第86話 一年目:ちょっと話し合おうか?
――異世界転生4日目の夕方。
いや……酷い目にあった。
アーシェが姿を消した後、何故か不機嫌になってしまったリィシアとロゼ。どうやらその原因は俺のアーシェに対しての反応だったらしく、自分たちがくっついている時と、アーシェがくっついている時の反応が違うとご立腹だったらしい。
そこに追い打ちを掛けるように俺が二人に対して”見た目が幼い”と口にしそうに……いや、言ってしまった。
そうして俺の言葉を聞いた二人は更に不機嫌になり、一人は絞め殺す勢いで抱き着き、一人は延々と横腹を抓り続けていた。
しかも、俺が怪我をしない様に回復魔法を掛け、第一、第二ラウンドと言った感じに続ける始末……。
そんな二人から解放されたのは、アーシェが姿を消してしばらくしてからだった。
「まだ痛むのか?」
横並びになった小屋の一つ。
その中にあるキングサイズのベッドの上で仰向けになっていると、ベッドの右横に腰掛けていたグラファルトは俺の顔を覗き込む。
「いや、もう肉体的痛みはないよ。ただ、精神的には疲れてる感じかなぁ……。遅くなったけど、助かったよ」
心配そうにこっちを見るグラファルトの頭を撫でて、俺は助けてくれた事に対してのお礼を言う。
回復魔法を掛け、傷や鈍い音を立ててヒビの入った骨が治ると再び始まる地獄の時間……そんな終わらない悪夢を止めてくれたのがグラファルトだった。
”転移”を使い颯爽と現れたグラファルトは、全く離れようとしなかった二人を軽々と摘まみ上げ何処かへと転移して行った。
そうして一人だけで戻って来たグラファルトに『二人は?』と聞くと、グラファルトは苦笑を浮かべ『あの二人が逆らえぬ者へ預けて来た』とだけ口にする。
その正体は、エルヴィス大国へと向かったミラだった。
夕暮れ時に帰って来たミラとフィオラ。
その背後には泣きながら前の二人について行くリィシアとロゼが立っていて、二人は俺の方へ近づくと『ごめんなさい』と謝って来る。
確かに痛かったけど、俺にも悪いところはあったから気にしない様に言って二人の頭を撫で、こうして昼間に起きたちょっとした出来事は収束を迎えたのだった。
「まあ、互いに遺恨を残す様な自体にならなくて良かったな。アーシェから聞いて駆けつけた時は驚いたぞ……」
「ん? グラファルトはアーシェから聞いて来たのか?」
グラファルトの口からアーシェの名前が出て来て、思わず反応してしまう。
そうして、アーシェとの最後のやり取りを思い出し、内心ドキドキしてしまう俺だった。
「血戦獣と戦った帰りにな。歩いていたら遭遇したのだ。それで話を聞いてみれば……なんだか面白いことになっていたようだな?」
「いや、まあ何というか……」
明らかに全てを知っていると言う顔をしたニヤけ顔のグラファルト。
というか、アーシェとグラファルトって仲が良いのか?
少しだけ疑問に思った俺は、話を逸らす意味も込めてグラファルトに聞いてみた。
「ああ、アーシェは竜の渓谷へ常闇の次に来ていたからな。それに加えてあの性格だ、最初はやたらと警戒されていたが数を重ねて行くうちに友と呼べる存在になった」
「なるほどな……そういえば、何でアーシエルは”アーシェ”って呼んで、ミラは”常闇”なんだ?」
「アーシェはあの性格だからな、友として接するようになってからは”アーシェって呼んで”としつこく言われていたのだ」
ああ、そういうことか。
そう言えば俺もアーシェと初めて会った時に似たようなことを言われたっけな。
やれやれと言った感じで語るグラファルトであったが、その表情は何処か楽しそうで、本当に仲の良い友達なんだなと思う。
コンコンッ。
「――いいかしら?」
ノックと同時にミラの声が小屋の中に聞こえて来る。俺は扉の向こうに居るであろうミラに『どうぞ』と返して入ってもらった。
「……見た所、もう大丈夫そうね? アーシエルも帰って来たことだし、食事にしましょう?」
どうやら俺達を呼びに来てくれたらしい。
食事という言葉に反応して、グラファルトはそそくさと外へ向かって行った。まあ血戦獣と戦っていたらしいし、お腹が減ってたのかもしれない。
俺も行こうか、そう思い体を起こすと目の前に立っていてミラがグラファルトが座っていた場所へ座り始める。
何か用でもあるのだろうか?
