第102話 一年目:不器用な優しさ


 カミールを膝の上に乗せて、俺とグラファルトとカミールの三人は紅茶とクッキーを嗜みながら長い時間話していた。最初は膝の上が落ち着かないのと、初めて会う俺とグラファルトにぎこちない様子であったカミールも、一時間もすれば慣れてくれた様で今は美味しそうにクッキーを食べている。


「はむ……はむ……」

「しかしカミールよ、良くそんなに食べることが出来るなぁ……? そのクッキーはお前の体の何処に入っておるのだ?」

「いや、グラファルト。お前は人の事を言えないからな……」


 やれやれと言った感じで話すグラファルトに俺は思わずツッコミを入れてしまう。確かにカミールも良く食べるとは思うけど、カミールが来る前から止める事無く手をクッキーへと動かしているグラファルトが言えた事ではない。

 まあでも、ほんとに良く食べるよなぁ……。

 膝の上で小さな手を使いクッキーを食べ続けるカミール。少しだけ上体をずらし斜め横からカミールの顔を見ると、両頬を膨らませてクッキーの欠片を頬に付けながら幸せそうな顔をしていた。

 その顔を見ていると、こちらも自然と笑みが零れる。


「ほら、クッキーが付いてるぞ」

「――んっ……あ、ありがとうございます」


 口の端についていたクッキーの欠片を取り自分の口へ頬る。その様子を見ていたカミールは何故か顔を赤らめていた。


「気にしないでくれ、大体の話を聞き終えたしな」


 お礼を言うカミールの頭を撫でて、俺は気にしないように言っておく。


 この数時間の会話の中で、俺が知りたかった情報は大体知る事が出来た。

 前任である管理者と黒椿の間に何があったのか……これはまあ予想通りと言えば予想通りであり、俺が死んだことで怒り狂った黒椿が前任者である神を殺してしまったらしい。意外だったのは、地球の管理者の性格というか……その人間染みた感性というか……ファンカレアやミラから聞いていた無感情な存在とはかけ離れたその正体に何とも言えない気持ちになってしまった。


 俺の未来を勝手に決めた当人ではある訳で、結果については何度も言っているように納得してる。だからその事については特に言いたい事はないが、事前にお告げとか、話くらい聞いておきたかったという、ちょっとした嫌味を言ってやりたい思いはあった。

 しかし、その思いもカミールの話を聞いていく内に段々と薄れて行ってしまった。地球の事を第一に考え、悪しき同胞の神々を退け続けていた前任者。その絶え間ない努力と終わりの見えないであろう長き戦いを考えると……どうしても、嫌味を言う気にもなれない。出来る事なら、色々と話くらいは聞きたかったけどね。神様だからただの人間と普通に話すわけにはいかないんだろうけどさ。ちょっとくらい、愚痴っても良いんじゃないかと思った。


 それと、カミールについてもちゃんと話を聞くことが出来た。

 どうやらカミールは元々名も無い精霊だったらしい。それも黒椿と同じ花精霊であり地球に咲いている花、カモミールの精霊だとか。

 黒椿によって呼び出されたカミールはそのまま突然に地球の管理者へと選ばれた。黒椿が所持していた様々な神格を一つに統合し、それを精霊であるカミールへと譲渡する。そうして本来であれば何の力も持たず、消えてしまう存在であった彼女の命を救って、その代わりとして地球の管理を任せたと……。


 これだけ聞けば良い話なのだが、その過程に色々と問題があった。

 第一にカミールの意思を無視しての行いだったこと。第二にカミールに言う事を聞かせる為に脅しに近い行いをしたこと。そして何より、生まれて間もない子供に全ての責任を押し付けた事だ。

