第81話 一年目:言ってはいけない言葉




――異世界転生4日目。


 ロゼによる新居の建築作業は明日から行われるらしい。

 全てを一人でやるつもりらしいので、暇……というより、なるべく修行とか修行とか修行とかから逃げ出したいと思っていた俺はロゼに手伝いを申し出た。

 ……いや、もちろん本心から手伝いたいとも思ってるよ?


 しかし、現実は時に非情である。

 ロゼに手伝うと伝えたのだがキッパリと断られてしまった。

 こうなったら土下座でもして”手伝わせてください”と頼み込もうかとも悩んだのだが、『ロゼねー、みんなが住む家を一人で一から作るのー、昔からの夢だったんだぁー』と言う何とも可愛らしい発言を受けてそれ以上は何も言えなくなってしまう。

 俺はロゼの言葉に『頑張るんだぞ』と返して、寝癖のついた茜色の髪を優しく撫でた。


 ちなみに、完成予定日は三日後だと言う。

 それは流石に無理なのでは……と思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 口で説明するよりも見て貰った方が早いと言い、ロゼは自分や他のみんなが寝泊まりする小屋を俺達の小屋がある場所へと増築し始める。

 ……その光景は、地球で行われている建築とはかけ離れたものだった。


「ほーい、ほいっ、次はーこっちだねー」

「……大工さん見たら泣いちゃうな、これは」


 目の前で楽しそうに建築をするロゼは、工具を手に持ったりなどしない。その手には茜色の炎の様な魔力が宿り手首から上を包み込んでいる。そして、燃え盛る炎の様な亜空間を開きっぱなしにしたロゼは、右手を亜空間へと翳し始めた。

 すると亜空間から木材や鉄製の釘? の様な物が沢山現れる。恐らく建築で使う材料なのだろうが他の物は名前どころか見たこともない物で、地球にもあるのか分からない物ばかりだった。


 建築現場なんてほとんど見たことないからな……通り過ぎてもなんかシートで覆われてる事が多かったし。


 そうしてあっという間に材料と出し終えると、ロゼは翳していた右手を移動させ、更に左手も追加してそれぞれの手を左右バラバラに動かし始めた。

 ……なんかあれだ、手を動かすロゼの姿はさながら指揮者の様だ。


「~~♪」


 楽し気に手を動かし続けるロゼ。そうしてロゼが手を動かす度に、指先から茜色の魔力が材料へと伸びていき、次第に空中へと浮いて行く。

 浮いた素材はそのまま移動を始めて、瞬く間に小屋の形を作り始めた。

 小屋の形になった木材は魔力で固定されているのか微動だにせず形を保ち続けている。そして、そこへ釘やその他の材料が運ばれていき魔力によって作られたハンマーや工具らしきものが表れ瞬く間に木材へと釘などを打ち付けて行った。


 そうして完成した一つ目の小屋。

 それを一目確認し終えたのちに、ロゼは次の作業へと移っていく。


「わー!! 久しぶりに見たけど、やっぱりロゼ姉の仕事は早いねー!」

「ロゼお姉ちゃんの家……評判良いから好き」


 俺がロゼの作業を見ていると、いつの間にか左右へ来ていた二人がそんな声を漏らす。

 右側へと来たアーシェは元気いっぱいといった感じで右手をビシッと額へと翳して、キラキラとした空色の瞳で小屋を見ていた。


 うん、やっぱりアーシェにはこういう元気な笑顔が良く似合う。

 あんな寂しそうな顔は、なるべくさせたくないな。


 楽しそうにロゼの作業を眺めるアーシャに満足した後、俺は左側へと視線を移した。

 そこには、俺の手をぎゅっと握るリィシアの姿があるわけで……。

 果たして、どうして俺はこんなにもこの子に懐かれたのだろうか? グラファルトの話だとミラの血を継いでいるからだと言うが、本当にそれだけでこんなに懐いてくれるものなのか?

