第72話 略奪の王が生まれた日③
その後も俺の為に開かれた緊急会議は続いていた。
俺が暴発させてしまった漆黒の魔力、それは世界中を覆いつくし多くの人々の意識を奪ってしまう。
その影響で、今後しばらくの間は【漆黒の略奪者】を使う事を控えればいいかと考えていた俺だったが……どうやら俺が漆黒の魔力を保有している事は魔力感知に長けた者なら直ぐにわかってしまうらしい。
そうしてまだ魔力を完全に制御する事が出来ない俺がフィオラ達に提案されたのが、この森でしばらくの間隠れて暮らして行くことだった。
俺達以外の人の気配が全く感じられないこの森は、フィエリティーゼに生きる人々に”死の森”または”死への入口”と呼ばれ恐れられているらしい。
どうやらこの森には”血戦獣”と呼ばれる凶悪な魔物が生息していて、森へ入る者を容赦なく襲い殺してしまうのだとか……。
だからこそ、この森へ入ろうとする人はほとんどおらず、冒険者や元騎士団などの人間が力試しで入るが……その後、森から出てきた者はいないとの事だ。
確かにこの森なら人目につく事はないけど、凶悪な魔物が生息している場所に5年も住まわせるのはどうかと思う……。
反論をいう権利がない事は理解しつつもその事を遠回しに口にすると、グラファルトから呆れた様に「問題ない」と言われてしまった。
「確かに血戦獣は獰猛な奴が多いが、我でも簡単に屠れる程度の強さだ。そもそもお前はこの森でただ過ごすのではなく、己の力を制御する為の特訓もせねばならぬだろ? 良かったな、練習台には打って付けの連中だぞ」
「えー……でも、就寝中に襲われたりするのは嫌なんだが……」
戦うのが好きなのか、グラファルトはニヤリと笑い続けてそう言ってきた。
そんなグラファルトの様子に肩を落としていると、フィオラが間に入りその口を開いた。
「心配要りません、泉を中心としたこの空間には強力な結界魔法が張られています。この結界は約500年もの間、血戦獣達の侵入を阻み続けていますから」
「良かったわね、修行をするだけではなくちゃんと休める場所もあって」
「……ソウダネ」
悪気のないフィオラの説明の後に、悪戯っぽく笑みを溢してミラが俺に声を掛ける。
さようなら、俺の穏やかなるセカンドライフ……。
その後もちょくちょく森での生活以外に方法がないのか聞いてみたが、どうやら他に良い案がないらしい。
気を失っている人々が目を覚ましたらきっと大混乱が起こる事は間違いないらいく、その影響で”魔王の再来”や”邪神の復活”などの噂が立ってもおかしくない状況なのだとか。
現にいま、意識を保っていた者達の中でそんな噂が流れ始めているとフィオラが言っていた。
こんな事になるなら、面倒臭がらずに一人一人確実に奪うんだった……。
そうして俺の森での隠居生活は話し合いの末に確定し、六色の魔女であるフィオラ達はそれぞれの国へ趣き事態の沈静化へ向けて動き出した。
ミラは現在国王が床に伏せていて大変であろうエルヴィス大国へ向かったフィオラへとついて行き、先程まで賑やかだった円卓の席には俺とグラファルトだけが残っている。
白色の世界でグラファルトを救い、フィエリティーゼで王女様を救い……その最中で邪神と戦い、転生者達と戦い、色々とバタバタとしていた出来事が終わりを迎えたと思ったらこの有様だ。
「なんか、溜まっていた疲れが一気に押し寄せて来た気がする……」
自分の知らぬ所で動いている外の世界を考えながら、俺は空を見上げて椅子の背もたれに体を預ける。
ふと視線を右へと向けると、グラファルトがミラが置いていった日本製のお菓子を美味しそうに頬張っていた。
そんなグラファルトの様子を見ていると……急に、強い眠気に襲われる。
「ごめん、グラファルト……ちょっと寝る」
「んお? わはった(わかった)!」
「……もし、みんなが戻って来ても寝てたら起こしてくれ」
俺の言葉に手を振りお菓子を食べ続けるグラファルト。
そんな彼女を見ながら視界はどんどん暗くなり、俺は久しぶりにちゃんとした眠りにつく事が出来た。
――その日の出来事は瞬く間に世界中で噂されることになる。
”新たなる魔王の誕生”
”封印されていた邪神の復活”
噂は絶えることなく世界各地でその尾ひれを付け加えて広がり始めた。
そんな中で――ある冒険者達から聞いたと言われるとある噂が注目を集める。
その冒険者は事件の数日前、エルヴィス大国の王都にある冒険者ギルドにて依頼を探していたと言う。目ぼしい依頼が見つからずそのまま帰ろうかとしていた時、一人の王国騎士が慌てた様子で受付へと駆けて行ったそうだ。
その様子を見ていた冒険者は緊急の依頼でも入るのかと思い、王国騎士の駆けつけた受付へと近づき聞き耳を立てた。
王国騎士は早口で受付へと言ったそうだ、”死祀に攫わられたエルヴィス大国第三王女を救い出す為の人員を求めている”と。
その話を聞いた受付嬢は直ちに緊急依頼を開示し、その話に一番乗りしたのが聞き耳を立てていた冒険者であった。
