第80話 一年目:帰れる場所




 ロゼが書いた設計図を見ていた俺は、そこで初めてみんなと暮らすことになると言う事実を知る。

 俺が慌てて右隣の方へ顔を向けると、そこには俺の顔を見て首を横へ振るグラファルトの姿があった。

 どうやらこのことについて知らなかったのは俺だけではないらしい。


「えっと、ロゼ? みんなと住むのはもう決定事項なのかな?」

「ダメー?」

「いや、ダメじゃないけどさ……そもそも、みんなは今までどこに住んでいたんだ?」


 この世界の住人である六色の魔女達、いや、正確にはミラはもう違うのだろうけど。他の五人は長い年月をこの世界で生きてきたはずだ。

 となれば必然的に住み慣れた家もある筈だと、そう思い三人に対して聞いてみたのだが……何故か、魔女である三人はそれぞれに浮かない顔をしている。

 そうして、ロゼはこちらを見上げた状態で話し始めた。


「ロゼたちねー、もうお家ないよー?」

「それは、どうして……」

「王様辞めてからーずっと家ないー」

「ランくん……わたし達ってね? 国王として過ごしていた時は、形だけの住処として用意された王城を使ったりしてたけど、住み慣れたお家なんてないんだよ……」

「……昔に、みんな離れ離れになった」


 ロゼに続くように他の二人も寂しそうな顔をしながらそう呟いた。


「それについては我も常闇から聞いている」

「……グラファルト」

「遥か昔の話だ。かつてまだ国が存在しない頃、六色の魔女達は<使徒>としての役目を果たす為にそれぞれの大国を作り上げた。ここだけの話ではあるが、常闇の国もあったのだぞ?」

「……そう言えば、そんな事を言っていた気がする。元アルヴィス大国の建国者だって」


 あれは確か五年前だったよな?

 初めてミラと出会った日、自己紹介の時にそんなことを言っていた。

 でも……。


「元っていう事は、今は存在しないってことだよな?」

「……そうだ。常闇の建国した国は数十年という短い年月でその歴史を終えた」

「それは一体なぜ……」


 ミラは決して賢くないわけではない。

 その才能を活かせば、良い国が出来ると思っていた。

 一体、ミラの建国した国で何があったのだろうか……。


「――【闇魔力】の力に溺れた、愚かなる民の暴走」

「ッ……」

「お前はこの世界には基礎となる六色の魔力があるのは知っているか?」

「あ、ああ……」


 それはミラから教わっていた。


 【赤魔力】【青魔力】【黄魔力】【緑魔力】【光魔力】【闇魔力】


 それはフィエリティーゼに存在する人々が必ず一つは所持していると言う魔力色だ。


「この世界にはそれぞれの魔力色を持つ者が存在していた。しかし、それは過去の話であり今は違う。この世界にはな……もう【闇魔力】を持つ生命体は存在しないのだ」

「……存在しない?」


 そうして俺が思い出していたのは、ミラの言葉であった。


”……フィエリティーゼで生まれた者は必ず一つだけ六属性の何れかを所持しているわ。でも、【闇魔力】はもう私しか使える人がいないから、向こうに行っても誰にも渡しちゃダメよ?”


 それは思い出した過去の記憶の断片。

 邪神に攫われた時に見たミラとの会話で出て来た話だった。


 てっきり希少なスキルなんだと思っていたけど……どうやら、そういう訳ではないらしい。


「かつては多くの【闇魔力】を所有する者が居た。それこそ、アルヴィスと言う名の国が出来る程にな。国王である常闇は他の魔女達と同様に国の発展へと勤しんだと言う」

「ミラ姉が居た頃はねー、わたし達の六人で同じ家に住んでたんだよ? まだ国を作り始めて日が浅いから、沢山話し合って互いに支えて行こうねって……あの頃は楽しかったなぁ……」


 グラファルトの言葉に続いて、アーシェは過去を思い出しているのか儚げに笑みを浮かべている。


「ミーアはねー、みんなにお任せしてたのー。困ってる人が居たら助けるけどー、無理やり何かをやらせようとはしなかったんだよー」

「……ミラお姉ちゃんは優しいから。私の国でも人気だった……」

「……そっか」


 何となく想像は出来る。

 ミラって人の世話を焼くのが好きなのか、色々と教えてくれたり付きっ切りで指導してくれたり、相手を想って行動することが出来る人だから。

 俺はまだ接する様になって短い方だけど、それでもミラから教えて貰った事は沢山ある。


「だが、それも長くは続かなかったのだ」

「……さっき言っていた”愚かなる民の暴走”ってやつの事か?」


 神妙な面持ちのグラファルトは、俺の言葉に頷くと一呼吸置いて話しを始める。


「【闇魔力】という存在は他の魔力色とは違う異質な存在だった。宿主に干渉しその力の在り方を変えて行く、強大な力を手にする代償としてその人格を変貌させていったのだ」

「……」

「他者を見下し、自らを強者だと己惚れる。そうして【闇魔力】の力に魅了された愚かなる国民達は、国の発展させることを放棄し他国への侵攻を始めた。当然、他国は抵抗したが【闇魔力】の力は強大であり一方的に攻め込まれる事がざらであったと言う」


