第105話 一年目:覗かないからな!?




 白色の世界へと遊びに行き、カミールと出会った日から翌日。

 目が覚めた後、隣でまだ眠っていたグラファルトの頭を撫でながら過ごしていると、物凄い勢いで小屋の扉が開かれた。


「おっはよーー!! アーシエルちゃん参上!!」

「……今何時だと思ってるんだ?」


 いや、俺も現在の正確な時刻は分からないけどさ……。

 まだ陽が昇ってからそう時間は経っていない早朝であることは確かだ。

 それにも関わらず、目の前で腰に手を当てて満面の笑みを浮かべるアーシェは元気いっぱいといった感じで俺達の所へとやって来た。


「んん……なんだ、アーシェか……ふぁあ〜……」


 大きな音に体を起こし俺の腕にしがみついているグラファルトは、まだ眠いのかウトウトと首を縦に揺らしていた。



 ちなみにこれは余談だが、寝る時のグラファルトの服装は俺が転生した直後に着ていた黒いシャツ一枚である。

 普段、魔力で服を作っているグラファルトが”寝る時くらい裸でも良いだろう?”と言って服を消し始めたので、頼むから服を着てくれと俺が全力で頼み込んだ結果、”お前が着ていたシャツをくれるのならそれを着てやる。それが嫌なら裸で寝る”と言う条件を提示され、俺はミラから貰っていた”浄化魔法”と”修復魔法”を掛けられた地球で最後に着ていた服の中から黒いシャツを渡したのだった。


 グラファルトは俺からシャツを受け取ると嬉しそうにそれを着て、ブカブカの状態だというのに嫌な顔一つもせず幸せそうな笑みを溢していた。理由を聞いた所、”お前をより近くに感じられる様で、嬉しい”との事だ。


……ええ、もちろんその言葉を聞いた瞬間グラファルトを抱き締めましたとも。



 俺にしがみつき、黒いシャツの袖で目を擦るグラファルト。そんな彼女の頭を撫でつつも、俺はアーシェへと顔を向けて挨拶を返す事にする。


「おはようアーシェ。それにしてもこんな朝早くからどうしたんだ? というか、お前昨日は結構遅くに帰って来たのに随分と元気そうだな?」

「えへへっ! 昨日は久しぶりに弟子の子といっぱいお話したからね~、すっごく楽しかったんだ~!!」


 キラキラとした雰囲気を纏うアーシェの笑顔見て、本当に楽しかったんだなと思う。


 俺が白色の世界へ遊びに行っている頃、アーシェはプリズデータ大国へと遊びに行って、朝からプリズデータ大国に居る家族と楽しく過ごしていたそうだ。

 アーシェが帰って来たのはみんながそれぞれの小屋へと入り眠りに着こうとしていた夜遅くで、”たっだいま~”と大きな声で騒ぐアーシェは明らかに酔っぱらっていた。フラフラとした足取りで泉に向かって行ったアーシェを見かねて肩を貸してロゼの居る小屋へと送って行ったのを憶えている。


「昨日帰って来た時は酔っぱらってたのに、二日酔いとかにはならないのか?」

「ん~? ああ!! わたしは”状態回復魔法”って言う体の状態異常を取り除く魔法が使えるから! この通り元気いっぱいだよ!!」

「……そうか」


 ”状態回復魔法”……便利な魔法もあるもんだな……。


 目の前に居るアーシェに二日酔いの気配は欠片もない。魔法一つで体の状態異常が消えるなんて、この世界に医者なんていらないんじゃないだろうか?

 いや、でももしかしたら魔法では治らない病気や怪我、もしくは魔法が効きにくい種族とかが居た場合は必要になるのか……?

 まだフィエリティーゼに来て日が浅いからいまいちこの世界の常識とかが分からないんだよな。そこらへんの事もこの森で過ごす間にグラファルトやミラ達から聞いた方が良いのかもしれない。


 そんな風に今後の課題を考えている時、俺は昨日のアーシェとのやり取りで少しだけ気になっていた事があったのを思い出した。


「そう言えば、アーシェに聞きたい事があったんだけど」

「なになに? 何でも聞いて!!」

「――昨日酔っぱらってる時にアーシェが”全部、ランくんのお陰……ありがとう”って何回も言っててさ……俺、アーシェに何かしたっけ?」


 それは昨日の夜、酔っぱらっていたアーシェが泉の中へ入りそうになっているのを止めて小屋へと送って行った時の事だ。

 俺に体を預け寄りかかった状態のアーシェは楽しそうに笑っていたかと思えば急に涙声に変わり、俺に対して何度も感謝の言葉を伝えて来た。


 ”ありがとう……”

 ”ランくんのお陰で、わたしは思い出せたよ”

 ”全部、ランくんのお陰……”


