第59話 絡みつく怨念
リィシアから連絡を受けた俺達は急いで死祀の国へと転移する事となった。リィシアの【精霊眼】を使い、エルヴィス大国第三王女であるシーラネルが処刑台へと立たされたタイミングで上空へと転移して、そのまま処刑台へと降り立ち予め確認していた処刑台に立つ転生者の三人を叩き落す。
そうして俺は、救出する相手であるシーラネルの姿を初めて目の当たりにする。
処刑台に座り込むシーラネルは……まだ幼い少女だった。
空の様な青い瞳に首元まで伸びた桜色の髪。
高そうなドレスを身に纏っているが、全身ボロボロでその両手と両足には枷が付けられている。
……こんなことなら、全力で殴っておけば良かった。
話によれば五日間ほど監禁されていたらしい。
その証拠にシーラネルの顔色は悪く、その目元にはディルク王と同じく酷いクマが出来ていた。
「ッ……」
目が合うと体を震わせて顔を伏せるシーラネルに、俺はゆっくりと腰を落としてなるべく優しく声を掛けた。
「――君がシーラネルだね?」
そうして彼女に自己紹介をして助けに来たことを伝えると、シーラネルは涙を流して堪えていたものを吐き出す様に泣き続けた。
ずっと我慢していたのだろう。
相手に弱みを見せないように、強くあろうとして我慢していたのかもしれない。
早いところエルヴィス大国に連れて帰ってあげよう。
シーラネルの頭を撫でながらそう考えていると、上空から声が掛けられた。
「どうやら上手くいったみたいだな」
「……ああ、早く連れて帰ろう」
グラファルトは地上に降りると、魔力で作り出した白銀の右翼と漆黒の左翼を消して俺とシーラネルの元へ歩いて来た。
それにしても……。
「……な、なんだ? そんなにジロジロと見て。言われた通り、魔力装甲で服装は変えておるだろう?」
グラファルトには転移する前にその服装は転生者に目立つから変えてくれと頼んでいた。どうも着心地が良かったのかグラファルトは渋々と言った形で了承し、サイズは違うが俺と同じ服装となっている。
だが、俺が気になったのはそこではなくて……
「いや、その……何でお前の翼は左右で色が違うのかなって……」
「ッ!?」
俺がそう聞くと、グラファルトは顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくる。
え、もしかして聞いちゃいけない事だったのかな?
儀式の間で戦ってた時は白銀で統一されてたから、どうしてだろうって気になったんだけど……。
俺がそう尋ねると、グラファルトはその眉間に更にしわを寄せこちらを睨みつける。
「お前なぁ……あえて言わないようにしていた事を……しかもこの大事な作戦の時に……」
「えっと……なんかごめん……この話は後にした方がいいかな?」
「出来れば今後も話したくはないがな……それよりも……」
グラファルトはそう言うと頭を左右に振り俺の隣へと近づく。
そうして今も尚泣きじゃくるシーラネルの姿を見て、グラファルトはその顔を怒りに染め上げた。
「人間とは……何故こうも簡単に同胞を傷つけるのだッ……」
「……返す言葉もない。だからこそ、道を誤った同胞の始末は俺がする。ヴィドラスとアグマァルの為にも……」
「……」
俺はそう言って立ち上がりグラファルトの頭を軽く撫でる。
撫でられていたグラファルトは俺が手を離すと、何も言わずにシーラネルの元へとしゃがみ込んだ。
そうして、俺がしたように優しく声を掛け始める。
「お前がエルヴィス王の娘だな?」
「……あ、貴女様は?」
「我の名はグラファルト。グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル、かつては魔竜王と呼ばれていた存在だ」
「ッ!? け、渓谷の主様が何故ここに……そもそも、貴女様は既に……」
「ほう……我の事を知っているとは、若い割に博識なのだな」
グラファルトの言葉に、シーラネルは恐る恐ると言った口調で説明し始める。
