第92話 閑話 黒椿の苦労




――そこは神の領域である白色の世界。


 神々の頂点たる最強の力……”創世”の力を生まれながらに宿した女神が創り出した神界と呼ばれる場所だ。

 そして、白色の世界の片隅で――一人の女神が膝を抱えて蹲っている。


「うぅ……どうして……私は、何億年もの時をこの力を使い戦い抜いて来たはずなのに……」


 彼女の名前はファンカレア。

 フィエリティーゼの創造神にして神々の頂点に立つ創世の女神。

 その強大な力を使い、億単位の年月を他の神々との戦いに費やしてきた彼女はいま……自らの未熟さにショックを隠せないでいた。


「力の制御が未熟だと言うのは、同じ力を持つ黒椿の制御力を見て実感していました……ですが……これは余りにも酷すぎます……」


 そうしてファンカレアが視線を向けるのは、黒椿から渡されていた魔力の出力を計る特殊な魔力計測装置……の残骸。

 元は正方形の立方体だった機械。大きさは1m四方であり、正面となる面にはメモリの様な物がついていた。

 最高が100であり最低0、10の値で区切られており一本の細長い棒が放出された魔力量によって動く仕組みだ。装置は黒椿がファンカレアの為に作った特注の物であり、ファンカレアの魔力量を事前にある程度計ってから作られている。

 予備も合わせて5つ用意されていた魔力計測装置は、ファンカレアの視界の片隅で全てが粉々に砕けていた。


「特訓を始めてまだ一日も経過していないと言うのにこの有様……私は創世の女神失格です……」


 小さな煙を上げる計測装置を眺め、ファンカレアは溜息を溢す。


「ふぅ……ただい――うぇっ!?」


 そんな女神の背後に突如として唐紅色の空間が広がり始める。

 その中から現れたのは……もう一人の創世の女神である黒椿だった。

 ファンカレアの特訓の講師としてしばらくの間付き添う事となっていた黒椿は、制空藍にその事を伝える為にフィエリティーゼへと降り立っていた。黒椿は無事に制空藍と話すことができ、しらばくはファンカレアの元に居る旨を伝え終わり戻って来たが、自分が居なかった僅かな時間の間に変わり果てた計測装置と負のオーラを纏うファンカレアを見て驚愕の声を上げるのだった。


「ちょっ……噓でしょファンカレア……」

「も、申し訳ございません……」

「ううん、そうだね、そうだよね……君は独自の方法で”創世”の力を使って来たから、そもそも力を制御する事が出来なかったから封印していた訳だし……」

「うっ……」


 黒椿の嘆きにも似た言葉に、ファンカレアは図星を突かれ何も言えなくなってしまう。


「でもそれにしたって全部壊すかな普通!? 藍の所に行ってまだ一時間も経ってないよ!? それなのに念のために残して置いた計測装置が全滅って……これ作るの結構大変だったんだけどな……やっぱり、封印を三つも解いたのは早すぎたかぁ……」

「か、返す言葉もありません……」


 実は、ファンカレアは魔力制御の特訓を始めて直ぐ段階では自身の力を完全に制御する事が出来ていた。その理由は明白で、強大な力を持つ”創世”の力を十の封印術式を用いて封印していたからである。

 そうして自信を付けたファンカレアは黒椿と相談した上でフィエリティーゼに影響を与えない程度、十の封印内の三つを解いた。

 しかし、三つの封印を解いた結果は散々なものだった。

 フィエリティーゼという惑星が誕生してから既に一億年は過ぎている。惑星を造り出すのと同時に”創世”の力の大半を封印したファンカレアにとって、それは大きなブランクとなっていたのだ。


「まあ、封印を解いた段階で制御出来てないのを知っていたにも関わらず、藍の所に向かった僕も悪いか……自信満々に大丈夫って言うから封印を解く事を許可したのに~、本当なら半年くらいで終わらせる予定だったけど、これは思ったよりも時間が掛かりそうだね……」

「段階を踏めば抑えることは出来るのですが、黒椿からの課題である0%から80%へと大幅に変化させるのはまだ無理みたいです……もう一度、今度は大丈夫、そう思ってやってみたのですが……」