 六人の中で、圧倒的にスキンシップが多いのはリィシアだ。

 隙あらば抱き着いたり手を握ったり顔を擦り付けたりして来る。その様子は幼い見た目と相まって小動物の様で可愛らしいのだが、されているこっちとしては多少の気恥ずかしさがあり困りものである。


「……?」


 俺がずっと見ていたのに気づいたのか、リィシアはこちらへと顔を向けてその碧色の瞳でこちらを見つめ首をコテンと傾げていた。

 今気づいたけど、繋いでる手と逆側の手には紫色のウサギのぬいぐるみ握られていて、俺と同じように手を繋いだ状態になっている。

 そんなリィシアに何でもないと言う意味合いを込めて笑みを作ると、リィシアはニコッと可愛らしい笑みを浮かべて、”何故か指を絡めて”手を繋ぎ直した。


 ぐっ……なんだこの可愛い生き物は……。

 ダメだ、恥ずかしいから離れようなんて絶対に言えない。

 そんなことを言ってしまったら、泣かれる未来が確定してしまう気がする。


 そうして俺は多少の気恥ずかしさを感じながらも、三人で一緒にロゼの作業を見守り続けることにした。



 ちなみにグラファルトは”暇だから血戦獣と戦って来るぞ!!”と言い結界の外へとお出かけ中である……戦闘狂なのかな?













 ロゼによる増築作業は一時間程で終わってしまった。

 俺が寝ていた小屋を含めた四つの小屋が綺麗に並んでいる。どうやら魔女である六人は二人ずつに分かれて使用する様だ。

 そう言った場合、基本的には長女と次女、三女と四女と言った感じにペアを組み過ごすのだとか。


「見たかー、これがロゼの力だー」

「うん、凄いなロゼは」

「むふぅー」


 えっへんと言わんばかりに腰に手を当ててそう告げるロゼであったが、その独特の伸ばし口調の所為かいまいち威張り切れていない……。

 そんな可愛らしくも見える彼女を褒めながら、俺はロゼの頭を撫でた。


「こんな感じで作るからー、三日間やり続ければ終わるよー」

「大丈夫なのか? 疲れたりするだろうし、もっとゆっくりでも良いんだぞ?」

「だーいじょうぶー、ロゼ魔力いっぱいあるからー」


 撫でる手の動きに合わせて茜色の頭を揺らすロゼは両手でピースを作りそう言った。うーん、確かに六色の魔女達は強大な魔力を保有しているって聞いてるけど……。


「……わかった。でも、無理はしないでくれ。疲れたと思ったら直ぐに休憩して休むんだぞ?」

「わかったー……えへへ、ランは優しいねー、ロゼー、ラン好きだよー」

「お、おお……ありがとう?」


 凄いド直球な告白をされ、思わず顔が熱くなる。

 何だろう、やっぱりリィシアといいロゼといい、六色の魔女達の俺に対する好感度が高い気がするんだが!?

 うーん……まさかとは思うけど、ファンカレアみたいにずっと見守ってたとか、そんなことは無いよね? 流石にそれはないと思いたい。


 そうして俺の胸元辺りへと抱き着くロゼに続き右側から何かかぶつかって来る。その正体は頬を膨らませたリィシアであり、不満げにこちらを見つめていた。


「ロゼお姉ちゃんより、私の方がお兄ちゃんのこと好きだもん……」

「むぅー、ロゼも負けないー」

「こらこら、二人して顔をグリグリするな……離れて……」

「「いやだー!!」」


 どうやら、ロゼに好きと言われて赤くなる俺を見ていたらしい。

 それにヤキモチ? の様なものを抱いたと言う事か……。

 譲る気のない二人は俺から離れることはなくロゼは胸元辺りに、リィシアは横腹に顔をくっつくてグリグリと押し付けて来た。


 いや、やめろよ!?

