第90話 従者、出会ってしまう




「――コルネ、居るか?」

「……父様」


 夜の私室に私を呼ぶ父の声が響く。

 父は夜にもかかわらず明かりの灯っていない私の部屋を見ると、部屋に備えられた光を灯す魔道具を起動させた。


「今日も、外へ出ていないのか?」

「……」


 優しく語り掛ける父に私は何も答える事なく下を向く事しか出来ない。


 部屋に閉じ籠る様になって、どれ程の時間が経過したのだろうか……。

 本当はこの王宮の敷地内にある宿舎からも逃げ出したかった。

 しかし、【加速】と”身体強化”を酷使した影響により、私の体はまともに動かす事が出来ず、外傷も酷かった様で意識を取り戻してから三日程は絶対安静と言われてしまった。

 今では激しい動きさえしなければ歩く事は出来るが……部屋を出ようとすると直ぐに母と父のどちらかに気づかれて戻されてしまう。

 結局、私は逃げる事も出来ず、かといって王宮内を歩き回る気にもなれない為、こうして部屋に閉じ籠る生活を送っていた。


 何も答えない私に対して父は変わらず優しい声で話し掛けてくれる。

 それが有難くもあり、そして申し訳なくもあった……。


「……同じ従者である先輩としては叱責しなければならないのだろう。だが、俺はお前の父だ。ディルク様には申し訳ないと思うが、俺はお前を責めるつまりはない」

「……」

「しかし……どうやら、お前がこうしていられるのも今日までの様だ」

「それは、一体……」


 父の発言の真意が分からない……。

 そう思い顔を上げると、そこには父ではない――この国の王であるディルク様の従者として隣に立つ”ヴァゼル様”の姿があったのだ。


「――シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィス第三王女殿下の従者、コルネ・ルタット。エルヴィス大国国王、ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスの従者、ヴァゼル・ルタットが今、王の代わりに告げる」

「ッ!?」

「直ちに身なりを整え、謁見の間へと向かう為の準備をせよ。これはただの命令ではない、国王自らが出した王命だ」


 王命……ディルク様が……?

 混乱する頭で必死に考えるが、どうしてその様な王命が出されたのかが分からず、王命に背くことも出来ない私は少しだけ痛む体を引きずり、言われるがままに身なりを整える為に動き出す。

 その間、父は扉を閉めて部屋の外で待機していた。そのつもりはないが、恐らくは逃げる事を考えての行動だろう。

 体中に巻かれた包帯に”浄化魔法”を掛け清潔な状態へ戻す。


 私の怪我は、上級回復魔法が一回、回復魔法が五回、間隔を空けて行われた。

 上級回復魔法で大きな傷口を塞ぎ、回復魔法でかすり傷や打撲などを治していったのだ。

 どうやら回復魔法とは扱いが難しいらしい。

 国のお抱え魔法師によれば、一度に多くの回復魔法を掛けると回復魔法に対する拒絶反応を起こして傷口が開いてしまうのだとか。超級回復魔法や完全回復魔法と言った魔法ならば拒絶反応が起こることなくあらゆる病や怪我を治せるらしいが、それを使える者は魔女様達を除いて数少ない者しか扱えないらしい。


 私の怪我は外から外傷は既に完治しているが、スキルと魔法による見えない痛みは残っている。

 その為、鎮痛効果が付与魔法が施された特殊な包帯を未だに外すことが出来ないでいた。

 治療に関わった魔法師の話では早くても完治まで10日は掛かるとの事だった。


「……やはり、まだまだ未熟だな」


 そうして強く拳を握ると、徐々に強い痛みが襲って来る。

 その痛みに耐える事が出来ず、私は握っていた拳の力を緩め、鏡の前に立ち王女殿下専属の従者の証でもあるメイド服を着た自分を見る。


 新品である黒を基調としたメイド服。戦いでボロボロになってしまったメイド服は処分されたらしい。穴が数か所に破けた所も多数、それに縁起が悪いとの理由もあり即刻処分された様だ。

 王宮で目を覚ました時、療養室のベッドの側にあったこの新品のメイド服を着る様に言われて……私はそれを拒否した。


”私はもう、シーラネル様の従者に相応しい存在ではありません”


