―変わりゆく世界と森での生活~一年目~―

第73話 序章 創世の女神達




 フィエリティーゼに制空藍が訪れてから、もう三日が経過しようとしていた。


 世界を覆い尽くした漆黒の魔力。

 制空藍の存在を秘匿する為にその原因は未だに不明とされているが、各五大国を中心に人々の混乱はようやく収束へと向かい始めていた。

 六色の魔女達が数百年ぶりに人々の前へと立ち、その威厳を以て人々を導いてきたお陰だろう。


 しかし、それでも人々はその恐怖を忘れることが出来ずにいた。

 一瞬にして意識を刈り取られた恐怖。

 生きているのが不思議と思える程にその漆黒は強大で恐ろしい力を秘めていた。


 そして、人々の間でとある噂が広がりつつある。


 ”漆黒の闇が世界を覆いし日、死を招く略奪王が生まれた”


 それは冒険者を中心に広がりを見せた噂であり、実際に見たと言う冒険者が存在する事から本当の話なのではないかと実しやかに囁かれている噂話だ。


 正体不明の漆黒の略奪者。

 その存在は世界へ新たなる恐怖を植え付けている。



 新たなる恐怖を生み出した漆黒の主――制空藍は、三日前から長い眠りについていた。
















「……もう三日目ですか、流石に心配になってきましたね」


 それは全てが白で統一された白色の世界。

 白色の世界を創造した主である女神は、映し出されたフィエリティーゼの映像を眺めてそう呟いた。


 創世の女神ファンカレア。

 フィエリティーゼの創造神にして、神々の頂点に君臨する原初の力……”創世”を持つ女神。

 彼女は恋人である制空藍の寝顔を眺めて、その顔に笑みを作っていた。


「貴方にはとても大きな恩が出来てしまいましたね。私はどうやってこの恩をお返しすれば良いですか?」


 その虹色の瞳を潤ませて、ファンカレアは青年を思いそう呟き続ける。

 制空藍がフィエリティーゼへと降り立つ時、ファンカレアは彼に世界の命運を預けた。

 地球から送られた彷徨える魂を、フィエリティーゼへと転生させた事で生じた今回の問題……暴徒と化した転生者達の抹殺を無関係である制空藍へと頼んだのだ。


 その道のりは決して楽なものではなかった。

 イレギュラーとも言える邪神の復活、それによって生じた様々な問題。

 加えてエルヴィス大国の第三王女である【神託】の乙女――シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスの誘拐騒動。

 転生者達のとの戦いの前に、制空藍には様々な問題が立ち塞がった。


 しかし、それでも制空藍はファンカレアからの頼みごとを見事成し遂げたのだ。

 その身を瘴気に浸食され、精神を汚染されようとも、自身の手で邪神を消し去りそして世界に平和を齎した。


「……結局、私は何も出来ませんでしたね」


 ファンカレアはその胸に手を当てて寂しげに微笑んだ。


 今回の騒動で……いや、それよりもずっと前からファンカレアは自らを卑下し続けている。


 当然、ファンカレアは他者よりも劣った存在では決してない。

 創世の女神である彼女に勝てる存在がいないと思える程にその力は絶対的な物なのだ。

 しかし、ファンカレアはその力を自らが創り出した世界の為にと封印してしまった。絶対的な力を持っていた筈の彼女がその力の格を大幅に下げた事で、確かに世界には何も影響を与えることなくなったかもしれない。

 だが、それは同時に彼女に罪悪感を植え付ける要因となった。


「どうして……私はこんなにも無力なのですか……ッ」


 ファンカレアは悲痛な面持ちでその心の内を声に漏らす。


 彼女はその強大な力を生まれながらにして保有していた。


 ”創世”の力。

 それはあらゆる事象をも創り出す無限の可能性を秘めた力。

 その力は余りにも強大で、他の神々にとっては魅力的な力であった。

 故に、彼女は生まれて間もない頃から神々に狙われ続けた。

 突如として生まれたファンカレアを殺し、その力を奪おうと多くの神々が押し寄せて来たのだ。

 そこから、ファンカレアにとっての孤独は始まったのかもしれない。


 長い年月を生きる彼女は誰にも何も教わる事が出来なかったのだ。

 その力の詳細も、その力の扱い方も、何もかも教えて貰うことは出来ず、敵として現れる神々を撃退する日々。

 そんな日々に疲れ果て、ファンカレアは誰もいない宇宙の果てへと逃げ出した。


 彼女にとって力とは、敵を作るだけの要らない物だ。

 だからこそ世界を創造した際、制御できない”創世”の力で打も傷つけないようにその力を封印する事にしたのだ。


「せめて、私が力を制御する事が出来たら……」


 それはとうの昔に捨て去った願い。

 ”創世”の力を制御する事は、生まれて間もない頃からの目標。

 しかし、その願いが叶うことは今まで一度もなかった。

 億という年月を過ごしたファンカレアは、”創世”という希少な力を持つ同じ存在を探して様々な次元を彷徨い続けた。だが、それでも”創世”を持つ存在には出会うことはなかったのだ。

