第64話 そして、戦いの幕は上がる





 魂の回廊。

 そこは制空藍という生命体の魂を構成する無数の長い道が入り組んだ迷路の様な場所だ。

 迷路の道を進みながら、自らの瘴気をばら撒き浸食し続けていた存在は、その歩みを止めて歓喜に打ち震えていた。


『ククク……やったぞ……ついに見つけた!!』


 守護精霊である黒椿によって自らの力の源である神格を奪われた邪神。

 本来であれば、そこで邪神という存在は消滅するはずだった……のだが、邪神がその存在を消滅させる事はなかった。

 邪神はその身に危険が迫った時のことを考えて保険を用意していたのだ。


 自らの魂の一部を欠片に埋め込み、藍の体内へ送り込む。

 そして、欠片を砕かれるのをトリガーとして瘴気を発生させ藍の魂へと潜り込んだ。

 そうして魂の回廊へと降り立った邪神は、その小さな存在を強くする為に藍の魂を浸食し続けた。少しづつ、誰にも気づかれないように、その存在をより強固なものにする為に。


 邪神の目的はそれだけではなかった。

 いや、むしろこちらの目的の方が邪神にとっては重要だと言える。


 邪神の真なる目的。

 それは――制空藍と言う存在の情報が保管されている場所を見つけ出し、その情報を消し去る事だった。

 情報が無くなった魂に瘴気を浸食させ自らの存在を刻み込む。

 そうする事によって制空藍の魂、そして肉体を自由に操ることが出来るようになり、【漆黒の略奪者】という強大な力を持つことが出来るのだ。


 作戦は順調に進んでいた。

 欠片を埋め込んだ際に見つけた制空藍の心の弱さ、そして奥底にある闇を見つけそれを利用する。

 じわじわと精神を汚染していき、家族を失った寂しさと家族を殺した者達への復讐心を少しづつ増幅させていった。


 怒りに身を任せて転生者達を殺し続ける制空藍を見て、邪神は好機が来たと動き出す。精神的に不安定になった制空藍の魂に瘴気を大量に送り込み、真っ先に肉体の主導権を奪い去った。

 そうして邪神は転生者達を殺し続け、制空藍の精神に追い打ちを掛けていく。

 後は制空藍という存在の情報が保管されている場所を見つけ出すだけ……邪神はそう思っていた。


 しかし、邪神にとって予想外な事態が起きた。

 幾ら探そうとも、情報が保管されている場所が見つからなかったのだ。


 制空藍の魂の回廊は複雑なものだった。

 そして何よりも、その広さは異常ともいえる程に広大であった。

 浸食し続けて行こうとも全く以て見つからない状況に、邪神は苛立ちを隠せずその瘴気を更に拡散していく。


 そうして、邪神は遂に見つけるのだった。

 正確には邪神が見つけたわけではなく【漆黒の略奪者】が封印していた鎖と錠前を解除しただけだが、邪神がその事実を知る事はない。

 邪神は見つけた事への喜びを隠すことなくその体を震わせて目的の場所へと足を進めて行った。







 魂の回廊の中心部。

 そこには大きな黒い正方形の物体が佇んでいた。

 邪神はその物体に瘴気を送り込み、邪神の正面にある物体の側面を浸食して行く。

 そうして崩れた側面から内部へと侵入して、周囲を見渡した。


 そこは暗闇が支配する空間。

 光は一切なく、闇だけ広がり続ける。


『……さて、始めるか』


 邪神はそう呟いた後、自身の身体から膨大な瘴気を放出して暗闇へとばら撒き始める。


『ククク……一時はどうなる事かと思っていたが、まさかこんなにも便利な体を手にすることが出来るとはな……』


 そうして邪神は自身の過去について振り返る。



 邪悪なる神が生まれたのは本当に偶然であった。


 ”善”と”悪”を司りし神――全ての生物の善悪を見定める権能を持つ神格は、眷属をを造り出し、その同胞たちから長く崇められていた原初の竜、グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルの体内で生まれた。


 そうしてグラファルトの体内に宿り続けた神格はある日自分の中にある”悪”に気づく。

 自らを崇め奉る眷属たち。

 しかし、その数は僅かな者だった。

 この世界には既に創造神として君臨する創世の女神ファンカレアが居た為、世界に生きる生命は創造神への信仰を絶対としている者が多く、生まれたばかりの神格に注がれる信仰心が圧倒的に少ない。


 この時から、神格はその悪意に染まり始めていた。

 そうして、偶然にもその悪意を増幅させる事態が起きてしまう。

 それは……ファンカレアが送り込んだ転生者達による眷属の惨殺だ。


 宿主であるグラファルトよりも、自らを信仰する眷属を殺されたことに怒りを覚えた神格は、この日邪悪なる神格へと堕ちてしまった。

 それからの行動は早かった。

 宿主であるグラファルトは焚き付け、心を支配してその体を乗っ取り女神へと戦いを挑んだ。

 結果的に戦いに敗れ封印されることになってしまったが、その間にも邪神はその悪意を消すことなく封印が解けるのを待ち続けた。


 そうして待つこと数百年、封印を解いた邪神が出会ったのが2000人目の転生者である制空藍だった。

 制空藍を見つけた邪神は直ぐにその思考を巡らせ依り代にする事を決めて行動に移し――その強大な力に大きな好機が来たと興奮を覚えたのだった。




『神格を奪われたのは痛いが、それと引き換えにこの力を手に入れることが出来た。創世の女神ですら知らぬ未知の力……!! この力があれば、我は神々の頂点へと君臨する事が出来る!!』


 過去から学び対策を練って来た邪神は、ついに目前まで辿り着くことが出来た目的の為に更に瘴気を広げ続けた。


 しかし、ここで邪神は違和感を覚える。

 幾ら待っていても、浸食が始まる気配が全く以て感じられなかったからだ。


『……どういうことだ?』


 邪神は困惑していた。

 確かに瘴気は出し続けている。

 それは自らの体から放出されていく感覚があるから間違いないと確信している。

 しかし、それでも尚空間内に浸食が始まる気配はなく、それどころか……邪神は何か悪寒の様な、背筋が凍る感覚を覚え始めていた。


『馬鹿なッ……ありえない……』


 身に降りかかる悪寒。

 そして、進むことなく消え去った瘴気。


 その答えを示す様に――邪神の正面から足音が響く。


『何故だ……貴様は既に消え欠けていた筈だ……』


 足音は徐々にその音を大きくして近づいて来る。

 近づくにつれて感じるその強大な魔力の存在に、邪神は思わず体を震わせる。

 それは歓喜に震えているわけではなく……目の前から近づいて来る存在に対する恐怖から起こる震えであった。


「――一度目は黒椿によって救われた」


 暗闇の向こうから、男と思われる声が響く。

 その声は邪神にとって、苛立ちを覚える声であった。


「――二度目は【漆黒の略奪者】によって救われた」


 そして、声の主はその足を止める。

 足音が止むのと同時に暗闇が支配する空間に眩い光が灯り始めた。

 蛍光灯の様に眩しい光に邪神は一瞬目を細める。

 しかし、細めた目で見たその青年の姿に思わず声を荒げるのだった。


『貴様はどこまで我の邪魔をすれば気が済むのだ……転生者ァ!!!!』

「――三度目はない、ここでお前と決着をつける!!」


 邪悪なる魔力を解放し、邪神は威嚇をする。

 それを気に留める事もなく、漆黒の魔力を支配した青年――制空藍は邪神の前に立ち塞がる。



 こうして、制空藍と邪神の最後の戦いは――その幕を上げた。


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