 そう抗議して、私はふらつく足を前へと出して療養者用の布一枚を纏った状態でわが家へと戻ったのだ。


「ふっ……もうこの服を着る事はないと思っていたが……」


 目の前に映る自分は、見るからに顔色が悪い。

 それも当然だ、目覚めてから今日まで眠れない日々が続いているのだから。

 敬愛するシーラネル様を守れなかった……少しでも強くなっていると自惚れていた自分がいた。

 シーラネル様が危険な目に遭っているというのに、自分は王宮で眠り続けていたなんて……おまけに目覚めた後も碌に体を動かす事ができない体たらく。


「こんな私が……シーラネル様の傍に居れる訳がないッ」


 だが、それも今日までだ……。

 さっきは混乱していて冷静に考える事が出来なかったが、ディルク様が私を呼び出した理由……それは恐らくシーラネル様に関する事だろう。

 大方、シーラネル様を危険な目に遭わせてしまった事への厳罰、そして私の望み通りシーラネル様の従者を解任と言ったところか。


「……あまり、待たせるのも申し訳ないな」


 謁見の間に行くのは、王宮へ向かうのは気が進まないが王命であれば仕方がない。

 私は鏡の前で身なりのチェックを終わらせると、外へ出る為に扉に手を伸ばした。










 王宮へ入り、謁見の間へと向かう為に父と共に廊下を歩く。


「……あの、ヴァゼル様」

「なんだ?」


 私は家の外という事で、父の事を”ヴァゼル様”と呼んだ。

 親子と言えど、王宮に仕える者として節度は守るべきと教わってきたからだ。

 だからこそ、例え父親であっても職場となる外では従者の先輩として敬語を使い呼び方も変える。


「先程から廊下で使用人を見掛けませんが、何かあるのですか?」


 返事を返してくれた父に、王宮へと足を踏み入れてから感じていた違和感について聞いてみる。

 王宮内は例え夜であろうと使用人が歩いている事が当たり前だ。

 それは夜の内にしか出来ない仕事もある為、足音が響く事はないが使用人が通り過ぎる姿を見る事は多々ある。

 しかし、今日は使用人の姿を廊下で見掛けないのだ。

 王宮の入り口では門番の騎士や給仕の使用人を見たのだが、謁見の間に繋がる廊下には誰一人として使用人を見掛けなかった。


「ああ、謁見の間の周囲はディルク様の命により人払いがされている。その真意については……我々が知る事ではないだろう」

「そう、ですか……」


 どうやら父はそれ以上の事を教えるつもりはないらしい。

 私は、いつもとは違う王宮の廊下を不安な気持ちのまま進み続けた。

 そうして歩き続けること数分、謁見の間の扉が見えてくると不安な気持ちは消える事なく更に増していく。


(おかしい……謁見の間へと繋がる扉の前には門番が必ず居るはずなのに……)


 いつもは居るはずの門番が居ない。

 そこまで徹底的に人払いを行って、ディルク王は何をするつもりなのだろうか……。

 もしかしたら、私を処刑するつもりなのでは……。

 王女であるシーラネル様を危険に晒した罪で、王自らが処刑を……。


「ッ!?」

「大丈夫か?」

「は、はい……」


 私の肩に父の手が触れる。

 良からぬ事を考えていた私はその手に思わず恐怖してしまった。


(落ち着け……ディルク様がそんな事をする訳がない……)


 心配してくれている父に平気だと告げて、私はざわつく心を落ち着かせる為に深呼吸をする……。

 そして、ゆっくりと顔を上げて父にこれからどうすればいいのかを聞いた。


「ディルク様は既にこの中に?」

「わからない。私はだたディルク様にお前をここまで連れてくるようにと命じられた。その後はお前だけがこの中に入り、私はこのまま外で邪魔者が入らないように見張りながら待機だ」

「……わかりました。では、行ってきます」


 どうやら、父は本当に私を呼ぶように言われただけらしい。

 言葉の通り、父は謁見の間の扉へ触れる事なく、扉の端へと立っていた。

 ディルク様の真意を理解する事は出来ないが、私が謁見の前へと入らなければならない事に変わりはない。


 父に中へ入る事を告げて、私は扉を開け前へと歩みを進めた。


 謁見の間は……明かりが灯っていない為、薄暗い状態だった。


「……ディルク様は不在なのか?」


 薄暗い空間を一度だけ見渡して、そのまま前へと進む。

 扉は既に閉まっており、視界が慣れるまでの間は転ばない様に足元を見つめて進み続けた。

 そうして歩み続けて、足音の先に玉座へと続く階段が見え始めたところで足を止める。その頃には大分視界が鮮明になっていて、そこで私はもう一度周囲を見渡そうと思い顔を上げた。


「――ッ、ど、どうして……」

「久しぶりね、ルネ」


 顔を上げた先……玉座の隣に立つ白いドレスを着た少女。

 母親である王妃譲りの桜色の髪、その瞳は国王と同じ青系統であり、薄暗いこの空間でも月明かりに照らされてはっきりとわかる。


 シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィス。

 幼少期からの付き合いであり、私がお守りする事が出来なかった……大切なお方……。



「申し訳ないのですが、私が許可を出すまで後ろの扉が開く事はありません」

「ッ……」

「さあルネ、私の前へ」


 その顔は真剣そのものだった。

 シーラネル様は狼狽える私に対して、優しい声音でそう話しかけてくれた。


 ディルク様との謁見が行われると思っていたその先で……私はいま、最も会いたくなかった人物との再会を果たす。

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