第75話 名も無き精霊の物語②




「僕の持っている【合成】はね、この世界で例えるならば特殊スキルに分類されているんだ」

「……【スキル合成】などの稀少スキルに比べれば、【合成】は左程珍しいスキルではないと思うのですが?」


 ファンカレアは黒椿の発言に首を傾げる。

 彼女の言う通り、【合成】と言う名のスキルは左程珍しいモノではない、現にフィエリティーゼに存在する多くの者達が【合成】を保有していた。

 しかし、それはあくまで通常のスキルでと言うことであり、特殊スキルに分類される【合成】など、ファンカレアは聞いたこともなかった。


「どうやら僕の【合成】は――万物を統合する事が出来るらしい」

「ッ!? なるほど……貴女がどうやって”創世”の力を手に入れたのか、それが疑問でしたが……その言葉を聞いてようやく理解できました」


 黒椿が口にした特殊スキルとしての【合成】の能力。その内容を聞いたファンカレアは全てを理解した。


 数多の神々を殺し、その神格と権能を奪い続けた黒椿。

 しかし、神に成る資格を得た黒椿であっても、”創世”の力を手に入れる事は不可能に近かった。

 第一に”創世”の力を保有する神を黒椿は見つける事が出来なかった。【叡智の瞳】を以てしても数多の銀河を探し回ることは出来ず、時間もない事もあり黒椿は早い段階で創世の神を探すことを断念した。


 そうして、黒椿は自身が持つ【合成】の能力に気づいたのだ。


「最初は試験的な物だったんだけどね? ”神格と神格を【合成】することは出来ないのかな~”って思って試してみたら……なんということでしょう!? 弱い神格同士の【合成】を行った結果、少しだけ強くなった一つの神格が出来たんだ! その時になって初めて、自分の持つ【合成】に対して【叡智の瞳】を使ってその特異性に気づいた感じかな」

「……一体幾つの神格を【合成】したんですか?」

「わかんない。フィエリティーゼに転生した後も分体はずっと戦ってたからね~、でも千はいってないと思うよ?」

「そ、そうですか……私自身も正当防衛とはいえ多くの神々を滅ぼしてきましたが……その数では貴女に敵いそうにありませんね」


 ファンカレアは黒椿が滅ぼしたその数を想像し小さく身震いをする。

 そして、どうして彼女がそこまでして”創世”の力を手に入れようとしたのか、その理由への興味を更に強めるのだった。


「貴女がどうやって”創世”の力を手にしたのかは理解できました。では、どうして”創世”の力を手に入れようとしたのか……その理由を教えていただけますか?」

「僕が”創世”の力を手に入れたかった理由ねぇ……ファンカレアにとっては悪い話かもしれないけど、それでも聞きたい?」


 真剣な眼差しで問いかける黒椿を見つめ、ファンカレアは一瞬の戸惑いを見せる。しかし、それでも真相を知りたいと言う欲求が勝り、その首をゆっくりと縦へ振るのだった。


「良いんだね?」

「……はい」

「わかった、それじゃあ話すよ。でも、話す前にこれだけは説明させて? 今から話すことは過去の話であって、現在とは何も関係のない話だって言う事。それだけは理解して欲しい」


 そう願う黒椿の言葉にファンカレアは了承し、黒椿の話は始まった。


「僕が”創世”の力を手に入れたかった理由……それはね、僕が創世の女神になりたかったから……いや、ならないといけなかったからなんだ」

「どういうことですか? ならなければいけなかったとは……」

「僕はね、”黒椿”っていう名前を貰った瞬間から、藍の為に生きると自らの名において誓った。藍に少しでも害が及ぶと思った時、瞬時に対応出来るように僕自身が強くなる。それが僕の生き甲斐であり、存在理由だ」


