第98話 逆境で生まれた小さな神様①




 突如として管理者である幼女……カミールに頭を下げられた二人は、困惑しながらも下げた頭を上げる様にカミールの傍へと近づいて声を掛けた。

 しかし、ファンカレアは自らの行いに後悔する事となる。


「――ひっ……ご、ごめんなさい……ちゃんと仕事はします……しますから……だから、どうか殺さないで……」


 近づくファンカレアの右手にはまだ黒い鉱石が握られていた。カミールは近づいて来る黒い鉱石を見てその顔を真っ青にする。そして瞳に溜めていた涙は零れ落ち……膝を着いたカミールは必死にその場から逃れようと足を引きずり後退を始めるのだった。

 二人の傍からある程度の距離まで離れたカミールは両手で自らの頭を覆い泣きながら震えている。その姿は神というよりも……ただの幼い子供だ。

 ミラスティアは泣きじゃくるカミールを見て溜息を溢すと、黒い鉱石を手に持つファンカレアに向かって声を掛ける。


「ファンカレア……その石をしまって。カミールが怯えているわ」

「す、すみません!!」


 ミラスティアの声でようやく黒い鉱石の事に気が付いたファンカレアは慌てて石を亜空間へとしまう。

 しかし、今更しまったとしても カミールの状態は変わることは無い。


「――ひぐっ……ひぐっ……ごめんなさい……殺さないで……」

「「……」」


 二人の方を見ることなく、頭を覆い命乞いを続ける幼女神。

 そんな彼女をどう宥めるべきか……ミラスティアとファンカレアは顔を見合わせて苦笑した。


(全く……一体何をしたらこんなに怯えられるのよ)


 そうしてミラスティアは別れる直前に見た不敵な笑みを浮かべる唐紅色の髪を持つ少女の姿を思い出し……その肩を深く落とすのだった。











 場所は変わらず宇宙を見渡すことのできる地球の管理層。

 先程までと違うのは、青い惑星が大きく見える地面の一部には柔らかな絨毯が敷かれていて、その上には小さな丸いテーブルと三つの椅子がある事だ。

 椅子にはミラスティアとファンカレア、そしてカミールが座っていて。カミールの前にはイチゴが乗ったショートケーキが二つと、淹れたての紅茶が入ったティーカップが置かれていた。


「――はむっ……はむっ……」

「……ゆっくり食べなさい。ケーキは逃げたりしないから」

「――も、申し訳ありません……こんなに美味しい物は初めて食べました!!」

「そう? これはあなたの管理している世界では当たり前に食べられている物よ」

「――そうなのですか……? 私は生まれたての神なので知りませんでした。引き継いだ記憶も、そのほとんどは青き惑星の外部に関するデータばかりで……蒼き惑星の内部データはまだインストール中なのです……」


 そうして説明をし終えたカミールは口元にいくつも生クリームを付けた状態で五本指で握ったフォークを使い、小さい口にショートケーキを運ぶ作業へと戻った。

 その顔にはもう絶望は無く、無邪気に笑みを溢し未知なる美味に夢中になっている。


 ミラスティアとファンカレアはカミールを宥めようと試行錯誤を繰り返していく内に、その仕草や態度を見てまだ子供なのではないかと思い始めた。そうして物は試しと言う事で、紅茶とケーキを用意してみた結果……カミールは涙を流してはいたが目の前に現れたケーキを興味深そうに眺め、ミラスティアがショートケーキの一部をフォークで切り取り渡すと恐る恐る口に運んでその頬を赤くして目を見開いたのだ。


 そこからは子育てに慣れたミラスティアがカミールと話をして黒椿の友人である事、今回の往訪は黒椿の指示ではない事、決してカミールに危害を加えるつもりはない事を丁寧に説明して現在に至る。

