第96話 一年目:お説教万歳!!




「うっ……す、すみません……」


 ファンカレアは見かねた俺以外の三人が宥めてようやく落ち着いてくれたようだ。流石の黒椿もふざける事なくグラファルトとミラと共にファンカレアの傍へ行き頭を撫でたり声を掛けたりして宥めていた。その顔はどこか優し気であり、お姉さんって感じの印象を受ける。

 お前、俺の前でそんな顔したことないだろ……。


 そうしてファンカレアが泣き止み、落ち着きを取り戻したところで話は一時終わりを迎えた。と言うのも、どうやらそろそろミラが地球へと戻るらしい。

 ミラは白色の世界へ行く前、俺とグラファルトに告げた今後の話をファンカレアと黒椿にも話した。話を聞いた二人はミラが俺達と一緒に暮らして行くつもりだと分かり喜びを露わにする。特に、昔からの仲であるファンカレアは大喜びだった。何度も「本当に? 本当なんですね?」と確認をして、その全てに頷いたミラを見てその場で腰辺りに生えた小さくなっている翼をパタパタと動かしていた。


 そしてミラは、ファンカレアに地球の管理をしている神との仲介を頼んだ。定期的に地球との行き来が出来る様にしてもらえないか頼むつもりだと話すと、ファンカレアは先程まで笑みを消し、途端に不安そうにミラを見つめだす。


「ミラ……それは難しいかもしれませんよ? 地球の管理者である神は私とは違って感情というモノがほとんどありません……貴女と制空蓮太郎を地球へと送り込む際も感情論で訴えてみましたが……いまいち反応は良くありませんでしたし」

「そこはもうしつこくお願いするしかないわね。最悪の場合……無理やりにでも聞いてもらうわ」

「……危険です。相手は人ではなく神、それも私よりも長く生きて来た神です。私は争う事はなるべく避けるべきだと思います」

「だとしても、私は地球も、フィエリティーゼも、どちらも諦めるつもりはないわ」

「ミラ……貴女に危険な道を歩ませる訳には行きません」


 なんだか雲行が怪しくなって来たな……。

 俺の目の前でファンカレアとミラは立ち上がり互いを真剣な眼差しで見つめ合っている。友達として心配しているからこそ、ファンカレアは神と対立しようとしているミラを止めようとしている。


「……元々フィエリティーゼに住んでいたし、地球に居た時もスキルや魔法の使用を許可されていたわ。だから、今更世界を行き来するくらい構わないはず」

「ですが、確証はありません。もし、どちらかを選べと言われたら貴女はどうするのですか?」

「何度でも頼み続けるわ。例え幾年の時が掛かろうとも……」

「それを、私が許容するとでも? 友の危機を見逃せる程、私は愚かな神ではありませんよ」

「ええい、二人とも止めないか!! お前達で争っても意味がないだろう!!」


 益々場の雰囲気が悪くなる。

 遂には静かに見守って居たグラファルトが間に入る事になる事態にまでなり、ミラとファンカレアは今にも戦いを始めそうな……そんな目つきをしている。ミラはその瞳に紫黒の光を宿し、ファンカレアは瞳を黄金色へと変えていた。

 うーん……最悪、俺が間に入ってもいいけど、今の状態で【漆黒の略奪者】を使うのはなるべく避けたい。

 そこで、俺は自然な動きで俺の傍まで近づいて来た人物に声を掛けた。


「……なあ、何かいい案は無いか?」

「ん? 僕があの二人を止めればいいの?」


 俺の傍に近づいて来た少女……黒椿は俺の言葉に首を傾げてそう答えた。


「いや、それも頼みたいけど……根本的な解決にはならないだろ? 俺が頼みたいのはそっちの方だ」

「あー……地球を管理してるの事……」


 黒椿はさも当たり前の様にそう言った。


「あいつって……お前会った事あるのか?」

「藍は白色の世界へ行く寸前に、知らないだろうけど一度地球の管理者の居る場所……神界へと通ったんだ。その時にちょ~っとね……」

「……何を隠してるんだ?」


 視線を逸らした黒椿の顔には見覚えがあった。

 それはずっと昔の記憶。

 黒椿がいつもいた古い神社、そこに俺はよく遊びに行っていた。そしてずっと話していく内に分かった癖だが、黒椿は何か隠し事があると必ず視線を逸らし、瞬きの回数が多くなる。

 つまり……俺には話していない、隠し事があると言う事だ。

 相変わらず視線を逸らしたままの黒椿の両頬へ手を伸ばし、優しく傍に寄せた。


「黒椿」

「へっ、な、なに……?」


 至近距離となった互いの顔。

 黒椿の柔らかい頬の感触を感じつつ、レモンイエローの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 俺の行動に驚いた様子で目を見開いた黒椿は、至近距離まで近づくと顔を真っ赤にして動揺し始めていた。……なんで?


