第95話 一年目:異世界で見つけた物



 ファンカレアが暴走して危うくフィエリティーゼに新たな混乱が生じる所だった。しかし、それは黒椿が阻止した為に現実とはならず、ファンカレア自身も黒椿や俺から注意された事で自分のしようとしていた事について理解する事ができたと思う。

 だからこそ、説教をして落ち込んでしまった雰囲気を払拭する為に俺のもう一つの本心……俺の為に行動してくれた恋人への感謝と嬉しかったという素直な気持ちを告げたのだが……。


「えへへ……えへへ……」

「「「……」」」


 俺が本音を話し終えると、ファンカレアは顔を赤くしながらも嬉しそうにずっと笑顔を浮かべて居た。それはもう子供の様に両頬に手を添えて左右に小さく揺れながら、もうかれこれ十分はそのままだ。そんなファンカレアの様子を俺とグラファルト、そしてミラの三人は苦笑を浮かべながら見ている。

 黒椿? 黒椿は俺の髪いじりを再開しているよ、俺にやり返されてきゃっきゃきゃっきゃと喜んでいる。段々と犬に見えてきたな……可愛いからいいけど。


 とりあえず、今は暗い雰囲気などは無い様で一安心だ。折角のファンカレアとの再会で、暗い雰囲気のままなんて御免だからな。


 その後は普通に紅茶を飲みながら、ミラが用意した地球産のケーキを食べていた。どうもファンカレア……だけじゃなく、グラファルトやミラも地球の菓子が好物の様だ。


 フィエリティーゼには美味しい食べ物がない訳じゃない。食材も一級品と呼べる物があり、味付けをしなくても美味しいと言えるだろう。

 しかし、加工品はそうはいかない。職人の技術が停滞しているのだ。

 そのままでも十分に美味しいと言える食材があるのに、それにわざわざ手を加えようと思う者がいないらしい。


「特に菓子類は駄目ね。クッキーやケーキはあるけれど、砂糖を多量に使えばいいと思っているのね、舌触りも、味も、その見た目も全てが地球に劣っているわ」

「フィエリティーゼの動物、植物は豊富な魔力をその身に宿しています。その影響で食材となる物の品質も向上しているからか、そのまま召し上がる人が多いんですよ……確か、エルフ種や妖精種が多いヴィリアティリアでは菓子類より木の実が好まれていたと思います」

「我が昔に人里へ降りた時はそんなに菓子類が無いように思えたが……」

「それは転生者がまだ多くなかったからです。貴女が封印されている間に僅かですが転生者数名が菓子類のレシピを広めました。結果は失敗に終わったようですが……」

「失敗? どうして?」


 俺がそう聞くと、ファンカレアは少しだけ眉を下げる。

 どうやら、転生者達が公表したレシピには、明確な分量の記載がされておらず、その製造方法についても、『電子レンジ』『冷蔵庫』と言った地球上で使われていた電子機器の名前が載っていたのだとか。


「そのレシピも、元は公開する予定じゃなかったのかもしれません。分厚い日記の間に挟まっていたり、机の奥底に隠してあったり、人目に付かない様な場所に保管してあったみたいですから」

「もしかしたら、故郷を思い出して書いていただけかもしれないって事か……」


 いきなり死んで、気づいたら違う世界に居た。

 そんな状況でも、帰りたい……元も世界へ行きたい。そんな思いがあったのかもしれない。


「この世界で、地球の料理を再現する事はできないのかな?」

「出来ると思うわ。魔法を使えばそれなりの物が出来る筈よ」

「そっか……そう言えば、死祀に参加していなかった転生者達は?」

「安心してください。藍くんが寝ている間に世界へ向けて話しました。”もう死祀は存在しない。我が名において無実の転生者達を傷つける行為を禁ずる”と……ミラや他の使徒達にも動いてもらっています。ですので、彼らが不当に扱われる事はないでしょう」

「……ありがとう、ファンカレア、ミラ」


 それは少しだけ心配していた事だった。

 今回、死祀に所属していた転生者達は1500人を超えていたらしい。しかし、全てではない。詳しい人数は聞いていないが、ミラ達が知る限りで100人くらいは生きてフィエリティーゼで暮らしているとの事だ。それも真っ当にね?

