第70話 略奪の王が生まれた日①





 グラファルトが落ち着きを取り戻した後に二人で話し合った結果、婚姻の儀については方々への説明が終わってからという事になった。


 グラファルトと結婚する為に他の二人とも結婚する……なんて言う形で他の二人との結婚を進めたくないと思ったからだ。

 ファンカレアや黒椿と結婚したいとは思う……けど、それはこういう形ではなくしっかりとお互いに話し合ってから決めたいと思っている。

 月並みだとは思うけど、グラファルトにした様に自分の気持ちをちゃんと伝えてプロポーズをしたい。

 その旨をグラファルトに説明して納得してもらった。

 とは言っても、別にグラファルトが反対していた訳ではないけどね。


 婚姻の儀は先になるだろうけど、俺がグラファルトにプロポーズした事実は変わらない。だから、俺とグラファルトの関係性は地球でいう所の内縁の夫婦となるのだろう。

 互いを想い、互いを愛している事に変わりはないのだから。





 そうして、突如として生まれた疑問から長引いてしまった婚姻の儀に関する件は片付き、俺はグラファルトを地面へと下ろした。

 どうやらずっと抱えられているは流石に恥ずかしかったらしい。


「ん〜っ、さて……これからどうする?」


 地面へと下りたグラファルトは自由になった体を軽く伸ばし、辺りを見渡して呟いた。


「そうだな……とりあえず、やり残した事をやらないと」

「……転生者たちの事か?」


 グラファルトはそう言うと気を失っている転生者たちへと視線を向ける。

 正確にはどこまでが死んでいて、どこまでが気を失っているだけなのかわからない状態だ。


 俺が邪神と戦っていた時、グラファルトもまた邪神に操られた俺と戦っていた。その戦いは激しかった様で、俺たちが立っている場所の近くにある家屋はそのほとんどが壊れてしまっていた。

 そして、俺によってスキルや魔力等を奪われた転生者たちも戦いの衝撃に耐えられなかったのか周囲に吹き飛ばされている。


 【不死】も奪ったから死んでいてもおかしくはないが、どうやら生きている者も多い様だ。


「転生者たちの魂をファンカレアに送る……本来の目的を果たさないと」

「それなら我が代わりに……ッ」

「グラファルト!?」


 グラファルトは前へと歩き始めたがその体をフラつかせ膝をついてしまう。


「くっ、どうやら先の戦いで【白銀の暴食者】を使い過ぎたらしい……やはりなれぬスキルを乱用すると体に響くな……」

「無理するな。俺ならもう大丈夫だから、さっさと終わらせてみんなの元に帰ろう?」


 悔しそうに苦笑するグラファルトの頭を撫でてそう言った後、俺はグラファルトを抱えて処刑台の上へと転移する。

 そうして周囲を見渡す事が出来る処刑台へと転移した後、竜種の骨で作られた剣を取りグラファルトに見せた。


「……これ、わかるか?」

「――ああ、その親子は新入りだった。竜へと進化を遂げる前はスノーウルフと言う白狼でな? 親子共々瀕死の状態であった所を、ヴィドラスが血を分け与えたのだ。まだ名を授ける前でな……転生者たちが来なければその日の夜に名付けをする予定だった」


 グラファルトは優しい声音でそう呟いた。


「……この剣はどうする?」

「我が亜空間へとしまっておこう。然るべき時に丁寧に葬ってやらねばな……」

「わかった。他にも何かあるかもしれない、ミラ達に頼んで一緒に探してもらおう」


 俺の言葉にグラファルトは小さく頷いて、その小さな腕を伸ばし二本の剣を受け取った。そうして白銀の亜空間を作り出し、名残惜しそうに剣が亜空間へと飲み込まれるのを見つめ続ける。


