第71話 略奪の王が生まれた日②




 めちゃめちゃ怒られた……。


 まぁ自業自得と言う事は十分に理解している。 

 含みのある言い方をしたプレデターに対して特に追及をせず、自分の力を過信して勢いよく魔力を解放したのは他ならぬ俺自身だから。


 しかし、しかしだ。

 幾ら自分の責任だとは言え、皆から一斉に叱られるとこう……精神的ダメージが凄まじい。

 特に応えたのは、見た目で言えば一番最年少であるリィシアからの叱責だ。

……いや、リィシアの場合はその柔らかい口調と幼い見た目からして”お叱り”と言うべきかもしれない。

 グラファルトが声を張り上げ、ミラが俺の頬を抓りながら叱責している時、背後からそっと近づいて来たリィシアは一言……


――あのね? 人に迷惑を掛けたらいけないんだよ?


 と、子供に言い聞かせる様に言ってきた。

 他の人達が魔力の暴発について叱責をしてくる中、子供でも理解できる一般常識を注意されたその一言は、ダメージを負い擦り切れていた精神に止めをさす一撃となった。








「――おい、いつまでそうしているつもりだ?」


 転生して直ぐに降り立った森林地帯。

 俺が泉の畔で水の中を泳ぐ魚を眺めていると後方から声を掛けられる。


「……俺はいま、傷ついた心をこの景色を見て癒してるんだ」


 夜中の時とは違い、昼間である現在は上空から陽の光が差して泉を中心とした半径数kmは神秘的な景色となっている。

 そんな景色を眺めつつ落ち込んでいた気持ちを晴らそうとしていると、声を掛けてきた人物が俺の背中へともたれかかって来た。

 柔らかな風に揺れ、その白銀の髪が俺の視界へと入ってくる。


「全く……お前がそんな調子では話し合いが出来ぬではないか。皆、お前の事を待っておるぞ?」


 耳元で囁く白銀の髪を持つ少女……グラファルトはそう言うと俺の頬へ自分の頬を擦り付けた。


 いや、俺が落ち込んでる原因を作ったの貴女ですよね? 誰よりも長い事お説教を続けたのも貴女ですよね?

 だけど、まぁ……これからの話し合いは大事だよな。


「はぁ……、わかった。みんなの所に戻ろう」

「うむ、それがいい。それと……すまぬ、我は昔から説教をすると長いらしくてな、つい言いすぎてしまった」

「いや、元はと言えば原因を作ったのは俺だから。グラファルトが謝る事じゃないよ」


 申し訳なさそうに謝罪するグラファルトの頭を撫でて、俺は立ち上がるとグラファルトと一緒に数十m先にある大きな円卓が置かれた場所へと足を進めた。









 少しだけ歩いて、円卓が置かれた場所へと辿り着く。

 そこには既に六色の魔女達が席に着いており、ミラとフィオラの間に二つの空席が用意されていた。


「あら? 傷心モードは終わったのかしら?」

「ミラスティア! そんな言い方をしてはいけませんよ」


 俺の顔を見るなり揶揄う様にそう言うミラに対して、フィオラが注意をする。

 ミラはそんなフィオラの言葉に軽く返し、俺とグラファルトに空いている席へと腰掛ける様に促した。

 グラファルトはてくてくと足を進めてミラの隣へと座る。

 それに続く様に俺はフィオラの隣へと腰掛けた。


「さて、それではランくん今後についての話し合いを始めましょうか」


 俺達が席に着いたのを確認したフィオラが全員に向けてそう宣言する。

 フィオラの言葉を聞いた全員はその言葉に頷き会議は始まりを迎えた。


「まず、ランくん。これだけは先に伝えておきますね?」

「え、うん」


 開始早々にフィオラはこちらへと顔を向けて真剣な表情でそう言った。

 その綺麗な顔に思わず見惚れてしまったが、慌てて俺は返事を返す。


「これは先程、ランくんが泉の方へと居た時に話し合った結果なのですが……ランくんにはしばらくこの森で過ごしてもらう事になりそうです」

「……ん?」


 えっと、どういう事だ?


