第104話 氷結の弟子
フィエリティーゼには、神の使徒である六色の魔女が育てた五人の弟子がいる。
その種族は様々であり、ハイエルフ、エルダードワーフ、銀狼種の獣人、人間種、そして吸血種の始祖。ミラスティア以外の魔女達がそれぞれに気に入った者を一名だけ選び、自らの得意とする魔法を教えて育てた伝説の存在だ。
五人は300年前にそれぞれの師である魔女から王位を譲り受け、師が大事にしてきた国を命が続く限り支え続けていた。
しかし、長い年月を魔女達と過ごしてきた弟子達の全員がかなりのご高齢である。時の流れには逆らえず、生きる伝説は少しづつ過去の伝説へとなりつつあった。
現在、三名の弟子達はその王位から退き表舞台から姿を消している。
新緑の魔女の弟子である銀狼種の獣人が一番に亡くなり、その後を追うように爆炎の魔女の弟子であるエルダードワーフが亡くなった。
二人の死因は寿命であり、死の間際に王位を譲り、余生は師である魔女の元で過ごしたとされている。
ハイエルフであるレヴィラ・ノーゼラートは他の弟子達の誰よりも早くに王位を養子である子に譲り、その後の行方は不明とされていた。
――その実は目立ちたくないというだけの理由で、自らの姿を偽りエルヴィス大国の宰相として陰ながらに国を支えていたのだが、自らの過ちが原因でそれも現エルヴィス国王にはバレてしまっている。
残りの二人に関してはそれぞれに違う形でその王位を継いでいた。
人間種である閃光の魔女の弟子は早急に結婚をして、自らの子に王位を譲り、代々その血を受け継がせて行った。
現在の国王は七代目であり、先祖返りだと言われる程の才能を見せている。
そして最後の一人……吸血種の始祖であり、氷結の魔女の弟子である女性は300年が経過した現在においてもその王位を守り続けている。
――ユミラス・アイズ・プリズデータ。
プリズデータ大国第二女王にして魔女達の弟子の中で最強と謳われる存在。
夜を支配し、弱点である太陽に打ち勝った吸血種の始祖。
師であるアーシエルとの出会いはプリズデータ大国が出来上がる遥か昔の事であり、他の魔女達とも仲の良い関係性だった彼女は、その圧倒的な存在感を存分に活かし王位を狙う数多の存在を退け続けて来た。
だが、ユミラスは決して愛国者という訳ではない。
彼女がその王位を守り続ける理由……それは、ただ一人の敬愛する魔女の為だったのだ。
アーシエルがプリズデータ大国を建国する時、当然ながらユミラスはアーシエルの側でその手伝いをしていた。
敬愛するアーシエルの為にユミラスは誰よりも働いていた。
書類整理から物資の供給、時には人々の喧嘩の仲裁など、様々な業務を休まずに行っていたのだ。だが、ユミラスにとってそれは苦ではなく、寧ろ敬愛するアーシエルの為になると喜んで引き受けていた。
自らが前へと立ち、アーシエルと共に国を作るのは彼女にとって幸せ以外の何物でもなかったのだ。
だが、その幸せが長く続くことは無かった。
【闇魔力】の力に溺れた暴徒達を滅ぼす為にしばらくの間、アーシエルの側を離れていたユミラスは……戻って来たその時の光景に絶望するしかなかった。
いつもは解放されていた王城へと続く城門は固く閉ざされており、城門へと叫び続ける民衆の罵詈雑言。
慌てて王城内へと転移した彼女が見たのは、変わり果てた冷徹なる氷の魔女の姿であった。
何度声を掛けようとも、ユミラスを見ることなく虚空を見つめるアーシエル。
ユミラスが事の経緯を知ったのは、それから数時間後の事だった。
それからのユミラスの行動は早かった。
使用人以外の者を城内へ入れる事を頑なに禁じ、心を閉ざしたアーシエルに変わり、自らが表に立ち民衆の理不尽なる怒りを真っ向から叩きのめして行ったのだ。
――全ては敬愛するアーシエルの笑顔を取り戻す為。
アーシエルの事を信仰し敬愛している者以外の使用人を排除し、敵意や害意を持つ者を退け続け、アーシエルへ向けられた全ての悪意を自らへ向ける様に誘導した。
――全ては敬愛するアーシエルの幸せを願っての事。
アーシエルがいつ戻って来ても良い様にその玉座を守り続け、君臨し続ける氷の女王。
しかし、そんなユミラスの願いは数千年の時が経とうとも、叶うことはなかった。
そうして300年前、突如としてアーシエルはプリズデータ大国から姿を消し、その消息を絶ったのだ。
その時のユミラスの絶望は想像を絶するものだっただろう。
元来、厳しい所はあるが決して他者を蔑ろにしたりしない、見守る優しさを持つユミラスが人に当たる事はなかったが、その代わりとして彼女は嗜む程度であった酒に手を出した。
アーシエルが消えてから、毎晩浴びる様に酒を飲み続けていたユミラスは、やがて城内に居る事に嫌気がさし、アーシエル直伝の”認識阻害魔法”を使い城を抜け出す様になる。そうして向かうのはプリズデータの王都にある小さな飲み屋。ローブで体を隠し、安酒をひたすらに流し込み続けて朝方になるとこっそりと戻る。そんな生活を300年もの間、ずっと続けていた。
