第78話 一年目:初めての異世界料理




 グラファルトの言っていた通り、外側から見た小屋は本当に簡素で小さな物だった。

 10平米あるかないか、そのくらいの大きさに見える木製の小屋。

 どうやらこの世界にもガラスや釘、そして鉄なども存在しているらしく、ドアを正面として両サイドの壁には窓が設置され、小屋の四隅や木材と木材の接触する部分はしっかりと固定されていた。


 小屋の中に居た時はそんなに狭い感じがしなかったけどな……。


 中に置いてあったキングサイズのベッドなら四つくらい余裕で入るくらいには広い空間だったように思える。

 そんな風にふと感じた違和感を考えながら小屋を見ていると、お昼ご飯を持って帰って来たリィシアが俺の腰元に抱き着きながら丁寧に教えてくれた。


「……空間魔法。ミラお姉ちゃんの得意分野で、指定した空間の概念に干渉をしてその広さを自在に操る事が出来る」


 リィシアの説明によると俺の感じていた違和感の正体は、ミラによる空間魔法が関係している様だ。

 要約すると、空間魔法を使い小屋の内部の空間へと干渉をしてその広さを拡張しているらしい。

 外から見ればただの小さな小屋だが、内部はホテルのスイートルームの様に広い。


 そうして違和感の理由を知り満足した俺は、説明をしてくれたリィシアにお礼を言った後、彼女の手を取り皆が待っている泉の畔へと歩き始めた。






「――あら、問題児が来たわね」

「問題児って……」


 リィシアと畔まで歩いていると、視線の先に円卓が見えて来る。

 そこには俺達以外の六人が既に座っていて、その中の一人であるミラは俺を見て悪戯っぽく微笑みからかって来る。


 どうやら、グラファルトに何度も説教されている俺はミラにとって問題児扱いの様だ。

 ミラ達が戻ってきたのは数十分程前の事である。

 扉を開けて様子を見に来た六人は、仁王立ちをして大声で叫ぶグラファルトの前で正座をさせられた俺を目撃して、ミラは愉快そうに笑みを溢し、フィオラとライナは苦笑を浮かべていた。

 そして、アーシェとロゼは『仲間だ―!!』と叫び両手を上げて喜び始め、リィシアは特に反応を示すことなく俺の方へと近づき抱き着いていた。


 これも外から小屋を見ていた時にリィシアから教えて貰った事なのだが、アーシェとロゼは六人の中で一番問題を起こす二人らしく、ミラとフィオラによく怒られていたのだとか……。

 ロゼは実験と称して家屋を破壊したり、まだ建国して直ぐの頃に仕事をさぼったりして怒られ、アーシェに関しては日々転々と移動しその周囲への被害を考えることなく、凶悪な魔物とよく戦い続けていたそうだ。



 その話を聞いて、俺が何とも言えない複雑な感情を抱いたのは言うまでもない。

 『仲間だ―!!』と言った時の二人のニヤリとした笑み……あの顔を思い出すだけで何も言い返せない自分が嫌になる……!!


