第76話 名も無き精霊の物語③




「――近い未来、君の存在を嗅ぎつけた神々が力を封印した君を狙って大群で押し寄せて来る」



 その言葉に、ファンカレアは目を見開いた。

 やっとの思いで見つけた安息の地。

 ”創世”の力を封印し、存在を弱める事で隠れ続けて来たファンカレアにとって、それは最悪の予言であった。


「そ、それは確かなんですか!?」

「……【叡智の瞳】と【未来視】で見た未来の話だよ。少なくとも今のまま何もしなかったら確実に起こる事だと思う。だからこそ僕は君に会いに来たんだ」


 そうして、黒椿はファンカレアへと手を伸ばす。


「さあ、ファンカレア……僕の手を取り”創世”の力を制御する為の訓練を受ける?」

「……」

「訓練はそんなに難しい事はしないよ。まずは封印を解く前に、神属性の魔力制御を覚えてもらう。神属性の魔力は人が扱う魔力と違って扱いが難しいからね、ファンカレアが”創世”の力を上手く扱えない原因もここにあると思う。まあとにかく、神属性の魔力制御をある程度こなせる様になったら、封印を少しづつ解いて”創世”の力を小規模で使っていこう。早ければ1年以内に扱えるようになると思うよ?」


 笑顔でそう語る黒椿。

 ファンカレアは一度だけ深い深呼吸をした後、伸ばされた手を取り真っ直ぐに黒椿を見てその首を縦に振った。


「私はもう後悔したくありません……目の前でただ見ているだけの私とは、これを機に決別します。ですので、どうか宜しくお願いします!」


 その覚悟を聞いて、黒椿は満足げに頷き握られた手を握り返した。


「そっかそっか! よし、そうと決まれば明日から早速訓練を始めよう!」

「時間などはどうしますか?」

「基本的には藍が寝ている時かなー? 僕としてはなるべく藍から離れたくないしね」


 黒椿が何気なく口にした言葉に、ファンカレアは一瞬だけその表情を暗くした。

 そして、そんなファンカレアの変化に気がついた黒椿は、ある話をファンカレアへとするのだった。


「……フィエリティーゼに行きたいんだね?」

「ッ……はい」


 それは、制空藍がフィエリティーゼへと転生する前からずっと思っていた事であり、ファンカレアにとっては憧れに近い夢でもあった。


「今の私がフィエリティーゼへと降り立つと、身に纏う神属性の魔力の影響で何が起こるかわかりません。だから行けないんだと、理解しているつもりなのですが……藍くんと離れ離れになると知ってから、どうしても諦めきれなくて……」


 その瞳に涙を溜めて、ファンカレアは切実なる思いを黒椿へと話す。

 六色の魔女達を以てしても抑えるのが難しい魔力の余波。

 その余波から漏れ出たファンカレアの魔力に感づいて、一目見ようと駆けつけてくる民衆の事を思い出し、ファンカレアはフィエリティーゼへと降り立つ事を長い間断念していた。


 しかし、制空藍がフィエリティーゼへと転生した事によって、ファンカレアはその胸の内で強く葛藤し続ける事となる。

 フィエリティーゼに降り立ち制空藍の傍に居たいと思う気持ちと、自身がフィエリティーゼへと降り立つ事で与えてしまう災害と影響への不安。

 結果として後者の気持ちが勝ち、ファンカレアは我慢する形でフィエリティーゼへ降り立つ事を諦める事としていたのだ。


 そんなファンカレアの気持ちを知った黒椿は、ファンカレアに対してある事実を口にする。


「これは、先の話になるけど」

「……はい」

「神属性の魔力制御できるようになった場合、誰にも気づかれる事なくフィエリティーゼに降り立つ事が出来ると思うよ?」

「ッ!?!? そ、それは本当ですか!?」


 先程までの悲しげな表情は何処へやら……。

 黒椿の言葉を聞いたファンカレアは興奮した様子で黒椿の肩を掴み揺らし始めた。

 

