第77話 一年目:目覚め
――なんか体が怠い様な……ああ、そうか。
そこで俺はぼんやりした意識の中で最後の記憶を思い出す。
確かミラ達が自分の国に向かった後、グラファルトと一緒に話して……そして急激な眠気に襲われてそのまま眠ったんだっけ……。
どれくらい寝てたんだろう……そもそも今俺はどういう体制なんだ?
俺の最後の記憶が正しければ、円卓の上で腕を組んで更にその上に頭を乗せてた筈なんだが、どう考えても体感的に仰向けになってる気がする……。
もしかして、起きない俺をグラファルトが移動させてくれたのかな?
だとしたら俺は相当疲れてたのかもしれない。地球に居た頃はこんなに熟睡できたことは無かったと思う、少しの物音でも起きてたからな……。
「……ん」
「――お、ようやく目が覚めたか?」
目を薄っすらと開けると眩しい光が差し込み思わず声が出る。
そして、再び目を閉じ光を遮ると暗闇の中で聞き慣れた声が聞こえて来た。
「グラファルト……?」
「おはよう、藍。随分とよく眠っていたな」
どうやら本当に長い時間眠っていたらしい。
グラファルトの声を聞いて今度はしっかりと目を開く。
すると、視線の先にはグラファルトの顔があり、グラファルトは優しく微笑み俺を見下ろしていた。
「……また膝枕してくれてたのか?」
「一時間くらい前からだがな。やる事がなかったから、お前の寝顔を見ていた」
「……そっか、ありがとう」
グラファルトにお礼を言ってから、俺は体を右へと傾ける。
そして、俺はそこである事実を知ってしまった。
「……なあ、グラファルト」
「どうした?」
「……ここ、どこ?」
思えばおかしな点は多くあったのかもしれない。
目を開けた時、グラファルトの後方には天井があったのだ。
最初に目を開けた時の眩しさは陽の光などではなく、木製の天井に備え付けられた照明によるものだった。
……あれって魔道具かな? それともこの世界では電気が通っているのだろうか?
いや待て、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
まずは落ち着いて、そして状況を整理しよう。
俺は泉の畔近くで眠っていた筈だ。そこには建物など一切なく、周囲には木々が生え芝生が広がる大自然……だったと思う。
それが目が覚めるとそこには天井があって、俺が寝ているのはもしかして布団か? いや、体を右へ傾けたお陰で分かった事実だけど、これベッドだな……。
視線の先には木目が広がり、正面奥の壁には扉が備え付けられていた。木製の素材を基調として使っているのだろうか。
目に優しく、そして鼻で呼吸をすると微かに感じる木の匂い。
これは間違いなくあれだよな……
「どこって、森の中に決まって――ああ、そういうことか」
俺が視線をキョロキョロと動かしているのを見ていたのか、グラファルトはくすりと小さく笑うと俺に説明をしてくれた。
「二日前になるか? 常闇達が戻ってきてな、円卓に突っ伏して寝ているお前を見つけた常闇が”このままでは体に悪い”と言い出して――「ちょっと待って」……ん? 何か気になる事でもあったか?」
俺は思わずグラファルトの説明を止めてしまった。
聞き間違いじゃなければ”二日前”って言ったか?
「あのさ、俺ってどれくらい寝てたんだ……?」
てっきり長くても10時間とか、半日くらいかなと思っていた。
それくらい寝てしまっていたなら、この体の怠さも頷けると。
でも、さっきの話を聞く限りだとそれどころじゃない気がする……。
俺の言葉を聞いたグラファルトは何かに納得したように「ああ……」と呟くと、苦笑混じりの笑みを浮かべて俺の質問に答えてくれた。
「そうかそうか、我とした事が説明不足だったな……相当疲れていたのだろう、お前が眠りについてからもう三日は過ぎているぞ?」
「嘘だろ……」
いやいやいや!? 幾ら疲れてたとはいえそんなに眠れるものなの?
