第82話 その氷は、静かに溶け始めた①
死への入り口と呼ばれる森の最北端、”氷結の魔女”アーシエル・レ・プリズデータは氷の亜空間からその姿を現す。
「……うっ」
氷の亜空間から飛び出し、地面へと足を付けたアーシエルはそのままの勢いで膝を着き自らの頭を両手で抱えて伏せてしまう。
(わ、わわ、わたし……何であんなことを……)
地面に伏したアーシエルの顔はこれでもかという程に赤面していた。
その原因は彼女が転移する少し前……姉であるミラスティアの孫の制空藍との出来事が関係している。
(二人の様子を見てて……それで、何してるのか気になって……それで……それで……)
アーシエルは必死に混乱している頭で考え続ける。
自分が何故あんな行動を……制空藍の腕に胸を押し付け色仕掛けの様な事をしてしまったのかを。
当初、彼女はそんなことをする予定ではなかった。
楽し気に会話をしている三人が目に入り、その会話に混ざろうと足を進めてそこで三人の会話の内容を聞いてしまう。
『ロゼお姉ちゃんより、私の方がお兄ちゃんのこと好きだもん……』
『むぅー、ロゼも負けないー』
制空藍に対して好意を寄せる姉と妹。そんな二人を見て、アーシエルは初めての感情に襲われていた。
(……あの時、何でわたし『負けたくない』って思ったんだろう……それに、何でランくんを見てこんなにドキドキして……)
「~~ッ」
そうして、アーシエルは制空藍の顔を思い浮かべてその顔を再び赤くする。
(というかチャンスってなに!? 何が何で何のチャンスなの!? わたし何であんなこと言っちゃったんだろう……。あと今日はこのくらいってなに!? 後日わたしは何をする気なの……もう~この気持ちはなんなんだよーー!!)
そう、アーシエルは何もわかっていないのだ。
制空藍に対して言った言葉の意味も、自分が何故あんな発言をしたのかも、自らが一切理解出来ていない状態なのである。
制空藍はそれを意味深な発言と思っている様だが、アーシエルからすればそれは咄嗟に出た言葉であって、記憶の中から探り出した一つのワードでしかないのだ。
そうしてアーシエルが激しい胸の高鳴りと若干の息苦しさを感じる最中、アーシエルの前方から雑草を踏む足音が響き始めた。
足音に気づいてはいるが、アーシエルは前を確認する事も出来ず、混乱する頭の整理を続けている。
次第にその足音は大きくなり、アーシエルの前方に一人の少女が姿を現した。
「ふぅ~楽しかっ……た?」
意気揚々と歩いていた少女は、アーシエルの姿を捉えるとその足を止め言葉を詰まらせる。
そうして、目の前の光景に慌てた様子で地面に伏しているアーシエルへと駆け寄るのだった。
「ッ!? ア、アーシェではないか!? どうした!! 何処か怪我をしたのか!?」
「うぅ……”グラちゃん”……」
アーシエルの事を愛称で呼ぶ白銀の少女――”魔竜王”グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルはアーシエルの肩を揺さぶり意識の有無を確認し始めた。
声の正体がグラファルトであると理解したアーシエルは、自らもグラファルトの事を愛称で呼び、今にも泣き出しそうな顔でグラファルトを見つめる。
「回復魔法では治らぬのか!? 待っていろ、いま皆を呼んで来る!!」
「うぅ……グラちゃああああん!!」
「うおっ!? こ、これ、止めんか!! 今から皆を呼びに行くと――」
「グラちゃんグラちゃんグラちゃん!! わたじ、わがんないよぉ……」
「……ど、どういうことだ? というか離れぬか馬鹿者!! 我はさっきまで血戦獣と戦っていて血まみれなのだ!!」
グラファルトは泣きながら自分の事を呼び続けるアーシエルを引き剝がそうと抵抗するが、がっちりとしがみついた状態のアーシエルを引き剥がすことは出来なかった。
そうして、グラファルトのアーシエルを宥めながらも自身から引き剥がそうとする攻防戦は、しばらくの間続くこととなった。
尚、質問に答えることなく抱き着いて泣き続けるアーシエルから何があったのかを聞くことが出来たのは、引き剥がすことに成功する数十分後の話である。
数十分が経過した同じ場所。
グラファルトは自身に”浄化魔法”を掛けると溜息まじりに目の前にいるアーシエルを見る。
「うぐっ……うぅ……ひぐっ……」
「……はぁ」
グラファルトの目の前にいるアーシエルは”浄化魔法”を掛けることなく、グラファルトに付着していた返り血を浴びた状態で尚も泣き続けていた。
「おい、いい加減泣き止まんか!!」
「うぅ……ごめんなさい……」
「別に怒っているわけではない、お前が泣いている理由を知りたいだけだ。ほれ、こっちへ来い、汚れを落としてやる」
「ありがとうグラちゃん……」
仕方がないと再び溜息を吐き、グラファルトは膝を立ててのそのそと近づいて来たアーシエルに”浄化魔法”を掛ける。
そうして、身綺麗になったアーシエルの頭を撫で泣き止むまで宥めるのだった。
「綺麗になったぞ。……それで、一体何があったのだ?」
