第66話 またね――パパ♪





 邪神との戦いを終えた俺はこの場から離れる為にある人物を待っていた。

 そうして待つこと数分後、俺の背後から俺そっくりの声が空間に響く。


『……何とか無事に終わったな』


 背後から俺の肩に腕を回して、待ち人であるプレデターは楽し気に笑いながらそう言った。

 俺はそんな態度のプレデターに溜息を吐いて苦言を口にする。


「お前なー……今までどこに居たんだよ」

『ちゃんと見てたぜ? まあ、隠れてたけどな』

「ほう? 俺が一生懸命戦ってる間、お前は高みの見物をしていたと?」

『なーにが”一生懸命戦ってる”だ? 幾ら神格を失ってるとは言え神を瞬殺しておいてよく言うぜ』


 俺が文句を言うと呆れた様な口調でプレデターはそう返してきた。

 まあ確かに自分でも”あれ、ちょっと弱いな”って思ったけど……。


「いや、確かに予想よりは直ぐに片が付いたけど……なんか、今までよりも相手の動きとかに敏感になってるような気がするんだよな。それに、スキルに関しても手に取るように分かるというか、体も自由に動かせるし……これがお前の言ってた”契約が成立した”って言う事なのか?」


 正直、邪神と戦っていた自分自身その圧倒的な強さに驚いていた。


 儀式の間で【漆黒の略奪者】を使い暴走したグラファルトと戦った時は、自分の想定外の力を制御する事が出来ず、なるべく制御できるように軽く力を入れるようにしていたが……今回の戦いでは意識的に制御をしなくても無意識に体を操れる上に、相手の動きが手に取るように分かったり、スキルの扱い方についても自然と理解できていたりと前回とは比べ物にならない程に力の使い方を理解している感じがした。


 その事について俺が聞いてみると、プレデターは俺の肩から手を離して正面へと移動しながら話し始める。どうやら俺の予想通り、邪神と戦う前にプレデターが口にした”契約が成立した”という事が関係している様だ。


『そうだ。今まで使っていた【漆黒の略奪者】は、言ってしまえばただのお試し版だ。その力は相手の力を奪い自分の力として使えるだけで、【漆黒の略奪者】の力の一部でしかない。だが今は違う……俺がお前を主と認め契約が交わされた今の【漆黒の略奪者】は真の力を解放した』

「真の力?」

『――それは全てを”奪い”、完全に”支配”する権能。奪ったモノの最大を引き出し、全てを思うままに操ることが出来る絶対の力だ。お前は今まで奪って来た者達の力をそのまま受け継ぎそれを経験として自らの体に収束させることが出来る。全てを奪い背負う……お前だけに許された絶対の力だ』

「……絶対の力か」


 ふと自分の手を見ると僅かに震えていた。


 正直、未だに自分が強い存在だという自覚はなかった。創世の女神であるファンカレアや、守護精霊の黒椿、魔竜王であるグラファルト、それにミラを含めた六色の魔女達という強者の存在を知っていたから。力の扱い方もわからない自分は皆と比べるとそこまで強い存在ではないと。


 だが、その考えは改めないといけない。

 俺が持つこの力は、この身に余る強大な力だ。使い方を間違えたら……想像を絶する最悪の事態を引き起こしかねない。それこそ、邪神の様な邪悪な存在が再び現れたら……そいつが邪神よりも凶悪な存在だったら……考えただけでゾッとする。


 俺は強くならなきゃいけない。

 力だけじゃなく、精神的な弱さも鍛えなきゃいけない。

 プレデターが言っていた様に”覚悟”を決めて、新たな人生を生きて行かないとな。


 そうして頭の中で強くなる覚悟を決めて再び自分の手に視線を向けると、先程まで起きていたの震えは止まっていた。


『まあそう気負い過ぎるなよ。契約が交わされたと言っても、直ぐに【漆黒の略奪者】の力を最大限に引き出せるわけじゃないからな』

「そうなのか?」

『今回は俺からの初回特典って感じだな。本来であれば力を使いこなすには数年掛かるが、邪神との戦いはお前の存在を懸けた負けられない戦いだった。だから特別にウルギアがやっていたみたいに俺がお前の力を制御してやったんだよ、お前にバレない様に』


 プレデターの話では契約が交わされた後、【漆黒の略奪者】を何度も使い俺自身が使いこなせる様になるには時間が掛かるらしい。

 知識は経験として頭の中に記憶されるが、それを動かす体には刻まれていない。その為、脳から肉体へと伝達されるのに時間のズレが生じ、予想よりも力が入ってしまったり魔法が不発してしまったりなどのミスが起きてしまうのだとか。


 それを今回だけ、プレデターが特別に脳から肉体へ伝達を請け負い俺が自由自在に動ける様に調整してくれていたらしい。


『まあ今回の戦いで流石に俺も疲れたから、しばらくは休ませてもらうけどな』

「え、お前休む必要とかあるのか?」

『お前な……俺は生まれたばかりのスキルだぜ? 本当ならお試し版でお前にもっと俺を使いこなして貰って時間を掛けてから契約する予定だったんだ。それなのにお前が! 邪神なんかに! 負ける! 弱い人間だったから! 俺が無理して動かなきゃいけなくなったんだろうが!!』