 もう、あの剣を見ても怒りはこみ上げてこなかった。

 やっぱり、あの激しい怒りは邪神による影響が強かったのかもしれない。

 少しの怒りはあるけれど、それよりも今は寂しさや悲しみの方が大きい気がする。


「全部終わったら、ちゃんと墓を作ってやるからな」

「……墓なら、竜の渓谷が良いだろう。あそこなら広々としているし、出入り口に結界を貼れば誰も入る事はできない」

「そうだな……よし! それじゃあさっさと終わらせて帰ろうか」


 しんみりした空気を変える様に、俺は声を張り上げ右手を掲げる。

 そうして、【漆黒の略奪者】を使うのと同時に修行で身につけた【標的】も使い、対象を転生者達だけに絞りこむ。


 【標的】はその名前の通り攻撃を当てたい相手を選択できるスキルだ。

 視界に赤くて丸いピンの様な物が浮かびそれが転生者達のいる場所に複数立てられていく。

 ミラの話では標的を選べる数は魔力によって変動するらしいのだが、俺の場合その魔力が多すぎてどれくらいまで選択出来るのか未だにわかっていない。

 でも、便利なスキルである事には変わりない。これからの生活で使う事が多くなると思っているスキルの一つだ。


「よし、標的固定……対象は転生者達の生命力のみ」


 念のために口に出して確認をする。

 そして、一呼吸置いたあと俺は右手に漆黒の魔力を溜めた。


「行け――【漆黒の略奪者】ッ!!」


 そうして、漆黒の魔力を広げて行き周囲に横たわる転生者達へと魔力を伸ばしていく。

 漆黒の魔力は転生者達の命を刈り取り視界に広がる赤いピンは勢いよく消えていった。


「なっ!?」


 いやー本当に【漆黒の略奪者】は凄いな……こんな力、制御できない状態じゃ使え……ない……あれ、おかしいな……もう標的は消えたはずなのに、なぜか漆黒の魔力はその広がりを止める事なく”六色封印”へと近づいていく。

 そして、六色の魔女達が作り上げた”六色封印”を壊して漆黒の魔力はこっちからじゃ視認できないほど遠くまで広がり続けた。


「お、おま、おまっ!?」

「グ、グラファルト……首、首が……」

「ええい、黙れ!! 早く【漆黒の略奪者】を解除せぬか馬鹿者が!!」


 その光景を見てパニックを起こしているグラファルトは俺の首を両腕で思いっきり締めながら【漆黒の略奪者】を止める様にと促す。

 俺はその言葉に従い、赤いピンが全て消えているのを確認した後で【漆黒の略奪者】を止めた。


 漆黒に染まっていた世界は元の景色を取り戻し、周囲にはもう息をしていない転生者達が転がっている。


「藍」

「……はい」


 めいいっぱい首を締めていた両腕を緩め、グラファルトは俺の背中から下りると唸る様ないつもより低い声音で俺の名前を呼ぶ。

 その声を聞いて、俺はこの先の展開を予測する事ができた。


「そこに座れ」

「……はい」


 物凄く冷たい目を向けるグラファルトに逆らう事が出来ず、俺は大人しくその場に正座をしてグラファルト見る。

 グラファルトは大きく息を吸い込んだ後――


「この……馬鹿者がァ!!!!」


 その声を張り上げ、鼓膜が破れるのではないかと思うほどの声量で俺を叱りつけるのだった。


 尚、グラファルトによる説教は”六色封印”が壊されたミラ達が慌てて駆けつけてくれるまで続く事となり……駆けつけてきたミラ達にも何があったのかと詰め寄られ挙句の果てには”また暴走したのではないか”と勘違いされる事となった。


 そうして、俺は暗闇が支配する空間でプレデターとした会話を思い出す。



――それは構わないけど、その間【漆黒の略奪者】ってどうなるんだ?


――ああ、大丈夫だ。ちゃんと使



 あいつ……こうなる事を知っててワザと含みのある言い方をしやがったな……。


 自分を娘だと名乗ったプレデター。

 お前が本当に俺と黒椿の娘だとしたら……その性格はどっちに似たんですかね?

 絶対に黒椿だと思う。


 悪戯が成功した時のプレデターのあの笑顔を思い出し、現在進行形でみんなに責め立てられる中、俺は現実逃避をしていた。



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