 俺がいまいち理解出来ずに居ると、右側に座っていたグラファルトが溜息を吐きながら説明をしてくれる。


「お前が暴発させた漆黒の魔力がどこまで広がり続けたと思う?」

「……白色の世界で修行してた時は、だいたい1000kmくらいで体が怠くなった。さっきの暴発では体の怠さを感じなかったから、1000km未満じゃない?」


 俺の答えを聞いたグラファルトはその首を左右に振り衝撃の事実を口にした。


「……世界中にだ」

「……は?」

「だから、貴様が暴発させた魔力は一瞬で世界を覆い尽くしていたのだ!」

「なっ!?」


 その言葉に驚愕し慌てて他のみんなの顔を見るが、全員がグラファルトの言葉に頷いている。


「我々全員が自国へ確認を取りました。幸いにも死者は出ていない様ですが、現在も混乱が生じている様です」

「あなたが【標的】を使っていて良かったわ。もし、使っていなかったら【漆黒の略奪者】の能力でこの世界の全ての生命が命を失う所だったから」

「……」


 グラファルトの言葉を補足するフィオラとミラの話を聞いて、内心ほっとしている自分がいた。

 【標的】を使っていたお陰で、命を刈り取られたのは転生者達だけだったらしい。

 もし、使っていなかったら……俺が葬り去ったあの邪悪なる神と同類になっていたかもしれない。


 俺が円卓の上で拳を強く握っていると、グラファルトは続けて説明を始める。


「我が途中で止めた事で、漆黒の魔力に覆われていた時間自体は短いもので済んだが……お前の強大な魔力の余波に当てられ力を持たぬ多くの者が気を失っているらしい」

「……」


 どうやら、事態は思っていたよりも深刻らしい。

 俺の魔力に当てられて気を失ってしまった人々は各国の魔術師連盟や鍛え上げられた騎士団などが対応に当たっているのだとか。


 そうして、現在世界中で起こっている混乱についての話が終わり、続けてフィオラが話し出す。


「ここで問題になるのはランくんの存在です」

「俺の存在?」

「はい。本来であれば、転生者達への対処が終わり次第エルヴィス大国へと帰還しそのまま来賓として王宮で過ごしてもらう予定でした」


 確かに、救い出したシーラネルの事は気になってたしこの世界で唯一知っている国でもあるから、その提案は有り難かったかも。


「でも、今は違うって事だよね? この森で過ごしてもらう事になるって言ってたし……」

「ええ、ランくんが暴発させた漆黒の魔力……それは世界中に知れ渡り、しばらくは騒がれる事となるでしょう」


 まあ、そうだよね。

 世界中の多くの人々が一斉に気絶する事になった大惨事だ。その原因と思われるのは間違いなく俺が暴発させた漆黒の魔力で……それはまあ普通に考えたら恐怖でしかないよな……。


「それじゃあ、しばらくは【漆黒の略奪者】を使わない様にすればいいんじゃ……」

「それでも無理だと思うわ」


 俺の考えをミラはキッパリと否定した。


「あなたは気づいていないのかもしれないけれど、私たちみたいに強大な力を保有する者は気づかない内に体内を巡っている魔力が溢れてきてしまうの。それは魔力に敏感な種族や魔力感知に長けた者ならすぐに感じ取る事が出来るわ」

「いまのランくんは内に秘めた魔力を抑える事が出来ず、漏れ出ている状態ですね。その状態で魔力感知に長けている者に出会えば……間違いなく漆黒の魔力の持ち主だと気づかれてしまうでしょう」


 どうやらスキルを使わない様にしたとしてもダメみたいだな。

 だとすれば、やっぱり森で暮らす事になるのか……。


「それってどれくらいの期間になる予定なの?」


 とりあえず、今は迂闊に国へ行く事が出来ないと理解した俺は自分がどれくらいの時間を森で過ごせばいいのか、フィオラに聞いてみた。

 フィオラは少しだけ考える素振りを見せた後、その口をゆっくりと開く。


「そうですね……細かくは言えませんが、漆黒の魔力に関する情報操作が終わり、ランくんが少なくとも私たちと同等に魔力制御を覚えるまで、推測では5年から10年と言ったところでしょうか?」

「……」


 え、嘘?

 そんなに掛かるの!?

 てっきり数ヶ月とか、長くても一年くらいだと思ってた……。


 フィオラの言葉に驚きを隠せずに居ると、俺の顔を見ていたミラは小さく笑みを溢して声を掛けてくる。


「世界中に広まった噂を沈静化させて、魔力を使い始めたばかりの素人を世界最高峰クラスまで鍛え上げるのよ? むしろこれだけ短い期間で終わらせると言っているフィオラに感謝することね」

「え、待ってください……なんで私だけに感謝を? 皆も手伝ってくださいね? ミラスティアもですよ?」


 ミラの言葉にフィオラは椅子から立ち上がり慌てた様に他の魔女達へと声を掛ける。しかし、その声に反応をする者はおらず、全員がどこか別の方向へと視線を向けていた。

 なんだろう……まだ知り合って短いけど、この人が苦労人だという事が今にも泣きそうなフィオラの顔を見てなんとなく分かる。


 それにしても……最短で5年か……。


 異世界を渡り歩き旅でもしようかと思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。

 こうしてある程度の方針が決まり、会議は更に進んでいくのだった。



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