「その結果が、あのガラクタの山という訳だ」

「……はい」


 ファンカレアの話を聞いた黒椿は、溜息を一つ吐いてガラクタとなった計測装置を回収した。


「その課題は、僕が見ている時にやってって言ったと思うんだけどな~」

「お、驚かせようと、思ってですね……」

「うん、ある意味では驚いてるよ……ある意味では」

「……ごめんなさい」


 黒椿の含みのある発言に、ファンカレアはその場で土下座をして頭を下げた。

 そんなファンカレアを見て、黒椿はやれやれと肩をすくめる。


「まあ、面倒見るって言ったのは僕だし、ちゃんとファンカレアが力を制御するまでは付き合うから」

「本当に、本当にありがとうございます……」

「気にしないで、これも藍の為だからさっ」


 頭を下げたファンカレアに近づき、その背中を軽く叩くと黒椿は小さく笑みを浮かべてそう言った。

 そして、ファンカレアを正座の状態から起き上がらせた後、黒椿は思い出したかのようにファンカレアへ声を掛ける。


「あっ、そうだったそうだった! ファンカレアに言っておかないといけないことがあったんだ!」

「はあ、何でしょうか……?」

「フィエリティーゼの時間軸で明日になるんだけど、藍が白色の世界に来るから転移する許可を――「本当ですか!?!?」――近い近い、一旦落ち着こうか?」


 黒椿が話をしている途中で”藍が白色の世界に来る”と聞いたファンカレアは、目では捉える事が出来ない速さで黒椿へと近づいてその両肩を掴み詰め寄る。そのあまりの気迫に黒椿は若干引きつつファンカレアに落ち着くよう促すのだった。


「まあ、そういう訳だから。藍がこっちに来れるように転移する許可をして欲しんだ。あ、グラファルトとの分もね?」

「はい!! というよりも、藍くんに関してはいつでも白色の世界へ来れるようにしてあるんですけど……転移する際に魔力が足りなくなると大変なので消費する魔力は私が提供するようにもしてありますし。グラファルトの件も大丈夫です、いま許可を出しました」

「……わかっていた事ではあるけど、本当に藍に関しては甘々だよね。まあ、ファンカレアを元気づける為に呼ぶ予定だったから良いんだけどさ……」


 制空藍が白色の世界へ来ると聞いたファンカレアは上機嫌で問題が無いと告げる。そんなファンカレアに呆れた様に黒椿が呟くが、制空藍と会えるのを楽しみにしているファンカレアの耳には聞こえていなかった。


「楽しみです……!! 早く明日にならないでしょうか!? そうだ、フィエリティーゼの時間を進めて……」

「ちょっ!! それはまずいって!!」

「いいえ!! 創造神たる私が行う事に意を唱える人なんている訳がありません!! そうです、藍くんの為ならば私は世界をも動かして見せます!!」

「なんか滅茶苦茶な事を言い出したよこのポンコツ女神!? もう、こんな事なら当日まで教えるんじゃなかった!!」


 いつもの穏やかな雰囲気はそこには感じられず、ファンカレアはその瞳を黄金色へと変えていく。そんな様子を見ていた黒椿も、ファンカレアを止める為に瞳を唐紅色が混じった黄金色へと変貌させ暴走状態の女神の前に立ちはだかるのだった。


(ああ、何で僕がこんな目に……こうなったら、明日は藍にめいいっぱい甘えてやる……!!)


 ファンカレアが放出した魔力を自らの魔力で押さえつけた黒椿は、心の中でそう決意するのだった。










 黒椿が必死になってファンカレアを抑えている頃、制空藍はと言うと……残されていた夕食を食べ終えてその場に居た全員に明日の予定について話し終えた後、小屋へと戻り眠りにつこうとしていた。


「……ファンカレアに会うの、楽しみだな」

「それは向こうも同じく、そう思っているであろうな」


 小さく呟いた制空藍の言葉に、婚約者であるグラファルトは小さく笑みを溢してそう返した。

 二人は一つのキングサイズのベッドで横になる。

 最初はグラファルトに遠慮して床で眠る予定だった制空藍であったが、”夫婦になるのだから気にするな”と言うグラファルトの言葉に甘えて同じベッドで眠る事にしたのだ。


 グラファルトは制空藍の呟きに反応した後、続けてからかう様に話し続ける。


「もしかしたら、待ちきれずにこちらへ来るかもしれないぞ?」

「う~ん、流石にそこまではしないんじゃないか? 創造神な訳だし、世界に影響が出そうな事は避けると思うけど……」


 グラファルトの発言に制空藍は苦笑してそう返した。

 そんな制空藍の返答に、グラファルトは少しの間を置いた後頷いて制空藍の言葉に納得する。


「……確かにそうだな、幾らお前の事を好いているとは言えそこまではしないか。まあ何にせよ、今は明日に備えて休むとしよう」

「ああ、お休みグラファルト」

「おやすみ、藍」


 同じベッドに横になり二人は互いに”おやすみ”と告げると、静かに口づけを交わし眠りについた。


……そうして二人が幸せを噛みしめている間も、フィエリティーゼに影響が出ないように、白色の世界で奮闘し続ける黒椿の事など知る由もなく。










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黒椿「何で僕だけこんな目に……」

ファンカレア(暴走中)「ああ!! ずるいです!! やっぱり私もフィエリティーゼへ……」

黒椿「ひぃっ!?」


 そうして、黒椿は休むことなく藍くん達が来るまでファンカレアを抑えつけていましたとさ。

 めでたしめでたし。


黒椿「めでたくないよ!? 僕も藍とイチャイチャしたい!!」


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