城に仕える者は女王であるユミラスの行動を止めようと何度も懇願していたが、ユミラスがその願いを聞き入れることは無く『国の動かし方については既に教え終えた。我は国の象徴として働く、実務はお主らに任せた』とだけ言い残し、自室へと閉じ籠ってしまう。
その姿は皮肉にも……心を閉ざした師であるアーシエルとそっくりであった。
―――――――――――――――
――制空藍がフィエリティーゼから白色の世界へと向かう日。
ユミラスはいつもの様に朝焼けと共に城へと戻る。
まだ誰も起きていない薄暗い廊下をふらついた足取りで歩いて行き、自室へと繋がる大きな扉を寄りかかりながらに押して開くと、そのまま中央に備えられたベッドへと歩いてその体を柔らかいマットへと預けた。
「うっ……流石に飲み過ぎたか……」
うつ伏せの体を転がし、仰向けへと変えたユミラスは青いインナ―カラーが特徴的な金髪の前髪をかき上げ溜息を溢す。
傷一つない色白の肌。その頬は少しだけ赤みがかっていて、彼女の酔いがまだ残っている事を現している。
大海よりも深い蒼のドレスは、アーシエルから貰った大切なドレスであり、ユミラスは決して傷つくことが無い様に”状態保存魔法”を何重にも掛けていた。
血の様に深く赤い瞳を細め、ユミラスはつい数日前の出来事を思い出す。
『ただいまーっ!!』
突如として帰って来た、敬愛する氷結の魔女。
300年振りに姿を現したアーシエルの笑顔を見て、城内に居た全ての者が激しく動揺した。特に代々プリズデータ大国に仕えていた家系の者達の動揺はそれはそれは凄い物だった。
中には偽物なのではないかと疑う者まで居る始末……本来であれば不敬である思想なのだが、悠久とも言える長い年月の間、ずっと心を閉ざしていたアーシエルの方にも問題がある為仕方がない。
ユミラスはアーシエルが帰って来た時は朝帰りだった為自室で眠り続けていたのだが、いつもと違い騒がしい外の音に気づき目を覚ました。
そうしてゆっくりとした足取りで人混みが出来ている城の中庭へと足を進めると……そこには夢の様な光景が広がっていた。
『長い間、心配かけてごめんなさい!! アーシエル・レ・プリズデータ、この通り復活しました!!』
心を閉ざした日から欠かさず掛けていた”認識阻害魔法”を解いて、満面の笑みを城内で働く全員に向けて見せる氷結の魔女。
その姿に皆は喜び、感動し、長命種である使用人の数名はアーシエルの側で泣きながらに喜びの言葉を述べていた。
――これは、夢……?
ユミラスはその光景を見ても尚、それが現実であると信じることが出来ずに自らに”状態回復魔法”を掛ける。
”状態回復魔法”により、酔いを含めた体の異常が消え去ったがそれでも目の前の光景は変わることなく、それは現実だと……ユミラスの瞳に焼き付けられていく。
そして……高鳴る鼓動に胸を締め付けられるユミラスの耳に愛おしい師の声が聞こえて来る。
『あ~!! ユミラスちゃんだ~!!』
氷の様に冷たい無感情な声ではない、優しさと温かさに溢れた元気な声。
その声で、名前を呼ばれた瞬間……ユミラスは堪えられない感情を曝け出した。
『うわっ!? ユミラスちゃん!?』
驚いた様子で声を掛けてくれているアーシエルを無視して、その小さな体へと縋りつくように抱き着くユミラス。
その瞳からは止めどなく涙が流れ続けていて、ユミラスは声を大にして泣き続けた。
『ごめんね? 沢山迷惑も、心配も掛けちゃったよね? よしよし……』
子供の様に泣きじゃくるユミラスの頭を優しく撫でるアーシエル。
その二人の光景を眺めていた城内で働く者達は、皆その目に涙を浮かべていた。
城で働く者達は、ユミラスが何を望んでいたのかを知っていたのだ。
長きに渡る氷河期を終えて戻って来た敬愛する師匠の胸の中で、ユミラスはその温もりを逃すまいと必死に縋りついた。
「……しかし、皆に醜態を晒してしまったな」
数日前の出来事を思い出し、酔いとは違う赤面をその頬に浮かべるユミラス。
結局、アーシエルはユミラスを泣き止ませると”時間だから戻るね”と言いそのまま帰ってしまった。
その後、泣き疲れて休んでいたユミラスであったが、翌日にはアーシエルから”念話”が届き、また遊びに来るとの連絡を受ける。
アーシエルが遊びに来るのは、日付にして今日だ。
「うっ……またメイド長に怒られるな……」
長い付き合いであるエルフ種のメイド長。
そんな彼女の怒鳴り声を想像して、ユミラスはその顔を歪ませるのであった。
実は、昨晩の夕食の時にユミラスはメイド長からある忠告を受けていたのだ。
『明日は、アーシエル様が御出でになるのですから……くれぐれも! 夜に王都へと赴くのはお控えくださいね?』