 大体がこんな感じの言葉、それを何度も繰り返し小屋の前でアーシェの同居人であるロゼへと引き渡すまで言っていた。

 俺としてはアーシェに特別何かをした記憶がなく、何の事を言っているのかさっぱりわからなかった為、ちょっとだけ気になってたんだよね。


 だからこそ、アーシェが憶えてるなら聞いてみようと思ったんだけど……。


「……~~ッ!?!?」

「ア、アーシェ?!」


 俺の言葉を聞いて、しばらく硬直したままの状態になってしまったアーシェ。そして、やっと動いたかと思えばその顔を真っ赤に上気させて、あわあわと挙動不審になっていく。そんなアーシェの様子に思わず声を掛けたのだが、どうやらそれは逆効果になってしまった様だ。


「ち、違うの!! ううん、違わないけど……違うんだよ!! だから、違うんだよきっと!!」


 俺に名前を呼ばれたアーシェは体をビクリと跳ねさせて慌てた様に否定の言葉のみを連呼し始める。


 そんなアーシェの様子にどうしたものかと考えていると、先程までウトウトとしていたグラファルトがいつの間にかベッドから離れ、アーシェの側へと向かっていた。


「ほほう……アーシェ、ほんの数日前までは”時間を掛けてゆっくり”などと言っておった癖に、随分と積極的になったものだな~?」

「ちょっ!? グラちゃん!?」

「ん? どういうことだ?」


 何やらグラファルトとアーシュが俺には分からない会話を始めだした。

 見た感じ、グラファルトがアーシェをからかっている様だけど……内容がよく分からない俺にとっては、なんとも反応に困る状況だ。


「どうもこうも、こやつはお前に――んん!?」

「グラちゃん? ちょ~っと黙ってようねぇ~?」


 俺が首を傾げていると、ニヤニヤとした笑みを浮かべたグラファルトが何かを伝えようと話し出すが、その口をアーシェが手を使い塞いでしまった為、結局わからず仕舞いになってしまった。


「……アーシェ?」

「ご、ごめんねランくん……この事については自分で、ちゃんと話すから。だから、もう少しだけ時間をくれないかな……?」


 グラファルトを抑えつけながらも、申し訳なさそうにしながらも……真剣な眼差しで告げるアーシェ。

 もしかしたら、俺が聞こうとした話はアーシェにとって大事な話なのかもしれないな。その話には少なからず俺が関わっていた。だからこそ、誰かから言われるのではなく、自分で伝えたいのかもしれない。


「……わかった。アーシェが話してくれるのを待つことにするよ」

「……ありがとう、ランくん」


 アーシェから話してくれるのを待つことにした俺がその事を伝えると、アーシェは柔らかな笑みを浮かべて感謝の言葉を口にした。


「んん~!!」

「あっ、ごめんグラちゃん!!」


 俺とアーシェが見つめ合い、微笑み合っているとアーシェに口元を塞がれていたグラファルトがジタバタと身体を動かし猛抗議し始める。そこでグラファルトの口を塞いだままだったと気づいたアーシェは慌てて口元から手を放しグラファルトを解放した。

 解放されたグラファルトは乱れた呼吸を整えながらベッドへ座る俺の隣へと腰掛けアーシェの事をジト目で見つめていた。


「全く……。それで? お前は結局何をしに来たのだ?」

「あ、そうだった!! ロゼ姉にみんなを呼んで来るように頼まれてたんだ!!」

「ロゼが?」

「なんかね、家の中央部分が出来たからみんなに確認して欲しんだって!!」

「……え、流石に早くないか?」


 まだ作業を始めて一日しか経過してないぞ!?


「ロゼ姉、張り切ってたからねぇ~。じゃあ、わたしは他のみんなも呼ばなきゃいけないから!!」


 そう言い、アーシェはこちらへ一度手を振ると隣の小屋へと向かって行った。俺達の小屋へ来た時と同じ、アーシェの元気なおはようが聞こえて来る。


 なるほど。

 昨日の夜、ロゼが頑なに覆っていた布を取らなかったのはこの為だったのか……。

 多分、暗い中で見せるよりも良く見える日中に見せたかったんだろうな。


「……とりあえず、起きるか」

「そうだな。我らも着替えて向かうとしよう」


 そうしてグラファルトがシャツを脱ごうとした為、俺は慌てて外へと出る。数分待っていると、魔力で作った黒いタンクトップに、オーバーオールタイプの白いズボンを身に纏った姿のグラファルトが顔を出した。

 外へと出たグラファルトはサンダルを履いた足で軽快に足を進めると、ニヤリとした笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。


「別に着替えくらい覗いても良いのだぞ? もうお前とは夫婦も同然なのだからな」

「…………覗かない」


 くっ、一瞬迷ってしまった。

 俺の顔を覗いていたグラファルトは俺の反応を見て楽しそうに笑った後、俺の右手に自身の左手を絡めて前へと進みだした。


「くくっ……まあ、そう言う事にしておいてやろうっ」

「いや、本当に覗いたりしないからな!?」

「わかったわかった」


 どうやら、俺が一瞬迷っていた事に気づいていたらしい。

 俺の反応を見ては楽しそうに笑うグラファルトに何度も覗かないと言いながら、俺達はロゼが待つ建設予定地へと足を運ぶのだった。


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