俺が不思議に思い首を傾げていると、その様子を見ていたミラは小さく微笑み声を掛けて来る。
「ふふっ、随分と手酷くやられたみたいね?」
「ああ、その事か。まあ、気に触るような事を言った俺が原因だからなぁ」
そこで思い出すのは妹である雫との思い出。
4つ下である妹は、他の友達よりも身長が低い事を気にしていた。と言っても、本人は過剰に気にしてはいるが、俺や両親からすればそれは僅かな差であり、どちらかと言えば平均的だったのではないかと思う。
しかし、それでも妹は気になるようで……余りにも気にするものだから俺はつい妹に『確かに見た目は少し幼く見えるけど、可愛らしくていいじゃないか』と言ってしまった。
それを聞いた妹は、それはもう激怒してしまい、しばらくの間口を聞いて貰えずご機嫌をとるのに苦労した覚えがある。
「ちゃんと謝って貰ったし、俺としても悪いと思ってるからこれからは発言に気をつけていくよ」
「あの子達の事を嫌いにならないであげてね? あの子達はあの見た目だけれど、私と同じく数万年の時を生きる魔女なの。ただ、<使徒>の称号を授かったと同時に不老になってしまったから、まだ幼かったあの子達にとってはデメリットでしかなかったのよね」
「という事は、魔女全員の容姿は数万年の間変わってないと?」
「ええ、私たちは厄災の蛇を倒した当時のまま見た目は変わっていないわ。その所為でリィシアやロゼは昔から”幼い子”として扱われる事が多々あってねぇ……見た目はそうでも中身は大人だから、幼い子として扱われるのもそう見られるのも嫌っているのよ」
ああ、そういう事だったのか。
数万年の時を生きて来たという事実に関しては、グラファルトの記憶から少しだけ知っていた事もあってそんなに驚く事はなかった。
不老によって見た目が幼いままのリィシアとロゼは人前に出る事を嫌っているらしい。自分たちを見て子供のように扱う人間が多かったのもそうだが、その見た目の所為で下に見られる事も多かったそうだ。
その影響でいざこざが起きる事もあり、極力表に出る事を控えていたらしい。
「ああ、自国ではちゃんと慕われているのよ? ロゼならラヴァールで、リィシアならヴィリアティリアで、建国者として国民を救ってきた功績があるから国民にはちゃんと支持されているわ。特にロゼは魔道具の生みの親でもあるから、その人気は絶大なものね。でも、やっぱり見た目に対する偏見言えばいいのかしら? そういったものは根強く残ったままの部分もあるわね……それには寿命が関係するのだけれど」
この世界の人間種の寿命も地球と似たようなもので100年生きれば大往生、最長でも150年が限界らしい。まあ地球とは違いエルフや獣人、その他にも意思疎通ができる種族が多数に存在するフィエリティーゼではそれでも短命の部類に入るのだろう。
ミラの話によれば、フィエリティーゼで一番多く存在する種族は人間種らしい。そして、各大国に住まう様々な種族の中でも圧倒的人口数を占めているのは人間種だとか。
それは最長寿命で計算したとしても150年に一度は代替わりが起こるという事であり、リィシアとロゼがしてきた功績や偉業は史実として記される事はあるだろうが、実際にそれを間近で見てきた人物というのは時間の経過と共に減ってしまう傾向にあり、国王を辞めて300年は経過してるであろう現在に至ってはリィシアやロゼの姿を見ても、魔女と気づかない者も居るらしい。
「その結果、ただでさえ人目を避けていたあの子達がより一層人目を避け続けているらしいのよ……私もフィオラから聞いた時は溜息しか出なかったわ」
そう口にしている今も溜息を吐くミラを見て思わず苦笑してしまう。
どうやらリィシアとロゼは人が多いところは苦手らしいな。
でも、コミュニケーションが取れないとかではなそうだ。初対面の筈の俺とも平然と話していたし、喋り方に個性はあったけど特に話すのが苦手という訳でもなさそう。
問題はやっぱりその見た目であり、二人を見た時の周囲の反応なんだろうな……。
「まあ、今回の件で見た目の事を言ってはいけないと理解したから、今後は大丈夫だと思う」
「なら良いわ。あの子達も反省してるみたいだし、これまで通りに接してあげて?」
ミラの言葉に頷いた後、俺達は他愛もないやりとりを数回して小屋の外へ出る為に扉へと歩き始めた。
そうしてミラが扉を開き外へと出た直後、俺の脳内に一人の少女の声が響く。
「……」
「あら? 行かないの?」
俺がその声に気を取られて扉の前で足を止めていると、それを不思議に思ったのかミラが首を傾げてそう言った。
「……あー、ごめんミラ。みんなに先に食べて良いって伝えてくれないか?」
「それは別に構わないのだけれど……何かあったの?」
「あったというか、これからあるというか……。実はいま、黒椿から連絡があってさ、ちょっと込み入った話になりそうだから……」
俺がそう告げると、ミラは納得してくれたのか『一応あなたの分は取られない様にしておくわ』と告げて円卓へと向かって行った。
(……さて)
(ッ……)
ミラが円卓へ向かったのを確認した俺は、開けていた扉を閉めてベッドの反対側に備え付けてある小さな四角いテーブルと椅子が置かれている場所へと向かう。
そうして木製の椅子へと腰掛け、頭の中で会話を始めるのだった。
(三日ぶりだな、黒椿)
(う、うん……元気そうで良かったよ……)
俺が話し掛けると、何処かぎこちない雰囲気を醸し出す黒椿。
そんな黒椿の様子を気にすることもなく、俺は話を続ける。
(さっきの話によれば、もうお前を呼び出すことが出来るんだな?)
