第68話 君と生きて行く世界
グラファルトと再会を果たして、俺はグラファルトに邪神との戦いについて軽く説明をした。
余程心配を掛けていたのか、説明している間もグラファルトは俺から離れようとはせずにしがみついて泣いたまま俺の話を聞いている。
俺はそんなグラファルトの頭を撫でて彼女が納得するまで説明を続けた。
「……それじゃあ、もう大丈夫なんだな?」
「ああ、もう大丈夫。邪神は完全に消え去り、俺は縋りついていた過去との別れも出来た……もう暴走することも、自我を失うこともないと思う」
「そうか……それならば良い」
「う、うん……」
俺の言葉にしっかりと返事をするグラファルトは尚も抱き着いたまま離れようとはしない。
「あの、グラファルト?」
「嫌だ」
「……まだ何も言ってないんだけど」
俺の声に即否定の言葉を返したグラファルトは抱き着いていた両腕と両足の力を強め離れないという意思表示を強くする。
そうしてグラファルトは顔を少しだけ上に向けて、俺の事をその朱色の双眸で睨み付けてきた。
「まさかとは思うが……これだけ心配を掛けておいて、我に離れろとは言わないだろうな?」
「いや、でも流石にさ」
「……命懸けでお前を救おうとした我に対して、お前は何も思わないのだな? そうかそうか、お前がそんな人間だとは思わなかったぞ……所詮、我の力なぞ必要もなかったと言う事であろう? わかった、そう言う事なら離れるとし」
「わかったよ!! ごめん! 俺が悪かった!!」
何とか離そうとする俺に対して、グラファルトは自分がどれだけ心配していたか、どれだけの覚悟を以て戦っていたかを説明して訴えて来た。
結局、俺はグラファルトの言葉に申し訳なくなりグラファルトを抱きかかえたまま立ち上がった。
「別にグラファルトに抱き着かれるのが嫌って訳じゃないからな? やり残した事があるからそれを片付けようとしていただけで……後、ちょっと恥ずかしかったっていうのもあるけど」
「ふんっ……口付けまでしておいて何を恥ずかしがる必要があるのだ」
「そ、それはそうだけど……って、あれ?」
ふとグラファルトの顔を見ると、グラファルトは何故か顔を真っ赤にして視線を俺から逸らしていた。
あれ、さっきまで平然としがみついていましたよね? 一体何が……。
「……グラファルト?」
「違うのだ」
「だからまだ何も言ってないって……」
そうして、俺は今の状況を見てある答えに行きつく。
現状、俺はグラファルトを抱えて……所謂”お姫様抱っこ”の体制で立ち上がっているのだ。
「もしかして……お姫様抱っこってこの世界でもあるのか?」
「ッ!? お、お前の世界にもあるのか!? ならば、その……これをする意味も理解しているのか?」
「え、お姫様抱っこの意味?」
グラファルトは俺の言葉に驚愕した後、もじもじと体を動かしてその顔を更に赤くする。
え、嘘……もしかしてこっちの世界と俺の世界ではお姫様抱っこの意味合いに違いがあるのか!?
「……わ、我も人間の街に遊びに行った時に聞いたのだがな? その、す、好き合っている者達の間でお姫様抱っこをするのは、一種の求婚の意味があってだな……」
「ッ!?」
「好き合っている雄側が雌側に対してお姫様抱っこをするのは”貴女の全てを私に下さい”と言う意味になるのだ……」
「……」
まじか……。
正直、いま求婚をするなんてそんなつもりは全くなかった。
いや、したくないわけじゃない。
いずれは求婚して、グラファルトとはそういう関係になっていきたいとは思っていた。けど……流石に出会って直ぐに求婚はまずいだろ!?