 今後はもっと気を付けて生きて行こう。

 俺はあの二人とは違うのだ。


「なんだろう……ランくんからの熱い視線を感じる!! これはあれかな!? わたしの隠しきれない魅力にやられて見惚れてるのかな!?」

「ロゼもーいっぱい見られてる気がするー? モテる女の宿命だー」


 俺の心境を知る由もない二人は、俺が見ていた事に気が付くとそれぞれ見当違いな発言をし始めた。

 アーシェは両手を顔の前に持って来て掌をこちらへ向けると、右手を上に左手を下へと構えて眩しいと言わんばかりのポーズを取っている。

 アーシェの隣ではロゼが両頬を両手で抑えて顔を赤らめ笑みを浮かべている。


 二人以外の女性陣は特にそれに反応することなくせっせと食事を並べていた。

 うん……そうだよな、俺とミラのやり取りを聞いていた訳だし問題児の二人以外は俺がアーシェとロゼを見ていた理由に見当がついているのだろう。


「……はい、これ」


 俺が二人の言葉に何とも言えない状態でいると、俺の右隣りに座るリィシアがお昼ご飯が入っているのだろう茶色い紙袋を手渡してきた。


「ありがとうリィシア、これには何が入ってるんだ?」

「……お兄ちゃんのご飯、暴れ牛のお肉と野菜をパンで挟んだやつ」


 アーシェとロゼをスルーしてリィシアから紙袋を受け取り中身について聞いてみると、どうやらサンドイッチの様な物らしい。

 温かくなっている紙袋を開けて中を見てみると白い紙の様な物で包まれた二つの細長い何かが入っていた。恐らくこれがサンドイッチなのだろう。形からしてフランスパンタイプなのかな? 一つでも足りそうだけど、多分男である俺の事を考慮して二つ用意してくれたんだと思う。


「あ、あれぇ~……なんか無視されてる気がする……こうなったら、ランくんの傍へ行ってもう一回言った方がいいかな!? どう思う、ロゼ姉?」

「んー? ご飯食べるー」

「うぇっ!? そ、そっか……相変わらず切り替えが早いんだね……」


 二人の事をスルーしつつも様子を伺っていると、アーシェは再度俺へと話し掛けようとしていたみたいだが、一方のロゼはさらっとアーシェに返事をするとフィオラから紙袋を受け取ってその中を覗いていた。

 そんな様子のロゼを見たアーシェは呆気にとられたのか、それ以上この話題で俺へと声を掛けてくることは無く、ロゼ同様にフィオラから紙袋を受け取りその中身を確認し始めた。


 俺がそんな二人の様子を眺めていると、今までのやり取りを見ていたミラが苦笑混じりに俺へと話し掛ける。


「気にしなくていいわよ? ロゼとアーシエルは基本的にマイペースだから」


 どうやら、これが二人の通常運転らしい。

 話題がコロコロと変わったり、話が盛り上がっていると思ったらいきなり何処かへ行ってしまったり、いつもそんな感じなのだとか。


 答えずらかったからと言ってスルーしてしまった事に関して、多少の罪悪感を抱いていたが、それならまあ良いのか……?

 二人が楽し気に食事を並べているのを確認して、俺はそれ以上考えるのを止めて同じように紙袋から二つの包みを取り出すことにした。

 そうして全員が食事を並べ終わり、フィオラの『それでは頂きましょう』と言う一声を合図にそれぞれが包みを開けて食事を始めた。


 さて、暴れ牛と野菜って言ってたから変なモノは入ってないと思うけど……。


 他のみんなとは違い、フィエリティーゼへと降り立って日が浅い俺にとってこの食事は特別なものである。

 なんせ、異世界に来て初めての料理だからな。

 ミラが出してくれてたお茶請けも日本製、つまりは地球で購入したものだったらしいし、これが異世界の初めての食べ物……正直不安だ。


 俺は恐る恐る白い紙を外してその中身を確認してみる。


「おお……ごくっ」


 中身を見た俺は、思わず声を漏らし喉を鳴らしてしまう。

 手に伝わる感触的にやっぱりフランスパンに近い綺麗な焼き色の付いた固めのパン。その中にはレタスの様な緑の葉に、細切りにされた白や橙といった野菜が彩りよく挟まれている。

 そして、必然的に流れる様に視線を奪われてしまうのが、野菜の中央にでかでかと挟まれた分厚い肉だった。


 暴れ牛……どんな物なのかと思っていたが、これって凄く良いお肉なんじゃないか!?


 圧倒的な存在感のある厚さにして親指の第一関節くらいはあるであろう暴れ牛の肉は、焼き方がレアなのか外側がしっかりと焼かれ、内側はまだ赤い状態だった。

 赤い部分には油と思われる白い霜が入っていて持っている手に軽く力を入れると肉汁が溢れて来る。

 そんな高級そうな暴れ牛の肉が贅沢に二枚、パンと同じくらいの長さで挟まっていた。


「それじゃあ、さっそく……ッ!?!?」


 なんだこれ!? めちゃくちゃ美味いぞ!?