「もし、ミラを助ける事が出来る方法があるなら……力を貸して欲しい」

「え、あ、うん……それはいい、けど……」

「……どうした? なんか変だぞ?」

「うぇ!? い、いや……いきなり、近づかれたから……き、キスされるのかと……」

「お前な……」


 だから顔を赤くしてたのか……逃げれない様に捕まえただけなんだが……。

 自分からキスする時はこんなに恥ずかしがらなかったと思うが、もしかして不意打ちに弱いのか?


「こんな状況でキスするわけないだろ? というか、そこまで恥ずかしがる事か? 既に二回も経験してるだろ?」

「それはそうだけどぉ……いきなりはダメだよ……心の準備が……その、分かるでしょ!?」

「いつも自分からぐいぐい来る癖に……意外と可愛い所があるんだな」

「~~ッ!?」


 俺の言葉に赤い顔を更に赤くして黒椿は逃れようと後ろへ下がる。しかし、俺が顔を抑えている為あまり動けずに居るけど。


「あ、あ、あの、藍……? 僕の顔から手を……」

「……ミラの件は任せていいんだな?」

「う、うん!! その件については僕が何とか出来るから!! だから、手を離して!! 近いから!! 藍が近くて僕が近いから!!」


 最後の言葉はちょっと意味が分からないけど、どうやら何とかしてくれるらしい。


「……わかった。お前の事を信じるよ」

「ほっ……」

「ありがとう、黒椿」


 ゆっくりと黒椿の両頬から手を離すと、黒椿は安心したのか一息吐いて肩の力を抜き出した。そこで離れても良かったんだが……ちょっとした悪戯心が働いてしまって、俺はある事を思いつき行動に移す。

 離した手を今度は黒椿の後頭部へと移動させこちらへと引き寄せる。黒椿は突然の俺の行動に抵抗する事が出来ず「へっ?」っと間抜けな声を出すだけ。

 黒椿を引き寄せた俺はそのままゆっくりと近づき、黒椿の耳元で囁くようにお礼を言った。


「ッ!?!?」


 そうすると黒椿は物凄い速さで俺から距離を取り、囁いた方の左耳を両手で抑えている。当然だが、その顔は真っ赤に染まっており両目をグルグルと回して混乱している様だ。


「……予想よりもいい反応だ」

「~~もうッ!! プレデターの性格は藍に似たんだ!! 絶対そうだよ!!」


 俺がからかっていると分かったらしい。黒椿は両頬を膨らませて猛抗議して来た。そんな彼女を見て思わず声を出して笑うと、黒椿は俺の態度がお気に召さなかったのか自分から離れた距離を近づけてポカポカと胸辺りを殴って来る。


「あははっごめんごめん、お前の反応が可愛くてついな?」

「またそうやって……可愛い可愛いって……言われて嬉しいけど!! からかうのは良くないとおも――「随分と楽しそうだなぁ? 我が仲裁に入っている間に貴様ら二人で……今のお前達の状況を、地球ではなんと言うんだ?」――う……」

「……」


 どうやら、騒ぎ過ぎたみたいだ。

 視線を声の方へ移すと、そこには三人の姿があった。

 右にはファンカレアが困ったように苦笑しながら、左にはミラが呆れた様に首を左右に振りながら、そして中央には……胸の前で腕を組み仁王立ちをするグラファルトが、その額に青筋を浮かべて立っていた。

 多分、地球ではそれをイチャイチャしていたと言うんじゃないかな……絶対口にはしないけど。


「……違うんだ」

「まだ何も言っていない」

「……」


 ダメだ、今は何を言っても怒らせてしまう気がする。


「く、黒椿がミラの手助けが出来るらしい!! その話し合いをさっきまでしてたんだ、ミラを助けてくれるように!!」

「……ほう?」


 そうしてグラファルトは視線を動かし、黒椿の顔を見る。グラファルトの剣幕に思わず「ひっ」と声を上げた黒椿だったが、慌てた様に何度も頷いて俺の言葉が正しいと意思表示をした。

 黒椿が頷いたのを確認すると、グラファルトは溜息を一つ溢し「わかった」と口にする。


「まぁ、問題が解決するのは良い事だな。黒椿、お前は常闇とファンカレアの二人と一緒に今後の話し合いをして来い」

「え? う、うん……わかった」


 グラファルトはそう言うと、左右へと顔を動かしミラとファンカレアに目配せをした。二人はグラファルトの視線に気づくと互いに目を合わせ頷いて、黒椿を連れてテーブル席へと移動していく。


…………あれ?


「お、俺も話を聞きに行こうかな……」

「待て」

「ぐぇっ!?」


 こちらを見ながら微笑むグラファルトに寒気を感じた俺はその場から逃げようと三人の後ろに続き歩き出す。

 しかし、突如黒いシャツが後ろへと引っ張られた事によって俺の喉は締まり、変な声が出てしまう。そのまま地面へと転ばされ咳込んでいると、少しだけいつもよりも重さを感じる腹部に気が付いた。

 咳を止めて、ゆっくりと視線を動かす……そこには、馬乗りになった白銀の少女の姿が……。


「――貴様は、これから、我とお話だ」

「………はぃ」


 どうやら、俺にはお説教が待っているらしい……オセッキョウバンザイ。

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