞かされた。


 まあでも、実際声を掛けなかったのは事実であり悪いのは俺だ。ウルギアには必死に謝りこれからは毎日、少なくとも10分は会話する事で許して貰える事となったのだ。

 ただ、10分という短い時間だと言うのに声だけでも凄く喜んでいるのが伝わって来て、さらには”藍様がフィエリティーゼで暮らして行く上で必要な情報があれば、何でも来てください! 全力でサポートいたします!”とも言ってくれたウルギアに対して、俺は物凄い罪悪感を覚えた。

 そしてウルギアと約束をした次の日から、時間があり特に相手が居ない場合はウルギアと積極的に話すようにしている。


 だからこそ、今もこうして話し掛けているわけだが……ウルギアからの返事が返って来ない。忙しいのかな?


(……ウルギア?)

(……はぁ。藍様、あまり言いたくはありませんが、同じ質問を5回も繰り返すのはどうかと思われます)

(うっ……申し訳ない……)


 念の為と思いもう一度だけ名前を呼んでみると、ウルギアから呆れた様な口調で注意されてしまった。

 ウルギアの言っている事は最もであり、時間が出来る度に俺はウルギアに同じ質問をしていたのだ……今回を合わせて5回も。最初は嬉々として答えてくれていたウルギアであったが、その声のトーンは次第に落ちて行き、そして今……完全に呆れてしまっているわけだ。


 ウルギアと話していく内に大分打ち解けたのは良いけど、最初の頃に感じたような崇拝に近い態度は完全に無くなったな。まあ、俺としては友人の様に接してくれている今の方が嬉しいから良いんだけどさ。その内、体を乗っ取られたりしないか不安でもある……ないよな?


(……まあ、良いですよ。藍様とお話しできる事は、私にとって大変嬉しい事に変わりはないので)

(本当にそう思ってる?)

(藍様がお望みだというのであれば、13日前から始まった私の孤独の日々をもう一度説明して差し上げますよ? あの13日間に比べれば、例え同じ質問をされたとしても、私は幸せです)

(……疑ってしまって、申し訳ございませんでした)


 しばらくはこのネタでいじられそうだな……。

 そんなことを考えて苦笑を浮かべていると、ウルギアが話を再開した。


(さて、話を戻しますが……何度も説明した様に私にも分かりかねます。黒椿にも確認を取りましたが、今のところ何も……お力になれず申し訳ありません)

(……いや、良いんだ。教えてくれてありがとう。そして、何度も聞いてごめん)

(良いんです。藍様がミラスティア・イル・アルヴィスの事を心配しているのは理解していますから。ですが……)

(どうした?)


 途中で言いかけていた言葉を止めたウルギアに声を掛けると、目の前に映っていた泉が暗闇へと包まれた。

 あまりに突然の出来事に理解が追いついていない俺に対して、ウルギアは溜息を溢す。


(……藍様、少なくともにする会話ではありませんでしたね?)

(それって……ッ!?)


 ウルギアの言葉で、視界が暗転したその訳を理解した。

 そうして俺はウルギアとの会話を終えて脳内では無く、恐る恐る声に出して話す。両手で俺の目を覆っているであろう少女に対して。


「あ、あの……グラファルト……だよな?」

「……5度目だ」

「え……?」


 グラファルトは俺の質問に答えることなくそう言った。その声音は酷く冷たい物であり、ただならぬ気配を背後に感じる。


「――貴様に、鍛錬に集中するように忠告した回数だ」

「……」


 あ、駄目だこれ。

 ”お前”が”貴様”に変わっているという事は、完全にブチ切れている証拠だ。


「ち、違うんだ! 確かに、ウルギアと話してはいたけど、それは無駄話をしていた訳じゃなくて、鍛錬のアドバイスを貰ってたんだ!!」

「……ほう?」


 なんとか誤魔化そうと思い咄嗟に思いついた嘘を口にした瞬間、俺の目を覆っていた手の力が強くなるのを感じる。

 あれ……もしかしてバレてるのか?

 いや、いまウルギアと話を出来るのは俺だけの筈だ……。


(藍様、嘘は良くないと思います)

(俺だって本当は嘘なんか吐きたくないよ! ……お前はグラファルトの”首噛み”を喰らった事がないからそんなことが言えるんだ)


 正直、あれはもう二度と喰らいたくない。俺自身、様々な経験を経て強くなった自信がある。黒椿やファンカレアのお墨付きだ。

 だが、俺がいくら強くなろうともトラウマが克服できるとは限らない。グラファルトの”首噛み”は俺のトラウマとなっていたのだ。だからそこ俺は吐きたくもない嘘を吐いてでも、何とかして”首噛み”を回避しようとしていた。


(藍様……非常に申し上げ難いのですが……)

(ウルギア、今は説教は勘弁してくれ。ただでさえ鍛錬サボってお前と話していた事を、グラファルトに説教されそうでまずい状況なんだ。今だけはグラファルトに嘘を吐いている事を黙って見過ごして――(やはりな。そんなことだろうと思ったぞ?)――え?)