どうやら、エルヴィス大国の王宮にある書庫で六色の魔女と親しかった者に関する資料があるのだとか。どうやらそこにグラファルトの事が載っていたらしい。
それは、グラファルトが転生者達の所業で邪神に堕ちてしまったことも含めて。
シーラネルの話を、グラファルトは相槌を打ちながら優しく微笑み聞いていた。そうしてシーラネルの話が終わり、グラファルトはゆっくりとその口を開く。
「……確かに、我は一度邪悪な神へとこの身を堕とした。同胞たちの願いを違えて、世界の破滅を望み……それに囚われた」
「……」
「だが、そんな我を叱ってくれた者が居たのだ……”ふざけるな、あいつらはそんなことを望んでなんかいない。お前自身が、同胞の生き様を汚すな”と、そう言ってくれた者が居たのだ」
グラファルトはそう言い終わると、一瞬だけこっちを見て優しく微笑む。
俺もその微笑みに返事をする様に口角を上げて微笑み返した。
「だからこそ我はもう間違えない。同胞たちの望み通り、世界を守り平和を取り戻す。その為にも、まずはお前を父親の元へ帰そう」
グラファルトはシーラネルに嵌められている枷へと手を伸ばした。伸ばした手は白銀の魔力で覆われていて、白銀の魔力が枷へと触れると瞬く間に枷は消え去り白銀の魔力が激しく波を打つ。
「ッ……枷が消えて……」
「我のスキルは特別製でな。幾ら高度な術式を組み込まれいようと関係ない。次は足の方だ」
多分、【白銀の暴食者】を使ったんだろうな。
黒椿がウルギアに頼んで、俺の【漆黒の略奪者】をベースに【悪食】を改変した世界に一つの特殊スキル。
修行をしている時に、グラファルトの持つ【白銀の暴食者】を使えないかと試みたが、何故だか使えなかった。グラファルトの方も俺の【漆黒の略奪者】を使おうとして失敗している。
黒椿の話では、それぞれのスキルには使用者を識別するプログラムの様なものが施されていて、例え魂で繋がりを作ろうとも扱う魂の本質が違うとスキルは発動しないのだとか……。
正直何を言っているのかさっぱりわからなかったけど、簡潔にまとめると俺は【白銀の暴食者】を使えないしその能力の詳細もいまいち分からないって事だ。
暴食者って言うくらいだから、あの白銀の魔力で物質を食べることが出来るのかな? でも、俺の漆黒の魔力も白銀の魔力に喰われていた様な……あれってひょっとして俺の【漆黒の略奪者】より強いんじゃ……。
って、考えている暇はなさそうだな。
「まずいな……グラファルト!」
「わかっている!」
「あ、あの……一体何――「【漆黒の略奪者】ッ」――ッ!?」
どうやら時間をかけ過ぎたらしい。
俺が転生者の三人を殴り飛ばしてパニックになっていた下に居る奴らが魔法を使って攻撃を始めた。
俺は慌ててシーラネルとグラファルトの前に立ち【漆黒の略奪者】を使い漆黒の魔力で壁を作る。
「終わったかグラファルト!」
「ああ!」
「よし、そしたら急いでフィオラの所に転移を――クソッ!!」
枷を外したのを確認しようと後ろを見ると、そこにはグラファルトへ斬りかかろうとするバンダナを付けた男の姿があった。
「幾ら頑丈だろうが、こいつでなら斬れるだろう!!」
バンダナを付けた男は背に持っていた剣を振り下ろそうとしている。
俺は一瞬で判断を下し、グラファルトに左手を翳した。
「初めて使うから座標があってなかったらごめん!! ”転移”!!」
「待て、ら――」
グラファルトの同意を得ず、俺は見よう見真似で”転移”を使った。
頭の中で三人で待機していた東の森を思い浮かべて、グラファルトとシーラネルの足元に漆黒の亜空間を作り出しそこに落とす。
後で怒られるかもしれないけど、何とかしてくれる筈だ。そう信じよう。
「チッ、逃げやがったか!! ならお前だァ!!」
目の前で二人が消えたのを見て、バンダナ男はその矛先を俺へと向けて振り上げた剣のその刃を見せる。
「ああ、クソ!! 忙しい――ッ!?」
「へへっくたばりやが――「奪え」ッ……」
(藍!? 何してるの!)
