第84話 その氷は、静かに溶け始めた③




――初めてランくんの存在を聞かされた時、わたしはすっごく不安だった。


 いくらミラ姉の血を継いでいるとは言っても、その性格や人となりまで一緒ってわけじゃない。それに、ランくんは転生者だから……。転生者にいい印象を抱いていなかったわたしにとって、それは警戒するに値する要因だった。


『ミラ姉ミラ姉!! そろそろ来るんだよね!?』


 それでもわたしは、皆の前では明るく振る舞う様にした。

 なるべくいつも通りのわたしであり続けるように、折角の家族との楽しい時間に水を差さない様に……。


『そっかそっか〜!! 楽しみだなぁ〜!! 早く会いたいなぁ~!!』


――ごめんね、これは嘘。

 本当は会いたくなかった。

 相手は転生者で、わたしの知らない存在。

 どんな性格をしているのか、どんな人生を歩んできたのか、どんな力を秘めているのか……油断の出来ない存在に、わたしは警戒し続けていた。


『ランくんだったよね? 一体どんな子なんだい?』

『ロゼもーそれが気になってたー』

『そうねぇ……優しい子なのは間違いないわね。見た目はこんな感じよ』


 それは、わたしにとって有難い展開だった。

 全く想像することも出来ない相手……その正体を少しでも理解できるチャンスでもある。

 ミラ姉が見せてくれたのは、ミラ姉が見て来た記憶の一部……それを映像として外部へ映し出す魔法だ。


 そうして、わたしは初めてランくんの姿を見たんだ……。


『わあ……か、かっこいッ……』


 わたしは思わず漏れ出た最後の言葉を慌てて飲み込んだ。

 でも、しょうがないよ……本当にカッコいいって思っちゃったんだから……。


 邪神と化したグラちゃんに立ち向かう黒髪の青年。

 ミラ姉の視点で映る画面で青年はこちらへ振り返り笑顔を見せる。


 その笑顔が少しだけミラ姉に似ててね? さっきまでの不安が嘘のように小さくなっていったんだ……。


『ランくんカッコイイ〜!! それに、笑った時の顔が少しだけミラ姉に似てる気がする!!』

『優しそうに笑う……ミラお姉ちゃんにそっくり……』

『背丈は僕よりも少しだけ高いのかな? これなら一緒に剣の修行が出来るかも』

『でもー……魔力の色が違うー?』


 それで結局我慢できなくて声に出しちゃったけど……。

 でも、みんなもわたしと一緒で好印象だったみたい。

 この時、わたしだけが舞い上がってる訳じゃなくて安心したよ……。


 だけどね、それでも不安は残ってた。

 ちょっとだけどね? それでも不安が残っていることに変わりはない訳で、わたしはこの段階では、まだ少しだけランくんに警戒心を抱いていたんだ。

 だからこそ、このままランくんがわたしの前に現れるのなら、迷わず”認識阻害魔法”を使おうと思ってた。


 でもね?

 わたしは結局……それをしなかった。出来なかった。






『――家族っていうのはな……大切な存在なんだよ!!』


――あなたがグラちゃんの過ちを正す為に言った言葉に……わたしの心は大きく揺さぶられた。


『――大丈夫、ちゃんとグラファルトを救ってくるから!』


――あなたがグラちゃんを救う為に立ち向かう姿に……わたしの心は熱をもった。



”――さまー!!”


 そうして、わたしは思い出したんだ。


 それは長い長い昔の記憶……”冷酷なる氷”が生まれる前、みんなの笑顔を守る為に戦っていた――一人の氷の魔法使い。


 永久凍土の氷の中へと封じ込めていた……理想を目指したわたしの記憶。



”――まじょさまー!!”


 その魔法使いの周囲には、いつも笑顔が溢れていた。


”――氷結の魔女様、いつもありがとうございます!”

”ふっふっふ~!! みんな、大丈夫だった?”

”まじょさま、つよいー!!”

”ありがとー!!”

”お礼なんていらないよ! みんなはわたしの――”



――わたしの、家族も同然なんだからっ!