 そうして侵攻を始めた【闇魔力】を持つ者達に、多くの人々が殺されてしまったのだとか。

 慈悲無き残虐な侵略行為に、他国の人々は恐怖したという。


「しかし、それを良しとしなかった者が居た……それは闇の王、アルヴィス大国の主である常闇だ」

「ミラ姉は女神様の所に行っててね、【闇魔力】を持っている人たちが他国へと侵攻している事なんて知らなかったんだよ……だから、戻って来て直ぐに行動に移った」

「……常闇は殺して行ったのだ。【闇魔力】を持つ者の力を奪い、それでも抵抗を続ける者達を見逃すことなく殺し続けたらいし」


 アーシェの泣きそうな顔を見て、俺は何とも言えない気持ちになった。

 そうしてアーシェを見ていると、俺の腹部に何かが当たる感触が伝わってくる。

 視線を下へ向けると、椅子の向きを変えたロゼが座ったままの状態で俺の腰に手を回し抱き着いていた。

 何事かと思い声を掛けようとした時、俺はロゼの体が微かに震えていることに気づいてしまった。

 そうして、ロゼは震える声で当時の事を小さく呟き始める。


「……ミーア泣いてた。何も悪くないのに、ロゼたちに何回も謝って泣いてた。みんなで集まってた家も、戦いの中で壊れちゃって、もう帰れなくなったの」

「ッ……」

「それからミーアずっと戦ってた、【闇魔力】を持ってる人を全員殺すって、それで女神様にお願いして、もう二度と”【闇魔力】を持つ人が生まれない様にしてもらう”って言ってた……ロゼたち、何度も声掛けたけど、ミーア一人で行っちゃった」


 ロゼの声を聞いて、その悔しさや、悲しさ、寂しさが伝わってくる。

 多分、ロゼは泣いているのかもしれない。

 過去を思い出して、堪えられない感情が押し寄せて来たのかもな。


 ふと、視線を正面へと向けると、視界の左隅にリィシアの姿が映った。

 リィシアはいつの間にか取り出していた紫色のウサギのぬいぐるみを取り出して、それを胸の辺りで抱きしめている。

 その瞳には涙が溢れていて、今にも零れそうだ。


 そうしてリィシアを見ていると彼女と目が合った。

 俺は泣いてるリィシアを放って置くことが出来ず、”こっちにおいで”という意味を込めて手招きをする。

 俺が手招きをしたことに気づいたリィシアは転移を使い、俺から見て抱き着くロゼの左側へと移動するとぬいぐるみを抱えたまま俺の傍へと寄って来た。


「……私たち、それからずっと離れ離れ……時々会うことはあったけど、国を離れることが出来なくて、ミラお姉ちゃんも……居なくなって……それで……」

「……大丈夫、もう大体の事は分かったから。話してくれてありがとう。ロゼ、リィシア」


 大粒の涙をポロポロと溢しながら話すリィシアと、未だに腹部へと抱き着いているロゼにお礼を言い、俺は二人の頭を優しく撫で続けた。


 そっか……寂しかったのか……。

 家族と過ごしていた家が無くなって、大切な姉も姿を消した。


 もしかしたら、ロゼは嬉しかったのかもしれないな。

 ミラから家を作って欲しいと言われた時、二人がどんな会話をしたのかはわからないけど、書かれている設計図は本当に綺麗なモノであり、その細かな設計はロゼの本気度合いを伺わせる。


 なら、俺が言うべきことはもう決まったも同然だよな。


 そうして自分の中で答えをまとめた後、グラファルトの方を見る。

 グラファルトは俺が設計図を眺めていた所を見ていたのか、俺と目を合わせると柔らかな笑みを浮かべて”お前と同じ気持ちだ”と口パクで伝えて来た。


 その言葉に頷いて、俺は二人の方へと視線を下げると、ゆっくりと声を掛けた。


「……なあ、俺の部屋って何処になるんだ?」

「ぐすっ……ランの部屋ー……?」

「うん。”お前たち六人の部屋”は分かったから、俺の部屋が何処になるのか教えてくれないか?」

「ッ!? ……わかったー!」


 俺の言葉の意味を理解したのか、顔を隠していたロゼは勢いよく顔を上げると、満面の笑みを浮かべて設計図を捲り始めた。

 その様子を左側から見ていたリィシアはいまいち理解できていない様子だったので、俺はリィシアの耳元へ近づいて、優しく声を掛けた。


「……お兄ちゃん?」

「――楽しみだな、みんなの家が出来るの」

「……ッ……いいの?」

「もちろん、これからはここがリィシアにとっての帰る家だよ」

「……みんなもいる?」

「ああ、ミラもフィオラもロゼもアーシェもライナも居るぞ? みんな一緒だ」

「……そっか……みんな一緒……嬉しいねっ」


 その目には涙が溢れていたが、口元には満面の笑みを作っている。

 幸せそうに笑うリィシアの頭を撫でながら、俺はロゼの説明を聞いていた。

 右側にはグラファルトとアーシェが居て、一緒になってロゼの話を聞いている。


「ここがねーランの部屋でねー、こっちがねー、グラの部屋ー!」

「ん? ”グラ”とは我の事か?」

「そうだよー、ダメー?」

「……いいや、そう呼びたいなら構わぬぞ」

「えへへ、ありがとー」

「ねぇねぇ!! 早く続きを教えてよ~!!」

「アーシェお姉ちゃん、静かにして……」

「うっ……リアちゃんが辛辣だ……ランくん慰めてー!!」


 先程のしんみりとした雰囲気は一気に吹き飛んだ。

 楽し気に笑うみんなを眺めながら、これからの生活について考える。


 最初は森での生活なんてどうなることやらと思っていたが、こうしてみんなと楽しく過ごせるのなら良いかもしれないな。


 こうして森に建てられる家の説明は続いて行き、数日後、ロゼの力によって家はあっという間に完成する事となる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る