「ご、ごめんなさい……」


 凄い剣幕で怒鳴るプレデターに俺は反論することなく謝罪の言葉を口にした。

 というか、自分そっくりな人間に怒られるとか本当に嫌になるな……確信を突いて来るから凄い落ち込む。


 俺を怒鳴って少しは憂さ晴らしが出来たのか、プレデターは溜息を吐いて『もういいよ』と口した。


『とにかく、俺は今回の件で疲れ果てたからしばらく休む』

「それは構わないけど、その間【漆黒の略奪者】ってどうなるんだ?」

『ああ、大丈夫だ。ちゃんと使

「ん? ……わかった」


 【漆黒の略奪者】が使える事を教えてくれたプレデターは何故かニヤリと笑みを溢していた。


 疑問に思った俺だったが特にプレデターに追及することもなく、俺がその含みのある笑みの真意を知るのは……もう少し先の話である。














『――お、そろそろ戻った方が良いかもしれないな』

「外で何かあったのか?」


 プレデターはステータス画面に似た薄い板を取り出して俺の前へと持ってくる。

 そこには、横になって動かなくなった俺に馬乗りになっているグラファルトの姿が映っていた。


『お前が邪神を倒したからお前の肉体を操る者が居なくなったんだ。邪神の残骸である肉体を覆っていた魔力も【白銀の暴食者】で喰われたみたいだな、後はお前がここから出て肉体に戻るだけだ』

「……早く戻らないとな」


 画面に映るグラファルトは、何かを叫んでいる。

 きっと、何も反応をしない俺に声を掛け続けているのだろう。

 その瞳に涙を溜めてポロポロと溢しながら、俺の帰りを待っているのかもしれない。


「改めて、本当にありがとう」

『……もう大丈夫なんだろうな?』

「――正直、わからない。邪神と戦っていた時、あいつがヴィドラスの姿をして俺に話しかけて来ただろ? あの時、俺は激しく動揺してたんだ……”家族の願いを叶えないと”、”お前にとって唯一の大切なモノの願いを叶えろ”ってずっと頭の中で考えていた」

『……』

「でも、ヴィドラスの姿をした邪神に手を伸ばそうとした時……声が聞こえたんだ」




――藍。




 それは、俺の名前を呼ぶ優しい声音。




――お前が道を誤ったなら、我が手を取り道を示してやる。お前が強大な敵に一人で立ち向かうというのなら、その隣に我は立とう。




 それは、俺の隣で微笑む白銀の少女の笑顔。




――お前の強さも、お前も弱さも、全部我に見せてくれ。我はお前を愛しているぞ。




「……あの時、夜の泉でグラファルトが言ってくれた言葉が俺に気づかせてくれたんだ。失った過去へ縋り続けるのは終わりにないといけない……失ったモノに縋るのではなく、失いたくない今を守る為に生きようって――そう誓ったんだ」

『……そうか。ならその覚悟を忘れるな、そして強くなれ! 俺が全快するまでに少しは今よりマシになっている事を祈ってるよ』


 プレデターはそう言うと漆黒の魔力を右手へ収束させて自身の前へと放つ。

 漆黒の魔力が放たれた空間には大きな穴が開き、それは転移の際に出現する亜空間に似ていた。


『ここを通ればお前は肉体へと戻る事が出来る。早く行ってやれ』

「ああ、本当にありがとう!!」


 俺は穴へと近づいて行き、穴の目の前で後ろへ居るプレデターに振り返りお礼を言った。

 しかし、そこで俺はいつの間にか背後へと近づいて来ていたプレデターに衝撃の事実を告げられる。


『別に気にすんなよ。あ、そうだ――向こう戻ったら”創世の女神”によろしくな~』

「え? 何でファンカレアに? お前ファンカレアと会った事あったっけ?」

『……ああ、そうか。お前は知らないのか……違う違う、ファンカレアじゃねぇよ』


 そうして、プレデターは俺の耳元へ口を持って行き小さな声で囁いた。


『俺が言ってたのは――黒椿の事だよ』

「……はあ!?」

『ちなみに黒椿は俺のだから。がよろしくって言ってたってちゃんと伝えておけよ』

「ちょっと待て!! 色々と爆弾投下しやがって!! なんで別れ際にそんなこと言うんだよ!!」

『うるさいなぁ……さっさと行け!!』


 俺がまだまだ言い足りない文句を言おうとしたら、プレデターは耳を塞いで俺の背中を蹴り飛ばした。

 そうして前へと押し出された俺の体は穴の中へと引きずり込まれていく。

 そんな俺の姿を眺めて、プレデターは俺そっくりだった筈のその姿を変えていく。


 身長はグラファルトよりも低くなり、白髪だった髪は唐紅色のセミショートに伸びていた。

 変わらないのはその漆黒の光が揺れる瞳だけ……。

 その姿はどこか黒椿を彷彿とさせる。


「それじゃあまたね……パパ♪」

「ちゃんと説明をしろぉぉぉぉ!!」


 唐紅色の髪を揺らして女の子となったプレデターは、悪戯が成功した子供の様にはしゃいで俺の事を”パパ”と呼んで笑っていた。



 こうして、俺は最後の最後で衝撃的な爆弾発言をされ……その詳細を知る事も出来ないまま漆黒の闇に飲み込まれていった。




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