そして二日後、冒険者はギルドへと顔を出し依頼についての最終確認をしようと受付へと向かい、そこで驚くべき発言をなされたのだ。
”栄光の魔女様”のご命令で緊急依頼は取り消しになりました。
申し訳なさそうにそう告げる受付嬢に冒険者は納得がいかず、ある作戦を企てる。
表面上は納得したように見せかけて、本当ならどこで依頼が行われる予定だったのかを受付嬢から聞き出したのだ。
そうして戦いが始まる場所を聞き出した冒険者は、戦いの戦利品を掠め取る為に影に潜み目的地である東の森へと赴いた。
――死祀の国が一望出来る大木の上で、冒険者はその光景を目に焼き付ける。
高台の様な場所へと引き摺られる幼い少女。
その少女を見た多くの転生者達が上げた歓喜の叫び。
冒険者はそこで漸く己の浅はかさに気づく。
戦利品を掠め取るなどと考えていた自分を恥じ、目の前で起こっている悲惨な光景にその足は思わず飛び込もうとしていた。
無謀という事は理解していた、見渡す限りの転生者達に勝てるはずがないと分かっていた、だが……冒険者はその内に秘めた良心に苛まれていたのだ。
早く助けないと……ッ。
【遠視】を使い眺めていた冒険者は高台に座る少女の涙を見て冒険者はその覚悟を決める。
そうして、大木の上から下りようとした時――冒険者はその体の震えに気がついた。
それは振り返った状態の冒険者の背後、先程まで自分が見ていた死祀の国から感じる圧倒的な強者の気配によるものであり、冒険者は恐る恐る背後へと震える体を向き直す。
――そこには漆黒の影が居た。
いつの間にか高台には少女の姿は無く、転生者の一人が横たわっている。
その光景に首を傾げていると、冒険者の前に死祀の国を覆う巨大な結界が現れた。
突如として現れた結界に驚きを隠せずにいると、結界の内部から強い重圧の様なものを感じ取る。
慌てて死祀の国へと視線を移すと、そこには漆黒だけが広がっていた。
【遠視】を使い、遠くを眺めようとしても全く覗くことが出来ない。
一体何が起きているのか……。
冒険者がその得体の知れない恐怖に呆然としていると、死祀の国を覆っていた漆黒は収束される様に消え去った。
そして……目の前に広がる光景に冒険者は撤退を決意する。
先程まであんなに騒いでいた転生者達が、全員地面へと倒れていた。
そして、その場で立っているのは漆黒の主ただ一人。
漆黒の主はゆっくりと倒れた転生者達の方へと歩き出し、地面に伏せている転生者に右手を翳すと、翳した右手から漆黒の何かを解放した。
【遠視】で見る限り地面に伏せていながらも必死に何かを叫んでいる様子だった転生者が、その漆黒の何かに覆われた直後……その目を見開きピクリとも動かなくなる。
それは、いつまでも続いたという。
数人、数十人、数百人、正確な数は分からない。
なぜならば、冒険者は途中で恐ろしくなり逃げる様にその場を後にしたからだ。
そうして、怯えた様子でエルヴィス大国の王都へと帰還した冒険者は、数時間走り続けた自分を落ち着かせる為に行きつけの飲み屋へと向かい歩き始めた。
道を進み、飲み屋の扉へと手を掛けた時――冒険者の視界は、漆黒の闇に覆われたという。
そして、この時になって冒険者は気づくことになる。
死祀の国を、そして世界を覆い尽くした漆黒の正体は魔力であるのだと。
そうして、多くの人々と同じ様に気を失っていた冒険者はその目を覚ますと真っ先に冒険者ギルドへと向かい自らが体験した出来事を語り続けた。
”まるで、命を刈り取る死神の様だった”
”奪うつもりで行った場所で、危うく自分の全てを奪われる所だった”
”――あれは死神だ、力も魔力もその命も……全てを奪う略奪の王”
体を震わせそう語る冒険者の話を周囲の人々か様々な感情を抱きながら人へと伝え回る。
こうして、死祀の国が壊滅した日。
世界は平和を取り戻したが……それと同時に新たな脅威に怯えていた。
その噂は数年にも渡り世界を恐怖へと陥れることになる。
”漆黒の闇が世界を覆いし日、死を招く略奪王が生まれた”と。
第二章―完―
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ひとまず、これにて第二章は終了となります。
ここまで本当に長かった……。
実は、第一章と第二章の二つを終えることで、物語は始まりを迎えます。
この物語は異世界転生物語です。
第三章からは異世界での物語が多く繰り広げられていきます。
とはいえ、藍くんは5年間を死の森で過ごす事となりますのでその間の物語を重要な場面だけピックアップして2.5章として書いていこうと思っています。
今日まで休み無く投稿を続けてきましたが、物語の構成を含めて練りたいと思いますので、次章からは本当に休みを挟みつつ投稿させてください……。
ここまでお読み下さり本当にありがとうございました。
これからも、本作をどうぞよろしくお願いいたします!!
それでは、また次章でお会いしましょう。
炬燵猫
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