第94話 一年目:嬉しくないわけがない




 白色の世界について直ぐ二人の奇妙とも言える光景を眺めていた俺達だったが、二人がこちらの気配に全く気付かず、このまま放置していたらいつまで掛かるか分からなかった為、三人で目配せをして声を掛ける事にした。

 その結果、二人はこちらに気づき黒椿は俺の顔を見た瞬間こちらへと駆け付け抱き着いて来て、ファンカレアは先程までの姿を見られたのが恥ずかしいのかその場で顔を手で覆い項垂れてしまった。


 わかる、わかるよ……正座で怒られてる所なんて見られたくないよな……。


 そうして、俺は抱き着いて来る黒椿の頭を撫でながら、正座をしているファンカレアに自分の影を重ねて小さく頷き続けた。グラファルトに説教されている自分の影を……。



 とりあえず、落ち着いて話をしようと言う事になった俺達は、ファンカレアと黒椿を合わせた五人で円状の白いテーブルを囲んで座っていた。正確には椅子は四つしか用意されていなくて、四つの椅子の中で一番大きい椅子に俺が座り、俺の上に黒椿が座っている。白色の世界で待っていた黒椿はやけに疲れていてどうもいつも以上に俺に甘えて来てる気がする。今もミラがお茶請けに出したクッキーを食べさせて欲しいとおねだりして口を開けてるし……。


「ん~~美味しい~~!!」


 顔を上にあげておねだりして来た黒椿にクッキーを食べさせると、幸せそうな顔をして黒椿は椅子の上で足をパタパタと動かしている。

 可愛いな……と思いつつ唐紅色の頭を撫でていると、他の三人がこちらを見ている事に気が付いた。一人は呆れた様に「あらあら」と紅茶を飲みながら、一人は「我も今度やってもらうか」とその小さな牙を見せながら、一人は……唯々羨ましそうに見ていた。


「……ゴホン」

「ッ!?」


 俺がわざと大きめの咳払いをすると、それに気づいたファンカレアは俺と目が合うと顔を赤らめ始める。そうして、見ていませんと言いたげに視線を逸らし震える手で紅茶を飲み始めるのだった。

 このままでは全く話が進みそうにない……そう思った俺は、先陣を切って先程までのやり取りは何だったのかを聞くことにした。もちろん黒椿に。


「それで? 一体何があったらファンカレアがお前に叱られる事態になるんだ?」

「あー……実はねぇ」

「く、黒椿!?」


 俺の右腕を掴み自分の前へと持ってきた黒椿は幸せそうに顔や体を腕に擦り付けている。一瞬ちゃんと話を聞いているのか不安だったが、俺の声は届いていた様で、黒椿は相変わらず擦り付けるのは止めようとはしないが返事を返そうと口を開いた。

 しかし、それに待ったを掛けた人物が居る。

 顔を真っ赤にして叫ぶファンカレアだ。

 ファンカレアは持っていたカップを慌ててテーブルへと置いてあわあわと両手を動かしている。

 そんなファンカレアの様子を見て、グラファルトとミラは納得といった表情を見せる。


「……そういうことね」

「……我の予想は正しかったわけだな」

「ん? 二人とも何かわかったのか?」

「いや、わかるも何も、ファンカレアの顔を見ればな……」

「そうね……ファンカレアも恥ずかしがっていないで、正直に話しなさい?」


 どうやら二人には分かったらしい。

 そしてミラが呆れた様にそう言うと、言われたファンカレアはうぅうぅ唸りながらも観念した様でぽつりぽつりと事の経緯を話してくれた。


 事の発端……というか、主な原因は俺の来訪だった。

 昨日の夕暮れ、俺が白色の世界へ遊びに行くことを了承した後、黒椿は直ぐさま白色の世界へと戻ったらしい。そうして、特訓がいまいち上手くいかず落ち込んでいたファンカレアに”俺が明日遊びに来る”と伝えた瞬間……ファンカレアは暴走したらしい。


「あれは酷かった……ただでさえ不安定だった力を解放してフィエリティーゼの時間を進めようとしていたんだよ。まあ、僕の方がまだ上だったから何とかなったけど……」

「わ、私はただ、早く藍くんに会いたくて……」

「それで休みなく僕を攻撃し続けるのはどうなのさ……加減していたから自我もあっただろうしねぇ~」

「うっ……申し訳ありません」


 黒椿は俺達が来る少し前まで暴走するファンカレアを抑え続けていたらしい。


「ファンカレアの力の制御権を一時的に奪ったんだ。同じ”創世”の女神だから何とかなったけど……すっごく疲れた~」

「そう言う事だったのか」


 両手を上にあげ俺の髪をわしゃわしゃといじり出した黒椿。そんな彼女の髪を俺もわしゃわしゃといじり返す。すると黒椿は「きゃー」と楽しそうに足をバタつかせきゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃいでいる。うん、黒椿が楽しそうで何よりだ。


 それにしてもそうか……。

 はしゃいでる黒椿の頭をいじりながら、視線を移す。そこには顔を赤くしてチラチラとこちらを見るファンカレアの姿があった。迷惑を掛けた事に対する申し訳ないという気持ちが感じられる表情を見せ、それと同時に俺と目を合わせると先程の話を聞かれたのが恥ずかしいのか顔を伏せてしまう。