 それは、悲しき未来を知らないわたしの記憶。

 その先に待つ悲しい未来に耐える事が出来ず、全ての記憶を氷の中へと封じたわたしの物語。


 思い出した。


 思い出せた。


 確かに、みんなに責められて、悲しかった。

 どうして……? わたしはみんなを守る為に戦ったのに……って……。

 だからこそ、プリズデータ大国のお城に引き籠って、誰にも会わないと弟子やお城に居た全員に伝えていた。


 それからも、何人もの人が来たと思う。

 怒り心頭な人、石を投げる人、そのほとんどは新しくプリズデータに住み始めた人たちだった。


”安全だと聞いたから移住して来たのに……これからどうすればいいんだ!!”

”魔女に会わせろ!! 何もせずに城に籠りやがって!!”


 そうして、わたしを責める声は止まらなかった……。

 そんな声しかないんだって、ずっとそう思い込んでいた。



――でも、それは違ったんだね……責めて来る人ばかりじゃなかったんだ。

 ちゃんと……わたしに感謝してくれる人もいた……そう、ちゃんと居たんだ……。



”まじょさまはー?”

”ごめんね、氷結の魔女様はいまお休みしているんだ”

”そっかー……じゃあ、まじょさまにつたえて? たすけてくれて、ありがとーって!”


……。


”あの、これをアーシエル様に……”

”これは?”

”……私の家系は、代々アーシエル様の庇護下で暮らし続けてきました。それなのに……私達はあのお方に何もしてあげられない……せめて、私達が感謝していると知っていて欲しいのです。この手紙、届けてはくれませんか?”



…………。



”あ、あの……!! 魔女様は大丈夫なんですか?”

”申し訳ないが、氷結の魔女様に関してお話することは出来ません”

”ご、ごめんなさい……でも、それでも知りたいんです!! 私達には、あのお方が必要なのです!! いつも私達を笑顔で見守って居てくださるあのお方が……!!”






 そうだ、そうだった……。

 悲しい過去だけではない……幸せな過去もあったんだ……。


『……ッ』


 みんなにバレない様に、慌てて”認識阻害”を掛ける。


 こんな顔見せられない……幸せなのに、涙が溢れて来る……。


 それでも、必死に涙を拭って目の前に映るランくんの姿を見つめて……そして、それが過去のわたしと重なって、また涙が出て来て……。


”まじょさまー!!”

”アーシエル様!!”

”氷結の魔女様!!”


 ランくん……ランくんのお陰で思い出せたよ……。

 わたしがなりたかったモノ、ずっとずっと憧れていたモノ……笑顔を以て、大切なモノを守り抜く……そんな魔法使いになりたくて、わたしは魔女になったんだ。



『ありがとう……ありがとう、ランくん……』


 誰にも聞こえない様に、絞り出すように、わたしは小さく呟いた。

 まだ会った事もない、話したこともない、あなたへ向けて。

















「……」

「ほほう……よもや、そんなことがなぁ……」

「……そ、そのニヤけ顔をやめろおおおお!!」


 全てを話し終えたアーシエルは、その顔を真っ赤にして俯いていた。

 しかし、チラリと顔を上げ、その視線の先に映るグラファルトのニヤニヤとした笑みを見ると、両手を上げてグラファルトへと詰め寄る。

 そんなアーシエルを片手で制し、グラファルトはカカッと声を上げた。


「そうかそうか、藍の姿を見て自らの過去を思い出し、本来の自分を取り戻したと……良い話ではないか?」

「くっ終始ニヤニヤしながら言われても全く嬉しくないよ!! だから話したくなかったんだよー!!」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるグラファルト。