 リィシアの場合はくすぐられてるみたいでむず痒いし、ロゼに至っては頭のゴーグルが当たって地味に痛い……。

 そんな二人をどうしようかと悩んでいると、空いている左側へ誰かが近づいてきているのに気が付いた。

 足元を見ると、そこには分厚い膝元まであるブーツが見える。その靴を履いている人物は俺の知っている中でアーシェ以外には存在しない。


「良かった……アーシェからも離れる様に言って――え?」


 近づいて来た人物がアーシェだと気づいた俺は、下の方で抱き着く二人を離すのを手伝ってもらおうと声を掛けたのだが、俺が話しかけている途中でアーシェは俺の腕へと抱き着いて来る。


「ア、アーシェさん……?」

「……わたしも、ランくんが大好きだよ」

「~~ッ!?」


 俺の腕へと抱き着いたことによって、アーシェの柔らかい膨らみの感触が伝わってくる。

 更にそれだけではなく、少しだけ背筋を伸ばしたアーシェは俺の耳元へと顔を近づけて、普段の口調とは違う色気を感じさせる妖艶な声で囁いて来た。

 ロゼやリィシアとは違う、少しだけ大人びたルックスと顔立ちをしたアーシェによる告白は、俺の理性を物凄い勢いで壊そうとしている。


「な、なな、何を言って……」

「……本当だよ? ランくんがこっちに来る前にね、ミラ姉から記録としてランくんの姿を見せて貰ってたんだ~。その時にすっごくカッコいいなぁって思ってたよ?」

「そ、そうなんですか……」


 まずい……アーシェが囁く度に体が少しだけ震えてしまう。

 それに至近距離まで近づいているアーシェから、香水か整髪料かはわからないが、滅茶苦茶いい匂いがする。

 今の俺、絶対に顔赤くなってるよ……。


「ふふっ、その反応からして……わたしにもチャンスはありそうだね~」

「なっ!?」

「でも、今日はこのくらいにしておこうかな? ランくんを困らせたくはないからねっ」


 意味深な発言をした後、アーシェはにっこりと笑みを浮かべて俺の腕から離れ一歩下がる。

 そして、俺にウインクと投げキッスをした後、何処かへと消えてしまった。


「……」


 今のは、一体何だったんだろうか……いきなりの事で頭が混乱してしまっている。

 これは夢なのではないかとも思えるが、微かに残るアーシェの膨らみの感触と囁かれた耳の熱さが現実だと教えて来る。

 そうして、アーシェの顔を思い浮かべて浸っていると……下の方から何か圧迫されるような気配を感じた。


「……ラン?」

「……お兄ちゃん?」


 唸るような二人分の声にゆっくりと視線を向けると、そこにはこちらをジーッと睨むように見るロゼとリィシアの姿があった。


「お兄ちゃん……鼻の下伸びてる」

「ふ~ん……ロゼたちにはー、そんなに照れなかったのにね~」

「へっ!? いや、ちょ、待て!! 痛いからそれ止めて!!」


 恨めしそうにそう言った二人は、抱き着いていた手に力を入れ始める。

 抱きしめる様にしがみつくロゼの力は想像よりも強く、ギシギシと骨が軋む音が聞こえて来た。

 それに負けずと、リィシアは横腹を思いっきり抓って来て、先程までのむず痒さは無くなり、代わりに激痛が走り始める。


 痛いと告げて止めて貰おうと思ったのだが、二人は止めることなく憑りつかれた様に俺への攻撃を続けて来た。


 まずい……何か弁明を……。

 そう思って、焦っていた俺は――言ってはいけない言葉を口にしてしまう。


「違うんだ!! ロゼとリィシアは見た目がおさな――ハッ!?」

「……ふ~ん」

「……そう」

「ご、ごめんなさい……間違えました……」


 気づいた時には遅く……二人はその言葉を聞いた瞬間、ピクッと体を跳ねさせてその動きを止める。

 しかし、それで俺が救われた訳ではないことは、二人のハイライトの消えた瞳を見て直ぐに分かった。

 そうして、震える声を抑えて謝罪を口にするが……


「~~~~~ッ!?!?」


 にっこりと口元だけで笑みを作った二人は完全に座った目でそれぞれの正面へと向き直すと、先程まで行っていた行為を更に力を強めて再開し始めた。


 初めて感じる痛みに、俺は声にならない声を上げる。

 ヤバイ……これ、邪神に腕を切り落とされた時より痛いかもしれない……。


 こうして二人は、獲物を狩ってホクホク顔で帰って来たグラファルトが止めてくれるまでの間、俺が気を失わない様に回復魔法を掛けながら同じことを繰り返し続けるのだった。



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