第65話 過去との決別
暗闇が支配する空間で、藍と邪神は魔力を解放して睨み合っていた。
先に仕掛けたのは邪神だった。
邪神は人型のシルエットから禍々しい邪悪なる魔力を解放し藍へと目掛けて弾丸の様に撃ち放つ。
邪悪なる魔力で生み出された弾丸の雨は容赦なく藍の元へと降り注いでいた。
しかし、その弾丸は藍に届くことはない。
そこにいた筈の藍はその姿を消し、弾丸の雨は誰もいない地面へと着弾した。
『ッ……一体どこに――ゴァッ!?』
周囲を見渡していた邪神の背後から、拳によって放たれた重い一撃が見舞われる。
不意に背中を殴られた邪神はその体を前方へと飛ばして床に転がり、その痛みに声を上げた。
『おのれぇ……!! おのれおのれおのれぇ!!!!』
先程まで自身が立っていた場所を見て、邪神は憎しみを込めた声を張り上げ睨み付ける。
そこには姿を消した藍が拳を突き立てた状態で立っていた。
『人間の分際で我を殴りつけるとは……覚悟は出来ているのだろうなァ!!』
邪神は藍に向かって叫ぶと、自身の姿を変え始めた。
邪悪なる魔力を解放し、それを自らの体に纏わせ物質化する。結晶となった魔力は全長3m程の巨体へと変わり、その背後には鋭利な翼を生やしていた。
最後に頭上に黒い輪っかを作り出し邪神は隠していた力の全てを解放する。
『貴様如きがこの姿を見れたこと光栄に思うがいい!! これが我の真の姿である神の御姿を見ることが出来たのだからなァ!!』
「……神格を失った神の姿なんて有難みに欠けるな」
『ッ殺す!! 精神を極限まで痛めつけてから殺してやる!!』
藍の挑発ともとれる言葉に邪神は怒りを露わにして一瞬にしてその距離を詰める。
そうして自らの巨腕を藍へと目掛けて振り下ろした。
『ふははは!! 死ね!! 死ね死ね死ねェ!!』
その巨体からは想像もできない速さで巨腕を交互に振り下ろし続ける 邪神は自身の力に酔いしれていた。
邪悪なる神である己が負ける筈はないと。
だが、それは余りにも愚かな考えだ。
『死ね!! 死ね!! 死――ッ』
「……満足したか?」
例えそれが世界最強の魔法使いであろうとも。
例えそれが世界に畏怖される魔竜王であろうとも。
『――ふ、ふざけるなァ!! 我は神だぞ!? 絶対なる力の象徴である神なのだ!!』
例えそれが、世界を創造する神々であったとしても――略奪の王にとって、それは恰好の餌でしかないのだから。
邪神が振り下ろす巨腕の先……そこには一人の王が居た。
振り下ろされた巨腕を避けることなく漆黒の魔力で巨腕を受け止め続ける。
邪神から振り下ろされた巨腕は次第にその速度を落としていき、ついには振り下ろす事が出来なくなり力なくその肩を落とした。
「もう終わりか……それじゃあ、次は俺の番だな――ッ!!」
『グァァァッ!?!?』
先程までの威勢は無くなり、その体を震わせていた邪神。
そんな邪神の腹部に藍の拳がめり込んだ。
その一撃は先程よりも力を増して邪神を空間の彼方へと吹き飛ばす。
彼方へと飛ばされた邪神はその痛みに耐えきれず身悶え考えを巡らせていた。
(馬鹿な……何故だ!? 肉体の支配は完璧に終わったはずだ、あの人間にはもう力など――いや、そもそも何故”我を殴り飛ばすことが出来る”!?)
邪神は理解できなかった。
藍の肉体を支配し、その肉体を介して魂の大半も支配したと思っていた邪神。
魂に宿るスキルも全ては自身の自由だと、そう確信していた邪神には今の光景が悪夢なのではないかと思える程に信じがたいものだった。
(ありえない……そんな筈はない!!)
