第101話 一年目:小さな管理者



「――」

「「……」」


……何この状況?


 裏切者の恋人を清々しい気持ちで送り出し、先程までお説教をされていた婚約者との楽しいひと時を過ごしていたのだが……。


「おい、グラファルト……知り合いか?」


 何となく気まずい沈黙が続き、耐えきれなくなってグラファルトに聞いてみる。

 グラファルトは俺の言葉に小さく首を横に振り、知り合いではない事を伝えて来た。

 うーん……可能性としてはやっぱりミラとファンカレアだよなぁ……黒椿も何か知ってそうだけど、三人とも居なくなっちゃったし、どうしたものか……。


「――あの」

「ん?」

「――ここは、どういった場所なのでしょうか? ミラスティアとファンカレアに突然連れて来られてしまって……」


 テーブルの向こうに立つ女の子は、その見た目とまだ幼さが残る声音からは想像も出来ない程に丁寧な口調で俺を見て話す。その表情は何処か不安そうで、話の通りどうやらいきなり連れて来られたみたいだ。

 俺は椅子から立ち上がり、女の子の前へと移動する。俺が近くまで移動して来たことに動揺したのか、女の子は少しだけ後ずさりしてその顔に見せていた不安を更にはっきりと表に出した。


「ああ、ごめん。別に怖がらせるつもりはなかったんだ」


 明らかに怯えている女の子に謝罪をして、なるべく目線を合わせるようにしゃがみ込む。そうして小さな女の子と目線を合わせると、怯えながらもしっかりとこちらをみる瞳には黄金色を背景に白い花びらが描かれていた。

 この子の瞳を見ていると”瞳の中にヒマワリが咲いていると”一時期話題になっていた芸能人を思い出す。この子の場合はカモミールみたいだけど。


「えっと、ミラ……ミラスティアとファンカレアの知り合いって事であってるかな?」

「――は、はい……二人とは友人です。先程までは別の場所でお話をしていたのですが、急に”ちょっと黒椿と話をしなくちゃ”と言って黒椿様が居ると言うこちらまで連れて来られたのです」

「……ん? 黒椿とも知り合いなのか?」


 ミラとファンカレアについては何となく予想してたけど、どうやら黒椿の事も知っているらしい。それにしても”様”付けで呼ばれるって……どういう関係なんだ?


「――あの、制空藍様……ですよね?」

「え……確かに俺の名前は制空藍だけど……」


 何故か俺の名前を知っていた女の子に思わず眉を顰めてしまう。

 黒椿か、それともミラとファンカレアか……その可能性が高いとは分かっているけど、知らない人が自分の名前を知っていると言うのはどうにも落ち着かない。

 俺の視線に気が付いた女の子は少しだけ慌てた様に「すみません」と謝罪をした後で、俺の名前を知っていた理由を話してくれた。


「――警戒心を抱かせるつもりはなかったのです。黒椿様からもう聞いているものだと思っていましたので……」

「……黒椿から? 特に聞いてないな……」

「そうですか……本当にあのお方は……。では、自己紹介をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 首を小さく左右に振り、ここには居ない黒椿に対して呆れた様に呟いた女の子。

 俺は女の子の言葉に頷いて自己紹介をしてもらう事にした。


「――私の名前はカミールと言います。制空藍様が元々暮らしていた青き惑星……地球の管理者と言えば分かりますか?」

「ッ!? と言う事は……俺の魂をフィエリティーゼに送り出したのは……」

「――いいえ、それは私ではありません。制空藍様の魂を送り出したのは前任である神でした。まあその神は黒椿様の逆鱗に触れてもう存在しませんが……」

「何やってんだあいつ……」


 現在の地球の管理者……カミールの言葉に思わず片手で目元を覆ってしまった。

 そうしてチラリと視線を右へ移すと、そこには先程まで俺が居た席があり、左隣りにはグラファルトの姿がある。グラファルトは俺の視線に気づくとやれやれと首を左右に振り苦笑を浮かべていた。どうやら、俺達の話をちゃんと聞いていたらしい。