 ”創世”の力を知る者に聞こうにも全員が敵意を以て向かって来る為、それすら叶うことなく諦めるしかないと記憶の奥底へ隠した願い。




 ――その願いは、叶うことは無い……そう思っていた。




「――おやおや? 藍の意識が肉体から離れているのに、なんで会おうとしないのか気になって来てみたら……どうやらお困りみたいだね」

「ッ……どうやって、私の世界へ侵入したのですか――黒椿」


 後方から聞こえる聞き覚えのある声に、ファンカレアはゆっくりと振り返りそう言った。

 巫女装束の様な服を纏いその唐紅色の髪を揺らすと、髪飾りの装飾である鈴が綺麗な音色を奏でる。


「どうやって? フィエリティーゼへの干渉は終わったからね、これで僕はフィエリティーゼへ自由に遊びに行くことが出来る。一応その報告と、どうして藍に会おうとしないのかを聞く為に”次元を超えて遊びに来た”だけだよ?」

「……貴女は何者なんですか? 守護精霊とは言っていましたが、それは嘘ですよね?」


 さも当然と言わんばかりの態度でそう語る黒椿に対して、ファンカレアは警戒心を強めて質問を投げ掛ける。

 それはファンカレアにとって、以前から疑問に思っていた事だった。

 詮索をしないで欲しいと言っていた黒椿に対してそれでもやはり気になったのだろう、ファンカレアはその瞳を黄金色へと変えて黒椿の正体を知ろうと質問をした。


「……まあ、藍にもバレちゃったしね。いいよ、分かった――僕の正体を教えてあげるよ」


 小さく溜息を吐き、黒椿はファンカレアにそう言うとそのレモンイエローの瞳を静かに閉じる。

 そして次の瞬間――その体から黄金を混ぜた唐紅色の魔力を解放しその瞳を開くのだった。


「ッ!?」


 そうして己の魔力を完全に制御した黒椿は、その瞳を黄金色へと染めていく。

 ファンカレアと違うのはその黄金色の瞳に一つ輪っかが出来ている事。それは黒椿を象徴とする髪色と同じ、唐紅色の輪っかだ。


「さあ、自己紹介をしようか。僕の名前は黒椿、それは間違いないよ」


 唐紅色の髪の所々に黄金に染めながら黒椿はファンカレアに自己紹介を始める。

 目の前で起こる信じがたい光景に、ファンカレアは驚きを隠せずにいた。


「そして、僕が守護精霊であったことは事実だ。最初はそれくらいの力しか持っていなかったからね。でも、それは過去の話であって今は違う」


 溢れ出る魔力を収束させると、黒椿は無邪気な笑顔をファンカレアへと向けて自らの正体を語り出した。


「僕は君と同じだよ。君は生まれながらに持っていた、僕は後から手に入れた、それだけの違いだ」

「……」

「藍を守る為に神々を殺し続けた僕は、神々から奪った力の全てを合成して”創世”の力を手に入れた。そして、僕の権能の一つでもある【叡智の瞳】のお陰で、僕は”創世”の力を完全に制御出来ている」


 黒椿の言葉にファンカレアはその目を見開く。

 それは長きに渡って、彼女が求め続けた存在。”創世”の力を理解し、その扱い方を知る者だった。

 驚愕するファンカレアを見て、黒椿は優しく微笑み……その右手を伸ばす。


「きっと自分の事を責め続けて来たんでしょう? 何もできない自分が憎くて、悔しくて……世界に対して、そして藍に対して強い罪悪感を抱いている」

「ッ……」

「でも、大丈夫。これからは僕が教えてあげる。その力の扱い方を教えてあげるよ」


 ファンカレアは伸ばされた黒椿の右手に恐る恐る自らの右手を伸ばす。

 そして右手が触れた時、ファンカレアの黄金色の瞳からは自然と涙が流れていた。


「――頑張ったね、もう大丈夫だよ」

「ッ……うぁっ……」


 優しく語られる声に、思わず声を漏らして泣いてしまう。


 創世の女神ファンカレア。

 生まれながらにして、その強大な力を宿した女神は力を制御する事が出来ず、孤独の日々を過ごし続けた。


 しかし、それは今までの話である。


 数億年の時を経て、ファンカレアはようやく出会うことが出来たのだ。


――自らの孤独を救ってくれる漆黒の青年と、同じ力を持つ唐紅の少女に。




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