第91話 主として、従者として。
――エルヴィス大国の王宮、謁見の間にて。
父であるヴァゼルに連れられ謁見の間へと入ったコルネは、自らの負い目から最も会いたくないと思っていた人物――シーラネルとの再会を果たす。
「――貴女のお父様であるヴァゼルと、私のお父様であるディルク王に頼んだの。最初は私の名で王命を出していたのですが、それでも来ない可能性があると考えて、私よりも強い権限を持っているお父様にお願いして貴女を呼び出しました」
「……」
「騙す様な真似をしてごめんなさい。でも、これでやっとお話が出来るわ」
「お話……ですか?」
困惑して後ろへと下がるコルネに、シーラネルは申し訳なさそうに頭を下げて謝罪する。
シーラネルから事の経緯を知ったコルネはシーラネルの言葉を繰り返す様に聞き返した。
(私に、一体どんなお話が……いや、そんなの決まっているか……)
シーラネルの話を聞いて、少しだけ落ち着きを取り戻したコルネは自分に対して話があると言うシーラネルの言葉に納得し、何もかもを諦めたかのように話し出すのだった。
「そうですか……貴女様を守れなかった私に対しての厳罰は、当人である貴女様から告げられるのですね?」
主であるシーラネルを守れなかった事を悔やみ続けていたコルネは、まるで救いを求める者の様にシーラネルの前へ片膝を着き祈りのポーズを取る。
主を守る事が出来なかった事を悔やみ、自らを責め続けていたコルネにとって、厳罰とは形として償う事が出来る有難い申し出でもあったのだ。
「……違いますよ?」
「……え?」
コルネの言葉を聞いたシーラネルはしばらくの沈黙を置いた後、コルネの問いかけに対して返事を返した。
それは、コルネの想像していた答えとは全く以て違うものであり、シーラネルに対して跪いていたコルネは素っ頓狂な声を上げてシーラネルを見る。そんなコルネの反応が面白かったのか、シーラネルは小さな笑みを溢した。
「ふふっ……そんなに驚く事ですか?」
「え、そんな、だって、私は……ッ」
「お父様とヴァゼルには既に伝えていますが、私はルネ……コルネ・ルタットを罪に問う事は一切ありません。シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスの名において、私はそう宣言しました」
コルネはシーラネルの言葉を聞いて落ち着きを取り戻した筈の頭を更に混乱させる事となる。
エルヴィス大国の王族がその名において宣言する。それは王族という絶対的な地位の者が物事を確約する際に行われる行為であった。
その名において宣言した事は必ず成し遂げなければならない。
もし、仮に約束が果たされなかった場合……その名を持つ王族はその地位を剥奪され平民へと落とされる。これは初代国王、フィオラ・ウル・エルヴィスが決めた事であり、それを覆す事は許されない。
「何故です……私は、貴女様を守る事が出来なかったのですよ……」
コルネには理解できなかった。
危険な目に遭った筈、はたから見てもシーラネルの人生の中で一番と言える程の恐怖を憶えた筈……それなのに、目の前にいる主はその身を守る事が出来なかった従者の全てを許すと宣言したのだ。
「……確かに、貴女は私を守り切る事が出来なかったかもしれません。ですが、貴女はそれでも諦めなかった。王宮内の皆から聞きましたよ? 貴女はその身に数え切れないほどの傷を負い、スキルと魔法を酷使してまで私の危機を知らせてくれたと。その包帯も、その時の怪我が原因なのでしょう?」
「ッ……」
シーラネルの言葉にコルネは包帯が巻かれた両手を後ろへと隠す。
そんなコルネの仕草を見ていたシーラネルは、ゆっくりと階段を下りコルネへと近づいて行くのだった。
「傷だらけになっても、諦めずにエルヴィスへと戻りお父様たちへ知らせてくれた……それも、馬車で五日も掛かる距離をたったの二日間で走りきるなんて……沢山の困難が降り注いだのでしょう……」
「私は……ただただ許せないのです! 悔しかったのです……! 貴女様を守れなかった私が……強くなっていると己惚れていた弱い私がッ!!」
「……ルネ」
コルネの目の前に立ち、シーラネルは小さくコルネの名を呼んだ。
悲痛な面持ちで、隠していた両手を床に叩きつけたコルネはそのまま誰に語るでもなく話し続ける。
「私には何も出来なかった……転生者達を前にして、何もすることが出来なかったのです……私は一体、何のために訓練を続けて来たのか、分からなくなってしまいました……」
「……」
「シーラネル様を守れなかった……気づいた時には全てが終わっていて……私は一体、シーラネル様にどんな顔をして会えばいいのか……私に、会う資格なんて――「資格なんていらない!!」――ッ!?」
謁見の間に、シーラネルの叫びが響き渡る。
いつもの落ち着いた声ではない、感情的な叫び声にコルネは驚きを隠すことが出来ず、その顔をゆっくりと上げた。
「シーラネル、様……?」
「なんで……そんな寂しい事を言うの……」
コルネの目に映るのは、その顔を歪ませ純白のドレスの裾を握るシーラネルの姿だった。
大人びた雰囲気を持つ”シーラネル第三王女”ではなく、12歳の少女”シーラネル”がそこには居たのだ。
「私……ずっと待ってたの……”ルネ、まだかな?”って、沢山話したいことがあるから”早く来ないかな?”って……ずっと待ってたんだよ?」
「ッ……」
「私は嫌だよ……、私の従者はルネがいい……」
ポタッ……ポタッ……。
小さな音を立てて、コルネの目の前の床に何かが落ちる。