 出来れば、真っ当に生きて来た転生者達が不当に扱われる姿なんて見たくないし、もしそんな場面に遭遇してしまったら、俺は迷わず転生者達を助けてしまうだろう。理不尽な死を迎えた彼らにこれ以上の理不尽はもう必要ないと思うから。


 ファンカレアとミラ達が先手を打っておいてくれたから大丈夫そうだけどね。

 俺がその事についてお礼を述べると、二人は目を合わせて困ったようにこちらに視線を移す。


「お礼を言うのは、私達の方なのですが……」

「私達の身勝手な行動で、あなたの未来を奪ってしまったわ。その上、フィエリティーゼで転生者達を殺して欲しいと頼んでしまった……」

「いや、でもそれはもう」

「分かってる。あなたが私達を責める事もなく、許してくれているのも分かっているわ。でも、それでも私達があなたを巻き込んでしまった事実は変わらないのよ」


 どうやら、二人は俺が思っていた以上に気にしている様だ。

 俺の未来……地球での生活を奪い、強制的にフィエリティーゼへ呼び出してしまった事。それだけではなく、俺が転生する前から続いている転生者の先輩たちの暴走行為、それを止めて欲しいと頼んだ事。それらの事柄について、二人は何度も俺に謝って来た。


「正直、過去に決められた事について謝られても、俺としては困るだけ何だよ……それは仕方がない事だと思うし、ミラとファンカレアはその選択をしたことについて後悔している訳じゃないんだろう?」

「……私は、後悔していません」

「……そうね、私も後悔していないわ」

「なら、それでいいんじゃないかな? もちろん、地球での生活が嫌だった訳じゃない。家族も居たし、色々と問題はあったけど、楽しく暮らせていたと思う。そして、もしこの世界へ呼ばれていなかったら……そんな生活が、ずっと続いていたんだと思う」


 平穏。

 そう言うのが正しい毎日だった。家族としかほとんど接して来なかったけど、それは自ら望んでいた事だし、不満もない。何より家族が優しかったからな。

 戦争はあったけど、自分からは遠い存在だった。俺自身にも強い力なんて無くて、自らの手で……人を殺したりなんかもしたことがない。

 自ら手を伸ばさなくても、平和を手にしていた世界。


「でも、俺は今の生活を……楽しいと思ってる」

「「……ッ!!」」

「それだけじゃなくて……幸せだとも思ってる。確かにこの世界は優しくはない。争いも身近にあって、自らが手を伸ばさなければ平和を手にすることも出来ない世界なのかもしれない。だけど、俺はこの世界で地球では手に出来なかった……大切なモノを手に入れた」


 そうして俺は視線を数回動かした、下へ動かせば今も尚楽し気にしている黒椿が……いま結構真面目な話をしてるんだけどな……。右に動かせば不安そうにこちらを見つめるファンカレアが、最後に左に動かせばそこにはグラファルトが居た。グラファルトは何も言わないがその顔は優し気に俺の事を見つめている。多分、俺の言葉の意味が分かったのかもしれない。


「この世界で、俺は家族以外の大事にしたいと思える存在に出会えた、忘れていたかけがえのない家族にも……ファンカレア、黒椿、グラファルト、そしてミラ……お前達の事だ」

「藍くん……」

「だから、謝らないでくれ。俺はこの世界に来れて幸せだよ。本当に感謝してる。この世界で……みんながいるこの世界で幸せに暮らして行きたいんだ」


 俺がそう言うと、ファンカレアはその瞳から涙を溢した。話している途中から涙を溜めていたが、どうやら堪えることが出来なかった様だ。


 ファンカレアの笑顔を見た時、黒椿と再会を果たした時、グラファルトの全てを受け入れた時、ミラの嘆きを知った時、多くの経験を経て……俺は全てを受け入れる覚悟を決めた。

 地球の事が気にならないと言えばそれは嘘になる。

 妹や両親の事、特に妹の雫についてはたまに考えてしまう。あいつは何かと俺と一緒に居る事に固執してたから……まあ、俺自身も相当甘かったけど。でも、ある程度の区切りはついた気がするんだよな。しっかりと守ることが出来て、達成感じゃないけど、もう兄としての役目は終えたような……そんな気がする。


「地球での人生は終わった。後は、フィエリティーゼでゆっくりと生きて行くことにするよ」

「……そう、ならもう謝らないわ。私を許してくれて、ありがとう」

「うん、謝られるより、ありがとうって言われる方が、俺としても嬉しいよ」

「わ、私からも、感謝を……ありがとう……本当にありがとうございます……」

「あーほら、泣かないでくれ」


 止めどなく流れる涙を拭う為に右手を伸ばすが、その手はファンカレアに掴まれ彼女の両手に包まれてしまう。


 震える手で、強く握られる右手。

 彼女は俺の手を離すまいと、必死で握り続けていた。



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