(一応、僕の魔力を一定量送り込んだからね、僕がフィエリティーゼに現れても影響は出ないよ)
(そうか、それは良かった……)
どうやら、俺が眠っている間にも俺の体を介して黒椿自身の魔力をフィエリティーゼへと流していたらしい。その成果もあってか、黒椿がフィエリティーゼに現れたとしてもなんら影響は無く、俺と一緒にフィエリティーゼで生活を送れるとのことだ。
(それじゃあ、早速召喚しよう)
(あ、あの……藍? 僕の勘違いじゃなければ、物凄く機嫌が悪そうなんだけど……ひょっとしなくても、それって僕が原因だったりする?)
(それで、どうやったら黒椿を呼び出せるんだ?)
(無視!? ねぇ怖いよ!? ほ、ほら、可愛い恋人であり未来のお嫁さんだよ~?)
(それで、どうやったら黒椿を呼び出せるんだ?)
(また無視された……。わかった、わかったよ……呼び出し方を知るまで延々と同じ質問をする気なんだね……)
何とか俺の機嫌を取ろうと必死になっていた黒椿だったが、俺が同じ言葉を繰り返し始めると諦めた様に呼び出し方を教えてくれた。
それは召喚魔法の一種。
魔力を流し、決められた詠唱文を声に出すことで発動する魔法だ。
黒椿を呼び出すにはその詠唱文を口にしないといけないらしい。
詠唱文は決して長くは無いのだが、元地球人としては少し恥ずかしくもある。
(なあ、その詠唱文って絶対に言わないとダメなのか?)
(う~ん……無詠唱でも出来ると思うけど、こればっかりは省略しちゃうと何が起こるか分からないからねぇ……でも! 一回召喚して、契約さえしちゃえば自由に出たり戻ったり出来るから!)
どうやら詠唱を口にするのは一回だけでいいらしい。
なら問題ないか……。
そうして、俺は覚悟を決めて黒椿から教えられた詠唱を始める。
「”――我が求めるは守護する者、我を災いから守り、我に幸福を齎す者”」
魔力を流し、詠唱を始めると目の前の床に魔法陣が浮かび上がる。
「”――異界より現れし精霊よ、その力を以て我を守護する精霊よ”」
詠唱文の第二節と言えばいいのだろうか? ここは召喚したい対象を絞る為の詠唱であり、つまりこの文脈は黒椿の事を指しているらしい。
まあ、第二節は対象が決まっていない場合省略されることが多いらしいけど、俺の場合はちゃんと黒椿を呼び出さないといけないから、間違えることなくしっかりと詠唱する。
「”――今、汝は自由を許された、我の前へと跪き、その姿を現せ!”」
こうして、最後の詠唱を終えると同時に、俺の体から物凄い量の魔力が抜けて行く。それはフィエリティーゼを覆った時よりも多く、少し体が怠く感じる程の量だ。
体から抜けて行った魔力は、床に浮かび上がった魔法陣へと吸収され、やがて一人の人型を作り出す。
そうして眩い光が周囲を覆った方と思うと、瞬く間に光は消え去り、目の前には見覚えのある少女の姿があった。
「――黒椿、ここに顕現しました。さあ、主様……僕と主従のけいひゃッ!?」
巫女装束に似た赤と白が混じる服を身に纏い、唐紅色の髪を揺らす黒椿は凛とした表情で話し始めた。しかし、話している途中で、俺は黒椿の頬を抓る。
「いひゃい!?!? いひゃいから!!」
「――ちょ~っとお話をしようか? 俺はお前に聞きたい事が山ほどあるからなぁ」
「ひぃぃッ!? ま、まひゃか、このひゃめにひょうはんふぉ!?(ま、まさか、この為に召喚を!?)」
何を言っているのかさっぱりわからん黒椿を引っ張りベッドの近くの床へと座らせる。
こうして俺は、あの悪戯好きな小さな女の子の顔を思い出しながら、目の前に居る母親に対して説明を求めるのだった。
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