 ミラスティアとファンカレアは、カミールが一つ目のショートケーキを食べ終えるのを待ち、二つ目のショートケーキに手を伸ばしたカミールに待ったを掛け話し掛けた。


「そのケーキは話を終えてからにしましょう?」

「――うっ……そ、そうですね……」

「余程、ケーキが気に入ったみたいですね……美味しかったですか?」

「――はい!! とても美味しかったです!!」

「それなら用意した甲斐があったわ。それじゃあ、早くケーキを食べれる様に話を始めましょう?」


 カミールはミラスティアの言葉に頷き、二人よりも座る位置が高く設定されている椅子で姿勢を正した。


「――改めまして、私の名前はカミールです。黒椿様に名付けて頂きました」

「貴女と黒椿の関係について教えていただけませんか?」

「――私は、黒椿様に創られた神です。正確には、生まれたばかりの名も無き精霊に黒椿様が様々な神格を統合したのが私です」

「「ッ!?」」


 淡々と、さも当然とも言う様にカミールから発せられた言葉に、思わずミラスティアとファンカレアの二人は目を見開く。そんな二人の反応を見て、カミールは首を傾げていた。


「――黒椿様から聞いていないのですか?」

「……ええ。多分だけれど、私達を驚かせるつもりだったんじゃないかしら?」

「確かに、黒椿なら考えそうな事ですよね……」

「――その意見には、私も同意します。では、私が誕生する原因となった出来事から話した方が良さそうですね」


 そうして、カミールはまだ動揺している二人に対して説明を始める。それは制空藍が白色の世界へと向かう直前まで遡る。

 カミールの前任、地球を管理していた最も力のある神が……その神を筆頭とする多くの神々が……たった一人の少女によってその命を刈り取られた物語。










 その少女は突然現れた。

 制空藍が地球上で死を迎えた後、その魂を白色の世界へと送り込む際に一瞬、たった一瞬だけ、地球の管理者が滞在する管理層へと通り……そして、管理層に修羅が現れた。


「――何者、異物、去れ」

「……お前か?」

「――再度、通告、退――「黙れ!!」」


 唐紅色の髪を揺らし、膨大な魔力を放出した修羅の少女――黒椿。

 黒椿は地球最強の神を前に、その殺意を露わにする。右目からは涙を流し握った拳からは血が滴り落ちている。


「お前だな……お前なんだろう!? 藍の命を奪ったのはお前なんだろ!!!!」

「――肯定、異世界の女神、契約」

「……そうか、ならば殺す。お前も、藍を連れ去ったその異世界の女神も、藍を害する全てのモノを殺してやる!!」

「――脅威、脅威、救援、要請、完了」

「仲間? 呼びたいなら呼べばいいだろ……僕の邪魔をするのならそいつらも纏めて消してやる!! そうだ、何なら地球を管理している神々を全員殺そう……そして、もう誰も藍に危害を与えない様に新しい神を僕が創ろう……そうだ、それがいい……僕がしっかりと教育すればいい話だ」


 黒椿は涙で濡れた顔を上に向け狂ったように笑みを浮かべる。

 たった一人の最愛の人を救う事が出来ず、唯々死ぬところを眺める事しか出来なかった少女の心は、既に崩壊を始めていたのだ。


「――狂気、殺意、感知……排除、開始」


 地球の管理者だった最高神は決して弱い存在ではない。その形を不確かなモノにすることで、肉体的ダメージを限りなくゼロにし、小回りが利く様に小さな球体へと変えていた。小さくなった事による魔力の変動はなく、管理者は最大の力を以て排除へと移行する。

 魔力による純粋な砲撃、全能とも言われた権能を用いた戦闘、創造した武器による肉体的戦闘、管理者はその全てを少女へと向けてぶつけ排除を試みた。


 しかし、それが叶うことは無かった。


「――理解、不能、対象、精霊、否、対象、同類?」

「……もうじき死ぬのに、今更そんな話をして何の意味があるの?」


 たった数分の出来事の末に黒椿の右手には直径15cmはある透明な球体が乗せられている。球体には数か所にヒビが入っており、弱く……今にも消えてしまうそうな白い光を放っている。


「――理解、記憶、旧友、忠告、対象……”神殺し”」

「……へぇ、僕の事を忠告してくれる友人なんて、君に居たんだね。まあ、どうでもいいけど」

「――納得、対象、強者、我、弱者」

「……その喋り方やめたら?」

「――そうだな。もうじき消える存在に、威厳も何もありはしないか……」


 黒椿の問いかけに、球体から放たれていた無感情で単語を並べただけの口調はがらりと変わり、しわがれた男の声に変わる。


「――さて、これで君の気は済んだかね?」

「……ふぅ。そうだね、君と戦った事で少なくとも誰彼構わず殺したいとは思わなくなったかな」

「――気が済んでそれとは、怒りは相当な物の様だな」

「それで? 君は結局何がしたかったの? そして、どうして藍が死ぬことになったのか……説明はあるんだよね?」


 管理者は包み隠さず全てを話した。

 異世界の女神である創世の女神、ファンカレアと約束をしていたこと。ミラスティアと蓮太郎の子孫である男の子が異世界であるフィエリティーゼへ向かう事は運命として決まっていた事、地球とフィエリティーゼの間で古くから行われていた転生の契約について、全てを話したのだ。


「なるほどね……創世の女神とは昔から仲良しなんだ?」

「――仲は良くない。向こうは我の事を無感情な神と思っているだろうからな。我も自らを偽っていたし、あくまで互いの利害が一致していたと言うだけだ」

「そうして、互いの利害が一致した結果……藍が死ぬことになったんだ」


 黒椿の声は酷く冷たいものだった。

 制空藍を亡くし、神々を殺しまわっていた彼女がその事実を知ったのは、既に助けることが出来ない末期の状態だった。救えなかった自分が許せない。藍を殺した人間が許せない。藍の運命をいじった存在が許せない。彼女の心には復讐心が消えることなく燃え続けていた。