 大きく口を開けて噛んだ時、最初に感じたのは具材を挟んでいるパンの触感。

 フランスパンの様に適度な硬さがあるが、焼き立てなのか心地良い音を鳴らして簡単に嚙み切れてしまう。

 パンの次に挟まれている野菜たちも、その新鮮さを食べる者にわからせるかのようにシャキッと音を鳴らして存在を主張していた。


 そして、何よりも驚いたのが……中央にそびえる暴れ牛の肉だ。

 幾ら良い肉を使っていたとしても厚さがある場合、どうしても噛み切るのに適度な力を必要とする。

 地球で暮らしていた時、一度だけではあるが分厚い国産の高級ステーキを食べた事がある。その時のお肉も確かに安いお肉よりは柔らかかったがそれでも適度な顎の力を必要としていたのを覚えている。


 しかし、この暴れ牛は違った。

 こいつ……まったく力を必要としない!? 野菜の方が顎の力を使うくらいだぞ!?


 レア状態の肉は口の中で動く度にホロホロと崩れていき、口いっぱいに暴れ牛の肉のうま味と、掛かっているスパイスの味が広がって行く。

 このソースも本当に美味い……ああ、こんなの食わされたら早く色んな所に行きたくなるじゃないか……!!


 そう思いつつも、一口目を飲み込んだ後すかさず二口目へと口を動かした。

 その後も休むことなく食べ続け、気づけば結構な大きさがあったサンドイッチをあっという間に食べ終えてしまった。


「どうやら、気に入って頂けたみたいですね」


 俺が一つ目のサンドイッチを食べ終えたのを見て、フィオラは優しく微笑みそう言った。


「正直、初めての異世界の料理だから不安ではあったけど……これ、地球での食事より美味いかもしれない……」

「そうねぇ……菓子や加工食品なんかでは地球の方が進んでいるかもしれないけれど、素材を活かした料理ならフィエリティーゼの方が上かもしれないわね?」

「ミラスティアの話では、地球では魔力が著しく不足しているのですよね? それに、土地も足りていないと聞きました。フィエリティーゼは豊富な魔力に広い土地がありますから、その影響もあるのかもしれないですね」


 フィオラの話では、魔力を多く取り込んだ動物は魔力が不足している動物よりも美味いらしい。

 もちろん食事に関することだけではなく、魔力の有無で素材の品質も大きく変動するのだとか。


「なるほどな……あれ、と言う事はこのサンドイッチ……暴れ牛をパンで挟んだやつって結構高いんじゃないのか?」


 これだけ美味いと言う事は結構な魔力を取り込んでる良い品質の肉なのかもしれない……もしかしたら野菜も、このパンもそうなのかも……。

 そう思い、恐る恐る聞いてみた俺に対して、フィオラは小さく笑みを溢した。


「いえいえ、そんなことは無いですよ? 確かにこれは、エルヴィス大国の王都で店舗を構えるお店で購入した物なので、出店の様にお手頃な値段ではありませんがそこまで高い訳でもありません」

「あなたにわかり易く説明するなら、そのパン一つで大銅貨1枚……日本円にして千円くらいかしら? ここにいる全員分で換算しても小銀貨2枚、2万円ってとこね」


 おお……そう考えるとこの肉の量と美味さで千円は安いかも。

 地球で買えば安くても5千……下手すれば1万は行くかもしれないからな。


 というか、この世界のお金の価値ってどうなんだ?

 小銀貨2枚で2万円ってことは1枚で1万円ってことだろう?

 ミラの話の通りなら銀貨1枚で10万、大銀貨とかがあるなら1枚100万円だ。

 うーん……いまいちピンとこないけど、ここらへんの話もちゃんと聞いておかないとな。俺もこの世界で暮らして行くわけだし。


 そうしてミラ達との会話を楽しみながら、俺は二つ目の包みへと手を伸ばすのだった。





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ちなみに金銭の換算はこんな感じになってます。

もしかしたら変更があるかもしれませんが、こんな感じで行く予定です。

異世界のお金事情はどう扱うべきか難しいですね……。

小銅貨を入れるかどうかも検討中。


異世界→地球


銅貨→100

大銅貨→1,000

小銀貨→10,000

銀貨→100,000

大銀貨→1.000,000

小金貨→10、000,000

金貨→100.000.000

大金貨→1,000.000.000

白金貨→10.000.000.000


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