「じ、実はね……」
そうしてアーシエルはグラファルトに話し始める。
制空藍との間にあった出来事を、自身の心の中に生まれた未知ともいえる感情を、隠すことなくゆっくりと話し始めたのだ。
そんなアーシエルの話を、グラファルトは横やりを入れることなく聞き続けた。
適度に頭を撫でながら、子を見守る親の様に話に耳を傾ける。
そうしてグラファルトは、アーシエルに何があったのかを理解する事ができ、話し終わったアーシエルはグラファルトの言葉を待っていた。
しかし、グラファルトは何も言うことなく唯々神妙な顔をして首を傾げ続けている。
そんなグラファルトの様子を見ていたアーシエルは、次第に落ち着きがなくなりそわそわと肩を揺らし始め……結局、我慢する事が出来ず自から声を掛けるのだった。
「グ、グラちゃん……何か言ってよ……」
「うむ……いや、なぁ……? 何と言えばいいのか……」
グラファルトは落ち着きのないアーシエルを見て苦笑しながらにそう言った。
「まず聞いておきたいのだが……お前に異性の友は居るのか?」
「い、異性の友達? そんなの居ないよ……?」
「そうか……ならばそう言った感情を抱く機会がなかったと言う事か……いやはや、我の旦那様は随分とモテるのだなぁ……」
「え? グラちゃん、今なんて言ったの?」
異性、つまりは男友達が居ないと答えたアーシエルに、グラファルトは納得したように頷きながら小さな声で呟いていた。
その声はアーシエルには届かなかったらしく、何を話しているのか気になってしょうがないアーシエルはグラファルトへと一歩詰め寄り耳を傾ける。
「ああいや、気にすることは無い。そうだな……アーシェ」
「う、うん……」
詰め寄るアーシエルにグラファルトは慌てて下がるように促すと、その姿勢を正しアーシエルの名前を呼んだ。
その真剣な眼差しに思わずアーシエルも姿勢を正し膝を折り曲げグラファルトを見つめる。
「まず、これはあくまで我の憶測だ。だから、我の言葉の全てを鵜吞みにするのではなく、我の言葉を頭に入れて、もう一度自身の気持ちと向き合って欲しい。そうすれば、自ずと答えが見えて来るであろう」
「んん? よくわかんないけど……グラちゃんの話を聞いた後でもう一回考えればいいの?」
「うむ……まあ、我の憶測で間違ってはいないと思うが……それでも、その気持ちは自分で明確にするしかないと思うからな」
グラファルトはそう言うと穏やかな笑みを浮かべてアーシエルへ微笑みかけた。
アーシエルはいまいち理解していない様子ではあったが、グラファルトの言葉に頷き了承をする。
「では、我の話を始めよう」
「よ、よろしくお願いします!!」
「……何故お前が爆炎と新緑の言葉を聞いて”負けたくない”と思ったか、何故お前が藍に対して過度な接触を図り、胸の高鳴りを覚えたか……それはな……」
「そ、それは……?」
ゆっくりと語り出すグラファルトの言葉に、アーシエルは身を乗り出す勢いで聞き入っていた。
そして、途中で間を置いたグラファルトを急かす様に、アーシエルはグラファルトの最後の言葉を繰り返す。
そんなアーシェを見てグラファルトは小さく笑みを溢すと、その頬を微かに赤く染めて過去の自分を思い出すのだった。
そうしてニッと笑みを浮かべてアーシエルにその答えを突き付ける。
自らも経験した、その温かく心地の良い感情を表す言葉を。
「ははっ……アーシェ、お前は藍に――”恋”をしたのだ」
「…………えぇッ!?」
グラファルトの言葉を聞いて、アーシエルは思わず後ろへとのけ反る。
そうして”恋”と言う言葉を聞いたアーシエルの顔は、見る見るうちに赤くなっていくのだった。
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ちなみに、グラファルトと六色の魔女達の友好度は↓の様になっています。
―グラファルトと魔女達の仲良し度―
・ミラスティア→ 仲は良いぞ? 親友だ。ちょっと怖いけど……。
・フィオラ→ 何度か顔合わせをして、人間と竜種がどうすれば交友を深めることが出来るかなどを話し合ったな。それなりに会話はしたぞ?
・ロゼ→ こやつは全くわからん……基本的に引き籠っているらしく、我の所へ来たことはなかったぞ?
・アーシエル→ 最初は警戒心が強く中々本心を見せぬ奴ではあったが、次第に打ち解けて仲良くなったぞ。どうやら我の事を友として認めてくれたらしい、我も最高の友だと思っている。
・ライナ→ 栄光のやつより頻度は少なかったが、それなりに話の出来る奴だな。我はそういう事に関して詳しいわけではないが、女子に好かれそうな奴だと思う。
・リィシア→ ……我は仲良くしたいと思っておるぞ? 常闇の奴に連れられて何度か面倒を見ていたこともある……だがなぁ……全く話をしてくれないのだ!! 何なのだ!? 我、悲しいぞ!?
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