第61話 写し鏡の二人




 処刑台の上で藍が咄嗟に発動した”転移”魔法によって、グラファルトとシーラネルは死祀の国の側にある森林地帯へと飛ばされた。


 グラファルトは急ぎ自分で”転移”を使いシーラネルをフィオラんの元へと届けた後、ミラスティアの元へと戻り今は作戦が終わるのを待っている。


「――これで結界は張り終わったわ。その代償として私はここから身動きできないけれど……グラファルト?」

「……」


 ミラスティアは他の五人の魔女達と協力し”六色封印”を発動した後、足元に展開された魔法陣の中から後方に居るグラファルトの名前を呼ぶ。

 グラファルトはミラスティアの声に返事することなく一点を見つめて黙り込んでいた。


「どうしたの?」

「……いや」

「あなたの顔はそうは言っていないわ」

「……我にもわからないのだ。だが……何か落ち着かない。結界内を見ていると胸がざわついていて、何かを不安に思っている自分がいる」


 ミラスティアはグラファルトの言葉を聞いて首を傾げていた。

 結局それ以上の会話の会話をすることなく二人が待機していると、”六色封印”の結界内が漆黒の魔力で埋め尽くされる。

 二人は藍による作戦が始まったのだと思いそれを見守っていたのだが……漆黒の魔力は瞬く間に消え去り、結界内は再び元の景色へと戻った。


「……あら、もう終わったのかしら?」


 一瞬の出来事にミラスティアは意外そうに呟いた。

 

 そんな中、グラファルトは結界内を見て抱えていた焦燥感を更に増幅させていた。


「この不安の原因は……お前なのか……?」


 グラファルトは先程から感じていた焦燥感の原因を、ここに来てようやく理解する。

 グラファルトは結界内を見て焦燥感を感じていた訳ではなかった。

 彼女の心を乱していたモノ……それは自分と命を共にした恋人である藍の存在であった。


『ミラスティアお姉ちゃん!!』

「……リィシア?」


 二人がそれぞれに動揺を隠せない中、連絡用の魔道具からリィシアの叫び声が響き渡る。


「一体どうしたの? 慌てている様子だけれど」

『助けて……お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……』

「落ち着きなさい、リィシア。ゆっくり説明して?」


 リィシアのただならぬ様子にミラスティアは優しく声を掛けて落ち着かせる。そうして、リィシアに一から話すように促した。


「……藍の身に何かあったの?」

『結界内に居る精霊達が教えてくれたの……お兄ちゃんが変だって。それで私、精霊達を介して中を見たら……お兄ちゃん、凄く怖い顔して転生者達に近づいてた……』

「どういうこと? 転生者たちはもう死んでいるの?」

『ううん、生きてる。でも、みんな床に伏せてて動けないみたいで……それで、お兄ちゃんが……一人一人に近づいて何かしてた……そしたら、騒いでた人静かになって……』

「――【漆黒の略奪者】だな。恐らく一人ずつ始末してるのだろう」

「変ね……どうして一人ずつなんて……」


 リィシアの言葉にグラファルトは藍のやっている事について予想する。グラファルトの予想にミラスティアは困惑していた。

 まとめて殺すことも出来た筈なのに、藍はそれをせず現在進行形で一人ずつ始末している。

 ミラスティアはどうしてそんな非効率な行動をしているのか、それが分からなかった。


『精霊がお兄ちゃんの言葉を聞いてたの……”許さない”、”魂ごと全てを奪う”って……』

「……」

『それにね? 転生者達を殺すたびに、お兄ちゃんの様子がどんどんおかしくなってる……姿も、おかしくて……このままじゃ、お兄ちゃんが……』

「わかった。とりあえず”六色封印”を解除しましょう。それから私が藍の所へ行って――「待て」――グラファルト?」


 リィシアの説明を聞いて、ミラスティアは結界を解き自ら藍の元へ行こうと考えた。しかし、それを口にする前にグラファルトから待ったが掛かる。

 ミラスティアがグラファルトへ顔を向けると、グラファルトはその瞳を鋭くしてミラスティアに方針を示した。


「常闇たちにはここで結界を張り続けていて欲しい。どうやら、事態は深刻なようだ」

「……どういう事?」

「いま、藍の中にいる【改変】から連絡があった。我は今から藍を止めて来る」

「ちょっと、分かるように説明を――グラファルト!」


 ミラスティアが止めるよりも先に、グラファルトは翼を作り出し結界へと向かって行く。


 グラファルトは結界に近づくと【白銀の暴食者】を使い結界の一部に白銀の魔力をぶつけて穴をあけた。

 そうして穴が塞がる前に結界内へと入り、処刑台の上へと転移する。






















(聞こえているか、駄竜)


 常闇と新緑の娘が話している最中、その声は唐突に頭の中に響いた。

 それは藍の中に宿る【改変】という異質な存在のモノだ。


(なんだ、今は貴様に構っている暇はないぞ?)