メイド長の真剣な眼差しとその気迫に気圧され、ユミラスは首を縦に振り了承した……のだが……。
「はっ……習慣とは恐ろしいものだ……まさか気づいた時には王都の酒場で飲んでいるとはな……」
夕食を終えたユミラスは、絶対に王都へは行かないと言う決意のもと自室に引き籠りコレクションしていた高級な葡萄酒を飲み続けていた。
そうして、眠気が襲ってきてウトウトとしていたユミラスはそのままゆっくりと目を閉じ、自室のベッドで眠りについた……そう思っていた。
次にユミラスが目を覚ますと、そこは木で出来たカウンター席で、恐る恐る周囲を見渡したユミラスは、そこが行きつけの酒場であると理解する。
いつも酒を持って来てくれていた店主へと声を掛け昨日の話を聞いたユミラスは、その衝撃的な内容に思わず後ずさった。
『昨日は偉く上機嫌だったなぁ~? その場に居た全員分の酒代を出して、うちの一番高い酒を浴びるように飲んでたよ? そしたらお客さん酔い潰れて寝ちゃってたんだよ。代金は先払いで大金貨を貰ってたから外に放り出すのも可哀そうだと思って、起きるまで休ませてやってたんだ!』
何も覚えていないのかい? 大柄な男店主にそう言われて、ユミラスは頭を抱えてしまう。しかし、いつまでも酒場に居る訳にはいかないと思ったユミラスは寝かせてくれていたお礼として銀貨数枚を店主へと渡すとその足で王城へと帰ったのだ。
そして現在。
しばらくベッドの上で休んでいたユミラスだったが、自室の扉が叩かれる音に気づいて体を起こす。
「ユミラス様。起きていらっしゃいますか? それともまた王都へと向かわれてしまいましたか?」
「……」
全く以て自分への信用が感じられないメイド長の言葉に思わず苦笑を浮かべるユミラス。
しかし、これも日頃の行いが悪いせいだと理解している為、特にそれについて文句を言う事はなかった。
「……我ならちゃんと居るぞ」
溜息を溢しながらも、扉の向こうに控えているであろうメイド長の所へ向かう為にユミラスはベッドから立ち上がり”状態回復魔法”を掛ける。
そうして、酔いを冷ましたユミラスは自室の扉へと手を掛け開くのだった。
「おはようございます。ユミラス様」
「ああ、おはよう」
「本日はアーシエル様が朝から御出でになられるとの事ですので、中庭の方にお茶会の準備をしてあります」
「わかった。早速で悪いが、我に紅茶を淹れてくれ」
ユミラスの言葉を聞いて頭を下げたメイド長はその足でキッチンへと向かった。
メイド長の背中を見届けたユミラスは、反対方向の通路へと足を運び中庭へと向かう。中庭へと足を運ぶ最中、城内で働くメイドや役人とすれ違うユミラスは皆の顔が以前よりも活き活きとしているように思えた。
その理由は考えるまでもなく、アーシエルが遊びに来る事を皆が楽しみにしているからであろうと思ったユミラスは小さく笑みを溢す。
「全く……浮かれ過ぎだな」
そうして仕方がない奴らだと呟くユミラスであったが……皆が活き活きとしている理由が、アーシエルが戻って来た事で本来の性格である子供らしさを取り戻したユミラスが、楽しげに鼻歌混じりに城内を歩いている姿を見たからだとは気づく由もなかったのであった。
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と言う事で、新たな登場人物です。
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・ユミラス・アイズ・プリズデータ
プリズデータ大国 第二女王 アーシエルの弟子 吸血種の始祖
バスト D
誕生日 不明(長命種にはよくある)
年齢 ???(以下同文)
身長 160cm(ヒールを履いていると170cm)
髪型 腰まである
髪色 青のインナーカラーが入った金髪
瞳 深い赤
服装 アーシエルから貰った青を基調とした煌めくドレスを身に纏っている。
認識阻害は師であるアーシエル直伝。
見た目は凛々しくも美しい大人の女性。
しかし、性格は何処か子供っぽい所があり、嬉しい事があるとスキップしたり鼻歌を歌ったりしている。逆に悲しい事があると部屋に閉じ籠り中々出てこないため、度々使用人達を困らせたりもしている。
――――――――――――――
ちなみにアーシエルは基本的には藍と一緒に森にある家で暮らして行きますが、頻繁にプリズデータ大国へと遊びに行きます。
遅くなりましたが、レビュー数が100を超えました! 本当にありがとうございます!
これからも本作をどうぞよろしくお願いいたします。
作品のフォロー、ご感想、応援、★★★でのレビュー、是非是非お願いいたします……!!
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