第63話 覚悟、そして覚醒
暗闇が広がる謎の空間で、俺は【漆黒の略奪者】だと名乗る自分そっくりの白髪の男に出会う。
地球で命を落としてから今までの間で、自分の中の常識から外れた現象が起き過ぎた所為か……不思議と驚いたり、困惑したりはしなかった。
けど……うーん……。
『――おい』
やっぱりそっくりだな……本当に鏡を見てるみたいだ。
髪の色は変えたとか言ってたけど、俺が髪色を白くしたらこうなるのか……悪くない。
『――おい!』
「え?」
『え、じゃないだろ……近すぎだっ』
【漆黒の略奪者】はそう言うと俺の顔面を右手で掴み後ろへと追いやった。
しまった……夢中になりすぎていつの間にか至近距離まで近づいていたらしい。
「ご、ごめん、自分そっくりな人と会う事なんてなかったから面白くて……」
『まあ、いいけどさ……。とりあえず、そこに座れよ』
少しだけ不機嫌そうにしてはいるが、どうやら許して貰えたみたいだ。
【漆黒の略奪者】が指さした方を見ると、そこにはスポットライトに照らされた二つの椅子が向かい合った状態で用意されていた。【漆黒の略奪者】はそそくさと椅子の方へと歩き始めて、腰を掛け足を組む。
俺は【漆黒の略奪者】の後に続いて余っている椅子へと腰掛けた。
俺が席に着いたの確認して、【漆黒の略奪者】は話し始める。
『さてと、まずは急にこんな場所に呼んで悪かった』
「いや、それはいいんだけどさ……これまでの経緯とか今の状況とか……ちゃんと説明はしてくれるんだろうな?」
『当然だ、その為に呼んだからな。大変だったんだぜ? ウルギアと黒椿を退けてここまで連れて来るのは……出来ればもう二度とやりたくないね』
「ん? て言うことは、ここって俺の体の中ってことか?」
俺がそう聞くと、【漆黒の略奪者】は『そうだ』と肯定して話を続けた。
『ここはお前の魂の内部だ。精神世界という部分では黒椿が居たあの草原と同じだが、その重要度は全くもって違う』
「重要度って?」
『例えばの話だが、黒椿の精神世界が邪神の瘴気によって汚染された場合、精神世界を邪神の瘴気ごと破壊してしまえばそれで終わりだ。邪神の瘴気は消滅し、精神世界はまた創り直せばいい……だが、ここは違う』
ジェスチャーを交えながら説明していた【漆黒の略奪者】はそこで一度区切ると、俺の事を人差し指で指してから再び口を開く。
『ここは言わば、制空藍という存在を情報として記録している保管庫だ。一度でも壊れてしまえばお前と言う存在は初期化され消えてなくなってしまう』
「……確かに、俺にとっては重要度の高い場所だ」
『そうだろう? それでだ、これまでの経緯についてだが……お前の魂は今――邪神の瘴気に浸食され始めている』
「ッ!?」
『ああ、大丈夫だ。浸食されたと言っても全てじゃない。俺が早い段階でお前の魂の大部分を奪って、ここに封印しておいたからな』
浸食されたと聞いて思わず椅子から立ち上がってしまったが、【漆黒の略奪者】は大丈夫と告げて俺に座るように促した。
俺は【漆黒の略奪者】の言葉に落ち着きを取り戻し倒した椅子を直して腰掛ける。
「一体どうなってるんだ……黒椿からは特に何も聞いてないぞ……」
『最初は気づかなかったんだよ、それくらいに小さな瘴気だった。だが状況が変わった、原因はお前の精神の弱さだ』
「ッ……」
『グラファルトの記憶を自らの経験として体感した事で、お前は竜種であるヴィドラス達の事を家族として認識するようになった。そして邪神は、お前に欠片を植え付けた時にお前の記憶を覗いて知ったんだ――お前にとって、家族とはどの様なモノなのかを』
「……」
全てを知っている。
そう言われていると錯覚してしまう程に、【漆黒の略奪者】の言葉は俺の胸にグサリと突き刺さった。
『……別に責めている訳じゃない。お前にとって家族が何よりも大切なモノだと言うことは理解しているし、害する者を退けようとするのは最もだ……だがな、その感情とは裏腹にお前の精神は弱すぎるんだ』
「……グラファルトにも言われたよ。俺の心は脆くて弱いって」
『邪神は狡猾で抜かりのない奴だ。お前が欠片を砕いてしまう事を考慮して、欠片が砕かれるのをトリガーに瘴気が漏れ出る様に計算していたんだろう。そして予想通りに欠片は砕かれ、瘴気はお前の魂へと潜り込んだ。魂に取り憑いてしまえば、お前以外の奴に無理やり引き剥がす事は出来ないからな』
【漆黒の略奪者】の説明によると、瘴気によって汚染された魂を無理やり引き剥がした場合……瘴気を払う事は出来るが、それと同時に記憶喪失や精神疾患など多くの弊害がセットで付いてくるらしい。
だからか、流石に代償が大きすぎて黒椿たちでも手出しは出来ないようだ。
『邪神はお前の意識を誘導し始めた。気づかれないようにじわじわと侵食範囲を広げていって、お前の精神が激しく乱れる瞬間を待っていたんだ。そして――邪神が待ち望んでいた瞬間は訪れた』
「それはッ……!!」
『これは記憶を頼りに俺が作ったレプリカだが、それでもお前の記憶を呼び起こすのには十分だろう』
【漆黒の略奪者】はその両手にいつの間にか剣を握っていた。
骨で作られている大きさの異なる二本の剣。
その剣を見て……俺は処刑台での出来事を思い出す。
「……ああ、思い出したよ。その剣を見て俺は、転生者達への激しい怒りを覚えたんだ」
『そして、お前は報復を誓った。怒りに身を任せて、転生者達の全てを奪い始めた。だがそれは、同時にお前の精神を深く傷つけ始めたんだ。傷ついた精神は瘴気に呑まれ、竜種を殺した奴を探し出す為に多くの転生者の記憶を読み取った事が最後の引き金となり、お前は自分が何者なのかもわからなくなって……そして邪神に肉体の主導権を奪われた』
全ては俺の精神が弱いせいで。
散々警告はされていたのに、結局俺は邪神に肉体を奪われてしまったのか……。
自分の弱さに心底落胆し、これからどうするべきか考えていると【漆黒の略奪者】は両手を強く合わせて大きな音を鳴らした。
『まだ落ち込むには早いぜ? なんの為にここに呼んだと思ってるんだよ』
「この状況からなんとかなるのか?」
『なんとかなる……それははっきりと断言しておこう。だが時間がないのは確かだな』
そうして【漆黒の略奪者】は立ち上がると椅子をスポットライトの届かない遠くへ蹴り飛ばしてステータス画面のような長方形の薄い板を俺の前へと浮遊させる。
「……ッ!? グラファルト!!」
画面の先に映っていたのは、全身が真っ黒な人型の怪物と戦うグラファルトの姿だった。
身体の所々に傷を負い、それでも尚止まることなく怪物へと攻撃し続けている。
『それは今、現実で起こっている事であり、その怪物の正体はお前だ』
「これが……俺なのか?」
『そうだ。邪神に主導権を握られ、その力を暴走させている。グラファルトはそれをウルギア達から知らされて、お前を止める為に今も戦っている。お前が帰ってくると信じてな』
「グラファルト……ッ」
握った拳に力が入る。
そうして思い出すのは、泉で愛していると口にしたグラファルトの笑顔だった。
「――頼む【漆黒の略奪者】!! 俺に力を貸してくれ!!」
『……』
「俺が弱い所為なのはわかってる!! 俺は弱い人間だ、家族との別れを割り切ることが出来なくて、直ぐに感情が表に出てしまう……その所為で邪神に付け入る隙を作ってしまった事も十分に理解している……。でも、それでも俺は戻らないといけないんだ!! もう二度とあいつを……グラファルトを独りになんてさせたくない!!」
俺は【漆黒の略奪者】の前へと立ち、頭を下げて懇願する。
もう、二度と失わせはしない……。その為ならどんなに惨めだと思われても縋りついてやる。
そうして頭を下げ続けていると、【漆黒の略奪者】に右肩を軽く叩かれた。それに反応して顔を上げると、【漆黒の略奪者】は笑みを浮かべて楽し気に話し出す。
『だから言ってるだろ? なんとかしてやれるって。俺としても、邪神なんかよりはお前に使われた方がマシだからな』
「……ありがとう」
『礼なんていらねぇよ……あとその【漆黒の略奪者】って呼び方も止めないか? スキルを使う時の呼び方だとややこしいし、俺の事はスキル名から半分貰って”プレデター”でいい』
「わかった」
俺が了承をすると、プレデターは一度頷き指を弾いて音を出す。
すると俺とプレデターの右側に1m四方の鎖と錠前で固定されている黒い箱が表れた。
『これは今俺達がいる空間を外側から見た光景だ。鎖と錠前は俺にしか解除することは出来ない……今からこの封印を解く』
「えっ!?」
『いいか? お前の魂を浸食している邪神の瘴気は他の誰でもないお前にしか取り除くことが出来ないんだ。お前が邪神に打ち勝ち、その瘴気を奪って全てを取り戻せ』
「勝算は?」
『ある。外でグラファルトが戦っているのを見ていただろう? お前の体に纏わりついていた漆黒の魔力は邪神に浸食された精神が混じった物だ。それをグラファルトの持つ【白銀の暴食者】が喰らい続けてかなり弱らせてくれている。後はお前次第だ』
プレデターはそう言うと、俺の右肩を掴んで真剣な眼差しで諭すように話し出した。
『お前に足りないモノは”覚悟”だ。人々の願い背負う覚悟、躊躇うことなく殺める覚悟、悲しみを受け入れる覚悟、それ以外にも様々な覚悟が必要だが……お前にはその覚悟が足りない』
「……」
『だからこそ、今ここで証明して見せろ! お前を想う愛する者達の為に、邪悪なる神の全てを奪う覚悟を決めろ!! 略奪の権利を持つのに相応しいのが誰なのか、それを邪神に教えてやれ!!』
こちらを見つめる黒い瞳がゆらゆらと漆黒の光を灯す。
プレデターは空いている左手を胸の辺りまで上げて、その掌に幾重にも文字列の様な物が刻まれた漆黒の球体を出現させた。
『その為の力が必要なら俺がお前に与えてやる。俺は【漆黒の略奪者】――お前の為に生まれたお前だけの特殊スキル。今邪神が操っている偽りの力じゃない、これが本当の【漆黒の略奪者】だ』
「……」
差し出された漆黒の球体を受け取り、俺は大切な人たちの顔を思い浮かべる。
地球で命を落として家族との別れを迎えた俺は、新たな場所で三人の恋人と出会った。
大好きだと言ってくれた女神様が居た。
傍に居続けてくれた守護精霊が居た。
共に命を分け合った竜が居た。
それ以外にも、多くの大切だと思える人達を見つけることが出来た。
沢山の勇気を、温もりを、希望を貰ったんだ。
「――ッ!!」
『さあ、その名を呼べ!! 俺がお前の力になろう!!』
プレデターの叫びを聞いて、俺は右手に掴んだ漆黒の球体へ意識を向ける。
――もう、逃げたりはしない。
――もう、負けたりはしない。
これが、邪神との最後の戦いだ。
強い覚悟を胸に俺は声を張り上げる。
その覚悟を示すように、もう二度と忘れないように……
「共に戦おう……【漆黒の略奪者】ッ!!」
『ここに契約は交わされた!! 俺は今からお前を主と認めよう!!』
その声と共に漆黒の球体は光を放ち、膨大な魔力が体に入り込む。
そして――魔力の暴風が周囲に吹き荒れる中、黒い箱に付けられた鎖と錠はその役目を終えて、大きな音を立てて砕け散るのだった。
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