「――あの少年には、心から申し訳ないと思っている。周期的に訪れる厄災の年……しかし、今回の厄災は想定していた規模を遥かに超えていたのだ。その結果、多くの世界の子が命を落とし……新たな生命へと昇華される前に消えてしまう事に。絶望に打ちひしがれる中で出会えたのが、あの闇の魔女と消えた筈の世界の子だったのだ」

「……」

「――異世界の女神が二人を地球へ住まわせて欲しいと言った時、我は世界の子の魂の転生と、世界の子を強制的に異世界へと連れ去る行為の禁止、そして……闇の魔女と消えた筈の世界の子の子孫の魂を転生させる事を約束させた」


 最後の言葉に、黒椿は鋭い視線を球体へと向ける。


「二人の子孫は他にもいるでしょ? 何で藍だったの?」

「――最初に生まれた娘は駄目だった。魔力は無く、その魂も世界の子と変わりない。しかし、最初の娘が産んだ子供……あの少年の魂は違った。もう一人の子供でも十分ではあったが……あの少年は格が違う。世界の子である蓮太郎と見合うどころか、あの少年をフィエリティーゼへ送るだけで多くのエネルギーを地球に齎してくれる……。確かに、地球で一度死ぬことになるが、あれ程に強力な魂であれば何の障害もなくフィエリティーゼへ魂を送り込むことが出来、フィエリティーゼで平穏に暮らせると、そう思ったのだ」

「地球の利益を求め、何も知らない藍を殺したんだ……お前が、藍を、殺したんだ!!」


 黒椿は怒りで魔力をその身から大量に放出させる。

 魔力の圧により、入っていた小さなヒビは徐々に広がりを見せ、触れるだけで崩れてしまいそうな程に大きくなる。


「――我は地球を管理する神だ。愚か者である同胞たちを御し続け、地球の利益を、幸福を、存続を願い続け行動して来た最高神だ。地球上においての少年の人生と地球の存続……どちらを選択するべきか、我にとっては必然だ」

「それは僕にとってもそうだよ。ただ、君とは答えが違うみたいだけどね」

「――殺したいなら殺せ。我はもう疲れた。多くの同胞たちから常にこの管理者としての立場を狙われ、その上に厄災までもが降りかかる……もう、子供たちの命が消えるのを見るのに、疲れてしまった」

「……良いよ、わかった。聞きたい事も聞けたしね」


 そうして、黒椿は球体を乗せた右手に魔力を収束させていく。

 掌からは唐紅色の魔力が溢れだし、透明な球体が唐紅色に染まり始めた。


「最後だ。言い残すことは?」

「――地球を、管理してはくれないか?」

「君が居なくなれば、直ぐに後任が来るんだろう? なら、それで解決じゃないか。僕が」

「――お前はあいつ等の事を知らないからそう言えるのだ。いいか、よく聞け。我以外の地球神を信じるな。あやつらは世界を玩具と考えている。そんな奴らに世界を任せたくはない!! 頼む、青き惑星を……我の子供たちを守ってくれ」

「……」


 黒椿は声を張り懇願する球体を唯々見ていた。

 そして、しばらくの間をおいて答えを発する。


「……僕は藍の為にしか動かない、君への恨みも残っている。君を殺すのは確定しているし、僕自身、生き方を変えるつもりもない」

「――――」

「まあ、でも……地球には、藍の家族も居るしね……」

「――ッ」

「……良いよ。君の願いを聞いてあげる。まあ、僕の目的のついで、だけどね」

「――礼を言う……強き者よ」


 そうして、黒椿は小さく頷き掌の魔力を激しく揺らした。


「それじゃあ、君とはここでお別れだね」

「――ああ、後は任せた」

「うん。僕は、僕のやり方で……でも、ちゃんと地球は守ると約束するよ」


 黒椿の言葉を聞いて、球体からは光が白い光が消え去った。

 それを確認した黒椿は球体を砕き、その一部を手に戦い続ける。


 地球に蔓延る神々を殺し回り、世界を襲っていた厄災を管理者であった球体の欠片へと封印し、徐々にそのエネルギーを自らの力へと還元していった。


 全ての作業に掛かった時間は、たった数時間程度……。

 こうして、黒椿は地球の全てを管理する権限を手にしたのだ。


 権限を手にした黒椿が次に始めたのは――


「よし、この子でいいか」

「あ、あの……」


 地球に存在している小さな精霊を呼び出し――


「初めまして!! そしておめでとう!! 君は管理者に選ばれました!!」

「…………へ?」


 その小さな精霊に、世界の管理を押し付ける事だった……。




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