第97話 黒い鉱石
白色の世界とは異なり銀河の星々が煌めく空間。
そこはフィエリティーゼから遠く離れた所にある、とある宇宙を見渡せる場所であり、足元には青い惑星が大きく見える。
――神界。
神々が住まう場所であり、ある神は自らその場を創造し、ある神はその場を親しい神から譲り受け、またある神は……誰も居なくなったその場所を自らの神域として奪い取る。
白色の世界にて、黒椿との話し合いを終えたファンカレアとミラスティアは地球を管理する神が住まう神界へ二度目となる往訪を果たす。
目的は、ミラスティアが世界観の行き来をする事を承諾してもらう為であり、地球の管理をしていた神と交友のあったファンカレアがその仲介としてミラスティアに同行していた。
二人は周囲を見渡し、宇宙空間に立っていると言う摩訶不思議な光景に戸惑いを見せている。
「……二度目だけれど、やっぱり落ち着かない場所ね」
「ええ……私もそう思います」
二人が立つ空間には、しっかりと足場も酸素もある。しかし、視界いっぱいに広がる光景は紛れもない宇宙だ。黒い闇に星々が煌めき、彼方には小さな惑星が多く存在する。言うならば、宇宙の一部分に強力な結界空間を創造した様な場所。同じ場所を眺めていると星々の間に潜む闇に吞み込まれてしまいそうな異様な雰囲気を纏っている。それを感じてなのか、ファンカレアとミラスティアは落ち着きなく周囲に視線を動かし続けていた。
「――来訪、歓迎します」
「「ッ!!」」
落ち着きなく首を動かしていた二人。
そんな二人の前方の空間が歪み、そこから一つの人影が現れる。
黄色の髪を持つおかっぱ頭の幼女。
身長は1m程であり、その身に白いポンチョの様な服を纏っている。
その相貌は黄金を背景として瞳の中に白い花を咲かせ、花びらの中央では黄金の魔力がキラキラと光り輝いていた。
見た目だけみれば小さな女の子だろう。
しかし、その存在感はその場に居る誰よりも圧倒的であり、目の前の幼女の存在にファンカレアとミラスティアは直ぐさま臨戦態勢を取った。
いつでも攻撃を仕掛ける事が出来る様に二人が幼女を睨み続けていると、幼女は睨まれている事に対して特に怯えることなく、右の掌を立てて前へと伸ばした。
「――武装を解除してください。私に敵意はありません」
「……あなたは、何者?」
「――私は管理者、青き惑星を管理し見守る神です」
「いいえ、貴女ではありません。前回管理していた神は人の形をしていなかった筈です」
「――肯定します。前任者である名も無き神はその任を解かれました。現在は私が代わって管理をしています」
幼女の話を聞いたファンカレアとミラスティアは顔を見合わせて頷くと臨戦態勢を解除し、目の前の幼女へと視線を戻した。
それを確認した幼女は小さく頷き自己紹介をする為にその口を開く。
「――では改めて、ようこそ地球の管理層へ。フィエリティーゼを守護する女神ファンカレアと、常闇の魔女であるミラスティア・イル・アルヴィス」
「……私達の事を知っているの?」
「――肯定します。この管理層のデータベースへと干渉し、過去の記録の全てを受け継ぎました」
「そうして、あなたは地球の管理を前任者から受け継ぐことが出来たのね」
幼女は小さく頷き「肯定」と口にする。そして一拍の間をおいて、ミラスティアに対して話し掛けるのだった。
「――ミラスティア・イル・アルヴィス。貴女は地球から無断でフィエリティーゼへと旅立ちましたね? それは前任者との契約で禁止されていた筈ですが?」
「……明確に禁止するとは言われていないわ。地球において目立つ行動を控える様にと言われただけよ」
「――確かに、貴女の仰る通りです。ですが、今すぐに地球へと戻って頂きます。地球で貴女に近しい存在が貴女の不在に気づいた場合、最悪のケースとして一部で混乱が生じる可能性がある事を考慮してください」
「その事について、お願いがあるのだけれど?」
「――話してみて下さい」
そうしてミラスティアは幼女へと話し出す。自らの願いである”フィエリティーゼと地球での行き来の自由”の許可を貰えないかと。
既にフィエリティーゼ側、ファンカレアには許可を貰っており、後は地球の管理者が許可を下せばミラスティアの願いは叶える事が出来る。
「どうかしら?」
話をした後、黙り込んでいた幼女へとミラスティアが声を掛けた。
その声に顔を上げた幼女は、ミラスティアの言葉に返事をする。
しかし、それはミラスティアが望む答えとは真逆のもだった。
「――許可は出来ません」
「ッ……どうしてかしら?」
「――理由は様々です。地球の安全上の問題、人々の混乱を招く自体への懸念、別世界から不要な物を持ち込まれる可能性、多くの不安要素がある以上、貴女の願いを聞き入れる事は出来ません」
毅然した態度で告げられた否定の言葉にミラスティアは眉を顰める。
「どうしてもダメなの?」
「――地球とフィエリティーゼの二つの世界を行き来させる訳にはいきません。貴女には地球へと帰還して頂きます」
「……もし、仮に片方しか選べないのだとするのならば、私はフィエリティーゼを選ぶわよ?」
ミラスティアは決めていた。
