第74話 名も無き精霊の物語①
場所は変わらず白色の世界。
大粒の涙を溢して、黒椿を前に大泣きをしてしまったファンカレアは少しだけ気恥ずかしそうにしていた。
そんな様子のファンカレアを揶揄う事はなく、黒椿は優しげに微笑みその右手を握り続けている。
「す、すみません……私、泣き虫で……」
「いんや、気にしなくて良いんだよ。君が泣き虫さんなのは藍を通して知っているからね」
「……何とも反応に困る言葉ですね」
冗談めかして言う黒椿の言葉に、泣いていたファンカレアは思わず小さく笑みを溢す。
そうして、自らの目の前に降臨する同等の力を宿した少女を見つめるのだった。
「本当に私と同じ”創世”の力を有しているのですね……いまの貴女からは、私と同一の力を感じ取れます」
「”創世”なんて大それた名前を持ってるけど、所詮は意思のない力だからね。制御下に置いてしまえば力を隠すことだって出来る。もちろん、わざわざ封印なんて真似しなくてもね?」
「――教えてください、どうして貴女はこの力を完全に制御する事が出来たのですか? そもそも……どうして貴女は、創世の力を手にしようと思ったのですか?」
ファンカレアはその姿勢を正し黒椿へと問いかける。
そんなファンカレアの質問に対して、黒椿は少しだけ考えるような素振りを見せた後、一度だけ頷いて自身が”創世”の力を宿した経緯を話し始めた。
「そうだね……それじゃあ、最初から説明しようか」
そうして黒椿は語り出す。
幼く枯れそうな程に弱っていた花の精霊が、”創世”の力を宿すまでの軌跡を。
「――僕は花の精霊として生まれた。地球という魔力の少ない場所で生まれたからか、僕の力はほとんどなくてね……生まれた場所の古びた神社から出る事も出来なくて、ああ……このまま誰にも気づかれず、静かに消えていくんだろうなぁって毎日のように思ってた」
儚げに微笑む黒椿はそうして過去の自分をその脳裏に思い浮かべる。
今よりも小さく、まだ”黒椿”と呼ばれる前の幼い姿をした自分の事を。
「でもね、そんな時に出会ったんだー。誰にも気づかれなくて、もう諦めかけていた時に――僕を見つけて声を掛けてくれた男の子に」
「……藍くんですね」
先程までとは違い満面の笑みでそう語る黒椿を見て、ファンカレアはその男の子の正体を容易に理解する事が出来た。
そうして、ファンカレアも黒椿と同様に白色の世界から眺めていた制空藍の幼少期を思い浮かべてその顔に笑みを作る。
「藍と居るとね、体があったかくて心地良かったんだ。きっとミラの血を濃く受け継いでた影響だろうね。色んな所から魔力を吸収してくれるから、それを僕は拝借して自分が消えない様に延命処置をし続けた……でもね、それでも僕は長くは保たないって気づいてたんだ」
例え魔力を貰う事が出来たとしても、元々魔力が少ない地球では限界がある。
黒椿が存在を維持し続ける為に必要な魔力量は、制空藍が齎す魔力だけではどうしても足りなかったのだ。
「だからね、僕は藍にお願いしたんだ。大好きな君に名前を付けて欲しい、僕を僕たらしめる確かなものを下さいって。そうして僕は”黒椿”という存在を手に入れた」
「……怖くはなかったのですか? 精霊にとって名前とはとても重要な物です。自身と相性の悪い名前を授かれば、生きるのも辛い状態に陥る可能性もあったはずです」
「僕はもう消える寸前だったからね、怖くなかったよ。それに、僕は藍が大好きなんだ、それはもう誰よりも愛してるって思えるくらいにね! そんな想い人から名前を貰えるのなら、これ以上の喜びはないよ」
ファンカレアの問いに黒椿はその口角を上げてはっきりと答えた。
「”黒椿”って名前は僕にとっては最高の相性だった。その存在を強くしてくれて、何の力もない僕に【叡智の瞳】という権能と守護精霊と言う名目を授けてくれるほどにね。藍には感謝してもしきれないよ……」
もっと好きになっちゃった。
その頬を朱色に染めて、黒椿は小さくはにかみファンカレアにそう言った。
「【叡智の瞳】は凄い権能だった。知りたいと思った事の全てを知る事が出来る、それが未来であっても、過去であってもね。そうして知ってしまったんだ……藍が死んでしまう事を」
「ッ……」
「今は何とも思ってないよ? むしろ感謝しているくらいだ。地球にいた頃よりも自由に動く事ができる様になったから。でも、そうだね……それを知って直ぐの頃は君の事を、ミラや地球の管理者の事を、心から恨んでたかもしれない」
黒椿の言葉にファンカレアはその顔を俯かせる。
藍が死んでしまう事は決まっていた事だった。
それは交わされた契約によって決定している事であり覆る事はない事実。
黒椿は、その変える事のできない事実に激しい怒りを覚えていたという。
「その頃からかな? 僕が強くなろうと思ったのは……。僕はね、ファンカレア? 自分の為に神様になったわけじゃないんだ。僕は藍の為に生きている、制空藍を害する要因となる全ての物を消し去る為に力を付けた――制空藍、ただ一人の為の神様なんだ」
「……貴女は、それを成し遂げたと言うのですか? 元は精霊だった貴女が、私と同じ神へと成るなんて……その道は決して楽な道ではないはずです……」
ファンカレアは黒椿の言葉に心から驚いていた。
ただ一人の為、その一人を守る為に神様になろうだなんて……それも、神格を宿していない精霊が神になろうだなんて、到底叶う事のない目標だと思ったからだ。
「決して簡単ではなかった。肉体的にも、精神的にもね……【叡智の瞳】を使って神格を得るにはどうしたら良いのかを知った時は思わず笑っちゃったよ、まさか神を殺すだけで手に入るだなんて方法もあるとは思ってもみなかったから」
神格を手に入れるには、様々な偉業を成し遂げる事や長い年月を掛けて人々からの信仰を得る事など、黒椿にとっては難しい事ばかりだった。
しかし、そんな中で彼女は裏道に近い条件を【叡智の瞳】で知る事となる。
それは神を殺す事。
神格を持つ神々を殺すことで、その神格を奪うことが出来る。
その事実を知った黒椿は早速行動に移したのだった。
「辛い戦いだった。何よりも辛かったのは、神々と戦う為に一時的に藍の傍を離れないと行けなかった事、本当は守護精霊になった後でも会いに行けたんだ。でも、僕は強くなる為に自分の核となる部分を藍の体内に残して、残りの全てを宇宙の彼方へと転移させた」
そうして、黒椿は戦い続けたと言う。
終わりなど見えない程に長い戦いを、守護精霊という身で神に立ち向かい戦い続けた。
「【叡智の瞳】で相手の弱点を見つけてね、そこを突いて戦い続けたんだ。それでも痛い思いは山ほどしたし、神々の強さを痛いほどわからせられたけどね……どうしても諦められないモノがあったから、僕は頑張れたんだ」
「そして、貴女は神に勝ったのですね……」
「うん、勝った。何万回と挑み続けて、ようやく一柱の神を殺すことが出来たんだ。その瞬間、僕の体にその神が持っていた権能と神格が宿り……僕は神になる資格を得る事となった」
それからも黒椿は戦い続けたと語る。
まだまだ強くならなければいけない、制空藍の為に彼を害する全てのものを排除できる様に……その思いを胸に黒椿は神殺しとなり多くの神々を屠り続けたのだ。
「そうして気づけば十年だよ。僕は多くの神々からその権能と神格を奪い、力をつける段階で得た【合成】っていうスキルに気がついた」
こうして話は次の段階へと移る。
力無き、名も無き精霊が神に成り……そして頂点へと君臨する創世の話へと。
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話が長くなりそうなので区切らせてもらいました。
明日はお休みの予定です……!(投稿していたら筆が進んだんだなと思ってやってください)
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