 真っ直ぐに告げる黒椿は、その表情を少しだけ曇らせると……ファンカレアに対して謝罪の言葉を述べる。


「先に謝っておくね? ごめんなさい、ファンカレア」

「……?」

「藍が君に呼ばれた当時――僕は君を殺そうと思っていた」

「ッ!?」


 それはファンカレアにとって、衝撃的な事実であった。

 黒椿が殺そうとしていたと言う事もそうだが、それ以上に自分が藍にとって害を与える存在になっていたのかと思い、ファンカレアはその事実に動揺を隠せずにいた。


「そ、それはつまり……藍くんにとって、私が害のある存在だと……?」

「もちろん今はそんなことないって分かってるよ? でも、当時は分からなかった。いや、違うね。【叡智の瞳】で見れば直ぐにわかる事なのに、僕はそれをしようとはしなかった……」

「それは一体なぜ……」

「僕もまだ生まれて間もない子供ってことなんだろうね……藍が一度死んだ時、その理不尽な死を見ていた時、この死を作り上げた全員に対して抑えきれない殺意を覚えた」


 その当時の感情を呼び起こしたかのように、黒椿の黄金が混じった唐紅色の髪が揺れその小さな体からは乱れた魔力が溢れだす。

 目の前に座る女神をも圧倒する程のプレッシャーを放っていた黒椿は我に返り、慌てて乱れた魔力を消し去った。


「……ほらね、ちょっと思い出しただけでこれだよ。藍が関わってくるとどうも感情が抑えられない、これでも大分良くなった方なんだけどね」


 「ごめんね」と口にして黒椿はファンカレアへと苦笑する。

 そうして、殺意の込められた魔力にあてられたファンカレアが落ち着きを取り戻すのを見計らい、続けて黒椿は語り出すのだった。


「まあ、そんなわけで、抑えきれない殺意を芽生えさせていた僕は必死に止めようと思ったわけだよ。この死に関わる全てを葬り去ったあと、時を巻き戻して藍と藍が大切に思う家族が無事旅行を終える……そんな風に歴史を変えようと思った」

「……」

「でも、無理だった。僕が【合成】に気が付いたのはファンカレアの元へ降り立ってからしばらくした後で、当時の僕はまだ地球の管理者と対等に戦えるくらいの力しか持ってなかったから。力を封じ込めたファンカレアにも勝てない、過去へ巻き戻すにしても膨大な魔力を補う手段もない。結局、黙って藍が死んでいくのを見続ける事しか出来なかった」


 微笑んではいるが、黒椿の醸し出す雰囲気は悲しみに包まれている。

 そんな彼女の姿を見つめて、ファンカレアは深い罪悪感に襲われるのであった。


「だからこそ、僕は君と出会ってからずっと様子を伺っていた。少しでも藍に害を与えると思ったら……僕の全てを以て君を殺す。そう思いながら、藍の体内で監視し続けてた」

「……当然の事だと思います。今の話を聞けば、誰も貴女を責めたりはしません。知らぬ内に、私は貴女に恨まれていたのですね……ごめんなさい」

「えっ!? 謝らなくて良いんだよ!? 顔を上げて!」


 ファンカレアはその頭を下げて黒椿に対して謝罪の言葉を告げる。

 頭を下げる直前に泣きだしそうな顔をしていたファンカレアを見て、黒椿は慌てて顔を上げるように促すのだった。


「で、ですが……」

「もう……そういう所だよ、僕が君を殺せなかったのは」

「……え?」


 呆れた様に黒椿はそう言うと、ファンカレアへと一歩近づき下げた頭を上げさせるためにファンカレアの両肩へと手を掛けた。

 黒椿によって上体を起こされ顔を上げたファンカレアは、首を傾げて黒椿の言葉を待つ。

 ファンカレアが元の体勢に戻ったのを確認し、黒椿は話を再開するのだった。


「何度も言う様に、僕は君を殺そうとしていた。正確には殺す理由を探していたんだ。態度が悪い、上から目線、人を物の様に扱う……そんな風に神々にありがちな性格の歪みや価値観の違いを見つけて、いつか藍を害するかもしれない……そんな風に解釈できる事柄がないか、ずっと探してた」