 そんな彼女を見て頬を膨らますアーシエルはプイッとそっぽを向いて話た事を後悔していた。

 アーシエルの様子を見て、流石にからかい過ぎたと思ったグラファルトは、咳払いを一つしてから謝罪の言葉を口にする。


「あーすまんすまん、お前からこういった話を聞く機会などなかったからなぁ……ついつい舞い上がってしまった」

「……もうニヤニヤしたりしない?」

「あ、ああ……多分……」

「……」


 曖昧な返答をするグラファルトに対して、アーシエルは何とも言えない顔をする。

 しかし、そこまで怒っている訳でもなかったアーシエルは仕方がないと割り切り再びグラファルトへと顔を合わせるのだった。

 顔を合わせて直ぐ、グラファルトはアーシエルに対して笑みを溢す。しかし、それはニヤニヤとしたからかう笑みではなく、相手を想い喜びを伝えるための笑みであった。


「それで? 本来の自分を取り戻したお前は、それからどう変わったのだ?」

「……今回の件で一度プリズデータに帰った時、お城のみんなに”アーシエル”として挨拶して来たよ」

「ほう……して、皆の反応は?」


 ここでいう、アーシエルとは”認識阻害魔法”を解除した状態の事を指す。

 グラファルトもその意味を理解し、本来の姿で挨拶をした時の周囲の反応についてアーシエルへ問う。

 その問いに、アーシエルは少しだけ俯き……優しい笑みを浮かべて答えるのだった。


「……みんな驚いてた。でも当然だよね? 今までは”認識阻害”で周囲を威圧してたのに、そんな人が突然帰って来たと思ったら”ただいまー!”って笑顔で言うんだもん。長生きの弟子も何人かの使用人も、みんなビックリしてた……」

「……だが、その顔を見るにそれだけではなかったのだろう?」

「……うん。みんなにね、ちゃんと説明したの。”今まで塞ぎ込んでいてごめんなさい、でももう大丈夫”って。そしたら、みんな泣いてた。お城に居る人たちってね? 長い間わたしと一緒に居た子達の子孫だから、多分親とか、おじいちゃんおばあちゃんとかから聞いてたのかもね。長生きしてる顔見知りの子達に関してはわたしに抱き着いて泣いてくれたよ。”おかえりなさい”って……」


 そうして、アーシエルはその瞳に涙を浮かべる。

 その脳裏にプリズデータ大国の王城を思い浮かべ……家族ともいえる者達を思い浮かべて。

 そんなアーシエルを見ていたグラファルトは、満足げに頷くとアーシエルに対して優しく声を掛けるのだった。


「……良かったな、アーシェ」

「これも全部、ランくんのお陰……ランくんには感謝してもしきれないよ……」

「なるほどな……そうして感謝の念を強く抱き、藍の事を想い続け、それが結果としてお前の初恋へと繋がったのか……」

「うっ……」


 図星であったのか、アーシエルはグラファルトの言葉に声を漏らし顔を赤らめる。

 そうして、自分にとって制空藍と言う存在の大切さと、自身が制空藍に対して抱いている感情が”異性としての好意”であると認めつつあるのだった。


「じ、自分でも単純だとは思うよ……塞ぎ込んでいた自分を救ってくれた相手に好意を抱くなんて……」

「これ、そんなに自らを卑下することは無かろう? 我だって似たようなものだからな」


 自らを貶める様な発言をするアーシエルに対して、グラファルトはその顔に苦笑を浮かべながらそう口にするのだった。

 そんなグラファルトの発言を聞き、アーシエルは制空藍とグラファルトがフィエリティーゼへ降り立った時から気になっていた事を思い出す。


「……そう言えば、ずっと聞きたかったんだけど」

「ん?」

「グラちゃんとランくんって……こ、恋人同士なの?」

「……ああ、そうか。そう言えば何も説明していなかったな」


 アーシエルの言葉を聞き、グラファルトは思い出したかの様にそう口にした。

 そして、何も知らないアーシエルに対して、ランと自分の関係性について説明を始める。


「我と藍は恋人ではない」

「え、そうなんだ。てっきり恋人なのかと――「夫婦だ」――へ?」

「だから、我と藍は夫婦だと言ったんだ」

「…………えぇッ!?!?」


 こうして、アーシエルは本日二回目となる体をのけ反らせながらの絶叫を上げる事となった。





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まさか、このエピソードがこんなに長くなるとは思いませんでした……。

アーシエルの初恋エピソードは次回で終わりの予定です。



そして、遅ればせながら累計PV数30,000回突破!!

本当にありがとうございます!!

沢山の方々に読んでいただき、本当に嬉しいです……。


これからも、本作をどうぞよろしくお願いいたします!!


                            炬燵猫

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