 普通、創造神である彼女が私情で時間を操作した事とかするのは良くないことだと思う、黒椿に迷惑を掛けた事もそうだ。

 怒るべき……なんだろう。やっちゃいけない事だと思うし、ファンカレアの様に強大な力を持つ者が暴走した場合、その脅威は計り知れないものになってしまう。

 最近、それを強く実感したよ……身をもってね。


「……ファンカレア」

「ッ……はぃ」


 いじっていた黒椿の髪から手を離して少し真面目なトーンで声を掛けた。俺の雰囲気を察したのか、ファンカレアはビクリと肩を震わせ小さく返事をする。黒椿は相変わらず幸せそうに俺に体を預けてたけど……。


「俺としても今回の事は流石にやりすぎだと思う」

「…………はい」

「幸いにも黒椿が居たからどうにかなった。でも、これが黒椿じゃなかったら……”創世”と言うファンカレアと同じ貴重な力を持つ者じゃなかったら……フィエリティーゼは今頃大変なことになっていたと思う」

「ッ……」


 現在、フィエリティーゼでは一つの混乱を収束させる為に各国で動いている状態だ。それは俺が引き起こした大惨事でもあるからあまりはっきりとは言えないんだけど……。とにかく、フィエリティーゼはいま一種の修復期間に入っていると言ってもいい状態な訳だ。

 暴徒と化した転生者達からの被害、エルヴィス大国の第三王女の誘拐事件、それが終わったかと思われた矢先の世界規模の意識障害……その収束はミラ達のお陰で鎮静化しつつあるという。

 それなのにファンカレアの時間操作何て起きてしまったら世界中がまたパニックになってしまう。しかもそれが災害や厄災でもなく、個人的な……俺が原因であるなんて……絶対にあってはならない。


「だから、もう二度と間違えないで欲しい」

「……間違えない、ですか?」

「そうだ。力の使い方……力を何の為に使うのか……ファンカレア、君の力は世界を困らせる為にあるのか?」

「ち、違います!! 私は……私の力は……」

「君の力は世界を……大事だと思う人たちを守る為にあるんだ」

「ッ……」


 俺の言葉に、ファンカレアは表情をコロコロと変えていた。

 困惑し、憤り、そして驚愕し……そうして自分がしてきた事について冷静に理解し始める。


「君は創造神だ。世界を守護する女神であり、その力は世界を守る為に使われるべきだと思う。決して世界に混乱を招く為に使っていい力ではない。君は守るべき立場にある存在なんだ」

「……はい」

「だから、力を使う時はしっかりと考えて使うんだ。その力が及ぼす影響、起こりうる可能性……ありとあらゆる事象を考慮して最善を尽くす。それが、力を持つ者のしなきゃいけない事なんだと思う……最近、それを痛いほど痛感した」

「「「「……」」」」


 気づけば全員が俺の顔を見ていた。

 複雑そうに、心配するように俺の言葉を聞いて顔色を伺っている。

 その空気に耐えきれず、俺はそのまま話し続けることにした。


「あー……とにかく、完全に制御できるまでは黒椿とか、ミラとか、グラファルトでも俺でもいいから、事前に相談して欲しい」

「……はい、わかりました」

「――まあ、これが俺の気持ちの半分だ」

「は、半分……ですか?」


 柄にもなくお説教みたいな事をしたが、どうやらファンカレアは分かってくれたらしい。その顔には未だ申し訳ないと言う気持ちが感じられるが、先程よりは晴れやかな雰囲気も感じられる。

 俺が気持ちの半分を伝えた事を告げると、ファンカレアは不思議そうに首を傾げた。


「そう、俺の為に暴走する様な行為に至って欲しくないって思いが半分。そして――俺に早く会いたくて暴走したと聞いて嬉しかったのと、可愛いなって思ったのがもう半分の気持ち」

「…………~~ッ!?」


 俺がそう告げるとファンカレアは一瞬だけ呆けたような顔をして……そして、俺の言葉を理解した直後、爆発したかのようにその顔を真っ赤にした。

 そんな彼女の反応が面白くてつい笑ってしまう。

 気づけば、俺以外の三人も同じように笑っていた。しかし、それはからかう意味がある訳ではなく優しい微笑み。

 ファンカレアと言う純粋で、真っ直ぐで、一生懸命な女神様の反応がたまらなく愛おしいんだ。


「ちょ、ちょっと……もう!! みんなして何故笑っているんですか!!」


 俺達が笑みを浮かべているのに気づいたのか、顔を真っ赤にしていたファンカレアは両手を振り猛抗議をし始める。

 しかし、その手の動きと頬を少しだけ膨らませたファンカレアは怒っている様には見えない。どちらかと言えば、恥ずかしい気持ちを誤魔化すために言っているだけなのだと……そう見えてしまう。


 俺の為に全力で、真っ直ぐに突き進む恋人。

 そんな恋人の行動を……嬉しく思わない人なんていないと思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る