邪神は一瞬だけ頭に過った思考を否定する様にそう言い聞かせる。
しかし、それでも尚思考は止まることなくその答えを導き続けていた。
力を失った両腕が、藍に殴られた痛みが、邪神に一つの答えを突き付ける。
『……全て貴様の策略か!! 我をわざと泳がせ、油断した我をあの人間に消滅させる為に……忌々しい精霊如きがァ!!』
邪神はここには居ない唐紅色の髪を持つ精霊に対して恨み言を溢す。
裏をかいて動いていると思っていた自身の行動が、全て精霊の手の内であった事を理解して、その顔を歪めた。
そうして、憎悪の感情に呑まれた邪神の耳に近づいて来る足音が聞こえてくる。
その足音を聞いて、邪神はその身を強張らせて後ろへと逃げようとした。
しかし、邪神は逃げることが出来ない。
いつの間にか漂っていた漆黒の魔力によって、その両足を拘束されていたからだ。
『ッ……く、来るなァ!!』
邪神は怖がる子供の様にそう叫ぶと邪悪なる魔力の塊を大砲の様に足音の聞こえる方へと放つ。
しかし、それでも尚足音は止まることなく近づき続けその音を大きくさせて行く。
そして……怯える邪神の前に漆黒の魔力を支配した藍が姿を現した。
『ま、待て……我はまだ消える訳には行かない!!』
「もう終わりだ」
『た、頼む!! わかった、我は降伏する!! これからは心を入れ替えてお前に忠誠を誓おう!! だから……』
コロコロとその表情を変えて、邪神は藍の前でその額を床に着け許しを請う。
しかし、そんな邪神に対して藍は冷たく言い放つのだった。
「――これは俺とお前の存在を掛けた戦いだ。どちらかが消えるまで終わらせるつもりはない。そもそも俺はお前を信用できない」
『ッ!? ……そうだ!! お前には果たさねばならぬ願いがあるだろう!? それを我が手助けしよう!!』
「……果たさねばならぬ願い?」
そうして邪神は最後の希望だと思い必死に語り続けた。
藍が家族の様に思っている殺された竜種について、今も尚生きている転生者達について、そして――邪神はその姿をある者に変える。
『――藍様、我らの願いを叶えてください……殺された我らの為に復讐を……』
「ッ……」
それは最もグラファルトの側にいた竜……蒼き鱗を纏うヴィドラスの姿であった。
藍はヴィドラスの姿をした邪神を見て、その黒い瞳を閉じ拳を強く握る。
邪神はそんな藍の反応を見て、今までとは違う違和感を覚えていた。
(……おかしい。今までならばここで激しく動揺を見せていた筈だ……)
『藍様? まさか……我ら事をもう家族とは思っていないのですか?』
邪神は心の中で焦燥感を覚えつつ、ヴィドラスの姿のまま更に藍へと声を掛け続ける。
しばらくの間藍は黙ったまま拳を握りしめていたが、その拳を緩め閉じていた瞼を開いた。
「……そんなことはない。俺にとってお前やアグマァル、それ以外の竜種たちはかけがえのない家族だ」
(ふっ……幾ら強大な力を手に入れようとも所詮は心の脆い人間だな……このまま一気に畳みかけるか)
優しく微笑む藍を見て、邪神はまだチャンスはあると判断し更に感情を込めてヴィドラスを演じ続けた。
『そうです! 我らは家族なのです!! ですから、我らの為に復讐を……その憎悪をもう一度!!』
「……ごめんな、ヴィドラス」
『ッ!?』
もう少し、もう少しとその距離を縮めていき瘴気を含めて腕を伸ばしていた邪神は藍の言葉にその手を止める。
そうして見上げた先には、顔を歪ませその瞳に涙を溜める藍の姿があった。
「ごめんな……例えお前が復讐を望んだとしても、俺はもうお前の力にはなれないんだ……」
『な、なにを』
「俺は今まで過去に縋って来た。地球で別れた家族や家族の様に思っているお前達に……。でも、それじゃダメなんだ。幾ら過去に縋ろうとも、もうお前達と生きて行くことは出来ないから……」
(……まさかッ!?)
邪神は藍の言葉を聞いてその体を後退させた。
そうして、藍は涙を拭い後ろへと下がっていく邪神に右手を翳す。
「寂しさからずっと縋って来てごめん。でも、もう終わりにする」
『や、やめろ……』
「俺は過去じゃなく……今を、これからを生きて行くよ」
『待て!! やめろォォォ!!』
「最後にお前の姿を見れて良かった……ありがとう邪神、さようならヴィドラス」
藍は翳した右手から漆黒の魔力を解放し、竜と成った邪神の体を一瞬で飲み込んだ。
「今から帰るよ……」
邪神の消えた空間で、藍は静かに呟いた。
ここには居ない――白銀の少女の顔を思い浮かべて。
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