「……」

「でも、ダメだった。だって君、藍にそっくりなんだもん」

「わ、私が藍くんに……?」


 好きな相手と似ていると言われ、頬を赤らめ満更でもない表情をするファンカレア。そんな彼女の様子を見て、黒椿は小さく笑みを溢すのだった。


「そうだよ~、君は藍に似て優しすぎる。それこそ、殺意にまみれてた僕の感情を消し去るくらいにね……嫌なところを探していた筈なのに、好感の持てる所しかない。藍自身も君の事を好いていたみたいだったしね。そんな相手を殺す事なんて出来なかったよ」

「そ、それは何と言いますか……良かったというか、嬉しかったというか……あぅ……」


 嬉しさや安心と言った感情が一気にファンカレアへと襲い掛かり、その顔から蒸気が出るのではないかと思える程に更に顔を赤らめていた。


「最初に言ったと思うけど、今は殺そうだなんて思ってないからね? ファンカレアが守護する世界でなら、藍は伸び伸びと過ごせるだろうなぁって思ったし、それに藍自身もフィエリティーゼで生きて行くことを決めたみたいだし、僕は藍の意思を尊重するよ」

「……私としても、藍くんがフィエリティーゼで過ごす事に前向きになってくれて嬉しいです。藍くんには幸せになってもらいたいと思っていますから」


 ファンカレアはこの場に居ない黒髪の青年を思い浮かべて、小さく呟いた。

 その呟きを聞いていた黒椿もその言葉に頷き共感する。

 そうして少しの間をおいて、黒椿は思い出したかの様にファンカレアから問われた最後の疑問への答えを話すのだった。


「そう言えば、どうやって僕が”創世”の力を制御しているのかも知りたいんだったよね?」

「ええ、ですが、今までの話からするに【叡智の瞳】が関係しているのではないかと思っています」

「……正解。【叡智の瞳】は知りたいと思った事ならなんでも知れる優れものだからね、”創世”の力の扱い方についても知る事が出来た」


 その言葉を聞いて、ファンカレアは黒椿へと再び頭を下げる。そして、”創世”の力の制御方法を教えて欲しいと願うのだった。


「お願いします! 私にも力の扱い方について教えていただけませんか!? 今回の一件で、私は自分の未熟さと、その弱さを知りました……目の前で困っている世界の子達を、たった一人の最愛の人を救えない悔しさを……もう経験したくないんです!! ですから、どうか、私に”創世”の扱い方を教えてください!!」


 白装束の太ももあたりをぎゅっと握りしめ、ファンカレアは震える声でそう叫んだ。

 そんなファンカレアの精一杯の声に応えるように、黒椿は優しくファンカレアの肩に自身の右手を置くのだった。


「大丈夫、ちゃんと教えるってここに来た時に言ったでしょう? だから、顔を上げて?」

「……」

「というより、僕としても君には”創世”の力をちゃんと制御してもらわないと困るんだ」


 そうして、黒椿はファンカレアへと話し出す。

 今日、白色の世界へと訪れ、自らの正体を明かしたその理由を。


「僕がここに来た目的はね? 君に忠告をする為なんだ」

「……忠告、ですか?」

「――君には強くなってもらう。”創世”の力を完全に制御した君は、おそらく今の僕よりも強い。それくらいに強くなって貰わないといけない理由があるんだ」


 その先の言葉を聞いて、ファンカレアは直ぐに黒椿による力を制御する為の訓練を受ける事に同意した。


「――近い未来、君の存在を嗅ぎつけた神々が力を封印した君を狙って大群で押し寄せて来る」


 遥か彼方の他次元まで逃げたファンカレア。

 そんな彼女の存在に他の神々が気付き始めていた。




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 本日は二話更新です。

 今日中に白色の世界でのお話を終わらせようと思いそうしました。

 次の更新は本日の21時を予定しています。


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