第93話 一年目:何があったんだ……




――異世界転生5日目の朝。


 目が覚めた俺はまだ寝ているグラファルトを起こさない様に外へと出る。

 外はまだ薄暗いが、陽が昇り始め歩きまわるには十分な程の明るさだ。周囲を見渡すが……まだ、誰の姿もない。

 軽くのびをした後、俺は顔を洗う為に泉へと向かった。


「ふぅ……」


 泉で顔を洗い、水面に映る顔を見る。

 そこには一人の男の顔が映っていた。

 平凡そうな顔をした日本人だと思う、黒を基調とした色の髪は男にしては少しだけ長い方か? その前の一部は白く染まり……染まり……


「……は?」


 白く……染まってる?

 恐る恐る手を伸ばし前髪に触れると、水面に映る男も同じように前髪に触れる。約五日ぶりにみた自分の顔は変わらないが、その髪色は少しだけ変わっていた。具体的には前がみの一部が白……白銀か? 黒とは正反対ともいえる色へと変化してる。


「一体何が……って、一つしかないよな……」


 変色した髪色を見て思い当たるのは一つ、一人の人物しかいない。

 グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル。俺の婚約者であり<共命>によってその命を共にしている白銀の少女だ。

 グラファルトと<共命>したことによって俺の身体に何かが起きて、髪色が変色した……でも、何で今更? それに、朝気持ちよさそうに寝ているグラファルトを見たが特に髪色が変わっている様子もなかった。俺だけが変わったのか……。


 いや、そう言えばグラファルトの翼は片方が黒く変色してたな。

 もしかしたら、何か理由を知ってるかも。


「……起きたら聞いてみるか」


  この変色が前髪だけなのか、それともこれからも起こり続ける変化なのかも分からない。理由も今のところは分からないし、とりあえずはグラファルトが起きてから聞いてみる事にして、俺は泉前を後にした。








 それからしばらくは結界内を散歩して時間を潰すことにした。

 いや、まあ少し混乱している頭をスッキリさせる為でもあるんだけど。


 散歩は思いのほか楽しかった。

 異世界というだけあって、角の生えた兎や宝石の様な羽を持つ鳥など見た事もない動物や何かうにょうにょ動いて小動物を食っている花や甘い匂いを周囲に放つ木の実が付いた植物など見ていて飽きない。木の実は美味しそうだったけど、もちろん食べていない。未知の世界で未知の木の実を食べないといけない程食事に飢えている訳ではないからね。

 生物が出て来た時は驚いたけど、結界内に居るって事はそこまで危険度がないと言う事だと思う。現に兎も鳥も俺が近づくと遠くへ逃げて行ってしまった。


 これはミラに聞いた話だが、泉を中心に広がった結界内には行き来する事が出来る人物は予め設定しておかないといけないらしい。行き来する人物を設定できるのはミラ達の六人だけ。それ以外の人物は結界内へ入ろうとすると結界の外へランダムに転移させられるそうだ。

 魔物や人以外の生物、実体を持たない意思を持つ生命体の場合は結界を張った際に内部に居た生物はそのまま滞在する事が出来るが、ミラ達が結界内に居る脅威となる存在は全て排除したらしい。そして結界の外へ一度出てしまうと、ミラ達が設定した存在以外は入る事が出来ない。そうして結界内は安全を保たれているとの事だ。


 俺としては小動物を食っている花とは十分に脅威だと思うんだけど、多分移動する事はないと判断して放置してるんだろうな……。



 そうしてしばらくの間散歩を続けていると、ミラから念話が届いた。


(藍、今どこに居るの?)

(おはよう、結界内を散歩してた)

(ええ、おはよう。朝ご飯を用意してあるわ。早く戻ってきなさい)


 直ぐに戻る事をミラに伝えて俺は泉へと戻る為に歩き始めた。


 念話は昨日の内にミラに教えて貰っていた。

 一対一でしか使えない上に結界や魔法を遮断する空間内に居る人物には届かない、更には距離が離れれば離れている程魔力の消費が激しいという欠点もあるが、俺やミラの様に魔力量に自信がある者にとっては簡単に連絡が取れる便利な魔法でもある。

 原理としては予め受け取っていた魔力を参照に連絡を取りたい相手を辿り、細い魔力の糸を伸ばして繋げる、ということらしいが……正直ほとんど理解できなかった。

 『要は長い糸電話の様な物よ』とミラは言っていたが……本当にそうなのだろうか?