地球の管理者との交渉が上手くいかなかった場合、最終的に二択しか残されていないのだとしたら……フィエリティーゼを選ぼうと。
地球での身辺整理を終えてフィエリティーゼで生きて行こうと、そう決めていたのだ。
「――それも許可しかねます」
しかし、それを許さない神が居る。
現在の地球の管理者であるおかっぱ頭の幼女だ。
「――既に貴女は地球人として生きていく事になっている筈……それを自身の都合で急遽変更されても困ります」
「私は元々フィエリティーゼ出身よ? 故郷に帰るだけ……何か問題がある?」
「――あります」
ミラスティアから投げかけられた問いに幼女は頷き肯定した。
「――貴女は地球上で子孫を残しましたね? その時、貴女の遺伝子と子孫の遺伝子は地球の記録としてしっかりと保存されています。もしフィエリティーゼへと永久的に戻ってしまった場合、地球上に登録されていた遺伝子を持つ存在が忽然と姿を消す事になり、それは地球上で混乱を生み出し、矛盾を引き起こしたデータは一種のバグとして何かしらの災害を生み出す可能性があります」
「それは、あなたが対処すべき案件であって私には関係ないわ」
「――どの様な災害が起こるか分からない以上、未然に防ぐ事が最善だと考えます」
「だったら尚更、地球とフィエリティーゼの行き来を自由にさせてちょうだい? そうすれば私は定期的に戻ってこれるし、私が定期的に戻る事で災害は防げるでしょう?」
フィエリティーゼに戻ってしまうと、地球上で問題が生じてしまう。ならば、最初の望みであった二つの世界を行き来する事を許してもらえないかとミラスティアは管理者である幼女へと再度頼んでみたが、結果は否定であった。
「――先程も申し上げた通り、貴女の提案は懸念すべき点が多すぎます。ですので、許可をする事は出来ません」
「……頑固ね」
表情を変えず、頑なに許さないと宣言する幼女。
そんな幼女の態度にミラスティアは苦笑を浮かべ、参ったと言わんばかりに肩を竦めた。
そんな二人のやり取りを見ていたファンカレアだったが、平行線とも言える二人の様子を見かねて、二人の間へと入る。間に入ったファンカレアは幼女の方へと体を向けた。
「どうしても、お願いする事は出来ませんか?」
「――答えは同じです、例え貴女たちが強硬手段に出たとしても私が許可を出す事はありません」
「そうですか……」
ファンカレアは尚も提案を受け入れようとしない幼女に対して、どう頼むべきか悩んでしまう。
そして、しばらく考え込んだ後にその右手にある物を出現させてそれを幼女へと見せるように掲げた。
「そういえば、黒椿からこの石を貰ったのですが……」
「――――」
「あ、あの……?」
ファンカレアが右手に持つ物をチラリと眺めた幼女は一言も言葉を話す事なく、その動きを完全に停止させてしまった。
ファンカレアが手に持っていたのは掌サイズの黒い石だった。黒い石は光に照らすと少しだけ透けていてキラキラと光っている。それはただの石というよりも鉱石に近い。
これは白色の世界を移動する直前に黒椿から貰った物である。
”もし、何かあったら役に立つかもね”
そう言って渡された黒い鉱石の正体について、ファンカレアとミラスティアの二人は見当もつかず、賭けとも言える代物を使うかどうか躊躇っていた。
だが、事が上手く進まず膠着状態となってしまった現状を打破する策もないファンカレアは、最後の手段として詳細の分からない鉱石を出す事にしたのだ。
そして現在、黒い鉱石を見つめて一切の動きを見せない幼女が、ゆっくりと口を開く。
「――その、石は……どうしたのですか?」
「え、えっと……黒椿から頂いたのですが……」
「――――そう、ですか」
幼女は顔にこそ出さなかったが、明らかにその口調は動揺を隠しきれずにいた。
そんな様子の彼女に、ファンカレアは後方へと控えていたミラスティアへと目配せをする。ファンカレアの視線に気づいたミラスティアはファンカレアの隣へと移動して再度自らの願いを幼女へと話した。
「ねぇ、お願い管理者さん……私はどうしても地球と、フィエリティーゼの二つの世界を行き来したいの。だから、どうか願いを聞き――「――承認します」……え?」
「いま、承認しますって言いました?」
「――承認します。貴女方のお話を聞かせてください。こちらにも許容できない部分があるので、それを踏まえて契約を詰めていきましょう」
「「……?」」
突如として態度を翻した幼女に対して、二人は眉を顰めて疑惑の目を向ける。
しかし、態度を変えたその原因がなんなのか……それは明らかであった。
なぜならば、早口で承認すると捲し立てた幼女の視線は、一度も離す事なく黒い鉱石を眺めているからだ。
「――あの、承認、しますので、どうか、その……黒椿様に”カミールがよろしくと言っていた”……そう伝えていただけませんか?」
次第に無表情だった顔が崩れ始めて、その瞳は震えだし涙を浮かべ始める。
そうしてカミールと名乗った地球の管理者である幼女神は、懇願する様にファンカレアとミラスティアに頭を下げるのであった。
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