 ……嘘だ。

 いや、嘘ついたのは俺の方だけど。

 そうじゃなくて、こんなのありえない。


(藍様、お忘れになっているのかもしれませんが、今の私は【改変】という”スキル”なのです)

(……あっ)

(お気づきになられましたか? ”共命”により魂の回廊が繋がっている状態の藍様と駄りゅ――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルは、そのスキルのほとんどを共有した状態になっています。まあ、だからと言って駄りゅ――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルが【改変】を自由に使える訳ではありませんが……藍様との間に魂の繋がりが出来ている状態の彼女は現在、私達の会話を聞くことが出来ます)

「(一々我の事を”駄竜”と呼ぼうとする部分が気にならなくはないが……改変が言っている通り、”全部”知っているぞ?)」


 俺とウルギアの会話に乱入して来たグラファルトは、器用に俺の耳元と頭の中の両方に話しかけて来た。いや、怖いよ!?


 しかし、これで俺が嘘を吐いていた事がバレてしまったわけで、それはつまり……俺の極刑が決まった瞬間である。


「……言い残すことはあるか?」

「……君を愛している!!」

「そうかそうか……どうもありがとう。お礼に首を噛んでやるっ」

「え、嘘だろ、本当の事を言ったのになんで……!? ちょっ、待て、グラファ――」


 こうして、またしても俺はグラファルトに首を噛みつかれる事となった。

 一回目は胡坐の上で、二回目は馬乗りで、そして三回目は……暗闇の中で背後を取られて。















 ――場所は変わり、そこは白色の世界。

 ”創世”の力を制御下に置く為に奮闘していたファンカレアと、ファンカレアの師である黒椿は制御訓練を一時中断してある人物の帰りを待っていた。


「カミールの話ではそろそろの筈ですが……」

「意外と時間が掛かったね、まあ……事情が事情だから仕方がないとは思うけど」

「……そうですね。藍くんには何と?」

「何も。全ては――ほら、帰って来た近親者に任せよう」


 そうして黒椿は視線を右隣りに立つファンカレアから正面のへと移して、不安そうな顔を浮かべるファンカレアにも見るように促した。


 二人が視線を向けた正面に、紫黒の亜空間が生まれる。

 そして、その中から――一人の女性が姿を現した。


「おかえりなさい、ミラ」

「おかえり。随分と……酷い顔をしているね」


 ミラスティア・イル・アルヴィス。

 地球へと帰省していた彼女は、とても帰省を楽しいんだとは思えない様な悲痛な面持ちで白色の世界へと帰還する。

 そんな彼女に対して、全ての事情を知っているファンカレアと黒椿は唯々無事に帰って来てくれたミラスティアを手厚くもてなすのだった。


「直ぐに行くの?」

「……ええ」

「ミラ、少し休みましょう? 貴女も疲れているはずです」

「ごめんなさい、ファンカレア。早く話したいの……謝らないといけないの……」

「ミラ……」


 ファンカレアが止めるが、それを断りミラスティアは暗い表情のままフィエリティーゼへと転移した。

 ミラスティアが転移した後の白色の世界で、ファンカレアは何も出来ない自分を悔やみ顔を伏せる。そんなファンカレアの隣で、黒椿はファンカレアの背中を優しく叩くのだった。


「大丈夫だよ」

「でも……心配です。あんなに落ち込んでいる姿を見るのは、【闇魔力】を持つ者が暴走した時以来ですから……」

「それでも、これは家族の問題だから……。僕たちに出来るのは、助けを求められたその時の為に、唯々待ち続けるだけだよ」


 黒椿の言葉にファンカレアは静かに頷き、その両手を重ねて祈り続ける。




(藍くん……どうか……どうかミラを、許してあげて下さい……)




 それは、遅かれ早かれ制空藍が知る事になる悲劇の語。

 置き去りにされた蒼き世界で――小さな雫が零れ落ちた物語。




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 一応念の為……勘違いされるような書き方をしている自覚はあるのでお話しますが、現在の構成上、地球では制空藍以外に誰も死にませんのでご安心下さい。


 しかし、次回から始まる話には、苦手だと感じる部分がある人も居るかもしれません。

 結果はハッピーエンドにするつもりですのでご理解の方よろしくお願いします。


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