それは、月明かりに照らされた赤い絨毯に小さな染みを作り、不定期に落ち続けていた。
それを確認したコルネは勢いよく顔を上げる。
跪いていたコルネが顔を上げると、その先にはポロポロと涙を溢すシーラネルの姿があった。
「嫌だ……嫌だ……!! ルネじゃなきゃ嫌だぁ!!」
「ッ……うぁっ……」
今までの落ち着きを持った様子を崩して、子供の様に泣きじゃくるシーラネルはその場に膝を着くと同時にコルネへと抱き着く。
離さない様に、何処へも行かない様に、力いっぱいに抱きしめるシーラネルの様子に、コルネもまた堪えきれない何かが込み上げて来たのか声を漏らしその体を震わせた。
「一緒に居てよぉ……一人にしないでよぉ……ルネが居なきゃ嫌だ……」
「シー……ラネル、様……ごめんなさいッ……まもれなくで、ごめんなさい……!!」
堪えきれなくなったコルネはとうとう涙を流してしまう。
そうして、自らの過ちを……過ちと思っている後悔を、シーラネルへと懺悔し謝り続けるのだった。
月明かりが照らす謁見の間で、二人の少女は涙を流し声を上げる。
邪魔者の居ない二人だけの空間……主と従者はそのかけがえのない絆をこうして再確認する事が出来たのだ。
あれから、数分の時が経過した。
溢れ出る涙を流しきった二人は、抱きしめ合った状態で決してはなれようとはしない。
その状態で、コルネはシーラネルへと声を掛けた。
「いいの、でしょうか……弱い私が、シーラネル様のお傍に居ても……」
「ぐすっ……私は、強いからルネを従者にしたんじゃない……ルネと一緒に居たいから、従者で居て欲しいと思ったの……」
シーラネルはそう言うと、コルネの背中に回していた腕の力を少しだけ強める。
決して離そうとしないシーラネルの温もりを感じて、コルネはその心に潜む闇が消えて行くのを感じていた。
(そうか……私はまだ、貴女様の傍に居ていいのですね……貴女様は、こんな愚かな私の事を求めてくださるのですね……)
そうして、コルネは自らの考えを改める。
従者を辞めようと決めていた彼女の心は砕け、新なる決意を胸にその火を再び灯し始めたのだ。
「私は、強くなります」
「……ルネ?」
抱きしめていた状態のシーラネルを離し、シーラネルの両肩にコルネは手を置いて真っ直ぐに宣言する。
「今はまだ弱いかもしれません。貴女様を守るのにはまだまだ足りないのだと……そう自覚しました。ですが!! 私はこれからもっと強くなります!! 貴女様の為に、そして自分の為に!!」
(胸を張って……貴女様の隣で歩ける様に……!!)
「……ッ」
それは覚悟の誓い。
自らの弱さを知った少女が、守りたいただ一人主の為に……強さを求める正義の咆哮。
コルネ・ルタットの折れた心は、見事再生を果たしたのだ。
そんなコルネの誓いを聞いて、シーラネルは目に溢れていた涙を拭う。
そしてその場で立ち上がり、凛とした態度でコルネを見るのだった。
「ならば……私も強くなります」
「……シーラネル様?」
「今よりも強くなった貴女が私の隣へ立つのならば、主として相応しい存在で居られる様に……貴女の隣で胸を張れる存在で居られる様に、王女として、友として、私も貴女と共に強くなります!!」
(私の隣で、歩き続ける貴女の為に……そして、私を救ってくれた”黒き英雄”に恥じない私になれる様に……!!)
そうしてシーラネルは、処刑台の上での出来事を思い出す。
絶望の中で咲き誇る、一輪の漆黒の花を。
弱き者を助ける孤高なる戦士の姿を。
優しく微笑む、憧れの英雄の姿を。
共に歩き続ける従者の為に、黒き英雄に恥じない存在で居る為に、シーラネルはその胸に大きな誓いを立てた。
「これから忙しくなりますよ!! 貴女はその怪我を早く治しなさい!!」
「……全ては、シーラネル様の為に」
その顔に満面の笑みを浮かべ、シーラネルはコルネへ命じる。
そんなシーラネルの姿を見て、コルネは幼少期を思い出し懐かしんでいた。
――これからよろしくおねがいしますね……コルネ!!
(あの時から変わらない……貴女様の為に……)
こうして、コルネはシーラネルの従者であり続けるとシーラネルへ約束した。
その言葉を聞いたシーラネルは、外で待機していたヴァゼルを呼び出し、その事実を伝える。
しかし、コルネはまだ療養が必要な身である事には変わりはない。コルネが従者として復帰するのは、包帯が外れた後となった。
夜も遅いと言う事で、ヴァゼルが呼んだ使用人によってシーラネルが自室へと送られるのを見ていたコルネ。
そんなコルネの頭に温かい感触が伝わって来た。
それは、父であるヴァゼルの右手であり、優しい笑みを浮かべたヴァゼルは小さな声でコルネへ語り掛ける。
「俺の言った通りだろう?」
「……ッ」
そう口にしてウインクをするヴァゼルを見て、コルネはヴァゼルが自分の部屋へ訪れた時の会話の一部を思い出した。
『しかし……どうやら、お前がこうしていられるのも今日までの様だ』
ヴァゼルがこうなる事を知っていたのか……その真意は分からない。
しかし、コルネは父であるヴァゼルの言葉に少しの気恥ずかしさを覚え、同時に優しい父に対して感謝の念を募らせた。
「ありがとう……父様……」
「さあ、家へ戻って休もう」
父に手を引かれて、コルネは自宅へとその足を進める。
まだ少しの気怠さを感じるコルネは、体の不調が治るのを今か今かと待ち望むのだった。
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