「う、うん……制御する事によって、外へ、し、神属性の魔りょ……うぷっ」

「はっ!? す、すみません、すみません!! 私、いつの間にこんな……」


 激しく揺らされた事によって黒椿は見る見るうちに顔を青くしていき、小さく喉を鳴らすと話すのを止めてその両頬を膨らませる。

 黒椿の話が止んだ事で、初めて自分がしてしまった事について理解したファンカレアは、直ぐに掴み揺らしていた肩から手を離しペコペコと頭を下げて謝罪し続けた。


「だ、大丈夫大丈夫……いや、大丈夫じゃないけど……危うく出ちゃうところだったけど大丈夫……」

「本当にすみません……」


 手を振り平気だと告げる黒椿に尚も謝り続けるファンカレア。

 ようやく顔色が戻って来た黒椿は謝るファンカレアに本当に大丈夫である事を告げて話の続きをし始めた。


「さっき言おうとしてた事だけどね? 制御する事によって、必要な時以外に神属性の魔力が体外へ出ないようにする事が出来るんだ」

「そんな事が出来るのでしょうか? 膨大な魔力を保有している者は必ず体外へと魔力が漏れ出てしまうものだと思うのですが……」


 それはフィエリティーゼにおいて六色の魔女達が実際に体験していた事である。

 常人とは別格である膨大な魔力を保有した彼女たちは高度な魔力制御を行えるにも関わらず、体外へと放出される魔力を0にする事はできなかった。

 それを知っていたファンカレアは、黒椿が発した言葉に小さな疑問を抱く。


「まあ、これは神属性の魔力だからとしか言えないんだけど。神の性質を持った魔力っていうのは特別なものでね? 人が使う魔力とは全く以て違う存在なんだ。外から取り込む事は不可能で、必ず神格から作り出される魔力だからね」

「えっと……それが体外へ出ないようにする事が出来る事に関係するのですか?」

「簡単に言うとね、神属性の魔力は神格から作り出され続けてる訳だから、その神格から作り出される魔力を必要な時にだけ作れるように制御してあげれば良いんだよ。そうすれば必要な時以外に魔力が外へと漏れでる心配はなくなるでしょ?」


 黒椿の説明を聞いたファンカレアは、黒椿が簡潔に纏めてくれた事もあってその仕組みについて理解する事ができた。


「全然知りませんでした……当たり前の様に使っていた神属性の魔力は神格から生み出されていたのですね……」

「だからこそ神々は、より強大な力を持つ神格を求めて日々戦い続けるんだよ。”創世”の力を保有する神格は多分だけど神格の中では一番魔力を生み出す量が多いと思う。それも、他とは一線を超えるくらいに膨大な量をね」

「……私は、誰にも教わる事なく数億年の歳月を生きてきましたが……無知とは、こんなにも恐ろしいものなんですね……それを知ってさえいれば、世界に迷惑を掛ける事なく済んだかもしれません」


 そうしてファンカレアが思い出していたのは、一度だけ六色の魔女達の力を借りてフィエリティーゼへと降り立った時の事だった。

 自らが降り立つ事によって、世界には様々な影響が起こったという。

 例えばある場所では激しい地震が起きて、地形を変えてしまったり。

 例えば魔物が突然変異を起こして、危険種として現在も世界から恐れられる存在となっていたり。

 それ以外にもファンカレアの魔力に気づいた人々が押し寄せ、世界に混乱を招いたりした。それらの記憶を思い出し、ファンカレアは無知であった自分を恥じて、そして後悔する。


「でも、これからは違う」


 その顔を俯かせ表情を暗くするファンカレアに対して、黒椿は明るい口調でそう言い、ファンカレアの手を握った。


「今までは教えてくれる人がいなかったと思う……だけど、これからは僕がちゃんと教えてあげる。だから、早く”創世”の力を使いこなせる様になって一緒にフィエリティーゼに行こう! 大好きな藍の傍に居れるようにさっ!」

「ッ……はい。必ず行きます、フィエリティーゼへ!!」


 黒椿からの激励を受けて、ファンカレアは覚悟を決めてそう宣言した。

 こうしてファンカレアは黒椿の指導の元、一年を通して神属性の魔力制御と”創世”の力を自在に扱える様にする為の訓練をする事となる。



 訓練の効果が現れて努力し続けたファンカレアがフィエリティーゼへと降り立つのは……まだ先の未来の話。





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 これは二話目です。

 難しい話が続いてしまいましたが、本日で白色の世界での話は終了し、次回からは長い眠りから目覚める藍くんのお話になります。

 これからも、本作をよろしくお願いします!!


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