体が勝手に動いていた。
右手で漆黒の魔力の壁を作り、左手でこっちに斬りかかって来たバンダナの男の全てを奪う。
奪う直前で黒椿の声が聞こえたが……いまは相手をしている暇はない。
――それよりも、知りたい事があるからだ。
『おい、こいつまだ子供だぜ?』
「……ッ」
(藍!! ダメだ!! 今すぐに記憶を見るのを止めるんだ!!)
『さ~て、ドラゴンの解体ショーだ!!』
「……」
(藍……お願い、僕の話を聞いて? 僕の声が聞こえないの!?)
(藍様!! 今すぐに【改変】を使用します!! それまで――)
『ギャアァアァァァ!!』
『うるせぇな~? 喉から斬るか』
『ギャア……!!』
(ウルギア!! 早く藍に改変を使って!!)
(貴様がその名で呼ぶな!! 言われなくても今やっている――ッ!? ダメだ!! 【漆黒の略奪者】が邪魔をしている!!)
(ッ……やっぱり駄目か……)
『はい、解体終了~っと。見ろよあいつ、こいつの解体シーン見て泣いてるぜ? あ、良い事思いついた! こいつの骨とあいつの骨を使って剣を――』
……もういいか。
殺した人間の足元には骨で作られた剣が二本落ちていた。
一本は50cmもない小さな剣、もう一本は80cm以上はある大きな剣。
二本の剣を見ていると思い出す。
一部しか覚えていないからか名前がわからない。
小さな灰色の子竜とその親であろう白い成竜。
二頭はとても仲が良くて……。
親子の愛は、とても深く……温かいものだった。
(藍!! お願い!!)
「――聞こえてるよ、黒椿」
(ッ!! 良かった……何ともない? 意識ははっきりしてるよね?)
「……なぁ、黒椿」
(――なに?)
「俺はさ、今まで自分が責任を感じて動いていると思ってた。みんなを助けないと、世界の平和を守らないと、転生者達の魂をファンカレアの元に送って……あいつらの事も救ってあげないとって、その責任が自分にあって自分にしかできないんだと」
(な、何を言って――)
それが俺の使命だと思っていた。
この世界に転生して、死祀のしてきた暴挙を止めなくてはいけないと。
同胞であるからこそ俺にも責任があり、同胞の罪は同胞が償わないといけないと。
ずっと、そう思っていた。
だけど……。
「だけど、そうじゃなかったんだ」
(……まさか)
「俺はさ……優しい人間なんかじゃないよ」
(ッ!? ウルギア!! 今すぐグラファルトに連絡して!!)
(だからその名で私を――)
(いいから早く!!)
だって、そうだろう?
こんな救いようもない連中……どこに救う価値があるんだ?
救いなんて必要ない。
こいつらの命も、その魂も……全部俺が奪ってやる。
何かに覆われた感覚を覚えて上を見上げると、そこには六辺六色の壁が天へと伸びて死祀の国を覆っていた。
「――これが”六色封印”か……じゃあ、始めるか」
翳していた右手の方に体を向けて、空いた左手を上空へと掲げる。
「ただでは殺さない……生まれた事を後悔させてから殺してやる」
そうして、漆黒の魔力を六色結界の中に広げて範囲内に居る転生者全員の身体能力・スキル・魔力の全てを奪い尽くす。
「な、なんだ……!?」
「身体が動かない!! 魔法も使えないぞ!?」
「それだけじゃねぇ!! スキルもだ!!」
うるさいな……声帯だけ奪うか?
いや、それだと鳴き声も懺悔の言葉も聞けないな……まあ懺悔しても許さないけど。
漆黒の魔力を体に戻して処刑台から下を覗いてみる。
そこには慌てふためく転生者達が居たが、誰一人として立ち上がることなく地面に伏せている。
そんな様子を眺めながら俺は階段へと足を進めて一段ずつゆっくりと降りていく。
階段を降りていく間に思い浮かぶのは、いつも笑っていた家族の顔だ。
そしてその幸せを奪った奴らはこの中に居る。
「時間は掛かるがしょうがない……その魂ごと、全てを奪おう」
略奪者……まさにその名前通りだな。
「ごめん、みんな……」
俺は――優しい人間なんかじゃなかった。
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