でも、さっきのグラファルトの言葉からして、それは事実なんだろう……。
ど、どうしよう……流石に恋人になったばかりで求婚なんて引かれ――
「あ、いや、もしかしたら我が遊びに出掛けた街にのみ伝わる風習かもしれぬ!!」
俺がグラファルトになんて声を掛けようかと考えていると、慌てた様子でグラファルトはそう言った。
「そ、そもそも抱きかかえられただけで求婚など、おかしい話ではないか。うむ、きっと我の行った街でだけで広まっていたのだろう! だから、藍……そんなに気にする必要はないぞ」
「グラファルト?」
「そもそも! お前はこの世界の出身ではないのだ、だから、仮にこれが求婚の意味がある行為であったとしてもお前にとってはきっと違うのだろう? それならばこれは無効だ。だから、お前は無理してそれに応える必要はない」
グラファルトは俺の声を聞くまいと此方の反応を見ることなく俺の体とは反対側を見てそう言い続けていた。
そんなグラファルトを見ていると胸が強く締め付けられる感じがする。
その感覚に戸惑いながらグラファルトに何か言葉を返そうとした時……俺はその顔を見てしまった。
「ッ……グラファルト、お前」
「見るな! 違うのだ……だから、見ないでくれ……」
それは恥ずかしさからだろうか、それとも悲しみからだろうか……グラファルトはその瞳に涙を溜めて今にも零れそうなその涙を見せまいと顔を背けていた。
「すまぬ……我の勘違いだった……お前の反応を見て直ぐに気づくべきだったのだ……お前にそのつもりがない事に……」
「……」
「我は焦っていたのかもしれぬ……邪神の瘴気に呑まれお前が居なくなると思ったあの時、不安に駆られ、悲しみ溺れた……。そんな絶望の淵からお前が戻って来て、嬉しくて……それで、我は気づいたんだ」
背けていた顔をゆっくりとこちらへ向けて、グラファルトは涙を流してそれでも微笑み語り続ける。
「我はもう、お前が存在しない世界では生きて行けない。我はお前が好きだ、愛している。我が探し求めていた者……夫婦としての契りを結びたいと思える存在、それがお前だと……そう気づくことが出来た」
グラファルトの言葉に俺は胸が熱くなるのを感じていた。
込み上げてくるのは喜び、そして自分に対する怒りだ。
俺は何を迷っていたんだろうか……目の前に居る愛おしいと思える存在に、結婚したいと思えるくらいに愛している存在に、何を怖気づいていたのだろうか。
知り合った日数なんて関係ない。
例え知り合った時間が短かったとしても、互いの命を繋ぎ――同じ道を歩むと誓った信頼できる相手だ。
過去に縋る事を止めた時……一番最初に思い浮かべたのは誰か……その答えは、目の前にある。
「だが、それは我の想いだ。それを無理強いは……「グラファルト」――ッ」
グラファルトの名前を優しく呼び、俺はその顔を見て語り出す。
過去に囚われた俺に手を伸ばしてくれた存在の事を、その支えがあって俺は強くなれたのだと言う事を。
「……正直、俺はお姫様抱っこの意味なんて知らなかった」
「そう、か……」
「でも、もし俺がその意味を知っていたとしたら――俺は変わらず、グラファルトの事を抱きかかえるよ」
「……ッ」
例え意味を知らなくても、それでも……俺の気持ちが変わることは無いのだから。
「邪神との戦いで俺は一度負けそうになった。俺の心の弱さを利用して邪神がヴィドラスの姿になって話しかけて来たんだ」
「……」
「過去との決別を誓って挑んだ筈の戦いで、結局俺はその心の弱さに勝てなかった。ヴィドラスの姿を見て、その声を聞いて……足を止めてしまったんだ」
もし、あのままヴィドラスに化けた邪神の話を聞き続けていたら……今頃はきっと消えてしまったていたかもしれない。
「でも、そんな時に声が聞こえた。俺の名前を呼ぶ声、泉の畔で”俺の傍に居てくれる”と言ってくれたグラファルトの声が聞こえたんだ。そして、俺は気づいた……俺にとって大事なものは変わらない、だけどそれは過去に縋るものではないんだって」
戸惑いを見せるグラファルトの顔を見つめて、俺は一度だけ深く呼吸をして口を開く。
「グラファルト――俺は君が好きだ、愛している」
「っぁ……」
「俺はもう過去には縋らない……この世界で、大切だと思える人達と生きて行くと決めたから。だから、愛する君と家族になりたい――君と一緒に、この命が続く限り生きて行きたい」
不思議と恥ずかしくはなかった。
心からそう願い、俺はグラファルトにそう告げる。
「……全く、こんな場所で求婚とはな」
「ご、ごめん……でも」
しまった……それもそうだよな……衝動的にとは言え、こんな死体が転がる場所でする事ではなかった。
俺が慌てて謝罪をして何か言おうとすると、グラファルトは小さく笑みを溢し首を振る。
「冗談だ。そもそも、我もお姫様抱っこされた瞬間に求婚されるのだと期待していたのだからな――お前の言葉、嬉しかったぞ」
「グラファルト……」
「先も言った通り、我も同じ気持ちだ。我はもう、お前無しでは生きて行けない……だから、我をお前の妻として共に居させてくれ」
「ああ、これからも――ずっと一緒だ」
そうして、俺達は互いの想いを確かなものにした。
グラファルトの両手が俺の首へと回される。
そのままグラファルトは顔を近づけて……優しく俺に口付けをした。
――死祀の国の中央、ムードもへったくれもないこの場所で、俺達はこうして夫婦になったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます