第60話 閑話 神をも殺す一輪の花
藍の体に宿る自称守護精霊――黒椿は、自らが創造した精神世界である者に問い詰められていた。
「いい加減にしろ、いつまでそうやって黙っているつもりだ」
「……」
問い詰めている人物の名前は明確には不明だ。
ただ、主である藍には”ウルギア”と呼ばせている。
ウルギアは普段は形を持たない不可視の存在である。
そもそも、ウルギアの詳細は誰も知らないのだ。
どこから来たのか、いつから居るのか……【叡智の瞳】を持つ黒椿でさえその詳細はわからない。分かるのはウルギアがどこかの世界の神であったという事だけだ。黒椿が詳細を掴む前に、声という不明瞭な形でウルギアが止めに入ったからだ。
調べようとした当時は藍もまだ地球に居た為、力の弱かった黒椿はただただ全能の力を持つであろうウルギアの言葉に従った。
しかし、それは昔の話である。
不明瞭な存在である筈の元神はいま、その姿を形として現している。
全身は禍々しい黒色のシルエット。その頭上には細かな凹凸のある黄金の輪っかが浮いていてその瞳は黄金色で静かに光を放っていた。
ウルギアはその姿を現し、そして怒りを露わにして黒椿を責め立てる。
その内容は敬愛する主に関する内容であった。
「ッ……貴様が話さないと言うなら私が言ってやる。お前は知っていたんだろう……藍様の魂が邪神によって汚染されていた事を!!」
「……」
その視線を鋭くして、ウルギアは黒椿に確信をつく。
そして黒椿は――ウルギアの言葉に対して笑みを溢すのだった。
「何故だ!? 何故黙っていた!!」
「……邪神の欠片は砕けたよ」
「邪神の欠片が砕けたからなんだ!? ならばどうして藍様は暴走を始めている!!」
「ちゃんと説明はするから……そうやって威嚇するのは止めてくれないかな?」
ウルギアの足元の地面が激しく揺れ大地が割れる。
黒椿はそれに動じることなくウルギアの目の前で右手を軽く払った。すると乱れた大地は元に戻り、精神世界は綺麗な草原に様変わりする。
そうして草原を元に戻した黒椿は、ウルギアにゆっくりと説明を始めるのだった。
「あれは暴走なんかじゃない、邪神によって魂を汚染されていたとしても、全ては藍の意思で行っている事だ」
「そんな訳ないだろう!? 我が主である制空藍は優しい人間だ、自らの意思であんな残忍な事……!! お前だって知っているだろう!?」
「そうだね……確かに藍は優しい……特に家族やそれに近しい存在、僕やファンカレアそれにグラファルトの様な恋人関係にある存在には優しいよ」
「……回りくどい言い回しをせずはっきりと言え」
黒椿の遠回しな説明に苛立ちを覚えたウルギアは再びその足元の大地を震わせる。
それを見た黒椿は、一呼吸を置いた後に空を見上げてウルギアの望み通り、はっきりと口にした。
「藍は邪神からグラファルトの記憶を貰った際に邪神にその過去を覗かれた。そこで邪神は知ってしまったんだ……制空藍と言う人間に隠されていたその歪みを」
「ッ……まさか……」
「――藍は家族を害する者には容赦をしない。例えそれが非道な行いだとしても、必ず家族を害した者に相応の報いを受けさせる。この事を知っているという事は君はかなり前から藍の体に宿っていたんだね?」
「……藍様が赤子の時からだ。その時から私は藍様を見守っていた。お前の力で汚染部分のみを分離する事は出来なかったのか?」
黒椿の言葉に心当たりがあったウルギアは黒椿に対する威圧は消し去り、その顔を歪めそう黒椿に聞く。
ウルギアの言葉に黒椿は首を左右に振って答え、否定した。
「君の【改変】と同じだよ。魂から無理やり汚染部分だけを分離なんてしたら、藍という人格は変わり果ててしまう……それは君だって望んでいない事でしょう?」
「そうだが……ッ」
ウルギアはその視線を黒椿から逸らしバツが悪そうに舌打ちをした。
黒椿はそんなウルギアの様子に溜息を溢す。
「はぁ……。心配するのは当然の事だと思う。だけど、それで僕に八つ当たりするのは止めてくれないかな? 幾ら僕であっても許せないことだってある」
「……貴様は心配ではないのか?」
「――は? 心配に決まってるでしょ? ふざけた事ばっかり言ってると……”殺すよ?”」
「なッ!?」
ウルギアは自分が何をされたのか理解できなかった。
分かるのは地面が抉れる程に叩きつけられた己の体と、目の前に佇む黒椿から放たれた絶対的な力の波動のみ。
「あれ? もしかして僕に勝てるとでも思ってたのかな? 元々神であった自分なら、創世の女神には及ばずとも僕を組み伏せる事はくらいは出来るとでも?」
「……」
ウルギアは甘く見ていた。
黒椿の言う通り、幾ら魔力を補充して強化されていたとしても、今ならばまだ組み伏せる事が出来ると……。
「残念だったね、僕はそんなに弱くないよ。藍を守る為にたっくさん力をつけたからねー」
「き、貴様……それ程の力を一体どこでッ」
「さあ……それは別にどうでもいいんじゃないかな? 例えば多次元空間上に私の分体を送り込んでそこに存在する神々を殺し回ったり、地球に周期的に訪れていた厄災をこの世界に来たのと同時に喰らい尽くしたり……方法はいっぱいあるでしょ? そんなの考えたって仕方がないんじゃないかな」
ウルギアはその言葉を聞いて確信する。
(見誤っていた……黒椿は既に創世と同等の力を保有している……ッ!!)
黄金の瞳でこちらを見下ろす黒椿を前に、これからどうなるのかを考えていたウルギアであったが、不意に体の自由が戻ったことに気がついた。
それと同時に黒椿から放たれた絶対的な力の波動も綺麗に消え去る。
その状況に困惑するウルギアに、黒椿は後ろへ振り向きその背中を見せた。
「……別にいま殺したりしないよ。君はもう藍と縁を結んでいるからね。酷いことしてごめんね?」
「……」
「安心してよ。藍のことなら大丈夫、ちゃんと対策はしてあるから」
立ち上がったウルギアは静かに黒椿の背中を見ていた。
そうして、その後ろ顏を見て小さな驚きを見せる。
「まあどちらにしても、藍が生きている間、僕たちには傍観する事しか出来ないからね……悔しいと思うのは僕だって同じだよ……あーあ、早く外に出たいなー……ッ」
ウルギアに背を向けた黒椿は、大粒の涙をレモンイエローの瞳から溢して……その声を震わせ嘆いた。
「何が守護精霊だ……僕は結局、大事な時には傍に居てあげれもしない……もし藍に何かあったらって考えるだけで……それだけで、胸が苦しくなる……」
「もし、もし藍様が命を落とすような事になったら、そうではなくともそれに近しい状態に陥った場合、お前はどうする気だ?」
「そんなの決まってる」
黒椿はそう口にした後、ウルギアの方へと再び振り返り満面の笑みで語り出す。
ウルギアはその笑顔を見て背筋が凍る様な感覚に襲われた。
「……もしそうなったらこの世界を、宇宙を、多次元空間を、全てを蹂躙して抹殺する。そうして手にした絶対の力を以って、制空藍という存在を理を破り蘇らせるよ! もちろん新しい世界を用意してね? そこには僕と藍の二人だけ。他の生命は知恵のある生き物は創らない……藍に危害が及ぶ事柄は全て消滅させた世界を作るんだー」
「狂っている……ッ」
「酷いなぁ……まあその感想は正しいと思うけど。でも大丈夫だよ。そうならない様にグラファルトにスキルを与えたんだから。僕だって今の環境を気に入っているからね」
そうして黒椿は草原へと寝っころがり、ここにはいない白銀の竜に願うのだった。
「だから頼んだよグラファルト……今の藍を救えるのは君だけだ、僕に嫌な事をさせないでね……」
その後ウルギアは聞きたい事を聞けたと満足し、逃げる様に精神世界を後にする。
静けさを取り戻した草原で、黒椿はいつもの様に藍を見守り続けるのだった。
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