「そう思うなら常闇達が来た時にでも聞いてみるといい。皆、我と同じ答えを言うと思うぞ」
「うぐっ……まさかそんなに眠ってたなんて……」
自信たっぷりと言わんばかりに胸を張り宣言するグラファルトを見て、俺は渋々ではあるが三日間眠っていたという信じられない事実を受け入れる事にした。
異世界転生初日から三日飛ばして四日目。
こうして俺は、グラファルトの膝枕と共に目を覚ましたのだった。
「――さて、では続きを話すとするか?」
グラファルトの膝枕から起き上がり、俺とグラファルトは簡易的なキングサイズはあるであろうベッドの上で向かい合って座っていた。
正直グラファルトの膝枕は心地よく、離れがたい気持ちはあったのだが、流石に二十歳になって膝枕が恋しいというのは問題があるのではと思い自制して今に至る。
互いに向き合い落ち着いたところで、グラファルトから先程の話の続きを聞かせてもらう事になり、グラファルトの声に俺は首を縦に振り頷いた。
「うむ、では話そう。二日前、常闇が眠り続けていたお前の体を心配してな? お前が横になれる様にこの小屋を建てさせたのだ」
「おかしいな……小屋ってそんな簡単に建てれるものだったっけ……」
「大きさもそこまで大きい訳ではない。広さも我らが居るこの一部屋だけだからな、爆炎の奴にかかれば数秒も掛からんだろう」
爆炎のって事はこの小屋ロゼが建てたのか!?
木材を使ってるからてっきりリィシアが建てたのかなって思ってた……。
俺がそんな事を口にすると、グラファルトは小さく笑みを溢す。
「ははっ確かに魔女達の事を知らず、イメージだけで見れば新緑の方が向いていると思うだろうな。しかし、この世界に住まう者ならば知っている事だが、物作り関して言えば爆炎の奴に勝る者はいないぞ?」
「え、そうなの?」
「ああ、なんせ彼奴は魔道具という文明を作り出した存在だからな。この世界に存在する数多の魔道具は、爆炎の奴が作り出した魔道具を参考に作られている」
「ええ!?」
ロゼってそんなに凄い奴だったのか……。
いや、神の使徒なんていうとんでもない称号を持っているから元々凄い奴なんだとは思うけど……なんていうか、あの、のほほんとした独特な口調と眠そうな顔を見る限りそんな偉業を成し遂げる様な人物には見えなかったんだよな……人は見かけによらないってことなんだろうけど、それにしても予想外過ぎる。
「まあ、魔道具だけではなく日用品や建造物、剣や鎧など幅広く手を出しているらしいがな。爆炎の奴は神の使徒となった際に【効率化】【発明】といった特殊スキルを授かったらしい。元々産業的スキルを多く所有していた彼奴にとってはまさにうってつけのスキルだったのだろう」
うん、名前を聞いただけで分かるくらいに物作りに特化してそうなスキルだもんな……。
もしかしてロゼがずっと眠そうにしてるのって単純に物作りに集中し続けて寝てないだけなんじゃないのか……? だとしたら、俺としてはちゃんと休んで欲しいと思うけど、そこは出会ってばかりの俺がどうこう言う事じゃないだろうし、もう少し関係を築いてからだな。
どうも俺は見た目が幼い感じの女性を見ると妹と重ねてしまう節がある。
それで面倒を見たくなってしまうのだが、知り合って間もない人の世話を焼くのは違うよな。
それからもグラファルトの説明は続き、俺は適度に相槌を打ちながらその話を聞いていた。
どうやら今はお昼時であり、もう少ししたらミラ達はお昼ご飯を持って戻って来るみたいだ。
そこで昼食を食べながら俺の今後の細かいスケジュールなどを決めていくらしい。
「まあ、基本的には鍛錬だな」
「……やっぱりそうなるよね」
「安心しろ、そんなに難しい事をする訳ではない。最初は体内で魔力を循環させる事を中心にやるつもりだからな」
「そうなんだ? てっきりいきなり魔法の戦闘訓練とかやらされると思ってたよ」
難しい事はしないというグラファルトの言葉に安心して俺がそう言うと、グラファルトはじーっと目を細めて俺を睨み出す。
あれ……なんかまずい気が……。
「ほほう……貴様は自らがしでかした過ちを忘れてしまったようだなぁ……」
「……あ、いや、グラファルトさん?」
まずい。
グラファルトは怒っている時や説教をする時、必ず俺の事を”お前”や”藍”ではなく、”貴様”と呼ぶのだ。
俺は身の危険を感じて思わずベッドから降りようと後ろへと下がる。
しかし、それを見たグラファルトは瞬時に体を動かし、俺の腹の上に馬乗りになった。
「くっ……相変わらず動きが早い!?」
「貴様の考えなどお見通しだ。さて、常闇達が帰ってくるまで時間はたっぷりとある……覚悟は出来ているのだろうなぁ?」
「ひっ……」
ミラ……みんな……早く帰ってきてくれ……。
その後、ミラ達が来るまでの約一時間。
グラファルトによる説教は続き、反論の余地も与えられずに俺は謝罪をし続けるしかなかった。
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