 そんなことを考えていると泉の近くへと戻る事が出来た。

 茂みを進み、開けた場所へ向かうとそこには俺以外の全員が円卓の席に着いていて、円卓の上には紙に包まれた食事が置かれていた。

 俺が全員に向かって挨拶をして空いている席に着くと、全員が俺の顔……というより顔の少し上あたりを見ている。

 まあ、原因に心当たりはあるけど……。


「……ッ」


 ふと視線を右へと傾けて隣へ座るグラファルトを見ると、目が合ったグラファルトは顔を赤らめて視線を逸らした。

 うん、とりあえず何かを知っているのは確かみたいだな。


 その後は全員に朝気づいたらこうなっていたと説明をして、俺自身にも理由は分からないと話した。俺の話を聞いたミラ達は俺と同じように<共命>が原因ではないかと推測していたが……グラファルトが頑なに口を開こうとしない為、結局原因の究明には至らず、俺達はそのまま朝食を終えたのだった。










 朝食を終えるとそれぞれが行動に移った。

 ライナは昨日と同じくヴォルトレーテ大国へ、どうやら現国王を含めた重鎮たちの鈍った腕を叩き直す予定らしい。フィオラも昨日と同じくエルヴィス大国へ、ディルク王の体調も順調に回復し、床に伏しているからと会えなかった王妃様も歩けるくらいには元気になったようだ。

 アーシェもプリズデータ大国へ行くらしい。アーシェの場合は仕事の手伝いではなく帰郷……詳しくは聞いていないがしばらく疎遠だった家族ともいえる人達に会いに行くらしい。俺に話すアーシェの顔はとても嬉しそうで、話を終えるとあっという間に転移して出掛けて行った。よっぽど楽しみにしていたんだろうな。


 ロゼはここで家の建設を始め、リィシアはロゼと一緒にいるらしい。

 二人は国に対してそこまで執着している様子はなく、どちらかと言えば家族である魔女達と一緒に居たいらしい。家族の家を作る事が夢だと言っていたロゼはやる気に満ち溢れていて、家族みんなで一緒に暮らせるのが嬉しいのか、リィシアもロゼを手伝うと張り切っていた。なんか、休みを入れずに作業しそうな勢いだったので適度に休む様にと釘を刺して置いたけど……心配だ。


 そうして五人がそれぞれに移動を始めると、円卓に残ったのは俺とグラファルト、そして俺達と一緒にファンカレアの元へ行く予定のミラだけとなる。


「エルヴィス大国にはもう行かなくていいのか?」

「ええ、もう私に出来る事はないわ。私用も済ませたしね……元々地球へと戻る予定だったし、そのついでにファンカレアに会いに行くわ」


 エルヴィス大国での用事はもうないらしい。元々地球へと戻る予定だったミラは白色の世界を経由して地球へと戻るようだ。


「そう言えば、気になっている事があるんだけど」

「あら、何かしら?」

「ミラはその……これからどっちで暮らして行く予定なんだ?」


 元々フィエリティーゼで暮らしてたミラは、夫となった制空蓮太郎と共に地球へと向かい、そこで生活をしてきた。

 一時的にこちらに来ているが、ミラが地球へと戻ると言うのならそれを止められる者は居ない。

 本音を言えば一緒に居たいとは思うけど、地球に残している家もあるだろうし、ミラの娘……つまりは俺の母親である制空雪野とその家族の事もある。正直、ミラがこれからどちらで暮らして行くのか気になっていた。


「そうね……基本的にはこちらへ暮らして行くつもりよ。蓮太郎はもう居ないし……フィエリティーゼも、長い年月が流れて私の顔を知る人も少なくなって来たみたいだから。でも、地球にも定期的に行けるようにはしておきたいの」

「そんな事、出来るのか?」

「出来るかどうかはわからない。でも、蓮太郎のお墓は地球にしかない……それに、残された家族の事も気にはなるから。地球の神様にお願いしに行くわ」


 その為にもファンカレアに話して地球の管理をしている神様へと言伝を頼むつもりらしい。


「あのさ、雫の事なんだけど……」

「……大丈夫、ちゃんと見て来るわ」

「……ありがとう」


 俺が何かを言うまでもなく、ミラは優しくそう告げると紫黒の亜空間を広げ始めた。


「さて、それじゃあそろそろ行きましょう? 多分、今か今かとあなたの事を待っている筈だから」

「……そうだな、待たせるのも悪いし」


 ミラに続いて、グラファルトと共に亜空間へと入る。

 こうして、俺達三人は五日ぶりに白色の世界へと向かうのだった。



























「……着いたな」

「ああ、着いたな」

「ええ、着いたわね」


 しばらくの間、暗闇に包まれていた俺達三人だったが途端に目の前が白くなり、気づいた時には見覚えのある白い空間へと移動した後だった。

 白色の世界へと着いた俺達は、その場から一歩も動くことなく同じ言葉を口にする。


――一歩も動くことなく……目の前の光景を唯々眺めて。


「ねぇ……少しは反省した?」

「はい、申し訳ありません」

「僕、何度も言ったよね? ”藍を待っていよう””直ぐに来るから”って」

「はい、申し訳ありません」

「君が藍を大好きなのは知ってるよ? その為なら何だってしようとする事もね……でも、だからと言ってフィエリティーゼに……それも藍達が居る状況で時間操作をするのは違うと思うんだけど?」

「……はい、申し訳ありません」


 俺達の目の前で、笑顔ではあるがその額に青筋を浮かべている黒椿と同じ言葉を何度も繰り返し土下座の体勢で頭を下げているファンカレア。

 二人は転移して来た俺達に気づくことなく、俺が声を掛けるその時まで延々と似たような問答を繰り返していた。



 ……いや、一体何があったの?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る