 俺はカミールに視線を戻して、とりあえず近くにあった椅子に座る様に促した。俺の言葉に頷いたカミールは手前にあった椅子に手を掛けてその小さな体を椅子へと預ける。しかし、そこで俺はある問題に直面する事となった。


「そうか……高さが足りないか……」

「――も、申し訳ありません……」

「いやいや、カミールが悪い訳じゃないから」


 俺の呟きに顔を赤くしたカミールが椅子に座った状態で小さく頭を下げている。そんな様子のカミールの頭を撫でて俺は気にしない様にと言っておく。


 テーブルに合わせて用意されていた椅子は、グラファルトよりも小さなカミールにとって座り心地の悪い物だった。テーブルには手を伸ばせばギリギリ届くが、高さが足りていない。これでは紅茶を飲みながら話を聞く……というのは無理そうだな。

 と言っても俺やグラファルトは白色の世界で物を創造する事は出来ないし、物を創造する事の出来る二人は取り込み中……うーん、一応出来る事はあるけど……。

 俺は少しだけ考えた後、カミールと視線を合わせる様に再びしゃがみ込み、ある提案をすることにした。


「えっと、今更だけどカミールって呼んで大丈夫か?」

「――問題ありません。敬称などに拘りはありませんので」

「わかった。それじゃあカミール、これはあくまで提案だからカミールが嫌なら断ってくれて構わない。それを念頭に置いて聞いて欲しい」


 俺の言葉にカミールは頷いてその姿勢を正す。その瞳は真剣そのものであり、こちらの言葉を一言も聞き逃すまいという意思が伝わってきた。

 ……もしかして、何か重大な事を言われると思われてないか?

 凄く言いづらい……。


「カミール、別にそんなに姿勢を正して聞かなくても大丈夫だよ。俺はただ、高さが合っていない椅子に座らずにミラ達が戻るまでの間は俺の膝の上に座っていないかと相談したいだけだから」

「――制空藍様の……膝の上、ですか?」


 予想外の発言だったのか、カミールはその首をコテンと傾げて数回の瞬きをする。


「そうだ。ずっと立ったまま話を聞くよりも、紅茶を飲みながらの方が良いかなと思って椅子に座るように言ったけど……どうやらここの椅子だとカミールにはちょっと高さが足りないみたいだから」

「――うっ……た、確かに……」

「お茶菓子もあるし、飲んだり食べたりは出来るんだろう?」


 これはあえて言わなかったが、カミールの視線はチラチラとグラファルトの方へと向けられていた。正確にはグラファルトの手元、つままれたクッキーに。

 食べたいのかなと思って聞いてみたのだが、どうやら俺の予想は当たっていたらしい。カミールはその小さな首を縦に振り飲食が出来ると肯定する。


「折角だから食べながら話を聞こうかなって思うんだけど……どうかな?」

「――うぅ……ご迷惑に、なりませんか?」


 カミールは俺とクッキーを交互に見て、申し訳なさそうに聞いてくる。

 特に迷惑だなんて思っていない俺は、そんなカミールの頭を撫でて「遠慮はしなくていいからな?」と微笑んだ。

 そのあとも数分の間、「あうあう」と声を漏らしながら迷い続けていたようだが、自分が悩んでいる間もパクパクとクッキーを食べ続けるグラファルトを見て、ようやく答えを決めたようだ。


「――そ、それでは……その……申し訳ないのですが、制空藍様のお膝の上をお借りしても良いでしょうか?」

「もちろん。提案したのは俺なんだから、あと俺の事は様付けしなくてもいいぞ? ファンカレア達みたいに名前呼びで大丈夫だ」

「――わ、わかりました……では、藍。宜しくお願いします」


 そう言って、恥ずかしがりながらも両手をこちらへと伸ばすカミール。そんな彼女の仕草を見て小さく微笑んだあと、俺はカミールを抱き上げてグラファルトの隣の席へと腰掛けるのだった。膝の上に、カミールを乗せて。



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