 この話を聞いた時、俺とグラファルトは呆れて何も言えなかった。

 ミラとファンカレアが早々に白色の世界へと戻り、黒椿を連行していった理由も恐らくこの話が原因だろう。

 カミールが黒椿の事を様付けで呼ぶのも、自身を神へと昇華させた創造主とも言える存在だからと言う事らしい。


「しかしまぁ……あやつは何故こうも空回りする様なやり方しか出来んのだ?」

「名も無い精霊って言うのはそう長く存在を保つことが出来ないらしい。もしかしたら、黒椿はそれを知っていたからこそカミールに神格を渡したのかもしれないな」


 そうして俺は膝の上に乗っている小さな頭を優しく撫でる。


「それにしたって、脅す事はないだろう? それもこんなに小さな子に全部任せるなど……常闇やファンカレアが怒るのも無理はない」

「そこに関しては俺もわからん……でも、俺の予想が正しければ……カミール」


 俺が名前を呼ぶと、カミールは上へと顔をあげた。

 逆さになった小さな顔が俺の事を見上げている。


「もしかしてだけど、黒椿に”ずっと見ているから”って言われなかったか?」

「――ッ……た、確かにそれに近しい言葉をかけられました。”僕はいつだって監視しているから、さぼったりしないように”と……」


 やっぱりそうか。

 俺は黒椿の不器用な優しさに思わず笑みを溢してしまう。

 そうして笑みを溢していると、視界の中に怪訝そうにこちらを見つめるグラファルトと、同じく何故笑っているのか分からないと言いたげに首を傾げるカミール。

 そんな二人を見て、俺は自分の考えを口にする事にした。


「多分だけど……黒椿はカミール一人に任せるつもり何てなかったんだと思う。いきなり強大な力を手にしたカミールに地球の全てを任せる訳にはいかない、でも、いずれはカミール一人で管理してもらいたいとも考えている……だからこそ、あえて脅すような事をして、監視しているという体でずっと見守って居たんだと思うよ?」

「だが、わざわざ脅す必要なんてあるのか? 正直にお前が心配だからしばらくは見守って居ると……そう言えばいいであろうに」

「効率を考えたんだと思う。あいつは【未来視】と【叡智の瞳】を持っているから、自分がカミールと接する態度の中で、最もカミールの成長速度が高い態度を選んだ……それが多分、恐怖による掌握だったんだろうな」

「……感情面は全て無視して効率のみを考えたと?」


 納得できないと言う様にグラファルトは腕を組み首を傾げていた。


「まあ本当の目的としては、早急に面倒ごとから解放されたいという思いが強いと思うけどね……あいつ、なるべく俺の傍に居ようとしていたみたいだし」

「その言葉で納得がいってしまう……」

「――私にも、心当たりがあります」


 呆れるようにそう呟くグラファルトに続いて、今まで黙っていたカミールが会話に混ざって来た。


「――黒椿様は私に全ての権限を譲渡した後、直ぐに自らの分体を地球の管理層へと配置していました。私が間違いを犯した際にそれを止める為だと言っていましたが……実際には私の補佐として分体がほとんどの仕事をサポートしてくれています」


 地球の管理は生まれたばかりのカミールにとって困難な仕事だったらしい。やる事が多く、まだ前任の管理者のデータと地球についてのデータを全てインストール出来ていない状態のカミールは、何からすればいいのか分からなかったとの事だ。

 そんな時、カミールを支えてくれていたのが黒椿の分体だった。


「――そもそも、今思えば脅されていた時の行動自体にも黒椿様の気づかいが含まれていたのかもしれませんね……」

「どういうことだ?」

「――黒椿様は私に神格を授けた後に力を持ったからと言って決して驕りを見せてはならないと教えてくださいました。”君よりも僕の方が強い。こんな風にね”……そう言って砕けた神の残骸に、厄災の力を封印したのです」


 神の残骸とは、前任者……つまりは黒椿が殺したと言う球体で出来た神のことらしい。その一部を触媒として、黒椿はカミールの目の前で地球に降り注いでいた強大な厄災の力を神の残骸に封じ込めたのだとか。そうして、無色透明だった残骸は僅かに透けた黒い鉱石へと姿を変えて、”こうなりたくなければ、しっかりと働く様に”とカミールを脅したらしい。


「――何も知らなかった当時は、唯々怯えるだけでしたが、今思えばあれは地球を襲っていた脅威を取り除き、前任者の意思を汲み取ってくれたのだと思います」


 そうして語るカミールの顔はとても優しげであった。

 カミールの話を聞いていたグラファルトは話を聞き終えると溜息を溢し、やれやれと言った感じに話始める。


「何というか……面倒な性格をしておるなぁ……」

「まあ、あくまで推測であって本当の所は当人である黒椿にしか分からないけどな。でも、俺としてはカミールには黒椿の事を怖いだけの人って思って欲しくないんだ。あいつは本当にどうしようもない事をしたり、わざと隠し事をして驚かせようとしたり、色々と面倒な性格をしているとは思うけど……ちゃんと人の事を想いやれる良い奴だから」


 少なくとも、俺が悲しむような事をするような奴じゃない。

 人を困らせたり、残虐ともとれる悪さをしたりするような奴ではないのだ。


「――はい、私は少し……黒椿様を誤解していたのかもしれませんね。黒椿様がお戻りになったら、色々と話してみようと思います」

「ありがとう、もし悪ふざけしようとしたら俺達がしっかりと躾けるから……な? グラファルト」

「うむ、あやつは直ぐに調子に乗るからな……まあ、我らが動く前に常闇やファンカレアが今頃嫌という程説教をしているだろうしな」


 俺の言葉にグラファルトは頷きながら苦笑を浮かべる。

 そんなグラファルトの言葉が事実だと分かるのに時間は掛からなかった。


 何故ならこの数分後に帰って来た黒椿は……ミラとファンカレアに長い間説教された影響で、大粒の涙を流しながら「ごめんなざいっ……」とカミールに謝って来たのだから。

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