 我は自らを襲う苛立ちをぶつけるように【改変】に対してそう言い放った。

 しかし、【改変】は尚も我に語り掛けて来る。


(手短に話すから良く聞け――藍様の身に危険が迫っている)

(ッ!? どういうことだ?)


 転生者達にやられたのか……いや、それはないだろう。幾ら転生者達が束になろうとも、今の藍に勝てるとは思えない……。


(……恐らくではあるが、邪神の欠片から漏れ出た瘴気が藍様の魂を汚染している。このままでは、藍様の精神は完全に壊れてその人格すら変わり果ててしまうかもしれない……)

(何故だ!? 黒椿の話では、藍の体内に入り込んだ邪神は完全に消え去ったと……)

(わからない。それについてはこれから黒椿を問い詰めるつもりだ。貴様には黒椿から頼まれた伝言を伝えるぞ? ”急ぎ藍の魂に付いてる虫を喰らい尽くして。その力はもう与えている”だそうだ。しっかりと伝えたぞ)

(待て!! もっと詳しく――)


 クソッ!! 言いたい事だけ言って消えおって……。


 とにかく急がなくてはと思い、我は藍の元へと向かう事にした。


 【白銀の暴食者】で結界を喰らい穴を開けて中に入り、藍を最後に見たあの処刑台へと転移する。

 そうして転移した先で見た光景は……あまりにも悲惨なものであった。


 処刑台の下に広がる倒れた転生者達、処刑台の近くに倒れている転生者達は何も言葉を発することなく、その動きも止めていた。

 恐らく、藍がやったのであろう……。


 視線を前へと進めて行くと――そこには黒い怪物が居た。


 かろうじて人の形を保ってはいるが、その背中にはボロボロの翼の様なものが生えている。

 線の様な翼の羽は怪物が動く度にパラパラと欠片となって地面へ落ち、怪物は転生者達に手を翳してその命を奪い続けていた。


「……一体何があったんだ?」


 その光景に思わず足が後ろへと後退してしまう。

 処刑台の上で足を後ろへと動かすと、踵辺りに何かが当たる感触があった。


「――ッ……これはまさか……」


 そこには二本の剣が転がっていた。

 その剣は動物の骨で作られており、手持ち部分にはその動物の物であろう鱗が装飾されている。

 小さい剣には灰色の鱗が、大きな剣には純白の鱗が余すことなく付けられていた。


「そうか……お前はこれを見たのだな……」


 我は剣を手に持って確信した。

 これは、我が同胞である竜の素材を使った剣だと。

 そして……あの黒い怪物が藍なのだと。


「どうして我は気づけなかったんだ……」


 藍……お前は我と一緒なのだな?

 同胞たちの死を受け入れられない、あの弱き頃の我と同じなのだな……。


「お前の心の弱さを知っておきながら、お前の心の傷には気づけなかった……お前の闇を理解してやれなくて……本当にすまない……」


 思わず涙が溢れて来た……胸も苦しくて、呼吸も荒くなっていく。


 我の声が怪物となった藍に届くことはない。

 怪物と化した藍は今も尚転生者達を殺し続けていた。

 私見ではあるがもう半数は殺している……恐らく、もう何が目的で殺しているのかも理解していないのかもしれない。


「……大丈夫だぞ、藍」


 お前が我と同じ誤った道を行こうとするのならば……我がそれを止めてやる。

 お前が我にとっての救世主となったように、今度は我が――


「――お前をその闇から救い出してやるからな……【白銀の暴食者】ッ!!」


 白銀の魔力を解放し、それを怪物に向けて放つ。

 それに反応した怪物は漆黒の魔力をこちらへと向けて放ち、白銀の魔力にぶつけて来た。


「GYAAAAAAAAA!!!!」

「ッ……もう言葉も話せぬか……まずはその膨大な魔力から喰らい尽くしてやる!!」


 こうして、怪物と化した藍との戦いは幕を下ろした。

 そしてそれは我にとって――長きに渡る忌むべき過去との決別でもあった。

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